第4話 お餅と青年(2)
ヨカッタライッショニタベマセンカ?
声に出さず青年の言葉を繰り返す。すると心の中でふいに目の前に2つの扉が現れた。1つには一緒に食べると書かれたプレートが、もう1つには一緒に食べないと書かれたプレートがかけられている。どっちを選べばいいんだろう?一緒に食べない扉を選んだら、いつも通り。何も起こらない。一緒に食べる扉を選んだら?こっちを選んだほうが青年は喜ぶだろう。わざわざ誘いを断るような理由もないし、人生初のナンパ(のようなもの)を体験するのも悪くない。だったら...
「ええ、別に構いませんけど」
青年の笑顔がまた一段と柔らかくなる。
「ありがとうございます」
なんだか律儀な子だなぁ。
「あのー、自分から誘っといてなんですけど、近くに座れるところはありますかね?俺、遠くから遊びに来たんでよくわかんないんですよ」
わざわざ遊びに?観光地なぞこの町にはないのだが。
「近くの公園のベンチなら座れますよ」
「じゃあそこにしましょう」
「でも寒くないですか?」
「俺は別に構わないんですが...でも、俺のせいで風邪は引かれたくないし...」
「あっいや、私もそんなに体弱くないし大丈夫です」
「じゃあ案内お願いします。さっきからおじいさんの視線痛いし」
チラッとおじいちゃん店長の方をうかがえば、まさにリア充爆発しろ!みたいな目をしていた。別に、リア充でもなんでもないのだがなぁ。
店を出て公園に向かって歩き出す。さっき、会話をしている間、青年がずっとニコニコしていたままだったのが気になった。確かにいつも笑っている人もいることにはいるのだが...彼がそのタイプには見えなかった。なぜだろう?彼の笑顔にすごく違和感を感じる。
「あっ、そういや自己紹介まだでしたね。和泉蒼っていいます」
...なんだか全体的に青色のイメージが強い名前だな。
「水島雪です」
「水島雪...。じゃあ、これから雪さんって呼びますね」
良かった。初対面でいきなり女の子をちゃん付けで呼ぶようなチャラ男じゃなくて安心した。
自己紹介の後は沈黙が続いた。私はわざわざ自分から話しかけるようなタイプじゃないし、彼もあちこち見渡してはスマホで写真を撮るのに夢中になっていた。写真が撮りたいなら、普通のカメラの方がいいと思うけどなぁ。そこまで考えると頭の中にで二度と触れることの叶わない愛用の一眼レフがチラついた。やだなぁ、思い出したくなかったのに...。
しばらくして、小さな公園に着いた。砂場と滑り台、ブランコしか遊具がないような小さな小さな公園だ。この近くに大きな公園がいくつもあるせいか、公園には誰一人いなかった。でも、私はこっちの公園の方が好きだ。なんだか落ち着くのである。
和泉さんを公園の隅にある、塗装のはげかかったベンチに案内する。幸い、彼はベンチに着いた汚れを気にするような人ではなかった。ちゃっちゃと座り、早速買ったばかりのお餅の包装を剥がし始めている。私も見慣れた包装を手早く剥ぎ取った。中から、プラスチックの入れ物に入ったお餅と小さな竹串が頭を覗かせる。入れ物の蓋を開け、竹串でお餅を刺して口に運ぶ。
うう〜ん!相変わらず美味である!口に入れた瞬間、きな粉の甘みが広がる。甘みが消え始めると抹茶の攻撃が始まる。このお菓子独特の甘さに抹茶のほろ苦さが絶妙にマッチしている。この柔らかい食感もたまらない!お餅が九条屋の人気No. 1じゃないのが不思議なくらいだ。
ふと気付くと、隣で和泉さんがクスクスと笑っていた。
「えっどうかしたんですか?」
「いやぁ、すごく美味しそうに食べるもんですから。口に入れた瞬間、極楽〜って顔してて。こんなに美味しそうに食べる人は初めて見ました」
なんだか照れくさい。でも、顔を朱に染めないようにコントロールするのは簡単だった。
「本当に美味しいんです。和泉さんも食べてみてください」
言った途端、和泉さんの笑顔が少し陰ったように感じた。
