出会えた日3
「さて、マナ。おまえは私に何を望む?」
「はい?」
ちょっと落ち着いたところで、唐突にゼン様に聞かれた。
精霊さんありがとう的なことから話が飛んでしまい、ついていけなくて思わず首を傾げる。
今度も思いっきり、解せぬ、という気持ちが顔に出ていたらしく、苦笑されつつ説明される。
「此処の場はな、辿りついた者が我に何かを望むことができる場だ。他にもいくつかあるが、いずれも辿り着くのが困難であったり、強固な結界があったり、竜に守られていたりと、様々な障害がある。それらを乗り越えたものに対する褒美として、我が願いを聞いてやる場となっている。…そのように、おまえたちのいう女神が設けた場だ。」
なんか、最後ものすごく面倒そうに言った。不本意、って感じがひしひしと…。
いやでも、あのお仕事内容が本当なら、個別のお願いまで聞いてあげるのは大変ですよね。余計な仕事増やしやがって、って思っても仕方がないと思う。
「何というか、お疲れ様です。」
お仕事大変だろうなと思い、つい労いの言葉を掛けてしまう。
ゼン様はその言葉にちょっと目を見張った後、ふっと笑った。
「おまえの望みであれば、叶えてやろうという気になるな。」
うわ、照れる。何だかすごく柔らかい感じで微笑まれている気がする。龍だけどイケメンですね!
少し熱くなってしまった顔をこすって誤魔化しつつ、疑問を口に出す。
「でも、私は森を走っていただけですよ?そういう場所だっていうのも知らなかったですし。ご褒美もらえるようなことは何にもしてませんよ?」
色々と逃げ出したくなって走っていただけ。それで棚から牡丹餅的にもらうには、あまりに大きすぎるものを受け取るくらいの度胸はないです。小市民なんです。
そんな私に苦笑しつつ、ゼン様が答える。
「結界を抜けて此処の場に辿り着いた者であることに変わりはない。そういう場であるかこそ、おまえの周りの精霊たちは、おまえのいた森からこの場の空間を繋げたり、結界を通過させたりと無理を通したのだろう。…改めて挙げると凄いな。どれだけ力を得ていたのやら…。」
「精霊さん…。」
ゼン様が呆れるくらい、精霊さんたちが力技を使ってくれたらしい。あの時何もかも嫌になって、自棄になっていた私を心配してくれたのだろうか?大事にしてもらっているようで嬉しくなったので、もう一度ありがとうと、頭を下げておいた。
それで、思いついた。
「では、精霊さんたちが見えるようになりたいです。」
ちゃんと顔を見て、お礼を言いたいと思う。そして素敵ファンタジー要素を私の生活に取り込める!
我ながら素敵なお願いだと思うので、期待を込めてゼン様を見上げた。
けれども、ゼン様は申し訳なさそうに言った。
「すまない。精霊視のような特殊な能力の付与は無理だ。他の能力の付与や元々の能力の強化はできるのだがな…。魔力があれば、精霊を視認可能な魔道具があるが、おまえには無理そうだしな…。」
「そうですか…。」
ちょっとがっかりしてしまう。
まあでも、魔術が使えるよりレアだって話だったし、ちょっと高望みしすぎたのかもしれない。それに、お願いが叶っても、すっごく珍しい能力を持ってることがばれたら色々と面倒なことになるかも。そう思えば惜しくはない、かな?うん、そう思おう。
「聖剣はどうだ?ヒトはよく欲しがるが?」
うん、いらない!
そうか、そういうベタなのもやっぱりあるのか。勇者様とかいるのかな?
「宝玉もやれるぞ?」
うん、ちょっとぐらっときた。
でも、換金できなそう。持ってるってばれた時点で奪われる予感しかしない。それは、お金いっぱいもらったとしても同じことかな?家に隠しておいても、あの女にばれて使われてしまうなんてことになったら耐えられないし。
「身体能力の強化もできるぞ?伝承の英雄程度にはしてやれる。」
うん、むしろ嫌!
