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転性のノスタルジア  作者: 都森メメ
中学三年生
15/42

修学旅行

三年生編、始まります。

 

 朝の七時、普段なら生徒が家にいるはずのこの時間帯、東雲中学の校庭には私たち三年生が全員集められていた。クラス毎に二列で並び、各担任の先生が忙しそうに点呼を取ったり、学年主任の先生がバスの運転手と話したりしている。


 体操座りで校庭を占拠している私たちは、みな一様に大きなボストンバッグやキャリーバックを抱えていた。重そうな荷物を持ちながら、浮わついた雰囲気の私たちは、早く出発することを望みながら雑談に興じていた。


 季節は五月、梅雨に入る前の比較的穏やかな気候で、日本全国の天気も良好なこの日、私たちは修学旅行に行くのだ。

 人生で数回しかないこのイベント、あと一年で卒業することになる中学での、最大の思い出を作るために、私たちはここではないどこかへ向かう。


 住み慣れた町から、見知らぬ町へ。そこで体験する非日常を、私たちは生涯忘れることはできない。

 同じ班であり、隣で座っている陽菜がわくわくした様子で話しかけてきた。


「京都かー、楽しみやな」

「修学旅行の定番だけどね」

「またそんな捻くれたこという」

「そういえば陽菜ってさ、関西のどこ出身なの?」

「神戸やで」

「兵庫県ね」

「神戸な」


 何故か若干どや顔の陽菜だったが、無視をすることにした。視線を前に向けると、ちょうど私の班の班長が先生のところから戻ってきたところだった。彼は私と陽菜に、新幹線のチケットが入った封筒を差し出してきた。


「はい、桜田さんと佐久間さん」

「ありがと、山本くん」

「さんきゅー」


 山本陸斗(やまもとりくと)という名前の彼は、この修学旅行における私の班の班長である。

 眼鏡をかけた利発そうな印象の彼だが、実は航平と同じ剣道部である。航平ほどではないが体つきはがっしりとしていて、制服の学ランをピッタリと着こなしている。爽やかな性格をした彼は、うちのクラスではかなり人気の高い男子生徒である。


「はい航平も」

「おう、ありがと」


 ちなみに航平も同じ班である。私と陽菜に航平と山本くん、この四人がこれから京都での二泊三日の旅を共にする仲間たちだ。


「航平、ちゃんと酔い止め持った?」

「持ったよ」

「京都ついてからもまたバスに乗るから、頑張るんだよ」

「お前は俺の母親か」


 学校から新幹線の駅まではバスで向かう。小学校の修学旅行でも、バスに乗って真っ青な顔をして吐き気を耐える航平を見ていたので少し心配だ。昔から乗り物酔いが酷かったからね、航平は。


「相変わらず二人とも仲がいいね」


 微笑みながらそう言ってくるのは山本くんだ。

 言葉の内容をそのまま受けとれば、ただ単に私たちをからかっているだけなのだが、私は彼の目を直視できない。


「そんなに仲良くねえよ」

「説得力ないなぁ」


 航平と山本くんが仲良く談笑しているのを横目に、さて、何事もなければいいのだがと思うしかなかった。








 山本陸斗と日直で一緒になったのは、修学旅行の1週間前のことだった。掃除が終わって日直以外誰もいない教室で、私は日誌を書いていた。


「桜田さんってさ、航平とは幼馴染なんだよね?」


 夕日の差し込む教室で、換気のために開け放たれた窓から入ってきた風がカーテンを揺らしている。帆を張るように膨らんだかと思えば、しわくちゃになって縮んだりを繰り返す。

 穏やかな放課後の教室で、山本くんはそんなことを私に聞いてきた。


「そうだよ、小学二年のころからね」

「付き合ったりはしてないの?」


 交際相手を探る発言でありながらも、山本くんからは中学生らしい緊張感というか、言葉の硬さを感じなかった。本当に、淡々と質問しただけという風である。


「付き合ってないよ、単なる幼馴染」

「へえ、そうなんだ」


 私の答えに満足するでもなく失望するでもなく、ただ事実を受け止めただけで、心の動きを感じられない。

 とりあえず航平の話から軌道を修正することにする。


「山本くんは彼女いないの」

「残念ながらね」

「意外だね、女子から人気高いのに」

「桜田さんもそう思う?」

「うん」



 適当に話をしていると日誌を書き終わったので、日直の仕事はこれで終わりだ。さあ帰ろうかなんて考えていると、山本くんは話を続けてきた。


「桜田さん、この前校舎裏にいたよね、高城のやつと」

「……見てたの?」

「たまたま2階の窓から見えてさ」

「それで」

「告白断ってたよね、高城、結構モテるのに」


 クラスメイトの高城に告白されたところを見られていたらしい。こういう話を平然とぶちこんでくる青春という原動力は恐ろしいのだが、山本くんの原動力は別のところにあるように感じる。


「うん、断ったよ」

「誰かと付き合う気はないの?」

「今のところはね」

「航平とも?」


 また航平の話に戻ってしまった。ここから話題を変えるのは無理そうだが、なんとかしなければ。


「……剣道部の練習、遅れるよ山本くん」

「航平に告白されたら付き合う?」


 駄目だ、話題の方向転換のレバーをお互いに引き寄せようとしている。


「あ、別に航平に言われて聞いてるんじゃないからね。僕が自分のために質問してるだけ」

「…………付き合わないかな、航平とは」


 諦めて正直に答えることにした。こんなに会話の誘導が難しい中学生は山本くんが初めてだ。

 というより、これは……


「へえ、そうなんだ。てっきり航平のこと好きなんだと思ってたよ」

「好きだよ、付き合おうとは思わないだけで」


 山本陸斗という少年は女子にモテる。彼のことを好きな女子は皆揃って彼を大人っぽいと誉めるのだ。中学生の女子が男子のことを子供っぽいと馬鹿にするのはよくあれど、大人っぽいと称されるのは山本くんだけだ。

 おまけに彼は頭もいい。定期試験の成績はいつも私と同じくらいで、学年でもトップクラスだ。


 彼は異質なのだ。中学生から見ればその異質さは魅力的にうつるのだろう。紳士的で、賢く、そして顔立ちも整っている。モテないわけがない。

 良く言えばオトナっぽい、けれど大人から見ればこう思われるだろう、中学生らしくないと。


「ねえ桜田さん、良かったら僕と――――――」

「山本くん、前世って信じる?」


 私は会話の主導権のレバーを叩き折った。




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