第二十四話 「ボランティア」
くそっ、またどうしてこうなった。
乾いた音があちこちから聴こえて来る。
デルターとランスは豪壮な荷馬車の後ろに隠れ、護衛として雇われた男達と共に盗賊を迎え撃っていた。
夕暮れ、限界を感じたランスが自ら野宿を申し出て来た。
デルターもならばそうしようと、火を起こすために薪拾いに街道脇の森の中へと入って行った。
その時だった。馬の嘶きと、もうすっかり耳に染みついたピストルの発砲音が聴こえてきたのは。
いつぞやと同じ、当然誰かと誰かが争っている。もしも女子供や老人がいたら・・・・・・。いや、それ以前に善人が傷つくのを黙って見過ごすことはできないし、神だって御許しにはならないだろう。
俺は神官に復帰したいんだ!
デルターは街道まで出ると疲労困憊のランスが目を輝かせて待っていた。
「動けるのか?」
「ええ、早く助けに行きましょう」
という流れで荷馬車を護る者達と合流した。
ランスはすっかりピストルと戦場の虜だった。デルターにはそれが少し残念だったが、戦力としては頼れることは明らかだ。
馬車の隙間から顔を覗かせ銃を出し素早く発砲する。
デルターのピストルが薄い茂みに身を潜ませていた一人に当たった。相手は倒れ起き上がらなかった。
俺はまた人殺しをしてしまった。デルターはそう胸の内で思いながら車輪の後ろに隠れシリンダーに弾を補充をする。
向こうでランスと護衛の男が反撃している。
護衛の男は一人だけだった。というのも生き残りは彼だけだった。デルターとランスが駆け付けた時には五人の護衛と思われる者達の遺体があった。
コモと名乗ったショットガンの男はデルターとランスの到着に笑顔で出迎えてくれた。
「二人とも援護射撃してくれ! このままではらちが明かねぇ。奴らを仕留められなくとも、今だけは追い払うことにするぜ」
コモがそう言った。
「デルターさん!」
ランスがこちらを振り返って声を上げる。
「おう! 分かった!」
そしてデルターとランスは身を乗り出して引き金を絞り続けた。
「援護射撃!」
二人の声は重なった。
十二発の発砲音が終わるや、コモが飛び出し、馬車の前でショットガンを連射した。
ショットガンの破壊力のある音はデルターには罪深さを感じさせた。ランスがシリンダーに銃弾をセットしている。自分も続いたが、コモが顔を覗かせた。
「サンキューな。盗賊共は殺せなかったが追い払うことはできた」
カウボーイハットのつばを左手で上げてコモは礼を言った。
「逃がしたと言うことはまた狙ってきますよ。油断はできませんね」
ランスが言った。
「そういうことだな。で、このちょっと豪華な感じの馬車の中身は何だ? 御姫様か?」
デルターが冗談交じりに言うとコモは頷いた。
「そうだ、御姫様だ」
「何ですって?」
ランスが驚いた顔をデルターに向けた。が、デルターは幾分冷静だった。ミュンツァー王国の本物のお姫様を護るにしては護衛が少なすぎる。
「ま、正式には工芸品のお姫様だがな」
コモはそう言うと両開きの扉を開いて見せた。
そこには夕陽に照らされた見事なガラス細工の彫像があった。倒れないようにしっかりとあらゆる角度から緩衝材の袋、おそらく中身はオガ屑だろう。それらが敷き詰められていた。
「これは高価そうですね」
ランスが感動するようにして言った。
「ああ、そうだろう? 南のグムイ村の献上品だ。第一王女のマリア姫に似せて掘ったらしい。俺達はこの献上品をラーズの先、ガールまで持っていくことになっている。そこで交代要員とバトンタッチだ」
コモはショットガンに弾をこめながら説明した。そしてウインクして言った。
「見ての通り、他の護衛はやられちまった。どうだ、アンタら新たに護衛に雇われてみないか?」
報酬は出るのか? という言葉をデルターは危く飲み込んだ。自分は徳を積む旅をしているんだ。僧籍を復帰させるために。無償で働いてこその善行だ。
「良いだろう、ボランティアしてやるよ」
デルターが言うとコモは驚いたように応じた。
「何だ、遠慮するなよ。報酬なら出る様に口利きするぜ」
だが、デルターはかぶりを振った。
「そういう旅なんだよ。俺達はな」
デルターの言葉に気の良いランスも頷いた。が、耳元でささやいてきた。
「でもデルターさん、お金の方は王都まで間に合うんでしょうかね?」
「贅沢しなければ大丈夫だろう」
デルターが応じるとランスは頷いた。
「ま、良いか。改めて俺は護衛頭のコモだ。辺境じゃショットガン・コモとも呼ばれてるんだぜ」
自慢げにコモは名乗ったが、デルターは急激に戦いの気配に囚われていた身体の感覚が薄れ、疲労が濃くなるのを感じ、曖昧に頷いて応じた。見ればランスの方もどっかりと地面に尻を着いていた。
「何だ、二人とも歩けるのか?」
コモが尋ねて来る。
「歩く? 馬車に乗るんじゃ無いんですか?」
ランスが驚いた様子で尋ねていた。
「ガラス細工の工芸品だぞ。緩衝材で固定はされているが馬車を走らせてバランスでも崩したら大変だろうが。だから馬を引いて歩いてるのさ」
これは賊にとってはかっこうの餌食だな。
デルターは半ば呆れ気味に溜息を吐くと手を貸しランスを起き上がらせたのであった。




