略語
11月も下旬。太陽はあっという間に沈んでしまい、空気はだいぶ冷えてきた。
東京郊外、とある場所、とある細い道を幾度も曲がると見えてくるお洒落な佇まいの建物。店先に吊られたランプが照らしているのは、大して飾りっ気のないA型看板。
そう、ここはカフェ。店名は『かふぇ・かふぇーる』という。
さほど広くない店内に漂うのは芳しいコーヒーの香り。調度品にも拘っているらしく、アンティーク調な家具が店内に散りばめられていて、どこか日常生活の雰囲気と一線を画すような空間が作り上げられている。
あとはここにお客さんがいれば言うこと無しなのだが……。
「今日も暇だねー」
「今日も暇だなぁ」
店内に人影は三つ。一つはカウンター奥に居座っている中年男性。残りの二つはお客さん用のイスに腰掛けて駄弁っている若い女子。三人ともお揃いのユニフォーム、Yシャツに黒のスラックスにグリーンのエプロンを身に纏っている。つまり三人とも従業員で、つまりお客さんはいない。
「おい、こら。座るな」
カウンター奥の男子が、完全に寛いでる女子たちに向かって声を掛ける。
「えー、だってお客さん来ないじゃないですかー」
「そぉそぉ、そのとぉり」
「そ……、そんなことはないかもしれないぞ」
「根拠は?」
「……ほら、もしかしたらフラッと立ち寄ってくれる人がいるかもしれないだろ? そうだろ? な?」
「あのさぁ、マスター。そぅゆぅのは完璧極まりない希望的観測、略して『かぼうぺきんそく』って言ぅんだよ」
「あー、今話題の『かぼうぺきんそく』かー。『かぼうぺきんそく』はかなり虚しいですねー」
「なに? カボーペキンソク? 最近の女子高生はそんな略し方をするのか?」
「しないよ」
「しませんよ」
「しないのかよ!?」
中肉中背中年男性、通称『マスター』はこの店の店長兼オーナー。
「とにかく、お客さんが来た時にそんな態度でお出迎えするつもりか?」
女子その1、髪が短めで少しボーイッシュなほうが紀納架呼。高校1年生。
「あのさぁ、マスター。そぅいぅのは取らぬ狸の皮算用、略して『とぬきのかざよ』って言ぅんだよ」
女子その2、髪がウェーブしててホンワカした顔立ちのほうが葦田実来。高校1年生。
「あー、今注目の『とぬきのかざよ』かー。『とぬきのかざよ』はかなり悲しいですねー」
これはお洒落なカフェでアルバイトを始めた二人の女子高生のお話です。
「とぬきのかざよ? もう騙されるもんか。そんな言い方しないんだろ?」
「するよ」
「しますよ」
「えっ? 本当に?」
「ウソだょ」
「ウソですよ」
「嘘なのかよ!?」