彼女とYシャツと私。
「優希ちゃんの制服着たら、胸おっきくなりそうだよね」
体育が終わり更衣室に戻ったらショートカットの可愛い女の子が私のシャツを抱き締めていた。
彼女は芽愛ちゃん。幼稚園からの幼なじみだ。
「えぇ……? 突拍子が無さすぎるよ芽愛ちゃん……」
「だってずーっと一緒に成長してきたのに、優希ちゃんが大盛で私が小盛なのはおかしい!」
片手で私のシャツをしっかりと掴みながら、こちらにビシッと指を突きつける芽愛ちゃん。
理論は理解できないが、気持ちはわからないでもない。中学一年生の頃までは大差無かったのだが、次の年から私の胸が唐突に大きくなり、高校三年生になった今のカップ数はCだ。
一方芽愛ちゃんはぺったんたん。陸上部だからこの方が効率良い!なんて言ってるけど、気にしているのは皆が知ってることだ。
「遺伝だし仕方無いじゃん……。わ、私は今の方が芽愛ちゃんらしくて良いと思うけど」
「えー……私はおっきくなりたい……」
こんな感じでうっかり願望を口に出してしまうので、芽愛ちゃんは隠し事ができない。
ちっちゃい方が似合ってると思うのは本心だ。
陸上をしているときの彼女はとても凛々しくて、普段とは真逆の真剣な顔にキュンとさせられる。バカな男子なんかとは比べ物にならないほどだ。
そのくせ、良い記録が出たりすると少年みたいにはつらつとした笑顔で抱きついてくる。ギャップで息の根を止めに来る無自覚な小悪魔と言っても過言ではない。
また、女の子としてもとても可愛いと思う。小麦色の肌に引き締まったスレンダーな体。普段陽に当たらない部分と対比して真っ白く見える肌が妙に色っぽい。
はっきり言って、胸なんて芽愛ちゃんには必要ない。今のままで充分だ。
いつかわかってもらいたい。
「せめて優希ちゃんの制服で巨乳気分だけでも味わうの!」
「えっ!? あっちょっ……!?」
そう言って、芽愛ちゃんが下着だけの姿で私のシャツを纏った。
(め、芽愛ちゃんが私の制服着てる……。彼シャツみたいになってて可愛いよぉ……)
胸の部分をさする芽愛ちゃん。
そして一言、
「……虚しい……」
と言い、ゆっくりとシャツを脱いだ。
「なんか、うん……ごめんね」
「いや、うん……こちらこそ、ごめん……?」
なぜかわからないが私も謝ってしまう。
明らかにテンションの落ちた芽愛ちゃんは、のそのそと自分の制服に着替え始めた。
(辛いだろうけど……いつか魅力に気づけるよ……)
心のなかで彼女を慰め、自分のシャツに袖を通そうとした時、
(待てよ……このシャツは芽愛ちゃんが着たのか)
そう思い、手に持つシャツを見直す。
(……体育の終わりの汗だくの芽愛ちゃんが着た……しかも私が来るまで抱き締めてた……)
不自然なほど長くシャツを見つめていた私を見て、芽愛が首をかしげる。
「どうしたの?」
「えっ!? あっ、いや、ちょっとトイレ行ってくるね!」
思わずシャツを持ってトイレに駆け込む私。
個室に入り鍵をかけて、改めて見直す。
一時間前にはただの布だったものが、妙に魅力的だ。
(……嗅ぎたい)
鍵をちらりと見て、ちゃんと閉まっているか確認する。念のため、隙間から誰かが見ていないかも確認。うん、問題無しだ。
心臓が痛いほどバクバクしている。体は熱くなり、息が荒くなっていく。
そして、
(あっ……ああああああ)
息を大きく吐いて、顔を押し付けた。
まず感じたのは、甘酸っぱさ。私が使わない柑橘系の柔軟剤の香り。そして、それらとは違う甘い汗の香り。
フーッフーッっと深呼吸を繰り返す。
嗅ぐと満たされ、すぐにまた嗅ぎたくなるそんな匂い。何度も何度も吸って吐いて、そうしていくと脳内に芽愛ちゃんの匂いが染み渡っていく気がした。
「んん……」
思わず切ない声がでる。
(もっと、もっと欲しい。もっと芽愛ちゃんを感じたい)
ゆっくりと、手が下半身に伸びて……
「優希ちゃーん? 大丈夫ー?」
思わずビクッと跳び跳ねる。
外から芽愛ちゃんの気配がする。いつの間にか様子を見に来ていたらしい。
「だ、大丈夫だよ」
「そう? そろそろ鐘鳴るから先に戻っておくね。一応先生に、優希ちゃん体調悪そうだから遅れるかもって言っておくねー!」
「う、うん。ありがとう」
走り去っていく音が聞こえる。
未だに心臓は高鳴っている。
「あ、危なかった……」
芽愛ちゃんの声がしなかったら、どこまで行ってたかわからない。グッジョブ芽愛ちゃん……と思ったのだが、
(……遅れても大丈夫なのか……)
もう一度、手に持ったシャツを見る。
(授業が始まれば、ほとんど人は来ない……)
少し迷って、私は大きく息を吐いた。