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龍の義娘  作者: coco
7/12

嫌になった日

評価して下さった方、大変ありがとうございました!


 数か月経って、春が過ぎ、夏に入ろうとしている。ちなみに梅雨はない。

 母親はまた、家を出て行った。どこにいるのかは考えたくもない。

 あれから、お店には一度も行っていない。近づくことはできなかった。

 おかみさんは旦那さんと別れ、他の町に嫁いだ娘さんの所に行ったらしい、という話が耳に入ったときには、申し訳なさで泣きそうになった。


 バイトをクビになって以来、新しい仕事は見つからず、お金だけ減っていった。

 なので、調味料を買い足した以降は、何も買っていない。今ではパンを買うお金すら節約している。

 といっても、近くの森で色々採って来れるのでそんなにひもじい思いをしているわけでもない。木の実とか、山菜っぽい野草とか、いつでも手に入る。最近なんて、大豆のような豆が生えているところまで見つけた。きっとたんぱく質も摂取できているはず。改めて、森の恵みに感謝!森に入ったら、必ずなむなむしている。


 あと、お菓子がもらえるお話し会には必ず参加している。甘味、大事。

 神話っぽいお話も、結構おもしろい。

 龍のお仕事の話とか。最初は始まりの龍さんがひとりでやっていたそうな。そりゃ過労で動けなくなるわ、ってくらい仕事が多かった。「大地の管理、大気の調整、天候の調整、魂の見届け、世界の見極め、世界の守り」等々。なんか大変そうな仕事ばっかり。この世界の神様、女神さまじゃなくて龍さんじゃなかろうか?

 紙芝居仕立てなので、字の勉強にもなる。この世界の文字はローマ字みたいな感じで、母音と子音になる字から成り立っていて、日本語よりは簡単そう。まあ、日本語、世界屈指の難関言語だったらしいしな。


 ただ、お話し会には難点が二つ。一つは神父さんがうざい。もう一つはガキどもがうざい。 

 神父さんは、お母さんはどうしてるかーだの、もう一度連れておいでーだのと、うざい。知るか、と言ってやりたい。母親に未練たらたらのようだ。

 ガキどもは、いちいち突っかかってきて、うざい。私のお菓子を奪おうとしてくるのには軽く殺意を覚えたが、もらってすぐ食べてしまえば問題ない。マダム達の目があるところでは、あからさまに取り上げるようなことはできないし。ふっ、二度目はないのだよ。

 けど、教会内では何もできない分、外に出るとからんでくる。色々悪口言ってきたりする。あと、何かよく転んでいる。

 私は、前世の記憶持ちですし?精神はたぶん大人ですし?ガキの戯言など受け流せますし?問題ないんですけどね。「いんばいのむすめ」とか、意味分かって言ってんの?絶対おまえらの親だろ、言ってたの!


 そんなこんなで、なんとか暮らしつつ、私は七歳を迎えようとしていた。





 「これだけもらえて、私もできるお仕事ですか?」


 「だそうだよ。子供でも雇ってくれるみたいなんだよ。」


 あと数日で七歳になろうかというお話し会の日、珍しく母親の話を出してこなかった神父さんが、なんと仕事を紹介してくれた。しかもわりと高収入なもの!


 「日雇い、つまり一日働くごとにお金を受け取れるみたいだし、どうかな?」


 どうかな?のところで顔を近づけてのぞき込んでくる。

 でも今だけは、脂ぎっしゅなお顔を近づけられても嫌とは言わない!


 「ぜひ、やらせて下さい!」


 勢い込んでうなづいて、申し出を受けた。

 今は出て行くお金はほとんどないが、このままでは次の人頭税が払えない。払えないとどうなるのかよく知らないが、絶対いいことはないはずだ。強制労働とかさせられたりするかもしれない。誰かに質問してみればいいのかもしれないが、人頭税すら払えないほどお金がないのだと、人に知られたくはなかった。


