第三話 「ランス」
辿り着いた次の町ミルでデルターはさっそく動き始めた。
重そうな荷物を手にしている老婆を手伝い、礼を言われたところだった。
そういえば、ここのところ礼なんて言われたことは無かったな。
デルターはそう思い、不意に心が温かくなるのを感じた。
「良いじゃねぇか、善行。もっともっと善行するぞ!」
デルターははりきって町の大通りまで戻った。
その時、不意に人とぶつかった。
デルターは平気だったが、相手の方が倒れていた。
ちゃんと前見て歩いてんのか!? あるいは、どこに目をつけてやがるんだ! 以前のデルターだったらこう怒鳴り散らしたかもしれない。しかし、神官長の期待に応えるために、また僧籍に戻りたいがために怒りを数秒我慢した。
「すみません」
と、相手の方から謝罪の声が聴こえた。
それに気を良くしたデルターは手を貸した。
「こっちこそ悪かったな」
そうして立たせる。相手は地味な顔をした、若者? いや、とりあえずデルターよりは十歳近くは確実に若い。
「いえ、すみません、ちょっと考え事をしていたもので」
と言って相手は地面に広がっていた書類を掻き集めていた。
デルターもそれに気付いて手伝ったが、それが履歴書であることに気付いたのだった。
ランス・トラヴィス。名前はそう書かれていた。
「何だい、就職活動中か?」
「は、はぁ、まぁ」
歯切れ悪く相手は言った。
デルターよりも頭一つ分背が高かった
「前職は何で辞めちまったんだ?」
「ええと、以前は農業系の会社の仕事をしていたのですが」
「が?」
デルターが問う。
「よく分かりません。ただ、もう続けるのがうんざりになってしまって。いつまで経っても鍬の使い方も満足にできなかったのもあります」
「そうかい。立ち入ったことを訊いちまったな」
「いえ、それでは失礼します」
ランス・トラヴィスは深々と頭を下げて去って行った。
俺もこのままじゃ無職だ。早いところ王都に行って洗礼を受けなきゃな。
デルターは荷馬車の荷下ろしに苦労している人を見付けると助けるべく駆け付けて行った。
二
「良いことした後の昼飯は最高だな」
料理屋で分厚いステーキ肉に噛り付いていると、離れた席にあのランス・トラヴィスが座っているのが見えた。
何だか元気が無さそうだったのが気掛かりに思え、デルターは席を立って彼のもとへ赴いた。
「よぉ、さっきの兄ちゃん」
「あ、どうも。先程はすみませんでした」
ランス・トラヴィスは委縮したように言った。
「良いんだ、あれは浮かれてた俺も悪かった」
そう言って笑うとランス・トラヴィスもぎこちなく微笑んだ。
「それでどうだったんだ、結果は?」
「い、いえ、結果というか、今回は職業安定所にどんな仕事があるのか見に行っただけでして」
「ほう」
デルターは一度自分の席に戻ると食べかけの食事を持ちランス・トラヴィスの向かいに座った。
「俺はデルター。お前さん、ランスって名前なんだろう? 履歴書が見えちまってよ」
「ああ、そうでしたか」
ランスは再びぎこちない笑みを浮かべた。
「・・・・・・ですが、自分に何が合ってるのか分からなくてそのまま帰ってきました」
「そうかい。お前さん、まだまだやり直しがきく歳だろう? そう焦るなよ。実は俺も無職だ」
「え?」
相手の驚いた顔にデルターは笑った。
「こう見えて神官やってたんだ。だけどあちこちで暴力を振るったり酒癖が悪かったりでよ、僧籍を剥奪されちまったんだ」
「そうだったんですか」
ランスはまだ驚いた顔のままだった。それがデルターには愉快でつい、口が滑った。
「お前も俺と一緒に王都に行かないか?」
「私が? 王都ですか?」
「まぁ、用事があってな」
デルターがニヤリとするが、ランスは唖然としたような顔をしている。
「少し広い世界を見れば心だって晴れるだろうぜ。どうだ、無職同士、これも何かの縁だ」
「しかし、持ち合わせが」
「そのぐらい俺に任せて置け。大丈夫、観光気分で行こうぜ」
デルターが微笑み掛ける。
ランスはまだ迷っているようだ。優柔不断。いや、それじゃあまりにも言い方が悪い。冷静なのだ。
「明日の朝、八時まで北門にいる。考えてみて俺と行きたきゃ、それまでに来な」
迷える男の肩を叩き、デルターは席を立つ。
「勘定!」
「はーい!」
給仕が来る。
去り際に振り返ると、ランスは料理に手を付けず未だに悩んでいるようだった。