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転性のノスタルジア  作者: 都森メメ
高校二年生
34/42

大晦日

 

 今年の大晦日は、航平、陽菜、山本くんの四人で過ごすことになった。場所は私の家である。父が帰ってくるのは来年であり、まだ寂しい我が家に一時的な賑やかさが訪れる。


「カンパーイ!」

「「「乾杯!」」」


 元気な陽菜の音頭でグラスをかち合わせた。お酒、といきたいところだが未成年なのでジュースで我慢である。


 ちなみにご飯は蕎麦、年越しだからね。蕎麦の上に乗っている海老天も市販の惣菜だ。豪華な料理を作ったところで、年末ではゴミの処理に苦労するだけである。手抜き料理は大晦日の特権、というか、毎年おせちを作るのに全力を出すのでその息抜きとも言える。


「何見る?」


 陽菜がテレビのリモコンをいじりながらそう聞いてくる。


「「紅白」」


 思わずハモってしまったのは私と山本くんだ。彼も私と同じく、大晦日は紅白派らしい。

 今年は特に聞きたいアーティストがいるわけでもないが、それでも紅白を見ていればなんとなく安心できる。


「航平は?」

「んー、まあ俺も紅白かな」


 航平も毎年ではないが、私と一緒に大晦日を過ごすことが多かったので当然同じであった。

 けれども、私たち紅白派の三人に対して、信じられないといった感じで陽菜が言ってくる。


「うせやん」

「なに陽菜?」

「ふつう『ガキ使』やろ」


 陽菜の言う『ガキ使』とは、紅白に並ぶ大晦日の特別番組で、毎年高い視聴率を誇っている人気番組である。大御所芸人の五人が、何らかのテーマに沿ったイベントをこなしながら、笑うとお尻を叩かれるという内容のお笑い番組だ。その奇抜さから熱烈なファンが多いことで知られている。関西人の陽菜もそのうちの一人だったらしい。


「多数決だと紅白かな」

「ええー、陸くんー」


 私が紅白だと言うと、陽菜は山本くんに乗り掛かった。具体的に言えば、自分の大きな胸を押し付けるようにして山本くんに抱きついたのだ。シャツ越しの見た目でも柔らかさがわかるほどで、航平がそれを羨ましそうに見ているのに若干腹が立つ。

 陽菜に抱きつかれた山本くんは顔を綻ばせながら先程の発言を撤回した。


「やっぱり『ガキ使』で」

「陸くん大好きー!!」


 目の前でイチャつきやがって、とは思うが私も航平という彼氏がいるので嫉妬したりなんかしない。たとえ、航平が陽菜の胸に視線を釘付けにされていたとしても、嫉妬したりなどしない。しないったらしない。


「これで2対2やな」


 勝ち誇った風に言う陽菜。買収された山本くんに文句を言っても良かったが、なんとなく負けた気になりそうなので止める。というか山本くんは陽菜に絆されすぎではないか。いや、むしろ狙ってやっているのか。


「美咲、じゃんけんや!」

「はあ、仕方ないな」


 陽菜とじゃんけんをする。結果、私は負けた。夕方6時からのテレビ権は陽菜の支配下に置かれた。まあ、私は大人なのでイラついたりはしない。そこまで紅白を見たかったわけでもないしね。今年の大晦日は『ガキ使』を見ることになった。


「あははははは!!! 松本、うひひひひ!!」


 大声で笑い転げる陽菜はどうでもいい。問題なのは、笑うたびにぷるぷると揺れる陽菜の胸に視線を寄せられがちな航平のほうだった。すぐそばに恋人がいるというのに、他の女に目移りするとは度しがたい。陽菜の彼氏の山本くんの、余裕を見習って欲しい。先程から陽菜の胸には目もくれない。まあ彼は前世が女なので、その影響もあるのだろうが。


「航平?」


 私の呼び掛けにビクリと震えてから、航平がこちらを振り替える。最初に私に向けられた視線が、私の目でなく胸のあたりになってしまったのはきっと気のせいだろう。


「ん? 美咲と航平くん何イチャついてるん?」


 突然航平を呼んだことで、イチャついていると思われたらしい。陽菜もこちらを振り返った。山本くんはニヤニヤしながら私の様子を伺っている。全て理解したうえで、この状況を楽しんでいるらしい。


「なんでもないよ」

「……おう」

「なんやってん結局」


 不思議そうに首を傾げる陽菜は、けれどもすぐに興味がテレビ番組に移ったらしい。再びくすくすと笑い始めた。




 日付を越えてからも、私たち四人は徹夜で遊び呆けた。トランプだのウノだのテレビゲームだの兎に角、時間を潰せるもので遊びながら日の出を待ち続けた。

 寝落ちしかけた私が陽菜にお尻をぶっ叩かれたり、山本くんがいきなり陽菜に抱きついたり、それを見た航平も私を抱き締めてきたりと、とても賑やかな年末と年始の狭間を過ごした。



 ピピピピ、とスマホの目覚ましで起床する。ぼやけた視界には薄暗いリビングが見えた。周りを見ると、航平も陽菜も山本くんも、ソファーやカーペットの上で寝ていた。知らないうちに全員寝落ちしていたらしい。スマホの目覚ましをかけていなかったら、初日の出を見逃していただろう。


 カーテンを開けると、まだ空は瑠璃色で太陽は昇っていなかった。夜明け前の冷たい空気をガラス越しに感じながら、取り敢えず全員を叩き起こした。


「めっちゃ眠い……」

「美咲ー、今何時?」

「4時過ぎ、初日の出はまだだよ」


 順番に顔を洗ってから、コートを着こんで地元の神社に四人で向かった。山の中腹にある神社で、登るのに苦労はするが、初日の出がよく見えると地元では有名な場所である。元旦には毎年多くの人が神社に登る。


 それらの人々を狙った屋台も軒を連ねていて、美味しそうな匂いがそこら中に充満している。元旦に特有の、冷たく静かな空気を切り裂きながら坂道を登っていく。境内にたどり着くと、鳥居の付近は人で溢れかえっていた。皆一様に東を拝んでいる。私たちもその群衆に入り込み、東を見つめながら待ち続ける。


「そろそろかな」

「あ、山の縁が光ってきた」


 遥か遠くに見える、山際の頂上が弧を描くように薄く光っている。眩しさに目を細めつつも眺めていると、その光はやがて弧から円に変わり、太陽が現れる。今年最初の陽が昇った。

 自然とまわりの見物客たちから拍手が沸き起こり、私たち四人もそれに追随する。



 高校生活も、あと一年と少しを残すばかりである。



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