 「じゃあ、雇い主には私から話を通しておくから、三日後の八時に教会前に来るように。」


 「三日後ですか、分かりました。よろしくお願いします!」


 丁度、私の誕生日だ。もらったお給料の一部で、久しぶりにパンとか干し肉とか買ってもいいかもしれない。るんるん気分だ。


 「はい、じゃあお仕事よろしくね。」


 にんまりとした笑顔を浮かべつつ、神父さんが手を振って私を外へと送り出した。


 「ありがとうございました!」


 90度のお辞儀をしてお礼を言い、教会の外に出た。

 最後の、神父さんのちょっと嫌な感じのする笑顔は、記憶に残らなかった。

 私はこの時、うまい話には裏がある、ということを忘れていた。きちんと仕事の内容は確認しなければならなかったと、後から悔やんだ。




 三日後、私はお仕事用にと、いつもの普段着よりよれていない、大事にとっておいたシャツと、動きやすいズボンを着て待ち合わせ場所の教会へと向かった。

 着いた瞬間に、あれ、と思った。

 たぶん、同じ仕事のために集まっただろう人たちがいるのだが、全員、なんというかぼろい服を着ていて、みすぼらしい感じだった。私も人のことは言えないのだが、貧困層、といった印象を受ける。私より少し上くらいの痩せた子供もいるし、老人もいる。

 今更ながら仕事内容に嫌な予感がしてきたが、どんよりした雰囲気もあって、周りに聞くのもためらわれた。


 ひとり悶々としていると、がたごとと、何台かの荷車がこちらへ近づいて来た。近づくごとに、風に乗って臭いが漂ってくる。ものすごく、嫌な予感がする。

 そして、荷車が教会の前で止まり、荷車の先頭を歩いて来たよく日に焼けた男性が大きな声で話し始めた。


 「さっそくだが、仕事を初めてもらいたい。体の小さいものは汲み出しを、他の者は運び方を頼む。」

 

 何をだ?と言いたいが、これだけ臭いがしていれば気付かずにはいられない。

 堆肥の原料、でしょうね。

 突然ですが、この世界、というかこの町に下水道は整備されておりません。

 トイレももちろん水洗などではなく、まあその、汲み取り式のものなのですよ。

 それを定期的に農家の方が引き取って、堆肥の材料とするわけですね。

 つまり、それを集める仕事、ですね…。


 この国、少なくともこの町では、一度引き受けた仕事を放りだすことは禁止されている。大怪我とか病気といった、仕事自体ができないような状態になるとかの特殊な事情がない限り、許されていない。しかも、一度放り出すようなことをすると、次からの仕事はほぼなくなる。

 つまり私は、逃げられない。覚悟を決めるしかない。




 仕事を終えて、給料を受け取って、私は足早にその場を去った。

 道ですれ違う人たちが、すっと避けていくのが悲しい。

 歩く速度を、だんだん早めていく。

 うっと言って顔をしかめられるのが、悲しい。

 だんだん、小走りになる。

 買い物は、しなかった。そもそも店の中に入れてもらえる気がしないし、私自身が臭いにやられてしまい、食欲は全くない。

 いつもの小川が見えてきた。

 全力で走って、飛び込んだ。

 私のふくらはぎより下くらいの水深しかない浅い川にしゃがみ込み、必死に水をすくって服ごと身体を洗う。できるだけ頭も浸けて、髪も洗う。


 「においとれろにおいとれろにおいとれろ…」


 呪文のようにつぶやきながら、必死に洗った。

 

 「きれいになれきれいになれきれいになれ…」


 必要な、大事な仕事なのだとは思う。働いている人を貶すつもりも一切ない。

 それでも、嫌なものは嫌なのだ。糞尿にまみれてまで、お金を稼ごうとは思っていなかった。

 いちおう、私だって女の子なのだ。

 しかも今日は誕生日、だったのだ。

 服だって、今ある中で、一番きれいなものだったのだ。

 仕事の内容を確認しなかった私が悪かったのかもしれないが、心構えもなしにあの仕事は、きつかった。


 どのくらい経っただろうか。身体をこするのに疲れて、小川の中に座り込んだまま、しばらく動けなかった。

 もう鼻がマヒしているので、少しでも臭いがとれたかどうかなんて分からない。

 ふと、空を見上げると、青かった。

 私と違って、きれいな空だった。


 「っ…」


 唐突に叫びだしたくなり、慌てて口を押えた。

 何もかもが嫌になってきた。

 今はあたりに人はいないが、誰か来るかもしれない。人には、会いたくない。見られたくない。


 ざばっと立ち上がり、全力で森まで走った。

 森にたどり着いても止まらずに、奥へ奥へと走り続けた。

 一度、木の根に引っかかって転んでしまったが、立ってすぐまた走り出した。不思議と痛みは感じなかった。

 走って走って、突然、目の前が開けた。

 驚いて、足が止まった。


 そこは、木々に囲まれた泉だった。

 



 




 

 

お義父さん、出て来なかった…。

すみません、次で確実に登場します。

読んでいただき、ありがとうございました。

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