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第二話 「旅立ち」

 デルターは教会から放り出された後から家で酒を飲んでいた。ヤケ酒である。

 デルターは酒を愛していた。酒の他に望むものなど何も無い。その給金は全て酒に注がれていた。

 夜になった頃、入口の戸を叩く者がいた。

「ああ? 誰だぁ?」

 デルターは酒の邪魔をされ不機嫌になりながら扉に近付く。

 扉が再び三度叩かれ、デルターはノブに手を掛けて開いた。

「デルターよ」

 現れたのはマイルス神官長だった。

「神官長、もうアンタの部下じゃない、放って置いてくれ」

 デルターは邪険に扉を閉めようとするが神官長が片足を踏み出しそうはさせなかった。

「聴け、デルター、僧籍を剥奪したのは今回限りじゃ。神官に戻りたくないのなら、この話は無かったことにするが」

「聴きます! 拝聴しますよ、神官長殿!」

 これまで神官として食べて来たのだ。他に何をして生活の糧を得れば良いのか分からなかった。ヤケ酒の意味にはこの不安も含まれていたのだ。

「ワシは知っておる。お主が教会の薪割りをし、力仕事をひたむきにしていたことを」

 デルターは目を見開いた。実際、その通りだったのだ。祈りの文句しか言えない他の神官達は肉体労働を嫌っていた。見兼ねたデルターがやり始め、それがいつの間にか習慣となり、自然と彼の役目となったのだ。

「知っていて下さったんですね」

 未だほろ酔いから覚めず感涙しながら救われた思いでデルターが言うと、神官長は頷いた。

「デルター、お主は我が教会に必要な人材じゃ。しかし、お主の粗暴さゆえに届けられる陳情書や苦情を見過ごすこともできない」

 デルターは神官長の目を見詰めながら次の言葉を待った。

「じゃから、しばらく町を離れて、ほとぼりが冷めたところで戻って来てはどうだろうか。その間に、教会内部も改革を済ませ、お主が善意でやっていた仕事も他の者にもやらせることにしよう」

「は、はぁ。しばらく町を離れろとは言いますが、しばらくってどれぐらいですか?」

「王都ミュンツァーに行くのじゃ」

「王都へ!?」

 デルターは驚いた。王都ミュンツァー、この国の国都である。ここからは気の遠くなるような程、遠かった。

 そんなデルターの心中を察したかのように神官長は言った。

「お主は体力が有り余っているようじゃ。外に出て善行を積み、そし王都の大聖堂で洗礼を受けて来るのじゃ。きっとお主のためになる」

 面倒だな。デルターの第一の感想がそれだった。

 だが、次の瞬間差し出された巾着袋を見て驚いた。その手に重みを感じる。感触からして硬貨だ。それも大量の。

「拝見してもよろしいですかい?」

 デルターの問いに神官長は頷いた。

 月明かりと家の灯りが照らす中、現れたのはたくさんの銀貨に銅貨それに金貨の姿も見受けられた。

「少しじゃが、気持ちじゃ。旅の足しにするが良いぞ」

 神官長が言った。その微笑みにデルターはガクリと腰を抜かし、再び落涙した。

「こんな俺なんかにどうしてこれほどまでしてくれるのですか?」

「デルター、お主がワシにとって、教会にとって必要な人材じゃからじゃ。徳を積むのじゃデルター、神はお主を見捨てておらん」

 デルターは嗚咽を漏らしながら熱い胸中に渦巻く言葉を述べた。

「俺は、旅に出ます。行く先々で良いことをいっぱいしてもう一回、ここで神官に、戻れるように頑張ります!」

「デルター、よくぞ決心した。成長を重ね戻って来るが良い。お主の居場所はちゃんと用意してあるのでな」

「はい、神官長様」

「では、おやすみ、デルター。旅の幸運を祈るぞ」

「はっ」

 神官長の背が消えるまでデルターは感謝の念で見送った。

「さて、旅だ旅! 俺は徳を積む旅に出るぞ!」

 デルターは満月に向かって声を上げた。

 


 二



 旅立ちの始まりは、必要な道具の買い出しから始まった。

 火打石に念のために松明、今は秋だ。少し肌寒いために青の外套を身に纏っている。水袋に、日持ちのする食料品を念のため少し買っておく。また右手には護身用のために樫の木でできたやや重い棍棒を手にし、ようやく町の門から外に出たのは昼近くになってからだった。

「おう、乱暴者さん、ついに町を追い出されたかい?」

 門番が声を掛けて来た。

「違う。俺は徳を積むための旅に出るんだ」

「旅か。問題児がいなくなってこの町もしばらくは平和になりそうだな」

 その皮肉にデルターは手に持つ棍棒に力を入れた。怒りが己を支配する。言い返し罵ってやりたい。だが、どうにかこらえた。

 デルターはニッコリ微笑むと言った。

「いつもお勤めご苦労様です」

「え? お、おう。まぁ、お前も気を付けてな」

 門番はデルターの態度に毒気を抜かれたかのように唖然とした様子でそう言った。

 デルターは軽快に笑い声を上げると歩み出した。怒りはもう無かった。

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