第三十二話 「狼男」
ラーズで治療を受けていたデルターは傭兵コモと共にガールの町に到着した。
「ガールってんだから女がいっぱいいるのかな。まぁ、俺は女より金だがな」
町の門を潜りコモが言う。
「守銭奴め」
デルターは思わず呟く。キンジソウにコモにどうしてこう金にうるさい奴が俺の周りには多いのだろうか。
「デルターさん、コモさん」
石畳の上を前方からランスが駆けて来る。
「おう、ランス」
コモが声を上げる。
「お二人とも怪我の方が大丈夫なようで良かったです」
「そんなことよりも、依頼の報酬は?」
「それならこちらです」
ランスが巾着袋を渡す。コモは受け取り、中を覗いて確認し始める。
「じゃあな、コモ。これでボランティアは終わりだ」
デルターが言うとコモはニヤリと笑って親指で硬貨を一枚弾いてよこした。
一枚の金貨だった。
「お前らには世話になったし、楽しかった。だからその礼だよ。とっときな」
そして彼は歩き始めたがランスが呼び止めた。
「ちょっと待ってください。コモさん、デルターさんもこの町の今の事情を話しておかねばなりません」
「あん? 事情?」
コモが戻ってくる。
「ええ、実はこの町に狼男が出るんだそうです」
「狼男? なんだランス、お前俺達を笑わせたいのか?」
コモが言うが、ランスはかぶりを振った。
「いいえ、本当なんです。滞在している間に三件ほど狼男の被害に遭いました」
「詳しく聞かせろ」
デルターが言うとランスは応じた。
「いえ、それがこの町には人を食べる恐ろしい殺人鬼が現れるんです。今のところは夜限定のようですが。それで目撃者の話だと、二足歩行の鼻が尖り犬のような耳の生えた生き物だったそうです。目撃証言は幾つかあり、どれも共通してます」
ランスはデルターを見つめていた。
「何だ、何か言いたいことがあるのか?」
「え、ええ、はい。どうでしょう、デルターさん、この町のために我々も狼男の捕り物に参入してみませんか?」
「人助けは良いことだが、何か理由があるのかランス?」
デルターは不思議に思い尋ねた。自分よりも年下の若者は苦笑いしながら言い、腰のピストルを叩いた。
「我々には戦う道具があるからです」
「ふむ・・・・・・」
デルターは思案した。徳を積むための旅だ。通称狼男と呼ばれる猟奇的殺人者を捕まえるのも人々の役に立てることだ。
「分かった。まずは保安官に会おうか」
「ありがとうございます!」
ランスが礼を述べる。
「案内します」
ランスが先導する。デルターが後に続こうとした時だった。
「仕方ねぇな」
コモが言った。
「俺も付き合ってやるよ」
デルターは思わずコモを見た。
「俺を金だけの男だと思ってるだろう? たまにはそうじゃないところを見せてやるよ。・・・・・・というのは建前で、お前らだけそんな危険な目に合わせるわけにはいかねぇって戦士の勘がうずいてな」
コモはニコリと笑った。こんな笑顔もできるんだなとデルターは思った。
「コモさん、ありがとうございます!」
ランスが再び礼を述べる。
そして三人は石畳の歩いて行く。
町の人々はカウボーイハットの三人組を見て暗い表情をしていた。
人食い狼の事件が解決していないため、安心して生活できていないようだ。
「金貨二十枚!」
「いや、十一!」
保安官事務所に入ると威勢の良い声が聴こえた。
保安官補と思われる六人の男達が見守っている中心にいるのは、この町の保安官と思われる恰幅の良い中年の男と、年の頃ランスよりは若そうな赤毛の女性だった。
「仕方ないね、十八枚なら?」
「十二!」
保安官が言い返す。
「十七!」
「十五! これ以上は駄目だ」
保安官が言うと相手の女性は頷いた。
「まぁ、良いか。十五枚で雇われてやるさ」
保安官は涙目だった。
すると女性がデルター達に気付いた。
「おや、あんた達も雇われに来たのかい?」
「え? 金出るの!?」
コモが驚きの声を上げた。
そして涙目の保安官に言った。
「俺は優しいからな、金貨十四枚で雇われてやっても良いぜ」
「誰だ、お前は?」
「何だ、ショットガン・コモを知らねぇのか?」
コモが得意気に言うと保安官は言った。
「知らんな。だが、その銃。今回の作戦に志願してくれるのか?」
「聴こえてなかったのか? 金貨十四枚だ」
コモが言う。
「それは君らまとめて十四枚ということかな?」
保安官が応じると、ランスがデルターに声を潜めて話しかけてきた。
「どうします?」
「すまねぇな、ランス。俺は給金が目的で今回のことに首を突っ込んだわけじゃねぇんだ」
「やはりそうですか」
ランスは納得したように頷いた。
「保安官、俺とランスはボランティアってことにしておいてやるよ」
「君らこそ、戦士の鏡だ!」
保安官は感激したようにデルターに抱き着いてきたが、むさくるしい絵図を想像し弾き返した。
「興奮するな。とりあえず詳しい情報が欲しい」
「ああ、そうだな」
「おい、俺との交渉はどうなった?」
コモが口をはさんでくる。
「金貨五枚でどうだかね? これでも奮発しとるんだよ」
保安官が言った。
「おい、こっちの姉ちゃんにはずいぶん高い値で手を打って、何でこのコモ様が金貨五枚程度で命を懸けなきゃならねぇんだ?」
デルターはため息を吐いた。結局、コモはコモのままだった。先ほどの彼はまやかしだったのだろうか。
「それはな、こちらの女性こそ、名高いガンマン、速射のユキ殿だからだよ」
保安官が言い、デルターは女性を見た。
「何だい。志願するのは立派だけどねぇ、言っとくけど、私の足だけは引っ張らないように」
速射のユキはカウボーイハットに左手をやり、値踏みするようにこちらを見たのだった。




