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双極姫譚  作者: 乃生一路
31/31

四/白昼夢

 青々とした草の群れ。

 不釣り合いに聳えるビル。

 黄金の双眸を憎悪と悲哀に染まらせている女。

 両足と片腕の無い、濡れ羽色の女。

 首筋に突き刺さるナイフ。

 暗転する視界。 

 真白。 


「──せい」


 白。


「──やま──せんせ────しきやま────せんせい」


 声。


「四季山先生」


 ◇

 

 夢とは、過去の想起であろうか。

 

 四季山しきやま砂月さつきは、未だ眠気の残るぼんやりとした頭で、そんな取り留めのないことを考えた。


「寝不足ですか?」


 烏の濡れ羽のような、潤んだ黒髪の少女が心配そうに尋ねる。


「ええ、はい。みっともないところを見せてしまいましたね」

 

 若干の気まずさを覚えつつ、四季山は苦笑する。教授室の中だからと油断してしまっていた。連日の睡眠不足により、どうにも眠気に耐え切れなくなって床に突っ伏して爆睡しているところを、この、訪れた桐姫姉妹に見つかってしまったのだ。

 当然、床に倒れている姿に姉妹はびっくり仰天、桐姫姉妹の姉に当たる舞雛による治癒と声掛けにより、夢から覚めた次第である。


「お休みはもらえませんの?」

「ただの寝不足ですからね、教師たるもの、そう簡単に休めません」


 言いつつも、身体の疲労は抑えきれない。

 寄る年波には勝てないらしく、少しの睡眠不足がどかっとくるような疲れの引き金となってしまう。疲労に比例し、物忘れもひどくなる。


「ご自愛くださいませ。この頃、先生は心労がたまっているようですので」

「なにかできることがあるなら、私手伝いますよ」

「わたくしも、お手伝いいたします」

 

 舞雛と詠は言う。詠のほうは生まれつき身体が弱いのだが、今は調子が良いようだ。そう、四季山は考えた。疲れ切った自分よりも、遥かにバイタリティに富んでいる。若いっていいなあ。良いなあ。

 自らの二分の一ほどの年齢の少女二人組に、四季山はしみじみとした。それとなんだか、ほのぼのとした気分にもなった。この温かな陽気のせいだろう。麗らかな日差しと、心地よい風……ああ、眠い。


「先生……?」


 重くなる瞼の奥にある、舞雛の黄金の双眸がふと、夢と重なった。

 丁度、桐姫姉妹を大きくしたような姿の女性二人と、対峙していた……そんな、夢。夢の最後はどうなったっけ。忘れてしまった。


「ちょっと、眠くなってきましたね……今日があんまりにも良い天気だから」 


 ふああと大あくびをしつつ、四季山は年季の入った回転いすの背もたれに、大きく体を預け────


「ちょ、先生!?」


 後ろに倒れた。

 ごつんと、なにかに頭をぶつけた感触。

 慌てて駆け寄ってくる桐姫姉妹の驚きようが、なんだかとても微笑ましく、四季山は平和な気分になった。あと後頭部が痛い。物凄く痛い。

 

「頭、打って……打ってる! 先生、頭打っちゃってるよヒナ! 血が出ちゃってるし!」

「お、落ち着いてくださいまし、ヨミ……そんな大した傷じゃ……大した傷ですわ!」


 わいのわいのと、桐姫姉妹は何事かを言っている。

 やはり、彼女たちは二人でいるのが一番正しく、正解だ。

 遠のきつつある意識の最中、頭部付近に血だまりをつくりながら、四季山はそう、思った。不正解の末路の夢を、見たからだろうか。不正解の末路。言葉が途端に内容を失う。それはどんな夢、なんの夢……ああ、忘れてしまった。なにもかも、忘れてしまった。私の記憶を溜め込む箱は、底が抜けてしまっているから……眠い、頭の後ろ、痛い……ね、む、い…………。

 

「おやすみ、皆さん……」

「え、せ、先生?」

「……」


 ちーん、という音が、何処かから聞こえてきそうな。


「せんせえええええええええ!?」


 その日、不条学園高等学校から一人の教師が救急車で病院へと運ばれていった。

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