第四話 「旅路」
陽は既に昇っている。
刻限まで後少しだった。
待つべきか、それとも早々に見切りをつけて出立するか。
そもそも俺みたいな中年で、太ってて、おまけに禿げてて、ちょっと馴れ馴れしい奴なんかが、あのランス・トラヴィスという一回りほど年下の男の心を捉えられるかどうか。
「デルターさーん!」
声が上がり、見ると人々の間を縫って緑色の外套に身を包んだランス・トラヴィスが走って現れた。
「ランス、来てくれたのか!」
デルターは思わず感激した。
「ええ、就職も大事ですが、今はせっかくの機会、もう少し世界を見て回ることにしました。ただ路銀の方は、もしかしたら途中から頼り切りになるかもしれませんが」
「良いって、金のことなんか。それよりよく来てくれた!」
デルターが手を差し出すとランスは慌てて手を伸ばして握り返した。そして笑みを浮かべる。
「何だ、笑えば良い顔するじゃねぇか」
デルターが言うとランスは照れた様子で今度は苦笑した。
旅の道具が詰まっている頭陀袋を互いに背負い、二人は歩いた。
他にランスは弓矢を背負っていた。
ほう、思ったより使える奴かもしれねぇな。
盗賊団などに襲われる可能性もある。決して治安が良いとは言えないのだ。
デルターは道々己の素性を明かした。神官崩れで、乱暴者で酒が大好きというところを。そして王都の大聖堂で洗礼を受けて帰れば復職できることを告げた。
「乱暴者ですか。とてもそうには見えないですよ」
「ははは、気を遣わなくても良いんだぜ」
「いえ、本当に。デルターさんは優しい人だと思いますが」
純粋な目で見られデルターは苦笑した。
「止せよ照れるぜ」
「デルターさん」
ランスの声が幾分神妙な感じに聴こえ、デルターは振り返った。
「デルターさんは、何故神官になることを選んだのですか?」
その問いは人生に迷える者の声そのものだった。
人生の先輩としてデルターは話し始めた。
その日は豪雨だった。
それが最初の記憶である。
雨が教会の屋根を叩きつけている。雷も鳴り響き、自分も他の孤児達と同じく身を伏せて悲鳴を上げた。
「孤児だったんですか!?」
ランスが驚いたように声を上げる。少々同情の念が感じられたが、それは予測していたことだ。
「おう、俺は親の顔を知らないんだ」
デルターは言った。
「続けても良いか? と、言っても後は簡単な話だがな」
「どうぞ、続けて下さい」
俺は教会で育った。
今の神官長のマイルス神官長もあの頃は若かった。シスター達も優しかった。
俺は親こそいなかったが多くの愛を感じながら育っていった。
あれは十三ぐらいの時だったかな。
突然、教会の皆に感謝したい念に駆られてな。
身体が大きかったのも助かったが、気付けば教会の雑務を手伝い、神官という職業に憧れを抱き始めていた。
頭は悪かったが、マイルス神官長、いや、当時はマイルス神官だな。そのマイルス神官が俺に誘いの言葉をかけてくれた。
俺は思った。この人達の役に立ちたい。運ばれてくる孤児達の面倒だって見てやりたい。ってな。
「憧れみたいなものですか?」
「まぁ、そうだな。だが、まぁ、最近の俺はどうかしてた。酒の味を覚え、暴力だって振るう。最低な男になっちまった」
「この旅が良い旅になると良いですね」
励ますようにランスが言った。
「そうだな」
乗合馬車が隣を走り去って行く。
「ランス、お前、馬車が出てること知ってたよな?」
「ええ・・・・・・知ってました」
決まり悪い様子でランスが応じた。
「乗ろうとは思わなかったのか?」
しばし沈黙があり相手は言った。
「体力をね、つけたかったんですよ」
ランスは空を見上げていた。