ちへいせんのうた
わたしは、ちへいせん。
どこまでも 続く ちへいせん。
ゆるやかに、終わりのない カーブを 描きながら、わたしの 上に せかいは ひろがる。
そして、大きな 大きな 空。
わたしは、ちへいせん。
朝もやの なかの ちへいせん。
ぐんじょう色の きものを ぬいで、世界は あかねに そまっていく。
遠くに うかんだ 山なみの てっぺんから、生まれたての たいようが 「おはよう!」と 顔を 出す。
ちょっぴり まぶしそうに かた目をつぶって、フラミンゴ色の ハトが、「おはよう!」と 返す。
わたしは、ちへいせん。
まんげつの 夜の ちへいせん。
『うぉーん』と、遠くで 声が する。
あらしのように 雲は 流れる。
光と やみが 追いかけっこ。
はい色の クレーターが、見えたり かくれたり……。
どこかで、おおかみ男が めざめそうな 夜。
わたしは、ちへいせん。
まいにち、風を ながめて くらす。
赤い ポピーの 花びらを 飛ばし、三枚ばねの 風車を 回し、さばくの はてに 砂のお絵かき……。
とんがりサソリが、思わず つぶやく。
「風さん、今日の 行く先は?」
わたしは、ちへいせん。
まいにち、土を ながめて くらす。
だれも 行けない ジャングルの おく深く、香りたかい 花が 咲くという。
だれも 知らない 遠い 岬に、ひみつの 花ぞのが あるという。
いいえ、そおっと して おやり。
あなたの 足もとに、ほら、むらさき色の 小さな すみれ!
わたしは、ちへいせん。
まいにち、水を ながめて くらす。
褐色の 大地に 産みおとされた、ひとつぶの しずくが、ひとすじの 流れが、やがて、とうとうと 大陸を 旅する。
いつか、イルカに みちびかれて、すいへいせんに めぐりあう。
わたしは、ちへいせん。
星づきよの ちへいせん。
くろぐろと ねむりに おちた ヒマラヤすぎの 上に、音もなく 星の 雨が ふる。
またたきを する あいだに、ひとつ、ふたつ、ほうき星が 流れおちる。
ほうら、いそいで!
ねがいごとを となえなさい。
わたしは、ちへいせん。
しずかな 雨の 朝の ちへいせん。
わたしの 上の すべての ものたちに、ひとしく 雨は 降りそそぐ。
おたまじゃくしに、ぺんぺん草に、朝ねぼうの てるてるぼうずに……。
はるか 空の かなたから、かみさまが ぎん色の じょうろを かたむける。
深く 大地に しみこんで、雨は、よつばの クローバーの 種を うるおす。
わたしは、ちへいせん。
雨あがりの ちへいせん。
コバルトブルーの 空を 背にして、小さな 男の子が、わたしの 上に そっと おり立つ。
ながい ながい 道のりの、さいしょの 一歩を 今、ふみ出す。
わたしは、ちへいせん。
わたしは、あしたを ながめて くらす。
──おわり