第6話 雨の中
あけましておめでとうございます!(^O^☆♪
おじいちゃん店長に連れてこられたのは九条屋だった。おじいちゃん店長は何も言わずに店の中へ入っていく。店の前で突っ立ていたら、きっと変人だと思われてしまうから、私もおじいちゃん店長に続いて店の中へ入っていった。ちょうど、先に入っていったおじいちゃん店長が奥から何かを持ってきたところだった。あれは......。小さな丸椅子だ。おじいちゃん店長は丸椅子をガラスケースの奥にポンと置いて自分もとなりの丸椅子に座った。そして、場所を変えて突っ立ている私に顎で合図をする。どうやら、座れという意味らしい。
のろのろと椅子へ向かい、ちょこんと座る。俯いたままの私の目の前に何かが置かれた。お餅だ!わけがわからずおじいちゃん店長の方を向く。私の視線に気づいているだろうが、いつもと変わらず、ぼんやりと前を眺めていた。
「あの...私、今お金持ってません...」
「...サービス」
私の方を向かないままボソっと呟く。
一瞬目の前がぐにゃりと歪む。ダメ、泣いたりしては。お礼をボソボソと言い、お餅に手をつける。その美味しさはいつもと変わらない。
ヤバい。涙腺が緩みそうだった。噛めば噛むほど目の前がぼやけていく。それが、泣くときに起こる現象だと知っていた。
「...泣きたかったら泣けばいい」
左からかけられたしわがれた声に刺激されて、ついに雫が溢れ落ちた。なんで、こんなところで泣いてしまうんだろう。あの呪いの言葉を言われたときは、泣く気配はなかった。ただただ、頭が真っ白になっていた。家を飛び出したときはなんとかして我慢できたのに。随分前に読んだ本に書かれていたことを思い出す。人は誰かといると泣きやすくなる。そう書かれていったっけ?
ぐちゃぐちゃになった頭が柔らかくほぐれていく。声を出さずにいつまでもすすり泣いた。自分にこんなに涙が残っていたことにびっくりした。涙はあのとき、出し切ったと思っていたのに。
やっと涙が止まったとき、誰かがお店に入ってきた。お客さんだ。泣き腫らした目を見られぬように、慌てて後ろを向いた。
「全く!雨が降るとは思っていたけれど、こんなに激しいだなんて!折りたたみ傘を持っていてもびしょ濡れじゃない!」
どうやら、空も涙を堪えることが出来なかったらしい。お客さんはぶつくさと文句を言っている。
「豆大福を3つと、おはぎを2つと...って、あなた新入り?なんで後ろを向いてるのよ、客に失礼でしょ?」
声をかけられ、慌ててまだ頬に残っている涙を袖で拭う。丸椅子をぐるっと回していつもの仮面を張り付ける。目は腫れぼったいし、赤くなっているだろうけど、隠しようがないから仕方がない。
「申し訳ございません!」
「気をつけた方がいいわよ...って、あなたもしかして...雪ちゃん?」
目の前の少し太っているお客さんをよく見る。記憶の引き出しをガサゴソさせて、必死に思い出す。ちょっと太っているけど、もしかして...
