第十二話 「再び」
保安官が同情的だったのが救いだった。
あのチンピラどもはああやって気の弱そうな者を狙っては芝居をし、取り囲み、金を要求するのだという。
だが、それでも手を出してしまったデルターは三日、反省を名目に独房入りしたのだった。
また暴力を振るってしまった。
ランスが六秒耐える様に言って来たが、それすらできずに相手に手を出した。
何故、俺は怒りっぽいのだろう。奴らにハゲを馬鹿にされた。そう、俺はハゲを気にしている。気にしていることを言われたから腹が立ったのか? そうだ、相手をとっとと黙らせたかっただけだ。ハゲを周囲に知られないために、素早くそいつを黙らせようと手が出たのかもしれない。
ハゲを気にするな。世の中ハゲなんていくらでもいる。そいつらがハゲを馬鹿にされて暴力に及ぶか? そんなことをしたら世界中のハゲで独房が溢れ出てしまうだろう。
ハゲを気にしない。そうだ、これから俺はハゲを気にしないことにしよう。
三日後、独房から出されると、ランスが外に迎えに来てくれていた。
「デルターさん、すみません、私のために」
ランスは申し訳なさそうに謝罪をした。
「気にするな。ハゲを気にしている俺が悪い」
デルターは努めてそう言った。
そうだ、ハゲを気にしてはいけない。人はハゲ無ければハゲの苦しみを理解出来ないのだから。
返却されたガンベルトとリボルバーピストルを腰に収めた。
「帽子を買ったらいかがでしょうか?」
ランスの言葉に途端に憤慨しそうな自分がいた。苛立ちさえ押さえることができたが、デルターは言っていた。
「ハゲ隠しか?」
ランスは言葉に困っているようだった。
こいつなりの気遣いの提案なんだな。
そんな様子を見てデルターはランスの肩を叩いた。
「そうだな、帽子を見て来よう」
自嘲気味に聴こえないように明るい調子でデルターは言った。
二
茶色のカウボーイハットをデルターはかぶっていた。
「デルターさん、良く似合いますよ」
ランスが媚びる様に言った。
「良いんだよ、俺にはこいつは似合わねぇ」
デルターが言うとランスは困惑している様子だった。
こいつは他人の顔色を窺うところがある。だが、短所でもあり、長所でもある。俺が素直じゃないだけだ。
二人はシールの街中を荷物の置いてある宿目指して歩いていた。
その途中、空腹を覚えた。
ステーキが食べたい。一キログラムのミディアムをな。
独房での食事は侘しく、そして粗雑だった。料理は冷めきり、量も満足なものではなかった。
ちょうど、酒場の前を通りかかった。
ディフォルメされた牛の顔が掛かれた看板がぶら下がっていた。
「おう、ランス。ここで昼飯にしようぜ。独房の料理は酷いもんだった」
「分かりました」
デルターが言うとランスは同意した。
二人は開け放たれていた扉を潜った。
ちょうどお昼時らしく賑わっていたが、さすが酒場、男ばかりで昼間から酒を飲んでいる者達ばかりであった。
こいつら働いてねぇのか?
デルターはそう思いつつ、給仕の若い女に案内されて食卓に着く。
デルターはステーキ一キログラムを頼んだ。
「私は三百ぐらいでしょうかね」
ランスが言った。
「もっと食えよ」
ランスは決して痩せている体系では無かった。普通体型よりやや腹が出ている。気痩せして見えるだけだ。そのくせ、腕はガリガリで筋肉がほとんどない。
「食って運動しろ。筋肉つけないと就職しても苦労するだけだぜ。お前、自分で学力が無いことを言っていたからな、肉体労働系の仕事も視野に入れておいた方が良い。倉庫内作業とかな」
給仕が注文を聴いて去るとデルターはランスに向かって言った。
「それは、確かにそうですね」
ランスは苦笑いしていた。
それにしても賑やかだった。
「デルターさんはお酒は飲まないんですか?」
「以前は飲んでたさ。だがこいつらロクデナシの仲間になるのは御免だ。それに俺はよ、酒で失敗ばかりしてるからな。だからと言って、お前にも酒を飲むなとは言わないけどな」
「私はあんまり酒は得意じゃ無いんですよ。特に酒が入ると小説にも身が入らないような気がして、余程のことが無い限りは飲みませんね」
ランスが応じる。
食器が割れる音と喧騒が轟いた。
酔っ払い二人が立ち上がって口論している。誰も彼もカウボーイハットをかぶり腰にはリボルバーピストルを差している。
周囲の酔っ払い達は囃し立て、喧嘩を煽っている。
店の主が注意するが、二人の激しい口論は止まない。
給仕の若い女性が度胸を見せ、止めに入ったが、頬を打たれて倒れてしまった。
デルターはその途端、燃える様な怒りが身を包むのを止められなかった。
「おうコラ! テメェら昼間っから飲んだくれて、騒いで、女ぶっ叩いて良い御身分だな!」
デルターが声を上げると、口論していた二人がこちらを振り返った。
「何だとこのジジイ!」
相手はデルターより若く、ランスと同い年かそれより少し上と思われた。
その途端に給仕の女性が悲鳴を上げた。
口論していた相手が二人とも腰からピストルを抜いてデルターに向けたのであった。
「デルターさん!」
ランスが慌てて隣に並んで腰のホルスターに手を掛けようとするがデルターは止めた。
さて、どう止めるか。ピストルは勿論、殴るわけにもいかない。今更だが穏便に事を済ませるには出だしの言葉から自分が間違えていた。
デルターは仕方なく言った。
「ランス、保安官を呼んで来い」
「はい、すぐ戻って来ます!」
ランスはデルターの脇を駆け抜け開け旗れた入口を潜って行った。
「まぁ、座れや。落ち着いて」
デルターはもはや無駄だと思ったが両手を上げて逆らう様子がないことをアピールしながら相手に向かって歩んで行く。
二つの銃口がこちらに向けられている。正直、恐ろしかった。こんな乱暴者でも酔っ払いという恐れるものはあるのだなと今更ながら思った。
「話し合おうぜ」
デルターが言った時だった。
乾いた音が一発響き、デルターの頬を銃弾が掠めた。
すると周囲の者達はこの状況を喜び、酒を呷りながらデルターと二人の酔っ払いを煽った。
「全員動くな!」
思ったよりも早く入り口から声が木霊し、見覚えのある若い保安官補が一人、ピストルを向けた。
程なくしてランスと保安官、他の保安官補も現れた。
「一、二、三人。お前らを事務所まで連行する」
保安官はやる気の無さそうな態度でピストルを抜いた酔っ払い二人とデルターを指差した。
「保安官、デルターさんは違いますよ!」
ランスが隣で抗議した。
「そうです、殴られた私を助けてくれました!」
給仕の若い女性も続いた。
「だが、事件を起こした。硝煙のにおいがするということは、既に発砲したことを意味する。調書を取らねばならん」
保安官補達が銃を向けると、酔っ払い二人は急に正気に戻った様に見苦しい弁解を始めた。ピストルは床に落としている。
「デルター、アンタも銃を置け」
保安官が言った。
デルターは溜息を吐いてガンベルトごとピストルをテーブルの上に置いた。
保安官補達が素早くそれらを回収する。ナイフもだ。
「連行しろ!」
保安官が声を上げ、一人の保安官補に腕を掴まれながらデルターは再び保安官事務所へ行くこととなった。
ステーキ食べ損なったな。
デルターはそう思いながらすれ違いざまにランスに向かって安心させる様に頷いた。
「素人ですが弁護しますよ!」
そう言ってランスはその後に続いて来た。