第十話 「実践と卒業」
翌朝はランスに起こされることとなった。
いや、デルターは目を覚ましていたのだが、相手を起こしに行く前に扉を叩かれたのだった。
「浮かれてるな、ランス。昨日眠れたか?」
「ええ。そんなことよりも今日は実践ですよ。ようやく銃に触れると思うと嬉しくて」
朝食を終え、二人は教習所へ赴く。
イヅキ教官がいつもの黒い革のジャンパーを羽織り、朱色のカウボーイハットをかぶり、今日は赤のスカーフを首に巻いて現れた。
「今日は教室が変わりますので案内します」
イヅキ教官の後に続くと、広い部屋に来た。
木製だろうか。少し先に天井から人の上半身を模った物がぶら提げられていた。
あれが的だな。
あの距離だったら当てられるか。
「お二人ともこれを一丁ずつ受け取って下さい」
イヅキ教官が左右にそれぞれピストルを手にしていた。
受け取ってみて思う。ずっしりとした鉄の重さだ。
「六連発式のリボルバー拳銃ですね?」
ランスが尋ねるとイヅキ教官は頷いた。
「イエスです。弾は入ってません。これが弾薬です。弾をこめるところからやってみてください」
イヅキ教官が二つの手のひらサイズの箱を差し出してきた。
ランスが嬉々としてシリンダーを倒し、弾を入れてゆく。デルターも続いた。
六発の弾が装填されたリボルバーピストルをデルターは的に向ける。
少し離れたところでランスも同じ格好をしている。グリップを両手で握っている。
「的に向かって撃ち尽くしてみてください」
イヅキ教官が言った。
隣で早くも乾いた音がした。
デルターも続いた。
反動は無い。威力のある銃は反動も強いと教本には記されていたが、これはそれほどでもない。ただ、後部の二又のリアサイトから銃身の先にあるフロントサイトを中心に合わせて撃ったつもりでも狙い通りはいかなかった。
「初めはそんなものですよ」
ランスは的を全て外し、デルターの方は頭や心臓にも当たっていたがバラバラだった。
イヅキ教官が的を一つ追加した。
分厚い木でできたその的はかなり遠くへ配置された。
「見ていて下さい」
朱色のカウボーイハットの下でイヅキ教官は不敵に微笑み、一呼吸置いたかと思った瞬間、目にも止まらぬ動作で、六つの銃声が轟いた。
「見えたか?」
「いいえ、全く」
デルターの問いにランスは頭を振った。
イヅキ教官が的を持ってきた。
銃弾が綺麗にしかも隙間無く横一列に穿たれていた。
「おお!」
ランスが声を上げた。デルターも感心した。
「慣れればこれぐらいできるようになりますよ。頑張りましょう」
イヅキ教官は穏やかな表情で言った。
それから二人はイヅキ教官の指導の下、近い的、遠い的の最も致命傷の部分を狙って銃を撃ち続けた。
デルターはランスほど、銃を愛する気持ちにはなれなかった。何せこれは・・・・・・。
「人殺しの道具だ」
デルターは呟く。離れた場所にいるランスには幸いか聴こえなかったようだ。
「ピストルなんて恐ろしいものを、何故、人は作ったんだろうな。こいつは人殺しの道具のくせに、もしかしたら使った者に奪った魂と罪を感じさせない、無情な鉄塊なのかもしれねぇな」
だが、旅には必要なものだ。自分やランス、時には他の誰かを守る為に。
デルターは教官がこちらに来る気配を感じ、弾薬を再び詰め直した。
訓練を続けて行くうちにデルターにもコツやクセが分かった。
ランスの方は教官から再三注意を受けている。狙いも甘いらしい。へっぴり腰だからだ。
デルターはリアサイトの間に見えるフロントサイトを真ん中にし、狙いを定めて引き金を絞った。
「デルターさん、良いところに当たる様になりましたね」
一息入れたところでイヅキ教官が声を掛けて来た。
「おう」
デルターは応じた。
「ランスさんは体勢をどうにかしないと。気を抜くと及び腰になってますよ」
イヅキ教官がランスの方へ歩んで行く。
良いところに当たる様になったか。
「・・・・・・せめて、殺すなら、一息でな」
デルターは一人そう呟いた。
二
全ての課程を終えて、二人は教壇の前に立った。
向かい側にはイヅキ教官が微笑んでおり、見届け人として受付の娘が少し離れた場所に同席していた。
「デルターさん」
「おう」
「全ての課程を修了したことを認め、ここに銃の使用許可証と修了証書を渡します」
イヅキ教官がそう言い許可証と証書を差し出す。
「世話になったな」
デルターはそう言って受け取った。
「こちらこそ」
イヅキ教官は頷いて応じた。
受付の娘が拍手を送る。
「ランスさん」
「は、はい!」
デルターはランスが証書を受け取るところを見届けた。
そしてランスが受付の娘と話している時だった。
「相手は待ってくれませんよ」
穏やかだが芯のある声でイヅキ教官がデルターに言った。
「あなたが撃つのを躊躇ったがために、死んでしまう。銃を教えた身としてそんなことになって欲しくはありません」
いつかの呟きが聴こえていたようだ。
「ああ、教官さん」
デルターは頷いた。
「でも、銃の恐ろしさをしっかり理解しているデルターさんだからこそ、安心して銃を持っていただけることができるのです。くれぐれも道中御無事で。そしてランスさんが罪の意識に苦しんだ時は助けてあげて下さいね」
イヅキ教官が真っ直ぐ見詰めて来た。
「分かった」
デルターは頷いた。
するとイヅキ教官は微笑んだ。
「お二人とも、この町にも銃砲店があります。イヅキの紹介で来たと言えば多少値引いて貰えるかもしれません。是非立ち寄ってみてくださいね」
「そうなんですね、さっそく行きましょう、デルターさん!」
ランスがデルターの肩を掴む。
「ランス、お前ははしゃぎ過ぎだ。ガキじゃねぇんだから、ちっとは冷静になれ。肩が外れちまう」
イヅキ教官と受付の娘が見ている中、デルターは溜息を吐きつつ興奮しきったランスをなだめたのだった。