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龍の義娘  作者: coco
4/12

倒れた日

 ざぶざぶと、皿を洗う。 

 藁たわしで汚れを落とし、ざぶざぶ水を掛けて洗い流す。

 手にはあかぎれができていて、痛い。

 朝起きると、なぜか一晩の間にきれいに治っていることもあるが、今はあかぎれている。痛い。

 今は十月である。一年が十か月であるこの世界において、十月は冬である。

 外はすでにかなり寒い。この辺りは雪が降ることもなく、前世の日本の冬に比べれば暖かいのかもしれないが、寒いものは寒い。

 なので、水も当然冷たい。

 手がかじかんでうまく動かないが、皿を落として割ってしまうと、その分容赦なく給金から引くと言われているので、必死で動かしている。

 私は今、ようやく見つけた仕事に勤しんでいる。




 お話し会の後、しばらく仕事を探していたが、やはり六歳児を雇ってくれるところは中々見つからなかった。

 食費を切り詰めたり、そこらへんから食べられる野草を採って来たりして食い繫いでいたが、父親の残していったへそくりにまで手を付けてしまった。

 これで、人頭税は一年分しか払えなくなってしまった。

 その間、彼氏と別れて家に戻ってきたお母さんが居座っていた時は、余計に出費も増えたうえ、精神的にも大変だった。

 働いて稼いだりなどしてくれない上に、生活費の出所をしつこく聞いてくるお母さんには嫌気が差した。

 さらに、いるだけで食い扶持が増えるのに、私に家事を押し付けてくる始末。

 腹が立ったので、自分の分しか家事をしないでいたら、何様だとどなられた。

 お子様だ、と返したらひっぱたかれた。

 家庭内暴力反対。いつかやり返してやろうと思う。


 そんなお母さんだが、今はまた、家を離れている。

 たぶん、教会の司祭さまのところだろう。

 

 一度連れて来なさいと言われたので、無駄だとは思いつつ、お母さんを言いくるめて教会に連れて行った。そして、司祭さまのところに置いてきた。

 親の義務を言い聞かせる~とか言われていた気がするが、何の話をしたのかは知らない。

 なぜか、お母さんと司祭さまがくっついた。

 司祭さまは教会に住んでいたのではなかったのだろうか?

 司祭の恋愛が禁止されているということはないが、結婚もしていないお母さんまで教会に住み込んだら、外聞が悪いにもほどがある。外に家があったのだろうか?

 まあ、どうでもいいが。

 謎展開の結果、私は平穏を取り戻し、元気に生活費に悩んでいた。


 そして、そろそろ冬が厳しくなろうかという九月の終わり頃、ようやく皿洗いの仕事を見つけたのだ。

 給料は高くないし、洗い場が外にあるので寒いうえに、水は冷たくて手が痛い。

 それでも、やっとお金を稼ぐ手段が見つかったので嬉しかったし、ほっとした。

 だから、頑張っていた。

 頑張っていたのだが…


 十月も中頃なったある日、私は倒れた。

 朝から寒気はしていたが、生活費のためにも何とか頑張ろうと思っていた。

 バイト先である食事処に出勤し、洗い物の皿を抱えて外に出たところで、気が遠くなった。

 次に気が付いたときには、見覚えのない部屋に寝かされていた。

 

「気が付いたかい?」


 声のした方を見ると、食事処のおかみさんが腕を組んでこちらを見下ろしていた。

 ちなみに、私を雇ってくれた食事処は中年の夫婦が経営している店で、ご主人が調理を、おかみさんが接客を担当していた。

 身体を起こそうとしたら、手振りで止められた。


「そのままでいいから、答えな。何だって、そんなに無理するんだい?倒れるくらい具合が悪かったなら、ふつう、休むだろうに。」


「すみません…。」


「皿は割れちまうし、子供を倒れるまで働かせるなんて、とか言われて客には白い目で見られるし、散々だよ。」


「申し訳、ありません…。」


 涙が出てくる。

 具合が悪いのと、落ち込んだのとが混ざって、涙腺が決壊してしまった。


「ごめんな、さい…。」


 泣いてもどうしようもないのに、止まらなかった。

 私がぐずぐず泣いている間、おかみさんは何も言わなかった。

 はあ、とため息を吐くと、部屋を出て行った。

 私は中々泣き止むことができず、横向きになり丸まって、涙を堪えようとがんばった。


 しばらく時間が経ち、ようやく落ち着いて来ると、周囲の様子が見えてきた。

 私はベットに寝かされているようで、身体にはしっかりと布団がかけられていた。ベットから少し離れた位置にテーブルと椅子がある。また、薪ストーブが置いてあり、部屋が暖められているようだった。

 病人として、気を遣ってもらっていたらしい。


「泣き止んだかい?」


 声の方を見ると、奥からおかみさんが湯気の立つ深皿を持って部屋に入ってきた。

 そして、テーブルにそれを置くと、こちらを見て言った。

 

