ノスタルジックな夏の文章ください
遠洋を渡って大型客船が到着し、海辺の町に汽笛が鳴り響いた。
夏の虫の大合唱のなか、港町を見下ろす急峻な丘の道を下っていた青年の耳にも、その音は聴こえてきた。それまで押して歩いていた自転車を、道端にぽつんと生えている木にたてかけ、彼は肩にかけていたタオルで汗をぬぐった。喉の渇きを感じ、どこかに湧水でもないかと周囲を見まわした。
丘の斜面に目を走らせると、金色にかがやく野の草の絨毯、真っ青な大空の天球、そして貝殻のように白い雲の群れが、強烈なコントラストをなしているのが見える。眼下に目をむければ屋根瓦を精緻に組み上げ、赤茶けた煉瓦造りをした瀟洒な建物が寄り集まる港町が横たわり、その先の海は真夏の太陽に反射して金剛石のように光っている。水平線のかなたまでは遠い、遠い。
リュックサックを背負いなおして、青年は自転車にまたがった。いくぶん甘くなっていたブレーキの具合を確かめる。それからまた自転車を降りてタイヤを触る。
そうこうするうちに背後で鈴の音が響いた。二頭の牛が引く荷車がゆっくりと道を下ってきて、青年を追い越していく。荷台に腰かけた若い娘が笑いながら青年に声をかけた。それ、乗って壊れないの。
大柄な青年に比して、自転車はあまりに小さく、古く、そして錆びついていた。青年は困った顔をしてしばらく佇み、結局また自転車を押して歩き始めた。その歩みはゆっくりとしていたが、前を行く荷車の速度はさらに遅く、やがて青年は荷台の傍らに並んだ。
丘の上の泉を目指して、夏休みの子どもたちが坂を上っていく。