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●第七十五話 神の頭脳を持つ機械


 負傷した足を庇って戦うには、地上対空中ではなく空中対空中の三次元的戦闘に持ち込むしかなかった。とはいえ波瑠は自身の身体能力の低さを誤魔化し、あるいは突き抜けた能力を活かすべく、空中戦の実戦経験数は増やしてきたつもりだ。


 雷の奔流の中央を強引に突っ切りながら全力で回旋し、戦闘機さながらのドッグファイトを光速の質量を相手に繰り広げる。しかし限界は即座に訪れ、進路を阻む紫電の翼を避けようとした瞬間には背中を轟雷に穿たれ、雷で迎え撃つも威力を殺しきれずに魔法陣まで叩き落された。


「あぐ……っ」


 ぎり、と立ち上がろうにも上体を起こすことすらままならない。それでも強引に気流を起こして逃げようと目論んだ彼女の周囲に、稲妻が檻を成して降り注ぐ。

 ごくわずかにでも動けば感電死は免れない……しかしじっとしていれば、《神上の力(GOD KNOWS)》こと神山桜の追撃が襲い来る。


 前触れもなく飛来するのは万物貫通の破壊光線。最も高い生存ルートを一瞬で判別し、最も檻の脆そうな、それでも自身の最大火力と同等以上の威力を誇る箇所に突撃し、両腕に豪炎と豪雪を構えた。


霧幻焔華(コールドシャンデリア)

 その名を称するに至った必殺の一撃、炎と氷の共鳴が電気の壁をぶち破り、宇宙空間への活路をかっぴらく。

 一目散に空けたスペースへ波瑠が滑り込んだ瞬間と全くの差がないタイミングで、紫電の翼が叩き付けられる。


「がはっ――!」


 ゴガバキッ、と背骨から鳴る不気味な音。体の内側からマグマを流し込まれたと錯覚する程異常な高熱を感じ、視界がチカチカと白く染まり始めた。

 動こうにも体が、手足がちぎれたように動かない。そもそも今、自分の上半身と下半身は繋がっているのか? 出血量は? 負傷箇所は何か所ある? まだ戦うことはできるのか?


(だ、めだ。だめだだめだだめだ……)


 頭が働かない。ガンガンと脳味噌が痛い。故障したレコーダーのごとく考えが繰り返されては途切れて戻る。彼女は自覚していないが、第三者がいれば目を逸らすだろう程のダメージを負い、生命の限界点を迎えて久しかった。数多くの命が失われる場面を見た彼女も、自分が命を失う経験などしたことが一度しかないし、それもつい先ほど、鋭い刃で一閃だ。じわじわと圧倒的ダメージで嬲り殺される現状を、理解するには傷つきすぎた。


 瞳から光を失いかける寸前、猛攻を止めた神山桜が、いつでもとどめをさせる体勢でみじめに倒れた姉を見下ろした。


神的象徴(シンボリックアームス)を使用し始めてからは、計算通りでしたが一方的な虐殺(ワンサイドゲーム)が崩れませんでしたね。わたしを止めると。わたしを救うという意気込みが恥ずかしい位の有様で……けれど、それでも諦めないのですか、お姉ちゃんは」


 人の身をかろうじて保っている姉が、言語能力を失いかけていながら右手を、細い指を必死に動かして、未だに立ち上がろうとしている姿は見るに堪えない愚かさだ。


 しかし、神山桜は知っていた。

 天皇波瑠は間もなく、自分がとどめを刺す前に命の灯を燃え尽きさせる、と。


永劫を語る天の書板(アカシック・レコード)


 桜の周囲に展開された黄金の文字列は全人類の生命活動を、まだ来ていない未来まで含めて全編正確無比に記したものだ。一個人の死の迎え方から瞬きするタイミングまで、一挙一動を細かく追いかけることも可能であり。

 神山桜は戦闘の最中において、波瑠の挙動すべてを把握しながら戦っていた。


 いつジャンプするのか。どのあたりの空間を舞い、エネルギー変換でどれだけのエネルギーを変換して防御するか。それに応じて自分はどのような対応を取る未来(よてい)になっているのかも、黄金の書板には刻まれている。


 未来を知りながら戦うことの優位性は言うまでもないが、アカシック・レコードは行動次第で変更可能の『可能性(みらい)』を視る通常の未来視と違い、すでに定められた『運命(みらい)』を読むため、ただ刻まれた文に従って戦うだけで天皇波瑠を殺害できる。