「起きれるかい?大丈夫そうならこっちに来てあったかいもんでも飲みな。」


「え?」


「え?じゃないよ。まあ、起き上がれないくらい具合が悪いんだったら、まだ寝てな。」


「え、いえ…。」


 そろそろと、身体の下に敷かれた毛布に手を付いて身体を起こす。

 だるくはあるが、何とか大丈夫そうだった。

 私が身体を起こすと、おかみさんが側に来た。

 何だろう、と思っておかみさんを見ると、おかみさんは掛けてあった布団をめくり、敷いてあった毛布で私の身体をくるみ、そのまま毛布ごと私をひょいっと持ち上げた。


「ふえ?」


 びっくりして変な声が出た。何というか、早業だった。

 おかみさんは私を深皿の前の椅子に座らせると、また腕組みをして言った。


「食べな。」


「え?」


「いいから、食べれるようなら食べな。まずはそれからだ。」


「え、えっと、いただきます?」


 私はおかみさんの迫力に押されて、深皿に差してあった木さじを手に取った。

 深皿の中身は、野菜のスープだった。

 湯気の立つそれにさじを入れ、スープをすくってふーふー吹いて冷ましてから口に運ぶ。


「あったかい…。」


 じんわりと、スープの温かさが身体に染み込むようだった。

 かまどを使えないせいで、温かいものを食べるのは久しぶりだった。

 一口一口、スープをすくって口に運んでいるうちに、何だかまた泣けてきた。

 気が付くと、泣きながら夢中でスープを飲んでいた。

 


 スープを食べ終えて、袖で顔をぬぐっていると、おかみさんが声を掛けてきた。


「さて、落ち着いたかい?あと、顔をあんまりこするんじゃないよ。」


 そう言って、どこから出したのか、手ぬぐいを差し出してきた。


「ありがとうございます…。」


 お礼を言いつつ、手ぬぐいを受け取って、それに顔を押し当てる。

 もうそのまま顔を上げたくない。

 気付いてしまうと、恥ずかしい!

 迷惑をかけた挙句に泣き出して、抱っこで運ばれて、泣きながらスープ貪ってたよ!

 具合悪いとかの熱だけでなく、顔が熱くなっている。絶対真っ赤になっている。

 

 しばらくそのまま固まっていたら、おかみさんが声を掛けてきた。


「ほら、いつまでそのままでいるつもりだい。話もあるし、とりあえず顔を上げな。」


 そう言われてしまうと、無駄な抵抗はもうできない。

 それに、まだきちんとお礼を言っていない。

 こんなに他人に良くしてもらったのは初めてだし、きちんとお礼を言わないといけない。

 心を決めて、顔を上げる。

 側に立っていたおかみさんを見上げ、ばっ、と頭を下げつつ言った。


「ありがとうございました!」


 と、急に頭を動かしたせいか、ふらっとした。

 身体が傾きかけ、ひやっとしたところで、肩をつかまれて支えられた。

 はあ、というため息とともに、おかみさんが呆れたように言う。


「あんたは馬鹿かい。具合悪くて倒れたような子が、急に頭を動かすんじゃないよ。危ないだろ。」


「すみません…。」


 謝りつつ、おかみさんを見上げる。

 と、おかみさんは私の目をのぞき込みつつ、聞いてきた。


「それで、あんたこれからどうする気だい?」


「え…。」


「だからさ、あんた家にひとりなんだろ?具合が悪くちゃ動けないだろうに、どうするんだい?しかも、その状態じゃあ、歩いて家に帰るのも難しいだろ?」


 むしろよくここまで歩いてきたよ、とおかみさんが呆れたようにまたため息を吐いた。


「えーと…。」


 雇ってもらう際の面接で、うちの状態については話してあった。

 ごまかして、後でばれたらまずいし、そもそも小さい町では噂話が広まるのも早い。もしかしたらこちらの事情がすでに知られている可能性もあったので、ごまかさずに伝えてあった。

 なので、おかみさんは私の事情を知っている。知っているから気に掛けてくれたのだろう。

 なんだか、嬉しかった。

 だがしかし、現状はどうしようもない。

 お母さんは頼れない、というか今どこにいるかはっきりしていない。

 近所に頼れる知り合いなんていない。

 私とお母さんは近所で厄介者扱いだし、助けてはくれないと思われる。

 自分で何とかするしかない。

 なので、それをそのまま言ってみた。


「何とか、します。頑張れば、ゆっくりでも歩いて帰れます。」


「却下。」


「え?」


 速攻でダメ出しされた。

 しかも、さも呆れた、というような目で見られている。


「聞いたあたしが馬鹿だった。何とかなるはずないだろうに、馬鹿な子だね。いいから今日はうちに泊まっていきな。」


「えっと…。」


「途中で倒れてくたばってたりしたら、こっちの寝覚めが悪いだろ?」


「ええっと…。」


「いいから、素直に雇い主の言うことをきいてな。」


「…はい。ありがと、ございます。」


 また、涙が出てきてしまった。

 人の親切が身に染みた。

 ぶっきらぼうに言っているが、おかみさんはすごく優しい人だ。

 

「ありがとう、ございます。よろしく、お願いします。」


「よし。」


 泣きながら、もう一度お礼を言うと、おかみさんが満足そうにうなずいた。

 そして、私の頭に手を置いて、こちらをのぞき込んで言う。


「病人はとりあえず寝な。何をするにも、具合が良くなってからだ。今は何にも考えずに寝てな。」


 そして、私を再びひょいっと持ち上げ、ベットに寝かせて布団を掛けると、ポンポンっと軽く布団を叩いてから、部屋を出て行った。

 またしても早業だった。


 スープで身体が温まり、泣き疲れたのもあったのか、私はすぐに眠くなってきてしまった。


「早く元気にならないと…。きちんとお礼もしないと…。」


 そんなふうにつぶやいたところで、また気が遠くなっていった。

 


 

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