第二十三話 「再出発」
三日、ランスの療養のために待った。
回復は順調で早々に彼は復帰することができた。
あの可愛らしい看護師のことが頭に残っているのか。少し残念そうな顔をしてランスは戻って来た。
「そんなに好きなら告白しちまえば良かったんじゃ無いか?」
「いや、しかし、私は現在無職ですし。それにあの人には付き合ってる方がいるらしいんです。だから、諦めが尽きました」
そう言うランスだが未練がましい顔をしているとデルターは思った。
すると話題を変えるようにランスが口を開く。
「そういえば、ペケさんは? デルターさん達を案内してくれたんでしょう?」
ランスに言われてみて初めてあの賢い黒猫がいないことに気付いたのだった。キンジソウはどこに行ったか知らないが、頭の良い猫だ。きっと飼い主のもとへ戻って行ったのだろう。
「やぁ、お前達」
ヤマウチヒロシが現れた。気さくな様子で夫人とカウボーイハットをかぶった娘を連れて彼は歩み寄って来た。
「ヤマウチヒロシ!」
デルターは感慨深くその名を呼んだ。たった一日行動を共にしたが、密の濃い一時だった。言わば彼とは戦友という言葉が相応しい。
「ラーズから戻ったのか」
「ああ。ベンの墓参りにな。だが、遺体は故郷へ移送されたようだな」
死んだ不運なベンのことを思い出す。彼もまた大切な戦友だ。
「キンジソウさんは見ましたか?」
ランスが尋ねる。
「いいや、私もラーズで会えると思ったが、既に居なかった。大枚を叩いたとはいえ、彼には本当に世話になったからな、妻と娘も助けてくれた礼の一つでも言おうと思ったんだが」
「まぁ、さすらい人だって言ってたしな。その辺をウロウロしてるんだろう。また会えるだろうよ」
デルターが言うとヤマウチヒロシは頷いた。
「そういえばどこへ向かうんだ?」
「王都ミュンツァーさ。私達の家がある」
デルターが問うとヤマウチヒロシは応じた。
「そうか。俺達の目的地だ」
デルターが応じる。
「だったら馬車で乗り継いで行くのか?」
「いや、徒歩の旅をしてるんだ。な、ランス?」
「ああ、はい」
ランスが言うとヤマウチヒロシは合点がいかないような顔をした。なのでランスは付け加えた。
「実は私、就職活動中でして。それでも長い間引きこもっていたので、定職に就いても足腰と体力の方がもつのか心配で。それで身体を鍛えるためにデルターさんにも協力していただいて徒歩の旅をしているんですよ」
ランスは包み隠さず話した。
「何だ、働いてないのか」
「そうです」
ヤマウチヒロシは少しだけ驚いたように言い、ランスは頷いた。
「まぁ、まだ若い方だろ。何でもやってみろ。頑張れよ」
「ありがとうございます」
ヤマウチヒロシは微笑んでランスの肩を叩いた。
「あなた、そろそろ」
ヤマウチヒロシの奥方が言った。
ヤマウチヒロシはポケットから懐中時計を取り出し頷いた。
「乗合馬車の時間だ。王都方面へ行くならもしかしたらまたどこかで会えるかもしれないな。だが達者でな、二人とも」
「ああ。じゃあな」
「お気を付けて」
ヤマウチヒロシ一家を見送るとデルターも出発を考えていた。
ランスが表情から読み取ったらしく頷いた。
「我々も行きましょうか」
「そうだな」
二人は一旦宿に荷物を取りに戻った。
マイルス神官長から渡された大切な路銀だがキンジソウに払った分が響いている。王都に着く前に底を尽くかもしれない。
チェックアウトを済ませると、ラーズ方面、北口へ歩んで行く。
「結局、ドールの町は人形だらけでは無かったですね」
ランスが言うとデルターは笑って応じた。
「そうだな。人形どもに睨まれて過ごすなんて落ち着きやしねぇしな。ホラー小説の中で十分だ」
「ですね」
二人は町を振り返る。
ドールの人々が日常をすっかり取り戻しているのを見てデルターは言った。
「この町のために命を張って良かったと思う。俺達が掴み取った平和だぜ。ランス、胸を張ってじっくり見て置けよ」
「ええ」
二人はそうしてしばらく町普段の様子を見ると踵を返し、ラーズの町を次なる目標として歩んで行ったのだった。




