あのコ、空気読めなくない?
暇つぶしにどうぞ
その店はトイレのインテリアさえもお洒落だった。スタイリッシュなトレイにはFREEと書かれた持ち帰り自由の外国製コンドームが並べられていて、何とも大人の雰囲気にドキリとする。
「私はカフェラテのホット!」
トイレから戻って来た佳奈子の注文に続いて、友人たちも自分の飲み物を次々とオーダーしていく。佳奈子も他の友人たちも偶然見つけたこの隠れ家的なお洒落カフェに入るの初めてで、少し緊張していた。
ホットココア、ロイヤルミルクティー、ブラッドオレンジジュース。女子高生らしい友人たちのオーダーは佳奈子を満足させた。
いいね、私も次はそれを頼もうかな~と考えていると何だか妙な沈黙が落ちる。オシャレ系イケメンのウェイターが困ったような笑顔をクラスメイトの児玉に向けている。
(出た。コイツのこの変な間の所為でいつもちょっと盛下がるんだよね)
気の良いサヤポンが気を使って彼女に注文を促す。
「児玉さんはまだ決まらない? 」
「ウフフ。私、梅昆布茶にする」
児玉はその言葉を待っていたように鼻に掛かった甘え声で答えた。
聞かれずともさっさと頼めよと佳奈子は舌打ちをしたくなる。しかも梅昆布茶だ。何の興味も沸かないし、下手すればソレにお金を出して飲むのって聞いちゃうレベルだ。気のせいか更にみんなのキャピってるテンションが落ちた気さえする。
佳奈子は疑問でならない。児玉という子は自分たちの仲良しグループの一員なのだろうかと。そして、今日も誰が彼女を誘って来たのだろう。皆あだ名や下の名前で呼び合う中で彼女だけが『児玉さん』と呼ばれている。
しばらくするとオーダーした飲み物がどんどん来たが、梅昆布茶だけは一向に来なかった。
皆はそれが来るまでドリンクに口を付けずに待っていた訳ではない。しかし、彼女の前にだけ水しか置かれていない状況に気まずさは感じていた。
この状況は児玉が悪い訳ではないと佳奈子にも分かっている。
さっさと出さない店側の責任だ。
地味な注文故に忘れられているのかもしれない。
しかし、滅多に注文されないであろう梅昆布茶の素を店側も焦って探しているのだったら、それをチョイスした児玉にも責任がある気がする。
ああ、やっぱりすべて児玉が悪いような気がしてきた。
せっかく友人たちと楽しくおしゃべりしようと思っていたのに、児玉の飲み物が来ないせいでみんなが気を使って全然楽しめない。佳奈子は苛々した気持ちを抑えるように溜息をついた。
「児玉さんの飲み物まだかウェイターさんに聞いて来てあげようか」
と、気の良いサヤポンがまたフォローした。児玉は相変わらず鼻に掛かった甘え声で「ありがとう~」と答えている。自分で行けよと思いながら佳奈子は鞄からスマホを出しラインをチェックしながらチンタラした会話をやり過ごした。
「梅昆布茶ちょっと時間かかるみたいだって。柚子ジンジャーティーだったらすぐ出来るみたいだけど、どうする? 」
「えーウフフ。じゃあソレにする」
なんだそりゃ、結局何でも良いんじゃねーかと頭の中で悪態をつきながら佳奈子はメッセージの返信を適当に打ちスマホを鞄に仕舞った。
「ほら出来たよ~。」
児玉の柚子ジンジャーティーを笑顔で運んでくるサヤポンを見て、本当にお人好しだなと思った、少し目障りなほどに。
運ばれてきたお茶に児玉は一眼レフカメラを取り出し構えた。
(お茶するだけなのに一眼レフで撮影とか引くわー)
「うわー柚子の良い香りがする~」
写真を撮りながら小鼻をピクピクさせる児玉を見て佳奈子は失笑した。
(写真とかいいから、もうさっさと飲めよ)
「柚子ジンジャー美味しい♪」
(お洒落っぽく言ってるけど、柚子と生姜だからなソレ。冷え性のOLかよ)
「ねぇ、皆で撮ってSNS載せてもいい?」
(おっとそりゃ勘弁)
他の友人たちも「えー?」などと言って嫌がっているが、佳奈子はいち早く席を立ち「私、画像ネットに載るのNGだから、トイレ行ってくる」と笑って席を立った。空気の読めない児玉の撮影会を離れた所から友人に冷やかしの目配らせを送るために。
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「佳奈子ってばトイレ近すぎー」
一瞬の沈黙の後、皆からどっと笑いが漏れた。この女子高生たちがこの店を訪れてから一番のハイライト到来である。
「おばあちゃんかよっ! 」
「それにしても画像ネットに載るのNGだからっなんて言っちゃって、そんなん誰も見ねぇよって感じ。自意識過剰っていうかさー」
「つうか、アイツまたせっかく集まってるのにスマホ弄ってたよね。ウザいっていうより異常だよ、アレ」
「友達多いんですアピールなのアレ?ワタシ、リア充ですってアピってるの?」
「ウフフ。もう、みんな良いじゃん。写真嫌だったんだよ、佳奈子は」
意外にもそう言って場を収めようとしたのは鼻に掛かった甘え声の児玉だった。
「児玉さん、良い人過ぎ。なんか佳奈子が来ると空気がピリピリして楽しめなくない?こっちは何とか和ませようと必死だよ」
「サヤポン、いつも佳奈子をフォローしてくれて本当にありがとうね」
「もうー、児玉さんは天然さんだからしょうがないな。毎回、佳奈子も誘ってあげようなんて言うんだもん」
そう言って児玉さんの頭を撫でるサヤポン達の様子を佳奈子は呆然としながら見ていた。そんな佳奈子の様子に児玉さんは気が付いたようで、密やかに聖女のように慈愛に満ちた笑顔を向けてきた。
(自分の方が招かざる客だったなんて。彼女のおかげで自分はこのグループに入れて貰えたのだ。でも気に食わないよ。私の方が空気読めるし、面白いはずなのに。でも、それは自分が思っているだけなの?見下した態度をとる私をかばい続ける児玉さんはまるで天使だ。それに比べて、私は今でも……)
「evilね」
振り返ると、オシャレ系イケメンウェイターが立っていた。
(evilって確か悪とか邪悪って意味だったっけ)
その意味を思い出して自嘲的な笑みをウェイターに向けると、彼は首を振った。
「“Necessary evil”つまり必要悪。鈍臭そうな彼女がより良く友人たちと付き合って行く為に必要な悪者役があなたって訳。本当に醜いわよね、女って」
内心こいつオネェだったのかと考えながらも、怪訝な顔で佳奈子は「なんなのよ、アンタ?」と雰囲気だけイケメンぽく作っているに過ぎないドヤ顔のマスターを睨み付けた。
(オカマのくせに知ったような顔で女を語るなっての!)
