第一章 第一話
嫌に暑い日であった。
頬には汗が流れ、窓辺からは海が湯気を立てているように見える。
真備は告げた。「鎌倉の使者が参っております。」と。鎌倉が何の用か……この敵地奥深くに。
別に会いたくないのだが、続けて聞いた言葉で、対面することに決めた。通してみると、太刀を携えた青い直垂姿の武者が堂々と入ってきた。その後ろには、因縁の相手が従っている。
「裏切り者めが。」
高季はつぶやいた。そして、彼を睨んだ。彼は目を合わせることなく、無表情でいる。
鎌倉方の二人は、用意された御座に腰を落とし、高季に向かって一礼をした。初めて見るほうは御家人の工藤と名乗った。都上がりの高貴そうな雰囲気であるが、一方で猛獣の目を持っているようだ。その工藤とやらは言った。
「反乱軍の後ろをついていただきたい。」
「できない。私と奴が盟友だと知ってのことか。」
「もちろん、ただとは申しませぬ。」
工藤は持ってきた長筒から一枚の文書を出した。そこには十三湊の権益を譲渡するとの内容が記されている。工藤は高季に不適な笑みを覗かせる。
「それで、奴はどうなる。」
「死んでいただきます。」
高季はいきり立ち、そのまま文書のはねのけ、工藤の胸ぐらをつかんだ。工藤は一切の動揺を見せず、手を振りほどいた。一礼をすると、後ろの裏切り者を連れて、去って行く。
……目的はなんなのだ。
断ることは百も承知だろう。そうでなくてもあいつを見たせいで、いまだ収まらない。・・・わからない。すると、横で真備が訊ねてきた。
「殺りますか。」
鞘に手を握る。高季は静止した。
「いや……。奴らも殺されないとわかってここにやってきたのだ。」
人を遣わし、工藤らの後を追うとともに、他所へも訪ねるか確かめさせることにした。