第三十四話 「金物屋のギュンター」
デルター達は夕暮れ間近のガールの町を金物屋目指して歩いていた。
中央の交差点をそのまま街路樹に沿って南へ向かう。
活気があっても良いような町は、今、暗い雰囲気に包まれていた。出歩く者が少ない。露天商の姿が無い。広い街だというのに狼男と呼ばれる食人鬼を誰もが恐れているのだ。
確かに七件もそのうち六件が骨になるまで食い尽くされたとあれば誰だって家に引きこもったり、町から離れたりするだろう。
「ギュンター、ギュンター・・・・・・」
隣でランスが呟きながら左右の建物を振り返っている。
金物屋のギュンター。事件での唯一の生き残りだ。人のことは言えないがあのデブの保安官はたいした情報を持っていなかった。とりあえず人手を集め全方位を固めればどこかに狼男は現れるだろう。そう思っているはずだ。デルターとしても作戦らしい作戦、ましてや例えば食人鬼相手に囮を使うなどということは躊躇われた。
「あ、ありましたよ」
ランスが声を上げて指さす先には二階建ての家があった。軒先に「ギュンターの金物屋」と書かれていた。
雨戸が閉まっている。上も下もだ。食人鬼に襲われたのだ。まだ犯人も捕まっていない。よほど怯えているのだろう。
デルターはギュンターが憐れに思ったが、これも調査のためだ。
雨戸をノックする。
しかし、返事が無い。
「ギュンターさん! ギュンターさん!」
ランスが声を上げて今度は彼がノックする。
やはり返事が無い。
「お留守ですかね?」
ランスが一同を振り返って言った。
「かもな、こんな怖い町から逃げ出したのかもしれねぇぜ」
コモがあくびをしながら応じる。
するとユキが進み出て二階へ向けて言った。
「ギュンター! 私らは狼男の件で来てるんだ! 話を聴かせてもらえないかね!?」
すると、女性の声が相手の緊張をほぐしたのか、二階の雨戸が少しだけ開いて、日光を眩しそうに手で遮った男が現れた。
「ギュンターさんですね?」
ランスが尋ねると相手は頷いた。
「こちらのユキさんが言ったとおりです。我々はこの事件を終わらせるために来ました。そのためにどうかお話を聴かせてはもらえないでしょうか?」
ランスが言うとギュンターは応じた。
「わ、分かりました、今下に行きますので」
相手は首をひっこめた。
二分ぐらいすると目の前の雨戸が開いて、気弱そうな中年の男が顔を見せた。ふっくらとした顔立ちだが、意図していないであろう無精髭が伸び放題だった。
「応じて下さりありがとうございます。私はランス、こちらがデルター、コモさんにユキさんです」
「ご丁寧にありがとうございます。ギュンターです」
相手は頷いた。
「ん?」
ランスが不審げに眉を歪めた。
「どうした、ランス?」
デルターが尋ねるとランスはギュンターに訊いた。
「ギュンターさん、動物を飼われてますか?」
「いえ。何故です?」
ランスの問いにギュンターが返すとランスは首を振った。
「いえ、うちで犬を飼ってるんですが、その獣の特有なにおいがしたような気がして。でも気のせいですね」
「は、はぁ」
ギュンターは戸惑った様子もなく返事をした。
「ギュンター、アンタを襲ったのは狼男で間違いないのかい?」
ユキが尋ねる。
するとギュンターがふくよかな顔を青くさせ頷いた。
「ま、間違いないです。あの顔、それに毛むくじゃらの身体、狼男に間違いありません」
凄く恐れているようにデルターには見えた。
「耳はあったか?」
コモが尋ねる。
「ええ、頭の上の方に二つ。犬や猫と同じです」
ギュンターが答える。
四人は互いに顔を見合わせ唸りあった。食人鬼ではなく本当に狼男が実在するのだろうか。狼男の姿をした食人鬼、つまり人間では無いのだろうか。
デルターは他の三人目がそう訴えているように思えた。
「あ、あの、もう良いでしょうか」
ギュンターが疲れ切った顔でそう言った。
「いや、待ってくれ」
デルターは思わずそう言い考えた。何でもいい、何か決定づけるものが欲しい。
「すまないけど、噛まれた傷を見せてくれないかい?」
ユキが尋ねた。
「え、ええ構いませんよ」
ギュンターは上着とシャツを脱いで見せた。噛まれたという右肩は包帯が巻かれていた。
「とりますか?」
ギュンターが問う。
「私がやるわ」
ユキはそう言うと慣れた動作で包帯を取った。
やがてあらわになった右肩とその傷口の並びに一同は驚いた。
点となった傷口が肩の後ろから広く細長く刻まれている。
「この歯形、ただの人じゃねぇな」
コモが言った。
「ですから、狼男だと何度も申し上げております」
ギュンターが迷惑そうに言った。
「すまなかったね」
ユキはそう言うと包帯を巻き直した。
「もう用はお済みでしょうか?」
ギュンターが尋ねる。
デルターは戸惑っていた。
まさか、本当に狼男が実在するのか?
「狼男に噛まれてから少し調子が悪くて。すみませんが、この辺で終わらせていただきます。事件解決に向けて頑張って下さいね」
最後に弱弱しい笑みを見せてギュンターは引っ込み、雨戸を閉ざした。
「熱があったね」
ユキが言った。
「熱?」
コモが問う。
「包帯越しだけど、尋常でないほどの熱だった。あの包帯の巻き方なら医者には行ってるようだけど」
ユキが応じる。
「もしかしたら狂犬病というものにかかってるのでは無いでしょうか?」
ランスが言うと、コモが呆れ気味に答えた。
「ランス、お前、狼男が実在するなんて思ってねぇだろうな? 歯形も偶然だ、偶然。口裂け女みたいな口が生まれつき広い奴が犯人なんだよ。奥歯までガブリってな」
コモが言う。
デルターは狼男が実在するとは、未だに信じていなかったはずだが、半信半疑になっている己の心に気付いた。
「吸血鬼は杭だったな。狼男の弱点は何だ? 特別なものが必要だったりするのか?」
不意に漏れ出た己の問いにデルターは自身を恥じた。
「すまん、今のは無かったことにしてくれ」
狼男は実在しない。これは狂った食人鬼の仕業だ。そうに決まっている。デルターは半ば無理やり己をそう信じこませたのだった。




