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龍の義娘  作者: coco
2/12

思い出した日

しばらく、主人公の受難が続きます。

この先いいことあるので、しばらく頑張って欲しいです。

 前の私を思い出したのは、私が六歳のころ、父親とお母さんが修羅場を演じていた時だった。


 言い争う声が聞こえてきたせいで、せっかく寝入ったところだったのに起こされてしまった。


「私たちを捨てる気なのっ!」


「そもそも先に俺を裏切ったのはお前だろうが。」


「そんなの一時の迷いじゃない!」


「一度じゃないだろう、知らないとおもっているのか?」


 ヒステリックに叫ぶお母さんに対し、父親は淡々と言葉を返していた。

 またか、と寝心地のよろしくないベットの中でうんざりする。

 寝室のドアの隙間から、ぼんやりと光がもれていた。

 父親の仕事は行商で、家を空けていることがほとんどだった。

 それが寂しくて、という鼻で笑い飛ばしたくなるような理由で、お母さんは浮気を繰り返していたらしい。

 まあ、最近は父親も他所の町で温かい家庭(笑)を築いていたそうですが。

 まだ二人は言い争いを続けているようだ。

 夜中に叫ぶのはやめましょうよ、お母さん。

 大きな音を出されると目が覚めてしまうんですよ。私みたいに。

 私の家はあんまり大きくない。というか外の扉を開けてすぐリビング&かまど(土間)、薄いドア一枚隔てて寝室&父親の仕事道具置き場という大変コンパクトな家だ。

 総面積十畳あるかな?くらいのこじんまりしたお宅です。

 そんな我が家の薄いドアさんに防音機能を期待してはいけない。

 目が覚めて、しばらくじっと言い争いが終わるのを待っていたが、一向に終わらない。

 完全に目が冴えてきてしまい、こっそり様子を見ようとドアを小さく開けて様子を覗こうとしたのだが。

 キィィ。

 建付けのよろしくないドアがきしんで音が出てしまった。

 あんなに騒音を出していたのに、耳ざとく聞きつけた二人がこちらをばっとこちらを向く。 


 お母さんも父親も、まだ寝間着になっていなかった。

 というか、父親に至っては旅支度、行商スタイルだった。


 こちらを向いたお母さんは、にんまりと笑ってこちらに近寄ってきた。

 お母さん、それ、我が子に向ける笑顔じゃないです。ランプの薄明りで見ると、ホラーです。

 すぐそばに来たお母さんは、私の腕を引っ張って部屋から引きずり出すと、がっと両肩を掴んで自分の前に立たせた。

 そして俯きながら、さっきとは違い、弱々しく悲しそうな声で言った。


「この子はあなたの子でしょう?自分の子を捨てて行くというの?」


 演技ですね、分かります。影を背負った薄幸の女、といったところでしょうか?

 というか、私まで巻き込まないで欲しいのですが。

 たぶん遠い目になっていただろう私をちらりと一瞥し、さっきと同様に淡々と父親が言った。


「その子が俺の子だと確実に言い切れるのか?あのころお前は他の男とも関係があったろうが?」


 思わずぽかーんと口を開けてしまった。何それ?

 父親が父親ではなかった疑惑が急浮上してきた。

 いや、ほとんど会わないし、会っても会話らしい会話がなかったから、あんまり父親な感じもしなかったけど。


「おはよう、お父さん。」


「ああ。」


 本日の会話終了。こんな感じ。


 軽く回想していた私を余所に、父親がさらに爆弾を落とす。


「生まれた時期もおかしかったしな。」


 うわー、確定ではないでしょうか?