すると彼は、優しい顔から一変させ能面のような真顔で大人のおもちゃを片手にこう答えた。
「私もevilなの。調子に乗ってる生意気な小娘に一服盛って恥ずかしい写真を撮っては今日も一儲けしようっていう悪ーい悪ーい……」
そう言いかけた時カフェのドアベルが鳴り、マッチョで髭面の逞しいちょっと普通じゃなさそうな男達が入ってきて「おう、今日はずいぶんイキの良いのが多いな」と悪そうな笑みを浮かべる。
“ヴィ~ン”
マスターがおもちゃのスイッチをオンにして妖しい笑みを浮かべた。
ヒュッと息を飲み、ヤバイと感じた佳奈子はそれまでの気まずさも忘れて、そそくさと友人たちの手を引き逃げるように店を出て行った。友人たちも「ナニナニ?」なんて興味津々に言いながらさっきまで悪口を言っていた相手の腕を抱き付いたりしながら驚きつつも楽しそうにはしゃぎながら出て行った。
テーブルにはそれぞれが急かされて置いて行ったと思われる千円札が5枚置かれている。
それをエプロンのポケットにしまってから、フフンと笑いながらテーブルを片付ける。
「本当はゲイ専用のカフェ&バーだから女子高生の皆さんにはさっさと空気を読んで帰れよと思いつつも、お客さんの少ない時間帯だから多少の小金稼ぎも捨て難いって言う悩めるイケメンマスターなんだけどね」
そう独りゴチるマスターに、マッチョな中年たちが声を掛ける。
「珍しい事があるもんだな。この店にジョシコーセーがいるなんて面倒なモンがいるなんてよ」
「そうよ。面倒克つ複雑怪奇、それでいて単純明快な生き物よ」
フフっと笑って、グラスにクラッシュアイスを注ぐと、封を開けたばかりのバーボンの香りを嗅ぐ。
「さっきまでいがみ合う仲でも、ちょっとした事件勃発で即団結。つまり女にとって最悪の敵は女であり、最良の味方もまた女」
「今日はエラく語るね~。じゃあ男はどうなんだ? 」
「男はナルシストな生き物だからね、敵は自分自身で味方もまたしかりよ。そして、私みたいなどっちつかずのニューハーフ達は自分は無敵だって言ってはしゃいだ傍から味方なんて誰もいないって悲嘆するの」
いよいよマスターがイイ気分になって鼻息荒く語りあげる。マッチョな一人が「よし、今夜は孤独と戦うマスターに御馳走するぜ!」と言うと、キャーとはしゃぎ声をあげて自分のグラスを取りに奥へ引っ込む。
「ここのマスターの独り語りって面倒じゃねぇ? 酔って来ると尚更だしよぉ、あのドヤ顔が苛つくんだよな。客は俺らだって言うのに」
「お、おう。まぁ、こっちの話を聞いて欲しい時もあるわな」
「よし、今度どこか新しい店探しておくわ。鬱陶しくないマスターのお店をな」
昨今、この日本はどこもかしこも読み間違え易いとても難解いで移ろいやすい空気で満ち溢れている。
あなたがもし人間関係を築こうとする時、いつも自分のテンポを崩す“誰か”がいたとする。その時「あの子、空気読めなくない?」と言って排除することに少しでも躊躇があるなら是非もう少し考え直してほしい。
その躊躇はもしかしたら空気が読めていないのは自分の方かもと本能が警告しているのかもしれないのだから。
「お疲れ!」
「お疲れ~、たもっちゃん。今みんなで話してたんだけど、次から別の店にしないってさ?ここ、マスターウザいしさ」
「俺はいいわ。そういうの面倒だし、ここ慣れてるから」
「で、でもよ…」
「メンバー揃った事だし、もうこの話良くない?」
「ダメだって。お前らだってさっき同意してただろ?」
「たもっちゃん、着いて早々悪い。今、上司から接待先まで来れないか急に連絡があって…」
「おう、気にせず行って来い!」
「悪いな、みんなも。今度奢るから!」
「おい、ちょっと待てよ!」
(空気を読めよ!!!)
このように大人になると空気を読まなくてはいけない場面はプライベートにおいて激減する。そうなってくると、あまり“空気”にばかりこだわり過ぎる人間は小者認定されがちになるのである。
自分は自分、お忘れなく。