 即ち、神的象徴を展開した時点で、よく口にされる『神のみぞ知る』事を知る神山桜に、波瑠が勝利する可能性は万が一にも存在しなかったのだ。


「……」


 天の書板には、自分が手を掛けずとも、あと数分で天皇波瑠が死ぬと書かれていた。すでに少女の指はかすかに動く程度であり、虫の息というに相応しい。


「あり得なかった未来ではありましたが、無謀だと理解して撤退を選んでいれば、生きていられたものを――――――」




 語りの刹那に、神山桜は人間側の本能で察知した――否。今更気付いたというべきであろう。

 強敵にして天敵が、すでに己の背後、ほぼ零距離まで接近していることに。


 迸る純白の雷撃。紫電の翼の悉くを粉砕し、高々と跳躍した男の全身が一色の()じりもない白の奔流を伴い、天地を貫かんと右脚を振り抜く。

 間一髪で身を翻し直撃を免れた神山桜だったが、時すでに遅し。

 黄金の文字列ごと突き破り、激情の篭った一撃が神を吹き飛ばした。


「――――――この力は、まさか」


 しかし無数に生える翼を利用し、即座にバランスを取り戻す神山桜。機械(AI)にあるまじき動揺を隠せない彼女が振り返った――その先に。


「約束忘れたとは言わせねえぞ、桜」


 関節が増えたと誤解されるほどひしゃげた右腕。血濡れすぎて色を変えたパーカーに傷のない箇所を探す方が難しい身なりでありながら、瞳に決して燃え尽きることのない闘志と希望をたぎらせて。

 その両腕に、嘶く純白の雷撃を纏わせて。




「始めようぜ。最初で最後の、オレとお前の(たたか)いを」




 天堂佑真が立っていた。

 ボロボロに力尽きた姫君(はる)を守る勇者は自分だと言わんばかりに、彼女の盾となる位置に。


(どういうこと、ですか)


 神山桜の動揺は、解を求めれば求めるほど大きくなる疑念が原因だった。

永劫を語る天の書板(アカシック・レコード)〟に、このタイミングで天堂佑真が出現するなどという記録はどこにも描かれていない。否、今更気付いたが、今回の戦いにおいて天堂佑真に関するエピソードが、書板には一文字も存在していないのだ……!


(データと照合、《零能力》が働いた為、書板から逃れたと想定される…………彼の《零能力》は、神の御業をも無力化するとデータを追加保存します)


 一旦閉じていた瞼を開く神山桜。

 佑真の左手に、純白の雷撃――《零能力》が徐々に集約されていく。


「つってもまあ、オレ一人じゃどうしたってお前には敵わないし、そもそもお前を救い出すのがオレじゃあ意味がないからな」

「何をするつもりですか」


 牽制のつもりで放った稲妻に、天堂佑真は右腕で迎撃する。機能しているのがおかしいと思える位に壊れたそれで何ができる? と彼が吹き飛ぶ様を想定した神山桜。彼女は《零能力》を失念していたわけではない。記憶に留めた上で、《零能力》で消し去れるのは異能力的現象のみであり威力や二次災害を完全に消し去ることはできない、というデータから彼の行動の先が読めなかったのだ。


 しかし現状。天堂佑真の纏う純白の奔流は、普段の彼の特異体質たる《零能力》とは一線を画した超常にして頂上の代物。その雷撃に触れた異能は、問答無用に一瞬で消し去られてしまうのだ。

 彼の右腕より《零能力》が竜の如き勢いで放出され、神山桜の穿つ高電圧の稲妻を中央から寸分の残滓も許さずに消し去った。



 ――右の奔流を、神殺しの雷撃コード・ブレイクダウンと呼ぶならば。



「とりあえず、この舞台に必要な女の子にもう一度、立ち上がってもらうんだよ」


 静寂を取り戻した宇宙空間の中で、天堂佑真の左手のひらに凝縮された《零能力》の球体が、神々しく輝きを放つ。



 ――左の激流は、創造神の波動コード・クリエイションと名を轟かす。



 一人間の身にして完全二律の現象を司る。あの天皇劫一籠を以て『人間でない』と驚愕させた佑真の《零能力(ちから)》は、破壊(みぎ)創造(ひだり)が揃って初めて対《神上》最終にして唯一の真価を誇る。


 彼が左手を軽く払い、天皇波瑠の背中に優しく球体を叩き込んだ。

 まばゆい光の爆発が視界を覆い、太陽を直視した際に匹敵する眩みを神山桜に齎す。


 彼女が目を見開く頃には、蒼い少女の身体がリセットしたかのように、五体満足を取り戻していた。潰したはずの内臓も。潰れたはずの脚も。潰したはずの精神までもが、たった一人の少年の到着によって無意味と為された。


「…………〝永劫を語る天の書板(アカシック・レコード)〟、再起動(リスタート)