 肩を掴む力が弱まったので、振り返ってお母さんを見上げた。

 唇を噛んで俯いている。下から見上げるとヤベッって顔をしているのがはっきり分かってしまう。

 はあ、とため息が出た。

 そうですか図星ですか。

 

 父親もそう感じたのだろう。淡々と、私たち二人に向かって告げる。


「俺はこの町を出る。家は残してやるから、この先は自分たちで何とかしていくんだな。」


「ちょっと!」


 お母さんが慌てて父親の方に向き直って声を掛けたが、一切振り返ることなく、父親は家を出て行った。

 パタン、と扉が閉まった。

 これからどうすればいいかなー、としばらく呆然としていると、バシッと頭を叩かれた。

 何すんだよーという気持ちを込めて、涙目でお母さんを振り返って見上げると、同じく涙目のお母さんに睨まれて叫ばれた。


「この、役立たず!!」


 えー、理不尽。

 そんな思いが伝わってしまったのか、お母さんがいきり立つ。


「なによ、その目はっ!!」


 そして私を思いっきり突き飛ばした。

 狭い部屋のこと、突き飛ばされて倒れこんだ先には物が置いてあるわけで。

 ガツっと、机の端に頭をぶつけた。


「っ。」


 あたまに激痛が走る。


「あっ。」


 同時に様々な光景が雪崩のように押し寄せてきた。

 見上げる高さのコンクリートの建物。

 舗装された道路とそこを走る自動車。

 学校と友達。

 好きだったマンガに本にゲームにお菓子。

 夕ご飯ができる間の今日の出来事報告会。

 前の私の、お母さん。

 あたまがいたい。

 そのまま私は気を失った。


 目が覚めると、私はそのまま床に転がっていた。


「うぅ…」


 思わずうめき声を出す。

 頭が割れるように痛い。床で伸びていたせいか、身体の節々も痛い。

 そっと、ぶつけた部分に触れてみると、案の定たんこぶができていた。

 たんこぶに触れた手を確認する。血は付いていないようだ。石頭で良かった。

 身体を起こそうとして。


「っつ。」


 動かした頭が痛すぎて、断念した。

 諦めて、そのままの格好で床に転がってもう一度寝ることにする。


「次に起きたら、痛くなくなってるといいな…」


 頭の痛みに顔をしかめつつ、思わずつぶやいて目を閉じた。


 次に目が覚めたとき、やっぱり私は床に転がっていた。

 横向きに倒れている身体を起こそうと、ゆっくりと手を付いて、恐る恐る身体を動かす。


「ん?」


 頭が痛くなくなっている。

 床に片手と膝をついたまま、たんこぶになっていた部分をさすさす触る。


「ない?」


 たんこぶまで消えていた。

 また痛くて動けないままだったらどうしようかと思っていたので、ほっとする。

 身体を起こして周りを見て。


「はぁ…」


 ため息をついた。

 薄暗い部屋の中に、お母さんが八つ当たりをしたのだろう、食器やら買い置きのパンやらが散乱している。

 割れた皿を踏まないように気を付けて、窓のところ行く。

 窓といってもガラス戸ではない。そんな高価なものはうちには付いていない。木のドアみたいなもので、上に押し広げ、つっかい棒でとめるものだ。


「よいしょっと。」


 小さい子供にとってはなかなかに大仕事だ。

 窓を開けると、外はもう明るかった。太陽が真上に来ているので、もう昼らしい。


「しょうがないなぁ。」


 はぁ、とまたため息をつきつつ、その辺に落ちていた麻袋のようなものに食器の欠片を拾い始めた。

 ケガをしないよう、注意しながら手を動かしつつ、前の私に思いをはせる。


 自分がいつ死んだかは、覚えていない。こうして今の私になっているということは、前の私でなくなったからだとは思う。

 できるだけ、新しい記憶を思い出そうとしてみる。

 節目節目を思い返していくと、どうやら高校に入学する手前くらいからの記憶が曖昧になっているようだ。

 でも、そこで死んだかと言われると、漠然とだが違うように思われる。単にはっきり思い出せていないだけのような気がする。

 逆に、小学生くらいまでの記憶は、びっくりするほど鮮明に覚えている。

 友達に借りてプレイした、某国民的RPGのとあるシリーズのオープニングテーマもハミングできるほどに。

 あの頃は、勉強で苦労することもなく、仲の良い友達にも恵まれて、毎日が楽しかった。

 それに、お母さんが大好きだった。マザコンと言われようが、いい笑顔で「YES!」と親指立てるほどには。

 前世のお母さんはかなりの高スペックの持ち主だった。

 平凡顔の私に比べ、かなりの美人。たまにお姉さん?と言われるほどに若く見られる年齢不詳っぷり。

 夫を病気で早くに亡くし、女手ひとつで私を育てながらも決して弱音を吐かない心の強さ。

 看護師の仕事が忙しくても、できる限り手料理を用意し、食事を共にし、笑顔で話を聞いてくれていたその優しさ。

 憧れずにいられましょうか?

