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第三十九話 「考古学者」

「金貨百枚!」

 コモの威勢の良い声が、建物の中に木霊する。

「それでは我々が苦しいです。もう少し値を下げていただけないと御依頼はできませんね」

 資料やおそらく歴史の本と思われるものが棚に収まり、机に散らかったりしている中、勧められた席でコモの値段交渉が始まった。

 相手は壮年の白衣を着た穏やかな男性で、眼鏡をかけていた。

「どのぐらいなら出せるんだい?」

 ユキがコモの隣に並んで相手に尋ねる。

「一人当たり金貨二十枚なら」

 なるほど、何日雇われるのかは分からないが、相当な額だ。それに釣られてしまう連中の気持ちも分からなくもない。彼らもまた金貨をたんまり手に入れることを夢見て、そして死に、あるいは逃げ帰って来た。

「死人が出るんだろ? もっともっと値段を上げなきゃこっちだってお断りだ」

 コモが言う。

 相手はモヒト教授と名乗った。

「しかし、我々とて少ない予算しかありません。私の身体を揺さぶってみてもそれ以上の額は出せないでしょう。あなた方、四人に一人ずつ金貨二十枚。これ以上は負けられません」

 モヒト教授は穏やかな顔を少し苦く歪めながらそう言った。

「いや、モヒトさん、俺はボランティアだ」

 デルターはそう言った。

「え? ボランティア?」

「ああ」

 きょとんとするモヒト教授に、デルターが応じた。

「困ってるんだろ?」

「ええ、それは、困ってます。ですが本当に無償で引き受けてくれるのですか?」

「本当だ。だからその分、こいつら三人に上乗せして置いてくれ」

「わ、分かりました」

 モヒト教授は眼鏡を押し上げてコモとユキを見た。

「それでは一人当たり、金貨三十枚までなら出しましょう。先ほども言いましたが、これ以上は出せません。ただし報酬は遺跡の奥まで到達し、無事に帰って来られた場合にお支払いする形になります」

 そこは厳しい口調でモヒト教授は言った。

「金貨三十枚か」

 コモがユキとランスを見る。

「良いんじゃないですか。これ以上はどうやっても出せないとおっしゃるんですから」

 ランスが言うと、コモは不満げに応じた。

「死人が出るほどの遺跡なんだろう? ほら、もう少し出せよ」

「では、あと五枚ずつ出しましょう。ただし、この私を護衛することが条件です」

 モヒト教授が言った。

「アンタも行くのか?」

 デルターは少々驚いて尋ねた。

「ええ、中央の支部から派遣されたばかりで遺跡にはまだ一度も足を踏み入れてないのですが、前に遺跡の途中から戻った研究員が、そこまでの地図を書いてくれています」

 モヒト教授が言った。

「だから値段が安いのかい?」

 ユキが鋭く指摘する。

「いえいえ、そういうわけではありません。本当に先ほどお話しした報酬でめいいっぱいなんですよ。どうします、この仕事引き受けてみます?」

 モヒト教授が尋ねてきた。

 コモが手で待つように示し、ユキとランスを振り返って言った。

「どうする? 俺としては命を張る割には安い代償だと思うんだがよ」

 コモがまず言った。

 ボランティアと決めたデルターはその様子を眺めていた。

「私は後が無いからね・・・・・・」

 歯切れ悪くユキが言う。

「皆さんと一緒なら私は頼もしく思います」

 ランスが続く。

 コモはモヒト教授を振り返った。

「本当にこれ以上、出せないんだな?」

「本当に本当です」

 モヒト教授が応じる。

 コモは溜息を吐いた。

「分かった、引き受けよう」

 コモが言うとモヒト教授は笑みを浮かべけて手を差し出してきた。

「ありがとうございます」

 代表でコモが握手を交わしたのだった。



 二



 明朝、一番鶏が鳴く。朝に強いデルターは隣の部屋で眠るランスを起こし向かったが、ちょうど扉が開いて準備万端の彼が姿を現した。

 目の下にクマができている。

「何だ、眠れなかったのか?」

「ええ、まぁ、久しぶりの仕事ですからね。いちおう三時間ほどは眠れたみたいですが」

「朝食に砂糖無しのコーヒーでも飲んでいくんだな」

「そのつもりです」

 ランスは弱弱しく応じ苦笑した。

 すると先の扉が開き、同じく準備を整えたコモとユキがそれぞれの部屋から出てきた。

「よう、今日は頑張ろうぜ!」

 コモが明るい笑みを見せて言った。

 デルターは頷いた。

 一同は朝食を終え、考古学研究会の建物を再び訪れた。

 研究員が対応したが、程なくして、白衣の上に長いロープを丸めたものを肩から下げたモヒト教授が現れた。

「皆さん、おはようございます。今日はよろしくお願いいたします」

 丁寧にモヒト教授が述べた。

 ロープはもしかしたら典型的な落とし穴にはまった時にでも使うのだろうが、モヒト教授の腰にピストルの姿が無いことに気付いた。

「アンタ、ピストルは持っていかないのか?」

「そんな物騒な物は遺跡調査に必要ありません。皆さんこそ、何故、そのような物を持っているんですか?」

 逆にモヒト教授が尋ねてきた。

「そりゃ、何かあったらのためだ」

 コモが言う。

「何かとは?」

 モヒト教授が再び尋ねてきたが、その声は冷ややかなものだった。

「何か? そうだなぁ、遺跡に猛獣が住み着いてるかもしれないだろう?」

 コモが応じる。

「殺すんですか?」

 モヒト教授が詰問する。

「場合によりケリだ。な、お前ら?」

 コモがこちらを振り返る。

 ランスが頷いた。

「そう言う事態にならないことを祈りましょう。さぁ、出発です」

 モヒト教授が白衣をヒラヒラさせながら歩き出す。

 デルター達はその後に続いたのだった。

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