「名字呼びなんですか...」
へ?いやいや、当たり前でしょ!いくらナンパされたって私達初対面だよ⁉︎
「下の名前で呼んでくれないとお餅没収!」
「ああっ!」
油断してる隙に大事な大事なお餅を取り上げられてしまった。くそ〜!お餅を人質にとるだなんて!お餅くんを助けないわけにはいかないじゃないか。
「蒼...さん」
「さん付け...」
和泉さん...じゃなかった。蒼さんがガックリとうなだれる。その隙に蒼さんの手からサッとお餅を取り返した。ごめんよ、お餅くん。二度とこの人には渡さないからな。
取られないように急いでお餅を頬張っていると、笑いたいのを懸命に堪えてるような音がした。
「そ、そんなに急いで食べなくても...!まるでリス...!」
あっ、今の笑顔からは違和感を感じない。
蒼さんも自分のお餅を食べ始めた。そこからは沈黙が続くが、2人ともお餅を食べるのに夢中で特に気にならない。
自分の分を食べ終わり、ティッシュで手を拭いている時に事件は起こった。
「あっ」
蒼さんが小さく呟く。ん?どうかしたのかと尋ねようとした時だった。唇に何か柔らかいものが触れる。え?何?その柔らかいものは唇を優しく動き、離れていった。そして、蒼さんは私に向けて伸ばしていた手をひと舐めした。
「あれ?なんか雪さんのきな粉の方が甘い気がする。気のせいかな?」
全てを理解した。顔がかあっと真っ赤っかになっていくのが分かるのに、それを止めることができない。恐らく蒼さんは私の唇に付いていたきな粉を指で拭って、それをひと舐めしたのだ。つまり...間接キス⁉︎
慣れていたはずなのに、また一層と恥ずかしくなる。側ではどうしたのか?という風に、蒼さんが小さく首を傾げている。蒼さんって天然⁉︎
しばらく顔を上げらせずにいる内に蒼さんに話しかけられた。
「いや〜お餅美味しかったですね」
「そっそうですね!」
蒼さんは腕時計をチラリと見、慌てたようにパッと立ち上がった。
「やばっ!俺、そろそろ帰らないと。また一緒にお菓子食べたいなぁ。連絡先交換しませんか?」
え?ナンパって一回きりの関係じゃないの?私はとっさに嘘をついた。心の中に防衛線を張る。1万人もの兵士に1万丁ものライフルを持たせた、警戒心剥き出しの防衛線。男の人と関わりすぎてあの時みたいな気持ちを味わうのはもう、ごめんだ。
「私、今携帯持ってないんで」
蒼さんは一瞬目を小さく見開き、またすぐに笑顔になった。でも、私は見逃さなかった。笑顔になる直前、彼の目が悲しさと寂しさが入り混じったようなものを、浮かべたことを。そして、気付く。この笑顔はニセモノ。
「そうですか。じゃあ、俺の番号だけ渡しときますね」
そう言って、肩にかけていた小さな鞄からメモ帳とペンを取り出し、何かを書き始めた。
きっと彼は私の嘘に気付いているだろう。だったら、なぜ偽物の笑顔を浮かべてまで、私の嘘に騙されたフリをしてくれるんだろう。その答えはすぐに出た。彼は騙されたフリをせざるを得ない場面に、何度も出くわしてきたのだろう。つまり、彼は過去に何度も辛い思いをしてきたということだ。
はいどうぞ、と渡されたメモには数字と記号が羅列していた。彼の電話番号とメアドだろう。
「この番号に電話とかメールとかしてください。来週のこの時間、また会えますか?」
こくりと小さく頷く。
「じゃあ、またこの場所で3時に待ってますね」
そう言って彼は小走りで公園を出て行った。
あーあ、私のバカ。あまり人に関わりたくなかったから此処に帰ってきたのに。何待ち合わせの約束してんだろう。
彼のメモを乱雑にくしゃっと丸めてポケットに突っ込む。連絡する気なんてさらさらなかった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
次回はいつもより1日早く投稿する予定です(*^o^*)
これからもよろしくお願いします。