 唯一の欠点は、夜勤明けに謎の超絶ハイテンションになっていたことくらいだった。


 欠片を拾い終わったので、隅っこに袋を置いて、無事だったものの回収を始めながら、続けて思う。

 …対して今のお母さん。

 我儘でだらしなく、気絶した娘を放置して八つ当たりを続行。

 家に人の気配がしないことから、おそらく今彼に会いに行っている模様。


「おかしいでしょ!」


 ペシっとパンを叩きながら思わず叫ぶ。

 いけない、八つ当たりしてしまった。

 よしよしとパンを撫でて、ごめんなさいをする。

 痛かったよね、ごめんね。


 …あれ、なんだろう、幼児退行しているような気がする。

 いや、幼児だった。

 私、御年六歳と二か月ちょっとだった。

 うん、いったん落ち着こう。

 昨日の修羅場と前世の記憶の復活のせいで、だいぶ混乱しているみたいだ。

 今の私は幼児。前世の記憶が戻ろうと、まだ小っちゃい子。

 幼児が幼児的行動しても大丈夫。


 ぐぅ~っ。

 いいタイミングでお腹が鳴った。

 ケガしそうなものはもう片付けたし、いったん休憩してごはんを食べよう。

 うん、それがいい。落ち着こう。


 今日のお昼ごはんは、水とさっき叩いてしまったパンである。

 六歳児はかまどを使えないので、お茶も入れられない。

 パンも一度床に落ちてしまってはいるが、土も払ったし、食器の欠片も付いてない。セーフである。

 というか、今我が家にあるのはこれだけ。

 昨日父親が帰って来るということで、珍しくお母さんが料理を作って、材料を使い果たしてしまっていた。

 それに、朝ごはんはいつもパンのみだった。あと水。

 …前世の食事を思い出してしまったせいか、非常にわびしい。

 もそもそ食べながら、前の私とごっちゃにならないよう、今の私について整理する。


 私の名前はマナである。姓はない。姓があるのはお貴族様とか偉い人だけである。

 偶然だが、前の私の名前もマナだった。

 ついでに言うと黒目黒髪。まんま日本人な見た目。周りの人もほとんど同じ色。

 顔立ちはごく普通の平凡顔。家に鏡なんてないので、水に映った顔しか見ていないが。父母ともにそこそこ整った顔なので、微妙にがっかりしている。何か、前の私に似ている気もする。


 今住んでいるのはリンデル王国の東のはずれにある町、コールト。規模からして、町というより村である。町と村の違いはよく分からないが、村の方が小っさいイメージがある。

 子供の足でも町の端から端まで歩いて一時かからない。

 半日を十で割った時間を一時としているので、地球の一日に当てはめて考えると72分、1時間12分が一時となる。

 一日は二十時あって、一月は三十日。一年は十月。数だけ見れば、一年が地球より短い。

 実際にどうかは分からないが。地球仕様の時計なんてないし。


 数の数え方としては、地球と同じく十進法が用いられている。数字はアラビア文字ではないが。

 この世界の名前はティルナ。創世の女神様、ティルナレリア様のお名前の一部をいただいたとか。

 ちなみに、この世界ではほとんどが同じ宗教を信仰しているらしい。

 女神様と、その子供で双子神の太陽の神様ラーワと月の神様ルーナ、さらに世界を見守る六体の龍、というのが信仰の対象になっている。

 三柱の神様は、この世界を創造した後、次の世界を創りに行ってしまい、こちらには滅多に訪れない、とか。

 神様たちに世界を託された龍は、世界を守っていて、危機的な何かが起きたときに助けに現れてくれた、とか。

 …うろ覚え過ぎる。今度からは教会でのお話しをもう少しまじめに聞こう。

 教会では月に一度、子供たちに神話とか教義とかを語って聞かせるお話し会がある。話を最後までおとなしく聞けばお菓子がもらえる。


 そして、龍は本当にいるらしい。何年か、何十年かに一度だけ、教会の偉い人とか王族とか英雄と言われる人たちとかに姿を見せてくれるそうな。なんてファンタジー。

 この町の近くにある森にも、龍が来てくれたことがあるらしい。そのためか禁足地となっているが。

 そしてそしてなんと!魔術が実在するらしい!

