第5話 母親失格
いつもより少し短めかも?です!
蒼さんと出会ってから私は1度も彼に電話をしなかった。電話番号の書かれたメモは机の上に置いたまま、行方が分からなくなってしまった。まさに怪奇現象である。
賢治とは少し話すようになった。といっても、夕ご飯はどうだったか?だとか、部屋は傷んでいないか?みたいな、一言二言で終わる会話だったが。そこからは沈黙が続き、どちらも逃げるようにその場から立ち去ってしまう。亜利沙や母さんとは未だにギクシャクしたままだった。
つまんない。手伝いが終わったらやることがなくなってしまう。そしたら、まるで電柱に張り付いているセミの抜け殻になったような気分になる。そろそろ、仕事を見つけなくてはいけない。やりたい仕事なんて一つもないし、どちらかというと動きたくない。かといって、やることがなくなるのも嫌だった。ワガママな自分に飽き飽きしてしまう。
ぼんやりとした気持ちのまま、一階へ降りた。居間に行くと、珍しく母さんが椅子の上にぴちっと座っていた。いつも、時間がない時間がないと、言ってるくせに慌てる素振りは一切見えない。代わりに目が怒りの炎に燃えていた。なんとなく嫌な予感がする。
母さんに気づかないふりをしてキッチンに向かおうとした。
「雪、ちょっと話したいことがあるんだけど」
予感的中!こういう時の母さんに逆らったらどうなるかは身をもって知ってるから、おとなしく母さんの迎えに座る。
「何?」
母さんが強張った声で話し始める。
「さっき少し片付けをしていたら、あんたが家を出てった時の手紙を見つけたの。それで、あんたが帰ってきた日、言いたかったことを思い出して。...あなた、でき婚して家出てったはずよね?」
頭を空っぽにしなきゃ。本能がそう告げている。何を言われるかは予想がついた。早く早く、頭を空っぽにしなきゃ。人形にならなきゃ。
私の返答を待たずに母さんは続けた。
「でき婚したなら子どもがいるはずよね?どこにいるの?そもそもこの家にいるの?」
少しずつ母さんの声に怒りの色が見えてくる。
「...いないよ」
母さんがバッと椅子から立ち上がった。
「あんた、自分の子どもを東京に置いてきたの⁉︎」
母さんが烈火のごとく怒鳴りつける。
早く、人形にならなきゃ!感情をなくさなきゃ!
「あんた、それでも人間⁉︎どうして自分の子どもを置いてきたの!腹を痛めて産んだ子でしょ⁉︎」
早く、早く...。
「自分の子どもを捨てるだなんて...!私のはあんたをそんな風に育てた覚えはないわ!あんた...あんた...母親失格よ!」
母親失格
その言葉が深く心に突き刺さる。どんよりと呪いのように耳にこびり付いて離れない。頭がクラクラする。全てを投げ出してどこかへと逃げたい。でも、そんな場所はどこにもない。失格。そうだね、私は母親失格だね。だって...。
「...流れたよ」
顔を真っ赤っかにして、私をなじる言葉を探していた母さんがえっと呟く。
「私に子どもはいない。流産したから」
ハッと母さんが息をのむ。やっと間違いに気付く。
私はもうこれ以上はこの家にいちゃいけない。直感的にそう感じた。尻に火がついたようにその場から逃げ出す。居間の外には賢治が立っていた。びっくりした顔で、口を金魚みたいにパクパクさせている。私にかける言葉を探しているのだろう。あーあ、せっかくいい関係を築けそうだったのに。
そのままの勢いで家を飛び出した。逃げなきゃ逃げなきゃと、足が止まらない。私の足はどこに向かっているんだろう。東京で居場所を見つけられれなくて帰ってきたけれど、ここにも私の居場所はなかった。もし、過去に戻れるなら昔の自分を探し出して、何発もビンタを食らわしてやりたい。ふざけないで、あんたのせいで今の私の居場所がなくなってるんだ!って怒鳴りつけてやりたい。
でも、今何をしたってもう遅い。あぁ、泣いちゃいそうだ。空を見上げれば、空も泣きそうだった。どんよりとしていて、いつ涙が流れてもおかしくない天気だ。私も空も懸命に涙をこらえている。
少し落ち着くと頭の中でもう一度あの呪いの言葉が再生された。私は母親失格。あんたは母親にはなれないのよ。あんたのせいでさとるは死んだ。あんたがあの子を殺した。あんたがさとるを殺した。だから失格。母親失格。
失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格失格
「おい、大丈夫か?」
いつの間にか崩れるようにして地面にうずくまっていた。声をかけてくれたのは、あの九条屋の無口なおじいちゃん店長だった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
少し重たくて、つまらないと感じた方もいらっしゃるかもしれません...。(´・_・`)
次回はあのイケメンな蒼さんが登場するので、ぜひ読んでいってください。
(次回はいつも通り水曜日投稿します)