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転性のノスタルジア  作者: 都森メメ
中学二年生
8/42

帰郷

中学二年生編、始まります。

 

 前世の話をしよう。

 私がまだ男だったときの話だ。特に山も落ちもない、ごく平凡な短い人生だった。そこそこの学歴でそこそこの企業に就職、そこそこの出世コースを歩む。かつての私はそういう人間だった。


 前世の自分が死んだあとに今の自分が生まれるのが転生だと思われるかもしれないが、私の場合は違う。今の自分と前世の自分の生きている時間は一部が被っている。西暦に乗っ取れば、前世の自分が中学生のころに今世の私は生まれており、このまま行けば前世の私は来年死ぬ運命にある。


 この世界がパラレルワールドなのか、それとも前世の自分が死んだあとにその魂がタイムスリップを起こして今の私になったのか、どちらかはわからない。ただ一つ言えることは、前世の私は今世の私に会った記憶がないということだ。

 もし今の私が前世の私に出会うとどうなるのだろうか。世界が再構成されるのか、それとも滅ぶのか。ただ単に私の記憶が更新されるだけなのか。


 確かめる必要がある。

 決行する日は決めていた。

 前世の自分の誕生日、八月一日に、私は前世の自分の家に行くのだ。

 現在の住居とはかなり離れた場所にあるが、そこに向かうためのお金も用意した。入念に計画を立て、日帰りで行けるようにした。



「よし、行こうか」


 航平と疎遠になってから約一年、私は中学二年生になった。そして今年の夏休みの八月一日に、私は前世の故郷に里帰りをする。

 まあ、もし前世の自分がこの世に存在したとしても遠巻きに眺めるだけのつもりだが。


 歩きやすいデニムのズボンに半袖のTシャツ、交通費の入った財布や水筒を入れたリュックサックを背負い、私は旅に出た。


 中学生の女の子が一人で新幹線のホームにいるとジロジロと周りから見られるが、まあ仕方がない。

 新幹線に乗り込み、リュックをお腹に抱えて指定席に座った。これからこの新幹線は二時間ほど西へ向かう。

 お昼には向こうに到着する予定だ。


 窓際の席が取れて良かった。コンビニで買ったおにぎりを食べながら高速でスクロールされる風景を眺める。

 食事を終えて満腹になったお腹をさする。


「なんか、今日はお腹が痛いな、ストレスかな」


 過去の自分に会いに行くという行動が思いの外重圧なのか、お腹の下のほうがキリキリと痛む。ついでに頭痛もする。

 精神的に疲労しているのだと結論づけて、窓の外に見える長閑な田園風景を眺めて気を紛らわした。



 前世の故郷にある新幹線の駅に到着した。ここからはバスと地元の電車を乗り継いで家に向かう。


 新幹線に揺られ、バスに揺られ、電車に揺られて頭が痛い。朝よりも頭痛が酷くなっている。私のメンタルはこんなに弱かったのかと呆れながら、記憶の奥にある懐かしい道を通って前世の実家に向かった。

 町の匂いや音が、頭痛に苦しむ私の脳みそを掘り起こしてくる。あのコンビニはよく行ったとか、あそこで転んで怪我をしたのだとか、この公園でラジオ体操をやったとか、そんなどうでもいい記憶ばかりを思い出す。


 あと少しで前世の実家に着く。

 私の記憶が正しければ、次の角を曲がれば右手に一軒家が見えるはずだ。

 こんな遠くまで来たのだ、きっと前世の家族と自分に会えるだろうという気持ちが湧いてきた。出発前は遠くから確認するだけで良いと思っていたのに。

 ワクワクと期待が高まり心臓がはねる。

 高揚感が頭痛と腹痛を誤魔化してくれたので、目の前の角まで小走りで駆け寄った。




 そこにあったのは一軒家ではなくただの更地で、高揚していた私の心臓が地面に叩きつけられたかのように感じた。思い出したかのように頭痛と腹痛が一気に襲いかかってきて、地面にうずくまってしまう。


 一応念のため、更地の隣の一軒家の方に話を聞いてみた。前世の私のご近所さんで、私はその人の顔を覚えている。


「すみません、隣の更地っていつ頃からこの状態でしたか?」

「だいぶ昔からよ、少なくとも……10年以上前からだったわね」

「……ありがとう、ございました」


 お隣さんにお礼を言って別れる。

 元気のない私を見て訝しげにしていたので、警察を呼ばれる前にさっさと帰ったほうがいい。


 この世界には、前世の私と家族は存在しない。最初からなんとなくわかっていたが、やはり、心のどこかがショックを受けていた。ああ、頭が痛いな。


 帰りの新幹線も窓際の席に座った。左手にある小さな窓から前世の故郷を眺める。時刻はすでに夕方で、雲のない綺麗な空は真っ赤に染まっていた。網膜に焼き付くような茜色だった。

 故郷は夕焼けで照らされ、まるで町全体がゆっくりと燃焼しているかに思えた。

 小窓からは夕日が斜めに差し込んでいて、新幹線の内部も夕焼けに飲み込まれる。


 気だるい体をシートに沈めて瞼を閉じる。しばらく、眼に光を入れたくなかった。

 顔の左側に夕日が当たり、頬の肉がじりじりと熱を溜め込んでいく。このままだと顔に変な日焼けあとがついてしまうと思ったが、腕を伸ばして窓のカーテンを閉める気にはならなかった。


「ああ、怠いな」


 人の少ない新幹線のなかで、小さく独り言を呟く。この土地から早く去りたかった。いっそのこと、夕焼けがこの街を焼き付くしてくれればいいのに。


「中途半端な故郷なんて、ないほうが良かった」


 新幹線は東に進む、今の私の故郷に向かって。

 太陽は西に沈む、前の私の故郷を照らして。


 私は今、どこに帰っているのだろうか。



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