 ただし、魔術の才能がある人は一万人に一人くらいしかおらず、才能が見出されるとほぼ確実に魔術師育成の専門施設に送り込まれるそうな。

 この町、人口千人もいなかったはずなので、魔術師さんには出会えなそうである。

 私?

 そんな才能があったら、こんなところでパンかじってたりしない。

 でもいつかこの目で、生で魔法を見てみたい!RPG好きなら共通の願いだと思う!

 あと、精霊術とかもあるらしい。精霊さんもいらっしゃるようで、大変ファンタジー。

 使える人は魔術師さんよりもさらに少ないとか。


 パンを食べ終わったので水を飲む。

 さっきコップに水を汲んだとき、水瓶の水がほとんどなくなっているのに気付いた。

 お母さんは昨日料理した後に、水汲みをしておいてくれなかったらしい。


「はぁー。」


 今日何度目かのため息が出る。水汲みは大変なのだ。幼児、重いもの運ぶのつらい。

 この世界、までは分からないが、少なくともこの町に水道なんてない。各所に井戸があるだけである。

 各家庭で井戸から水を汲み、水瓶等に水を入れておき、そこから日々の炊事に使っている。

 洗濯は井戸端か近くに小川があればそこで。

 お風呂は町に一か所だけ小さい浴場があるが、お値段がけっこう高い。なので、何か特別な日でもない限り、庶民はタライで行水である。

 この時間は、お昼の洗い物のためにマダムたちが井戸端に集結している。なので今は行きたくない。

 なぜならお母さんはご近所での評判がよろしくない。そんな人の娘である私もつられて辛口評価されていた。

 将来あの子も男をたらしこむんでしょうねー、とか。

 うちの息子に色目使ってたのよー、とか。

 いや、幼児の色目って何さ。あんたの息子に、鼻水垂らしてて汚いんでこっちに顔見せないでくれよ、って目はしたことはありますけど?

 水は後にするとして、何か食べるものを買ってこようかな。


「果物とか、食べたいなぁ。」


 思わずつぶやいてしまったが、嗜好品を買う余裕はないな。

 父親がいなくなって、これから家にお金が入ってこなくなってしまった。お母さんには期待できないし。

 祖父母も親戚もいないので、頼れるような所もない。

 うちの両親が駆け落ち夫婦なせいである。

 いつだったか、お母さんが話していた。燃え上がるような恋だったのよ❤とか言っていた。

 燃え尽きてたらどうしようもない。


「家に残ってるお金、どれくらいあるかなぁ。」


 確か、父親が隠していたのがあったはず。昨日家から出ていくまでに、取り出している様子はなかったから、置いていったのだろう。

 戻ってきて回収されないうちに、別の場所に隠しておこう。私の養育費ということで。

 あ、でも私、父親の本当の子供ではなかったみたいだしな…。


「まあいいか。こちとら生活しないといけないし。」


 よし、そうと決まれば行動あるのみ。

 寝室に移動し、父親の置いていった、小さいほうの背負い箪笥の前に陣取る。

 父親は薬とか薬草とかの行商をしていた。

 こちらの箪笥は、隣町だけとか、短い旅程用のものである。

 月単位で行商するときの、メインで使っていた大きいほうの箪笥は、きっと新しい家にでもあるのだろう。

 目の前の小さい箪笥の、二列、四段あるうちの一番左下の引き出しを引き抜いて床に置く。

 引き出しがなくなって空いた空間に左手を突っ込み、底の部分の右奥の、木が欠けているところに人差し指を引っ掛け、上に引っ張る。

 すると、底板がうっすら開くので、隙間に親指以外の残りの指も入れて持ち上げると、板がはずれる。

 板を取り出して、敷いてあった布をめくってその下を確認すると、銀貨が六枚も隠されていた。


 どうして私がこの仕掛けを知っていたかというと、いくつかのことに気付いたからだった。

 第一に、父親は私たちの前で、この引き出しの掃除をしていなかったこと。

 薬草やら薬やら、扱いに気を遣わないといけないものを商っているだけあって、父親は箪笥の掃除をこまめにしていた。引き出しを抜き出して、小さい箒で払ったり。水洗いしたりすることもあった。

