第二十五話 「交渉成立」
ラーズの町に入ったのは深夜だった。ランスはヨロヨロで彼だけでも宿に直行させてやりたかったが、撃ち合いをし、死者を出したのだ。保安官事務所へと馬車を引っ張って行き、説明しに赴いた。
ラーズの町の保安官は若造だった。ランスよりも遥かに若い。まるで新米の保安官補のようだったが、胸に光る保安官バッジを見れば疑う余地も無かった。
「ひょえー、これは凄い!」
荷馬車の中身をカンテラで照らして保安官は文字通り驚きの声を上げた。
「これなら確かに賊は襲ってくるでしょうね」
保安官は丁寧な語尾で応じた。その態度にデルターは相手を見直していた。てっきりガキのくせに生意気な口を利いて来て自分を苛々させるのでは無いかと踏んでいたからだ。
「とりあえず、調書は取れました。遺体の方は我々で回収します。身元も分かり次第、遺族の方には報せを送りますので」
「賊の方は分からないけど、これが俺の同僚達の身分証。傭兵商会のだ」
コモが言った。
傭兵、いや今は耳に懐かしい言葉だったが、つまりは今風で言えば用心棒だ。
「検分に立ち会わなくて良いのですか?」
ランスが尋ねると若い保安官は頷いた。
「盗賊の襲撃ですからね。亡くなった人間の身元さえ分かればそれで良いんです。盗賊の方は調べる余地もありません。とっとと葬るつもりです。もちろん、牧師からの祈りの言葉はありますがね。ですが、今後も襲撃も考えられます。我々は力になれませんので申し訳ないですが、この町で誰かを雇うことをお勧めしますよ」
若い保安官はそう言うとデルター達を解放した。
「なかなかの保安官だったな」
デルターが言うとコモが応じた。
「検分に立ち合えって言われなくて良かったよ」
確かに検分の間に貴重な荷を置いて行くわけにはいかないし、引っ張って戻るわけにもいかない。だが賊は追い払っただけなのだ。保安官の言う通り、また襲撃してくる可能性もある。
「さて、明日の朝まで眠ろう」
コモの後について行き荷馬車の預り所に置くと、コモはそこでどっかりと身を横たえた。
まぁ、こうなるか。献上品だもんな。
デルターは溜息を吐きコモに倣う。ランスもそれに従った。
そして荷馬車の預り所の地べたで夜を明かしたのだった。
二
「どうだ、コモ様スペシャルバーガーのお味は?」
朝食は酒場の調理スペースで調達してきた具材を料理したコモのオリジナルハンバーガーだった。
ハンバーグにピクルス、玉ねぎにレタスにトマト、そしてチーズ。汁を滴らせながら三人は馬車の前で朝食をとった。
「悪くは無いですけど、この手の商品は既に出回っていると思いますよ」
ランスが水袋の水を煽りながら言った。
「だけど、美味かったんだろう?」
コモがランスに迫って尋ねた。
「え、ええ、それはまぁ」
ランスがたじろいで言うとコモは頷いた。
「なら良いだろう。さぁ、水を詰めて来い。出発するぞ」
「え? 護衛は雇わないんですか?」
ランスの問いはデルターの思うところと一致していた。コモを見ると相手は胸を張って答えた。
「雇わない。何故なら報酬は山分けだからだ。お前達はボランティア。と、なると正規の傭兵は俺一人。俺だけウハウハっていう寸法よ」
コモの欲深い言葉にデルターは呆れて言った。
「昨日、五人もやられてるんだぞ?」
「それは襲撃が不意だったからだ」
コモが応じる。
襲撃なんていつでも不意だ。まったく欲の皮の突っ張った男だ。
デルターは苛立ち言った。
「ボランティアはここまでだ。俺とランスは降りさせてもらう」
「良いのか、俺を見捨てて? 俺が賊に襲われて殺されても良いのか? グムイ村の職人が丹精込めて王室におさめようとしている姫の像を奪われても良いのか? グムイ村の人達の心を悲しませる結末になっても良いのか?」
コモがまくしたてる。
「どうなろうが知ったことじゃない。他に用心棒を増やせ。じゃなきゃ、俺達は降りる」
デルターが言い切ると、コモは鼻を鳴らして言った。
「ランス、お前はどうなんだ? 俺の命と村人達の魂の結晶を見捨てるのか?」
「え、いや・・・・・・」
ランスは困った様に応じた。ランスは優柔不断なところがある。
「この次の町までのたった一日だ。頼むよ、ランスちゃん。昨日の銃捌きカッコよかったぜ」
するとランスは苦い顔でこちらを見て来た。
「デルターさん、一日だけですし、賊も犠牲を出してます。すぐには襲撃して来ないんじゃないでしょうか?」
「ランス・・・・・・」
甘いぜ、ランス。
デルターは盛大に溜息を吐いた。
「分かったよ。乗り掛かった舟だ。後一日付き合おう」
「そうだよ、乗り掛かった舟だよ。サンキューな、お二人さん。さぁ、さっさと水を補充して来い。明るい内に旅立つぞ」
途端に偉そうに言うコモにデルターは苛立ちを覚えたが、これも神様が見てくれると思い無言で町の井戸へ水を補充しに行ったのだった。




