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第一話 「僧籍剥奪」

「酒に酔った勢いでまた粗暴な行いをしたとな!」

 広大で荘厳な部屋に怒りと呆れの入り混じった声が響き渡る。

 女神像の前に純白の衣装を纏った老人が佇み、デルターは恐縮しながら地に両膝をつき、首を垂れ恐縮していた。

「も、申し訳ねぇ、神官長様。でも、奴ら笑ったんですよ、俺の頭が禿げてるからって!」

 デルターは相手を見上げて反論した。

 マイルス神官長は盛大に溜息を吐いた。

「デルター、神官とは神に仕える者である。言わば神の代弁者。そのような身分の者が酒に飲まれ、己の容姿を馬鹿にされたことぐらいで、酒場で乱闘騒ぎを起こして良いものか? 人を簡単に傷つけて良いものか? それに前の乱闘騒ぎの後に酒は一滴も飲まぬと女神像の前で誓約したことを忘れてしまったのか」

 マイルス神官長の年老いた優し気な表情がもはや諦め顔になっているのをデルターは悟った。

「も、申し訳ねぇ、今度こそ、今度こそ約束をします。もう酒場には入りません。家にある葡萄酒も全て捨てます! 暴力も振るいません!」

「本当か? 今度こそ神に誓って?」

「へ、へぇ! 今度こそ、今度こそは」

「その言葉を信じよう」

 マイルス神官長は言った。



 二



「なんでぇ、年とってもふさふさの神官長に禿げの苦しみが分かってたまるか。だけど、酒は控えなきゃな。そうじゃなきゃ今度こそ俺の地位が危い」

 デルターは己を省みた。

 俺も四十五だ。この年で神官の役職を剝ぎ取られたら、他に行くところは無いかもしれない。

 夜も賑わう表通りをデルターは歩みながら、その喧騒を羨ましく思いながら後ろ髪を引かれる思いで家路に歩んで行く。

 酒はもう止めたんだ。

「よぉ、デルター、お禿げの神官さんよ」

「誰が禿げだと、コラァ!」

 デルターは力任せに腕を振るっていた。

 と、絡んできた三人の男の一人の顔面にまともに拳が当たった。

 ギャッと言って男は倒れた。

「あ」

 デルターはしまったと思った。暴力を振るってしまった。

「お、おい大丈夫か!?」

 酔いが覚めたかのように残る二人の男が倒れた男の様子を見て声を掛けている。

「は、はにゃが」

 殴られた男は顔を抑えながら言った。

 まずい、このままじゃ今度こそ僧籍を剥奪されることになる。

 デルターはニコニコとぎこちない笑みを浮かべながら言った。

「わ、わりぃ、わりぃ、つい手が出ちまって。どうだ、一杯、いや何杯でも奢るから仲直りしようじゃねぇか、兄弟よ」

 だが、間の悪いことに、誰かが通報したらしい。短い槍を手にした衛兵達が軽装の甲冑を揺らしながら駆けつけてきた。

「何事だ?」

 と、言うなりデルターの顔を見て衛兵は状況を察したらしい。

「この乱暴者め! 逮捕する! 来い! お前はまた一週間独房入りだ!」

「そ、そんな待ってくれ、先に俺を馬鹿にしたのは向こうだ!」

「だからと言って相手の鼻を折って良いと言うのか、お前は!?」

 衛兵が詰問する。

「は、禿げを馬鹿にしたんだ!」

 デルターが頭頂部の広大な禿げを指し示しながら弁明しようとすると、衛兵は言った。

「禿げぐらいなんだ!」

「何だとこの野郎!」

 気付けばデルターの腕は衛兵の兜の側頭部を殴りつけていた。

 殴られた衛兵は吹き飛び灯りの漏れる建物の下に倒れ、起き上がらなかった。

「き、貴様、本官らに立てついたな! 公務執行妨害で再逮捕する!」

 ああ、何で俺はこうなんだろう。

 デルターは反論できず、決まり悪く黙り込んだ。もう怒りも短気も湧いてこない。そして夜の街の賑わいを余所に二人の衛兵に連行されて行ったのであった。



 三



 デルターは再び女神像の前にひざまずいていた。

 その前にはマイルス神官長がいる。

 実際、禁固一か月になるはずだったが、マイルス神官長が罰金と保釈金を払い、一日で出て来れた。

「デルター。誓いを破ったな」

 マイルス神官長の声には正真正銘の呆れがあった。

「へ、へへぇ、申し訳ございませんでした!」

 デルターは床に額をこすりつけて謝った。

 マイルス神官長は深く溜息を吐いた。

「本当に、本当に申し訳ございませんでした!」

「お主には黙っていたがこれまで教会に陳情書が来ておる。何通も、何通もじゃ」

 デルターはごくりと生唾を飲んだ。

「デルター、お主を今日限り破門とする」

「そ、そんな! それだけはどうかご勘弁を!」

 デルターは慌てて顔を上げて言ったが、神官長は頭を振った。

「さぁ、皆、この者を放り出すのじゃ!」

 状況を見守っていた神官達がデルターの周囲に歩み寄った。

 二人がデルターの左右の脇の下に腕を回した。

「神官長様、神官長様、どうぞお慈悲を、お許しを!」

「ならん!」

 マイルス神官長は頑なにそう言い神官達に目配せで合図した。

 しかしデルターの太った身体を神官二人では支えきれず、八人がかりでようやく持ち上げた。

 デルターは神官長に慈悲を請うた。しかし、こちらを見る神官長は威厳ある表情を向けるだけであった。

 神官達に持ち上げられ、デルターはどんどん神官長から離されていった。

「せーの!」

 そしてかつての仲間達に外へと放り出された。

 仲間達は振り返る様子も無く教会の中へと戻って行った。

「くそぉ! 上等だ、僧侶なんてこっちから辞めてやる!」

 デルターは教会に向かってそう叫ぶと怒り心頭のまま街へと歩んで行った。

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