出会えた日2
ゼン様と私の目が合う。
本当に綺麗な眼だなあ、と思った瞬き一回の間で、情報の読み取りは終わったらしく、私から視線を外したゼン様が、何やら考え込んでいる。
ボディも綺麗だなあ、と目の保養に励んでいると、ゼン様が声を掛けてきた。
「幼子、おまえの目に精霊は映るか?」
「はい?」
なぜに精霊。そんな素敵ファンタジー要素が周りにいたら、もっと人生楽しいですよ。精霊さんとか、いるなら私も見てみたい。
はっきり答えなくとも、私の様子から見えないことが分かったのだろう。ゼン様がやはり、といった妙に納得した感じでうなずき、話を続ける。
「此処の空間はな、精霊による結界があるのだ。空間を隔離するかなり高度なものでな、本来なら我と管理者の高位精霊以外は入ることはできぬ。」
(うっわ、なんか私、不法侵入してる!?え、なんで、森走ってただけなんですけど!?)
ヤバい!という焦りがばっちり顔に出ていたようで、私の顔を見たゼン様が笑いを含んだ声で言う。
「気にするな、おまえを咎める気はない。森に棲む精霊が結界を開き、おまえを通した。」
だが、とゼン様が続ける。
「本来、複数のものが関与したとて、此処の結界を解くなど不可能。幼子一人の為にそれだけの力を使う理由も不明。いや、そちらは大方予想はつくがな。」
そこでだ、とゼン様が私の目をのぞき込む。なぜかものすごく気まずそうにしている。
「確認したい。幼子、すまぬがおまえの成り立ちを視せてもらえるか?」
「成り立ちですか?」
「そうだ。性質、潜在能力、此の世に生を受けて後現在に至るまでの情報といったところか?」
うわー、個人情報まるっと見られるってことですか?
まあでも、私、幼児だし。恥じらいとかまだ育ってないし、別にそんなに抵抗ないな!
「どうぞ。それがお役に立つのでしたら。」
「良いのか?」
「はい。」
さっきから、思う存分麗しいお姿を見て目の保養に励んでいたしね!こんなことでお役に立てるなら、お礼しないとね!
「すまぬな。できる限り、必要な情報のみ読み取るようにしよう。」
申し訳なさそうに、ゼン様が言う。
本当に紳士な方だなあ、と思う。こんな子供にそこまで気を遣うことはないのに。
では、とゼン様が再び私と目を合わせる。
さっきもだが、目を合わせるのが情報読み取りの発動条件なのだろうか?
ため息が出るほど美しい、青と金の宝石のような眼を間近で見れて、私にとってはむしろご褒美である。
さっきよりも長い、それでも一分もしない時間で、ゼン様が私から視線を外した。
そしてため息を吐いた。
「なあマナ、ヒトというのは雛を育てることをせんのか?」
あ、名前。あと、ネグレクトのことが知られたらしい。
種族に対する誤解は解いておこう。
「いえ、一般家庭ではきちんと子育てが行われています。私の家が特殊なのです。」
「そうか…。」
何だか気の毒そうな目をされている。
「それより、何かの確認はできたのですか?」
ちょっと気まずいので話を逸らした。
成功したようで、ゼン様が何やら真剣な面持ちで話し始める。
「おまえはな、『霊鎮め』の能力者だ。」
「たましずめ、ですか?」
何だろう?というか、私に何やら特殊能力がある模様。
「荒ぶる魂を鎮める『静化』、魂の癒しを与える『治霊』、その二つを掛け合わせ、且つより強化した能力だな。」
うん、全然分からない。
やっぱりそれも顔に出てしまったようで、ゼン様が苦笑しながらかみ砕いて説明してくれた。
「そうだな、簡単に言うと、おまえの周りにいるだけで精霊や霊魂は穏やかになるし、力が付く。精霊や魂のみでこの世に留まっているような存在は、存在するだけで力を使う。おまえの側ではそれがなく、むしろ限界値に至るまで力が貯まり続ける。」
ふむふむ、私は精霊さん達にとっての栄養補給ということかな?
「また、狂化した精霊や、悪霊化した霊魂も、おまえの側にいれば穏やかに、つまりは浄化される。」
ふむふむ、浄化装置的なこともできると…と、待って、今悪霊って言った?