 けれども、この引き出しだけは掃除をしているのを見たことがなかった。

 一度、その引き出しは洗わないの?と聞いたことがあったが、「いや。」としか答えてもらえなかった。

 元々あまり話さない人だったので、そのときはいいのかーとしか思わなかったが。

 第二に、父親は手元に大きなお金を持ち歩いていなかったこと。

 ほとんど空の箪笥で家を出て、帰ってきたときには引き出しがいっぱい、ということがあり、不思議に思ったことがあった。

 用心のためにも、どこかにお金を隠して持っているのではないかと思った。

 第三に、家の物入れに、似たような仕掛けがあること。

 父親は、お母さんの家計管理能力を信用していなかった。それは大正解だったが。

 なので、困ったらここを見なさい、でもお母さんには言ってはいけないと、去年、隠し場所を教えてくれたのだ。小銀貨が3枚入れてあった。

 父親は慎重な人みたいだし、きっと仕事でも同じような工夫をしているのではないかと思った。

 こういったことを考え合わせた結果、一番怪しいと睨んだ引き出しを、両親がいない間にいじくってみたら、ドンピシャだったわけだ。

 そのときは、小銀貨が三枚入っていた。


 ちなみにこの国には、日本の『円』みたいな通貨の単位はない。

 賤貨→小銅貨→銅貨→小銀貨→銀貨→小金貨→金貨の順で金額が大きくなっていく。

 小銅貨2枚でパンを一斤買えるので、おおよそを日本円で考えると、賤貨=10円、小銅貨=100円、銅貨=1000円、小銀貨=10000円、銀貨=50000円、小金貨=100000円、金貨=500000円といったところだろうか?小銀貨と銀貨、小金貨と金貨の大きさは5倍も違わないが、彫金が複雑になっている。

 小銀貨は盾、小金貨は剣があっさり彫られているだけだが、銀貨には王冠と王錫が、金貨には龍が精緻に彫られている。金貨の実物を見たことはないが。


 それと、この国では一年に一度、税金が徴収される。

 基本の税として人頭税があり、成人が銀貨二枚、子供が銀貨一枚を徴収される。

 そして、職業に応じて課される税金、就労税もある。

 各職業ごとに組合があり、その職業に就くためには、初めに一定額のお金を支払って株を買う必要がある。修業が必要な職業の場合は、自分の親や、親方となる人に融通してもらったり、借り入れたりする。