「薫子さん?」
老舗の着物屋さんを継いだ河内さんの奥さんだ。1年前より肉つきがよくなっているけど。
「やっぱり雪ちゃんじゃない!いつ帰ってきたの?」
「つい最近です」
「そうなの、でも元気そうでよかったわ〜。急にいなくなっちゃうもんだから、娘も心配してたのよ。雪お姉ちゃんにもランドセルを見せたいってずっと言ってるのよ。また遊んでやってね。って、どうしたの?目が真っ赤だし腫れてるけど」
嘘はさらさらと口をついて出てきた。
「帰ってきたのは本当に最近で、まだ慣れなくて。あまり眠れてないんです」
薫子さんのまゆが優しそうにひそめられる。
「そうなの?大変なのねー。夜は本とか読まない方がいいらしいわよ。そうしたら、少しは眠れるかもしれないわね」
「そうなんですか、今日から試してみます」
にっこりと笑顔をつくる。薫子さんはいい人だけど、お節介なのが玉に瑕だ。
「でも、本当によかったわ。雪ちゃんがいなくなってしばらくは賢治くん、すごく落ち込んでたのよ。見ているこっちが嫌になっちゃうぐらいね」
「そうだったんですか...」
「ええ...。雪ちゃんも忙しいだろうけど、ちゃんと構ってあげなさいね。賢治くん、シスコンなところあるから。って、これは言っちゃダメだったわ、今のところは内緒ね」
薫子さんは黙ったままのおじいちゃん店長にお金渡して、豆大福やらを受け取って店から出て行った。また、土砂降りの雨への文句を呟きながら。
それから何人かのお客さんがやってきた。みんなお喋りが大好きなお年頃のおばさんだった。彼女たちの会話を適当にかわしながら、お餅をちびちびと食べていた。
最後の一口を飲み込んで、なんとなく時計を見上げた。時刻は4時半を少し回っていた。そういえば...!今日は蒼さんとの約束の日じゃない!3時だったよね?その時間はもうとっくの昔に過ぎているけれど...。きっともう帰ってしまったはずだ。でも、もし私を待っていたら...。
そんな可能性は無いに等しかったが、おばさん達とのお喋りを続けていたくはないから、一度公園に寄って様子を見てみることにした。
「おじいちゃん、傘、貸してもらえませんか?」
おじいちゃん店長は黙ったまま、奥に引っ込んだ。しばらくして帰ってきたおじいちゃん店長は手に茶色い傘を持っていた。
無言で傘を差し出したおじいちゃん店長にお礼をいって、店を出る。傘からはかすかによく煮詰められた小豆の匂いがした。
公園について、ぐるりと見渡す。良かった、いないみたいだ。そのことにホッとして公園を出ようとした時だった。目の端に映り込んだものに足が止まる。滑り台の下に何かいる。目をよく凝らしてみると...。
蒼さんだった。小さくなってうずくまっている。どうしているの?ずっと待ってたの?そのことに胸がチクリと痛む。悪いことをしてしまった。そっと蒼さんに近付く。正面から近づいたのに、蒼さんの綺麗な青い瞳は私を映していなかった。焦点が定まらずぼんやりとしていて、みんなが持っている強い光が灯っていなかった。その代わりに全てを諦めたような、そんな暗いものが瞳に映っていた。
恐る恐る話しかける。
「蒼さん?」
蒼さんが弾かれたように、パッと顔を上げる。一瞬驚いた顔をした。どうしてここにいるの?そう言われた気がした。いやいや、それは私の台詞だ。
でも、それは一瞬で、すぐに満面の笑みが顔いっぱいに浮かぶ。蕾だった桜が一斉に咲いたような明るい笑顔。蒼さんのいつものニセモノの笑顔じゃない、心からの笑顔。
「雪さん!来てくれたんだ!」
その笑顔と言葉に胸がキュッと絞められる。過呼吸になってしまいそうだ。
「ずっと待ってたんですか?」
当然だと言わんばかりに蒼さんが深く頷く。
「はい!雨が降ってくることにはびっくりしましたけど。傘を持ってきてなくて...。なかなか来ないんで、事故にあったんじゃないかって思ってたんですけど...。大丈夫でしたか?」
はいと答えながら、胸がさらに締め付けられる。ねぇ、どうしてこんな時に私の心配をしてくれるの?滑り台じゃ、小さすぎてあなたの体はとても濡れているのに。前髪から雫が滴り落ちてるよ。寒いんでしょ?体が震えているよ?なのに、なんで私の心配をしてくれるの?
「何もなかったら良かったです。さすがに雨ん中外にいるのはあれですから、どっか入りません?」
頷くと、蒼さんは立ち上がった。すっと蒼さんを傘の中に入れる。
「え」
蒼さんが思わずといった風に声を漏らす。
「あのっ」
蒼さんは何かを言いかけて、口をパクパクさせていたが、そのまま口を閉ざしてそっぽを向く。その頬が微かに朱色に染まっていた。その理由は見当もつかなかった。
この状態が相合い傘になっていると気付かないくらい、私の頭は蒼さんへの疑問符ばかりだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
2017年も頑張っていきます!\(^o^)/
これからもよろしくお願いします。