「悪霊、いるんですか?」
若干涙目になってると思う。
私、怖いのは苦手なんですよ…。前世で見た日本謹製の某ホラー映画がトラウマで…。いや、映画自体なら怖いなーだけで済んでたんですけど、後日、夜勤明けの謎テンションのお母さんが、無駄に張り切ってドッキリを仕掛けてきたせいで…。うぅ…隙間怖い隙間怖い隙間怖い…。
「マナ、大丈夫だぞ?おまえの側では悪霊は存在できないからな?出遭うことはないぞ?」
暗い目で震え出した私を気遣って、ゼン様が声を掛けてきた。
そうか、いたとしても会わなくて済むなら大丈夫だね!
「話を続けてよいか?」
「すみません、大丈夫です。」
話の腰を折ってしまっていた。申し訳ない。
「能力自体も稀有なのだがな、問題はおまえがヒトであることだな。現在確認されている『霊鎮め』の能力を持つものは全て鉱物や植物だ。此処の泉の中央に安置されている石も、そのうちの一つだな。」
なんと、すぐ側にお仲間が!
いや、それよりも聞き捨てならない現実が。
「私は…珍獣ですか?」
「珍獣?いや、確かに稀有なものではあるが…。女の子が自分をそんな風に表現してはいけない。」
困ったように笑ったゼン様に諭される。
さっきから何度も言うが、紳士である。
「石は動かない。植物は言葉を発しない。しかしヒトは、身体を動かし、笑い、泣き、言葉を紡ぐ。おまえが動くことで起きた空気の流れは、おまえの発する音や感情は、おまえの意思の宿る言葉は、全てがより多くの力を与え得る。」
故に、とゼン様が続ける。
「おまえは何よりの宝であろうな。」
ふわり、と温かい風が頬を撫でていったような気がした。
私の存在は精霊さんたちの役に立っていたようだ。
込み上げてくるものがあった。
私にいて欲しいと、そう思ってくれるものがいるのだ。
「お前は精霊が視えない。視えなかった、ということは、認識できなかったということだ。
個が精霊の力を借りるには、本来は、認識し、言葉を紡ぎ、何らかの対価を差し出す必要がある。精霊が個から一方的に何かを奪うことも、逆に自由に与えることも理に反する。それでも、何とかしてお前の助けになろうとしたのだろうな。」
柔らかい声音になって、ゼン様が語る。
「認識を曖昧にぼかし、おまえの言葉を拾っては、おまえにだけ与える為の力を使っていたようだな。対価は常に受け取っているようなものだしな。もっとも、認識の欠如によって振るえる力はわずかばかりだったようだが。」
もしかしなくても、あかぎれが一晩で治ったり、冬でも森で食料が得られたりは、精霊さんのおかげだったのだろうか。他にもきっと、色々と助けていてくれたのだろう。
「わずかとはいえ、理を欺いているのだから驚嘆に値する。おまえの側で、どれほど力を蓄えているのやら。」
黒が荒れそうだ、とゼン様が笑う。
「だからほら、笑うといい。本来、正負どちらであっても強い感情はあれらの力になる。それでも、おまえを喜ばせようとしたあれらの努力を無駄にしないように、な。」
柔らかなしっぽの先で、ゼン様が頭をぽんぽんしてくれた。
いつの間にか、涙があふれていた。
嗚咽をこらえて、精一杯の笑顔を浮かべる。
くるりと振り返る。できる限りの感謝の気持ちを込めて、見えない精霊さん達に伝えよう。
「ありがとうございます!」
深く、頭を下げる。
見ていてくれてありがとう。気遣ってくれてありがとう。助けてくれてありがとう。
頭を上げ、祈る形で手を組んで、ぎゅっと目をつむって、力を込めて念じてみた。
しばらくそうしてから、ゼン様の方に向き直る。
すると、ゼン様が呆れたような目でこちらを見ていた。
「あの、どうかしましたか?」
「いや、おまえではなくてな…。」
歯切れ悪く、ゼン様が答える。
「いや、やめておこう。水を差すのも悪いしな…。」
「?」
「まあ、気持ちは分からないでもないしな。」
「?」
「何にせよ、おまえは望みがあるなら言葉にすることだな。わずかではあろうが、助けとなろう。それを精霊たちも望んでいる。」
「…はい。」
目を閉じて、嬉しさを噛みしめる。
見えないけれど、好意を示してくれる相手がいることを知れて、心が温かい。
そんな私を、ゼン様が穏やかに笑って見ていてくれた。
ちなみに、環境整備は個人に対する影響ではないので理に反しません。
精霊さんが主人公に生きやすい環境を提供しようとした結果、町の周りから魔物等の危険が排除されたり、気候が穏やかになったり、作物の収穫量が増えたりしています。
より恩恵を受けているのは主人公以外。