 株を持たずに無許可で職に就いていた場合、ばれると全財産を没収される。かなり厳しく規制されているのだ。

 そして、株を持つものは、年に一度、一定の額を納めなければいけない。それが組合費と就労税になる。

 また、日雇いや短期間手伝い程度に仕事をする場合は、株を持っていなくてもいい。

 他にも色々と税金をとられるものはある。

 とりあえず、私もお母さんも職に就いていないし、父親のへそくりで2年間の人頭税だけは何とかなりそうだ。


 少しだけホッとして、銀貨を取り出し、引き出しを元に戻していく。

 そして、ベットの下に潜り込み、底の板の隙間に銀貨を隠していく。正式な隠し場所は、後でじっくり考えるとしよう。

 とりあえずは、父親が戻ってきても分からないようにすればいい。


「よし。」


 満足して、ベットの下から這い出す。

 あとは、食べ物を買いに出掛けなければ。


「あ、着替えなくちゃ。」


 そういえば、昨日起きて、床にひっくり返って、片づけをして、へそくりを奪取してと、ずっと寝間着だった。

 まあ、普段着も寝間着も、そんなに大きな違いはない。ちょっと厚手で、色あせが少ないだけだ。

 スポン、と頭から寝間着を引っ張り上げて脱ぎ、またスポン、と頭からワンピースのような普段着を被って着る。

 そして買い物用のカゴを持ち、物入れから、お財布である小さな巾着を取り出す。口を開いて中身を見ると、銅貨が1枚と、小銅貨が3枚、賤貨がいくつか入っている。

 今日の買い物分には足りるだろう。

 別なところにもいくらかお金がしまってあるし、物入れに隠している分もある。

 けれど、このままでは食べ物を買うお金もすぐに底をつく。税金に充てる分のお金を使ってしまうわけにもいかない。


「バイト、しないとなぁ。」


 六歳児でもさせてもらえる仕事を探さねば。

 生活していくにはお金がないといけない。


「何で私がお金の心配しないといけないのかなぁ。母親の仕事でしょ…」


 思わず愚痴りながら窓を閉め、外に出る。

 鍵は掛けない、というかない。田舎のゆるーい信頼関係と、見張り合いにより、泥棒の心配はほとんどない。

 この町は治安だけはいいのだ。

 ここ5年くらい、魔物が一切現れていないとかで、それを追うピンからキリまでいるハンターさん達も、ほとんど見かけたことがない。


 この世界、ファンタジーお約束の魔物までしっかりいるらしい。

 生まれてからこの方、一度も見たことがないのでよくは知らないが。

 もう少し前には、大物は滅多に出てこないまでも、色々と出没はしていたとか。

 それで、魔物を狩る荒れくれなハンターさん達によるトラブルも起きていたとか。

 魔物からは動物より丈夫な皮が取れたり、薬の材となる部位が取れたり、体内に魔石(ファンタジー!)があったりするそうで、普通の動物を狩るよりお金になるそうな。

 ただし、凶暴だし、強いので、ハイリスクハイリターンな感じである。


「行ってきます。」


 誰もいない家の中に向かって声を掛けてから、私は家を出た。




 いつものように、歩いて店に行った。 

 パンと少しのチーズと、火を通さなくても食べられる、シャナというキャベツとレタスの中間のような野菜を買った。

 お母さんが帰って来るかどうか、火が使えるかどうか分からないので、肉や魚は買っていない。

 ちなみに、この世界、主食はパンである。

 いや、米もあるのかもしれないが、今までに見たことはないし、話に出てきたこともない。

 前世、米好きだったことを思い出してしまったせいで、悲しくなった。


 家に戻ろうと歩いていると、教会を通り過ぎたあたりで後ろから声を掛けられた。


「マナ。」


 振り返ると、大人の足で五歩くらいの位置から、父親がこちらを見ていた。

 見慣れた灰色の外套を羽織り、茶色の革袋のようなかばんを肩から斜めに掛けている。箪笥を担いだいつもの行商姿より、だいぶ身軽そうだった。


「何?」


 とりあえず、聞いてみる。

 まだ何か用事があったのだろうか?

 昨日の夜に出て行ったので、朝一ですでに町を出ているものと思っていた。

 へそくりを取り戻しに来ないか、警戒はしていたが。


「いや…」


 父親はこちらを見ながら何かを言いかけて、言いよどんでいる。


「お前は…いや、いい。」


 結局、首を振りつつ、何か言葉を飲み込んだようだった。

 そして、こちらに歩み寄ってくると、小声で話し始めた。


「小さい方の背負い箪笥の一番左下に、いくらかまとまった金が入れてある。前に教えた、居間の物入れの仕掛けと同じようにして隠してある。残していくから、好きにするといい。」


 知ってます。とは言えない。

 でもそれが顔に出てしまったようだ。

 私の顔を見ていた父親が苦笑し、言葉を続けた。


「気付いていたか?やはり、お前はしっかりしているな。お母さんには言うなよ。と、それも言うまでもないか。」


 そして、愉快そうににやりと笑う。

 私は、驚いて固まっていた。

 父親が、こんな表情をしているのを初めて見た。

 そんな私を余所に、父親が話を続ける。


「リール、という町に住むことにした。何かあったら訪ねてくるといい。おまえ一人くらいなら何とかなるだろう。」


 言い終わると、私の頭に手を伸ばし、髪をくしゃっと撫でた。


「じゃあ、な。」


 そして、そのまま振り返らずに歩いて行った。

 その後ろ姿を見ながら、私はしばらく呆然として、動くことができなかった。


 人にぶつかられて、かごを落として中身をぶちまけたところで、我に返った。


「こんなところに突っ立ってるんじゃねぇ!邪魔だ!」


 ぶつかってきたオヤジにどやされる。

 慌ててパンやチーズを拾ってかごに戻し、俯きながら歩き始める。

 歩きながら、かごを持っているのと逆の手で、さっき撫でられた髪に触れる。


「なでてもらっちゃった…」


 私が記憶する限りでは、初めてのことではなかったろうか?