いちおう女の子ですし、ムキムキはご遠慮したい。ムキムキじゃなくても戦うとか、平和な日本で暮らしてた記憶があるせいか、余計に嫌。
「不老長寿はどうだ?」
なんかすごいの来た!
でも、不老でしょ?幼児のままでいるってことでしょ?それに各所から狙われまくる、困難な人生になる予感しかしない。
ゼン様に色々提案されつつ、自分でも考えてみる。
ちょっと前だったらかなり荒んでいたので、ムキムキになって強くなって、町を出て放浪の旅に出るとか考えたかもしれない。
でも、今は自分を大事に思ってくれているものがいると分かって、自分が役に立っていることが分かって、自分を大切にしようという気になった。だから、下手なことはできない。この短時間で、こんなに気持ちに変化があるとは思わなかった。すごく、大事な時間を過ごせた。
そう考えて、自然と願いを口にした。
「ゼン様、また会って、お話ししていただくことはできますか?」
ゼン様がきょとんとする。
二度目のきょとんのかわいさに内心悶絶していると、ゼン様が聞いてきた。
「それが、望みか?」
少し呆然とした感じがする。
よく考えれば、忙しいだろうゼン様の時間を奪ってしまうのだから、ただモノを欲しがるよりも面倒なお願いだったのかもしれない。
「すみません、無理ならいいんです…。」
申し訳なくなる。
むしろ、無理にお願いを聞いてもらわなくとも、十分特別な時間を過ごさせてもらったのだから、それでよしとすべきではないだろうか。
諦めてそろそろお暇するべきかな、と考えたところで、ゼン様が声を発した。
「いや、無理ではない。無理ではないが…おまえはそれでいいのか?」
「それが、いいんです!」
嬉しくて、声が弾む。
また、この綺麗な姿を鑑賞できて、優しくて紳士な龍とお話しできる。ファンタジーと癒しを堪能できるとなれば、私にとっては何よりのご褒美である。
「あ、でも、お忙しいときは無理にとは言いません。お時間があるときに少しだけでもかまいませんので。」
私の我儘で時間を取らせてしまうのだから、そのくらいはわきまえているるもりだ。
無理は言いません、とゼン様を見上げて宣言する。
「その点は問題ない。気遣い感謝する。」
ふわっと微笑みながら、ゼン様が答え、それにな、と続ける。
「おまえの側にいるのは、我にとっても癒しなる。」
「そうなのですか?」
「ああ。我らにも作用するほど、おまえの能力は高い。」
全く実感はないが、私の特殊能力は約に立っているらしい。
本当に実感がないが、褒められるのはまんざらでもない。というかすごく嬉しい。
にまにましている私に、ふと気づいたようにしてゼン様が言った。
「マナ、この泉の周りの花は薬となる。森でも、お前が願えば薬草が育つだろう。それを糧とできるのではないか?」
私を視たことで私の生活苦を覗いてしまったゼン様から、有り難い情報をいただいた。
「ありがとうございます!少し頂いていきます!」
お礼を言いつつ、遠慮なく周りに咲いている白い花を数本だけ摘んだ。
貴重な薬草だと、あんまり多く持っていくと噂になって狙われてしまうかもしれない。少量なら、偶然見つけたことにすればそこまで騒がれないだろうと思う。精霊さんにお願いするのは、一般的かつ需要が多い薬草にしよう。父親の残していった薬棚の中の薬草を参考にしようと思う。
「それからな、ヒトが騒ぐだろうから、我がおまえを訪ねることはできぬ。悪いがこの場所まで来てもらうことになるが、よいか?もちろん、結界は抜けられるようにしておこう。」
「はい、構いません!」
ゼン様に会えるならどこでも大丈夫だし、またこの美しい景色を堪能できるなんて最高である。
大喜びの私を見て優し気に目を細めて、ゼン様がひとまずのお別れを告げる。
「久方ぶりに楽しい時間を過ごせた。またいつでも此処を訪ねるといい。」
次の瞬間、私はいつもの森の入り口に立っていた。