第三十五話 「犯人」
夕刻、保安官事務所へ戻ると、保安官が小さな笛を渡してきた。
「諸君には明日の朝まで街を警戒してもらう。何かあったらこの笛を鳴らすんだ」
そして保安官は見本を見せる様に笛を咥えて音を鳴らした。甲高い音だった。これなら夜の町なら隅から隅まで響くだろう。
「では、行動開始」
保安官補達が出て行く。
「それでは、デルターさん」
ランスが言った。
「おう、真ん中だからって気を抜くんじゃねぇぞ。コモも良いな?」
「誰にモノを言ってる。ショットガン・コモ様は無敵だぜ」
二人は出て行く。コモの高笑いも聴こえなくなった。デブの保安官は町民が別件で訪ねてくるかもしれないため、事務所に一人残った。
「私達も行くよ」
ユキが促す。
「おう」
二人は町の東通りにある保安官事務所を出て十字の交差点へ向かい、北へと足を進めた。
日も落ち始め、人通りこそないが、両側の家々には明かりが点っていた。
「デルター、あんたは狼男がいると思うかい?」
ユキの問いにデルターはかぶりを振った。
「おとぎ話の世界じゃあるまいし、人間の仕業に決まってる。それも狂った奴だ」
「安心したよ、同意見で。あんたの相棒のランスは半信半疑って感じだったけどね」
「ランスにはコモが着いてる。冷静になれるさ」
デルターは応じた。
「そうかい」
ユキが言った。
そのまま北口を閉ざされた出口まで往復し、静かな家々の明かりを見ていた。
デルターは件の手掛かりを思い出し始めていた。
目撃者の証言では狼男だったと。そして首を噛み息の根を止めて、死体の一部を食らっている。ギュンターの肩の噛み傷。
吐き気がしそうだ。
だが、そういえば保安官は他に何か言ってなかったか? 言っていたはずだ。
思案しながら何往復かするうちにようやくデルターは思い出した。
狼男は一人身の人間を狙う。
嫌な予感がした。
直後、夜の町中に甲高い笛の音が響き渡った。
「どっちだ!?」
デルターは驚愕し、身を引き締めてひとまず交差点へと駆ける。
「東の方だった」
ユキが並んで走る。
「あんた、確かに走れるデブだね」
「そんなことはいい! それよりも急ぐぞ!」
交差点へ着くと、そこにランスとコモの姿は無かった。
「笛の音が聴こえました!」
南側を警備していた保安官補二人がちょうど合流した。
破壊的な音が鳴り響いた。
コモのショットガンだ。
「急ぐわよ!」
ユキが言い、一同はその後に続いて駆け出した。
二
前方の闇から何者かが駆けて来る。
月明かりがその姿を照らし出した。
長い鼻面、頭の上の耳。
狼男は実在した。
と、思い込んでいたデルターの肩をユキがバシリと叩く。
「手と足を見てみな」
毛むくじゃらの手の先は、何と人のものであり、足先も靴を履いていた。
「狼男! 動くな!」
保安官補達がピストルを抜いて相手に向ける。だが、狼男は駆け抜けた。
ユキが素早い動作でピストルを撃った。
狼男が呻き声を上げるが、奴は駆けた。
デルターも保安官補達もピストルを浴びせかけた。
弾丸が弾かれ、その脇を狼男は駆け抜けて行く。
「まるで効いてない」
保安官補の一人が言った。
そして狼男は駆けながら闇夜へ溶け込もうとしていた。
見失うわけにはいかない。
デルターもユキも保安官補達も後を追った。誰かが笛を鳴らした。
狼男は尚も駆けるが、足は思ったよりも遅かった。
ユキがピストルを撃つ。どこに当たったかは分からない。
だが、狼男は悲鳴を上げて倒れた。
「囲め!」
保安官補の一人が声を上げ、デルター達四人は四方に着きピストルを向けたまま狼男に近寄った。
「こいつ、狼男なんかじゃ無いわね」
ユキが突然言った。
「違う! 俺は狼だ! 狼男なのだ!」
突然狼男が頭上を見上げて叫ぶと腰から刃渡りのある刃物を抜いて斬りかかって来た。
だが、その緩慢な動作では斬られる者は誰もいなかった。
「いたぞ!」
東の方角からランス達が駆けつけてきた。
「狼男は!?」
コモが尋ねる。
ランス、コモ、保安官補の二人が息を切らしてピストルとショットガンを狼男に向ける。
「違うな」
コモが言った。
「お前、狼男なんかじゃ無いだろう? 猟奇殺人者さんよ」
コモが刃物を我武者羅に振るう狼男を見て言うや、ショットガンを撃った。
激しい炸裂音がして狼男の顔が弾け飛んだ。いや、被り物が脱げその素顔があらわになった。
月明かりがふくよかな顔を照らし出す。
「お前は金物屋のギュンター!?」
保安官補の誰かが声を上げる。
そう、狼男の正体はギュンターだった。
「俺はギュンターなんてちゃちな男とは違う! 狼男だ! ウオオオオオン!」
ギュンターは下手な遠吠えをしデルターに斬りかかって来た。
デルターは避けるやその手を掴み容赦なく捻り上げた。
「ギャアアアッ!」
ギュンターは声を上げ刃物を落とした。
「縄はあるか!?」
デルターが尋ねると保安官補の一人が用意し苦労しながら後ろ手にギュンターを縛り上げた。
これで事件にケリが着いたのだった。