 手を下して、歩き続ける。 

 ぽたっと、水が落ちた。

 晴れているのに、雨が降ってきたのだろうか?

 ぽたっ、ぽたっと、どんどん落ちて来る。

 視界も歪んでいる。

 ああ、私は泣いているんだなと、他人事のように感じた。

 前が見えづらいので、歩きにくい。

 道行く人の邪魔になってはいけないので、家と家の隙間に避けて、座り込んだ。

 かごを膝に抱えて、俯く。


「うぅ、ぐすっ。」


 泣き止もうとするも、うまくいかない。

 自分が、実はかなりショックを受けていたことに、ショックを受けた。

 父娘らしいやりとりなんて、ほとんどなかったはずなのに。

 だから、悲しくはなかったはずなのに。

 それに。


「何で、ぐすっ。」


 何であんなことをいうのだろうか?


「行けるわけ、ないじゃない。」


 リールという町がどこにあるかなんて分からない。

 町の外に出たことはあっても、子供の足で行き来できる範囲だけ。旅なんてしたことはない。

 私一人で離れた町に行くことなんてできるわけないじゃないか。

 行商をしていた父親が、そんなことに気付かないはずがない。まだ世間を知らない子供が、何日もかけて、何もない道を辿って他の町に行くことが、ほとんど不可能だってことに。

 いや、気付かないふりをしていたのかもしれない。

 どちらにしろ、あの申し出は、父親の罪悪感を軽くするためのものでしかない。

 子供を捨てて行くことに、変わりはないではないか。

 勝手さに、腹が立ってきた。


 (ああ、でも。私は父親の子供ではなかった。)


 他人、だったのだ。

 面倒見る必要も義務もない、他人だった。


 でも、他人なら最後まで他人でいて欲しかった。

 あんなにたくさん話したのは、初めてかもしれない。頭を撫でられたのも。


「ふふ、最後に大盤振る、舞い、だったのかな。」


 ぐす、っと鼻をすする。

 思っていたより、大きい手だった。

 もう頼りにしてはいけない手だった。

 中途半端に優しくしないで欲しかった。


「帰、ろう。」


 泣いても、どうにもならないのだから。諦めるしか、ないのだから。

 袖で顔をぬぐう。帰ったらすぐに洗わないと、涙と鼻水がこびりついてしまいそうだ。


「ぐすっ。」


 まだ完全には泣き止めていないが、大丈夫だ。


「私は、しっかり、してる、もの。」


 無理矢理、笑ってみる。

 大丈夫、今よりずっとお姉さんだった頃の記憶だってある。

 立ち上がる。まだ少し、目も鼻もぐずぐずしているが、家までの道を歩き始めた。




「ただいま。」


 歩いているうちにきちんと泣き止めた。

 家に入りながら声を掛けるが、返事はない。お母さんは戻っていないようだ。

 買い物かごをテーブルに置く。

 少し疲れたので、椅子に座った。

 そしてふと気づく。


「これ?」


 テーブルの上には、ユミルの実があった。

 この時期、秋に獲れる黄色い果物で、桃とリンゴの間のような味がする。私の好物だ。

 手を伸ばし、手に取って、じっと見る。


「お父さん、かな?」


 父親が置いて行ってくれたのだろうか?

 私が好きな物を、知っていてくれたのだろうか?

 あの人は、もう他人だ。

 でも、家も、お金も、残していってくれた。

 お金のことを、私だけに伝えられるように、今まで町に留まっていてくれたのだろうか?

 私のことを、気に掛けてくれたのだろうか?


「うっ。」


 止まったはずの涙が、また出てきた。

 水汲み、洗濯、やらないといけないことがいっぱいある。


「止ま、れ。」


 涙を止めないと。

 泣いていたって、何にもならないのだから。

 そう思っても、なかなか泣き止めない。

 テーブルに載せた手に顔を押し付けて、涙を止めようと頑張った。

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