第十七話 「突入」
水路は暗く、カビ臭かったが、足場はしっかりしていた。
もしかすれば水を掻き分けて行くのかとも一瞬考えたデルターだったがこれはありがたいことだった。
見張りがいないことを知っての上か、キンジソウは反響する足音を気にすることなく歩んで行く。
デルター達の足音も混ざり合い、何らかの不器用な曲を弾いているかのように音は続いた。
永遠に続く様な闇の中、突如キンジソウが足を止めた。
デルターの背にランスがぶつかって呻いた。
「どうしたんですか?」
ランスがヒソヒソ声で尋ねて来る。
「梯子だ。ここから内部へ行ける」
キンジソウが答える。
「よし、さっそく行こうぜ!」
後ろの方にいるベンが胸を躍らせるように言ったが、キンジソウは首を振った。
「まず、確認しておく。敵は町民全てを人質にできたんだ。数もそれなりにいるだろう。そして上手くいって町民を救出したら俺が先頭で出る」
「自分だけ逃げる気か?」
ベンが尋ねるとキンジソウは応じた。
「お前達に森の中を案内できるのなら俺だって残りたい」
「むむむ、確かに」
ランスが呻いた。
「じゃあ、私達が残って撤退を援護すれば良いわけか?」
ヤマウチヒロシが尋ねるとキンジソウは頷いた。
「弾薬を配って置く。良いか、くれぐれも慎重に使えよ。お前達だけでは殲滅させることは無理だからな。援軍が来るまで耐えるんだ。良いな?」
キンジソウは大量の弾薬を手にしていたようだ。デルターは配られた箱を頭陀袋の他の弾薬と共に収めた。
「この弾薬、合ってるのか?」
「合ってるよ。お前達の銃はこっそり見せてもらったからな」
デルターの問いにそう言いキンジソウ梯子を上って行く。
「少し待ってろ。ペケさんを偵察に出す。ペケさん頼む」
上で蓋が開いたらしく鈍い光りが射しこんできた。
その隙間を黒猫が潜ってゆくのをデルター達は見た。
「どれ少し、待とうか」
再び蓋をし、闇の中でキンジソウが言った。
二
静寂の中、しばらく待つと、上で蓋を叩く微かな音がした。
キンジソウが梯子を上り、木製と思われる蓋を持ち上げると、再び蓋をして下に跳び下りた。
「ペケさん、近くに敵はいたか?」
闇の中にキンジソウの問いが響くが、ペケさんの声は聴こえない。
「これはいないということですか?」
ランスが尋ねると、キンジソウが言った。
「その通りだ。ペケさん、人質は見付けたか?」
「ニャア」
ペケさんが鳴いた。
「ペケさん、人質の近くに見張りは何人いた?」
「ニャア、ニャア、ニャア、ニャア」
「四回鳴きましたね。これは四人と言うことですか?」
「そうだな。ありがとう、ペケさん。さて、いよいよ突入だ。足は引っ張るなよ」
デルターは頷いた。
こいつを使う時が来たか。
デルターは腰のピストルに手を当てる。
俺はこれから人を救いに行くと同時に人殺しをしに行くんだな。
だが、運命の歯車は止まらない。
上から日が差してきた。キンジソウが上にいて来るように促した。
自分の胸の鼓動が喉の奥から聴こえてきているようだ。
武者震いでは無い。恐怖だ。人殺しをすることへの罪深さを自分は悟ってしまっている。
「ランス、落ち着いてるか?」
「ええ、いつでも行けますよ」
自分より年若い男の無邪気な声が羨ましかった。これから行う殺戮劇を前に武者震いしているのが分かる。
神よ、俺を、いや俺達をお許しください。
デルターは一息吐くと梯子に手を掛け上って行った。