 だがしかし、と。

 神山桜は動じずに、戦況を見据える。相手は対異能力戦闘における最悪の例外(イレギュラー)と、他者に対して不死身の恩恵を与える《神上》所有者。しかしこちらとて神格を身に堕とし、全戦闘は【神山システム】の演算能力とアカシック・レコードの未来読書によって勝利を一度は約束された身。


 勝てない道理など、存在しない。

 再度構築された少女を取り巻く書板には、天堂佑真の名も刻まれていた。




「………………また、助けられちゃったね」


 天皇波瑠は、ほぼ蘇生に近い救いを受け元通りとなった両足で立ち上がりながら、自分の前に立つ少年に話しかけた。


 以前、波瑠の親友であるキャリバン・ハーシェルが語っていた。

 一度死んだはずの自分が、佑真の手によって死をなかったことにされたかのように意識を取り戻したことがあったと。

 おそらく全く同じ事象を体験した波瑠は、その解に見事辿り着いていた。


 佑真の左手から生み出された純白の波動が、波瑠に不足していた身体構造から精神力、生命力といった概念じみたものまでもをあらかた『創造』し、蘇生・再生に近い現象を零から創り出したのだ。

神上の光(ゴッドブレス)》ほど正確に復活させるものではない。節々に傷が残っているので、いうなれば劣化版にも等しい効力だが、今はそれで十二分だ。ふたたび立ち上がる権利をくれただけでも感謝しなければなるまい。


「迷惑ばっかりかけて、足引っ張ってばっかりで、本当にごめんね」

「仕方ないって。むしろアレを相手に波瑠一人で戦えていたらこっちがビビるっつーの」

「それもそう、かもね」


 だけどね、と波瑠は心の中で続ける。


(あなたは昔、あの怪物にたった一人で挑んだんだよ? その上で私を救ってくれた頃と、本当に変わってないんだね)


 どれだけ敵が強かろうと。どれだけ自分が弱かろうと関係ないのだろう。

 そんな思いを自分にはもう抱けない。一人でなんとか桜に勝とうと、救おうと必死になっていたけれど――一人では勝てないと、身にも心にも刻まれてしまった。


 けど、今は一人じゃないから。

 波瑠は佑真の隣で歩みを止めた。


「そういえば共闘すんのって初めてかもな。うまくいくかね」

「大丈夫だよ。私と佑真くんだもん」


 波瑠の手のひらから放たれる光が、佑真の全身を包み込み――一瞬で、傷一つないものへと癒しきった。

 互いの身体は十全。互いの覚悟は充分。互いの絆は何よりも強固。

 少年と少女は、神域(せんじょう)へと足を踏み入れた。


 空中で彼らを見据えるは、疑似神格と言われる猛威。

 対峙する三者。

 初手の構築は元が姉妹故か、波瑠と神山桜が全くの同時に始動していた。ただしぶつけあう奔流は別。舞い上がる炎流と吹雪の竜巻。撃ち落とす雷鳴の轟き。

 天地の狭間でひしめく両の威力は圧倒的に――――神山桜が上回る。


「くっ、はああああ!」


 元より《霧幻焔華(コールドシャンデリア)》の本領は単発の威力でなく、応用力でものを言う。

 二重のエネルギー変換に、更に電気エネルギーの三重目を追加!


 脳が引き裂けんほどの苦痛を能力演算が響かせるが、四の五の告げる余裕はない。

 もはやここまで来て、己の身を案ずるなどという愚行に出るわけにはいかないのだ。


 ――――相棒(パートナー)は、その身一つで幾重もの戦場を駆けあがってきたのだから。


 波瑠の三重猛攻は、通常なら対軍規模の攻撃でありながら今回は注意逸らし。

 敵が《神上の力(GOD KNOWS)》であるならば、佑真の力が切り札たりえる必殺の一撃。いかにしてその拳を魔法陣へと――桜の右肩へと叩き込むかが問題である。


追加演算(オーバーラップ)――――更にもう一つ!)


 波瑠の右腕が指揮者の如く振り上げられ、

 魔法陣を駆ける佑真の目前に、一筋の氷の階段が建造された。

 攻撃をしながら佑真への助力すら成し遂げる。彼女の能力演算はどこまで化けているのか。少なくとも現時点、技巧において彼女を超える超能力者は存在しない。


 透明な階段を全力で駆けあがる佑真。迎撃に放たれる稲妻は、神殺しの雷撃が竜牙を以てかみ殺す。三秒・密接という制約の放たれた今、佑真がある一点さえ気にしなければ異能で彼を止める方法は在りもしない。

 と、波瑠も、何より佑真自身も確信していたのだが。


 異能とは、そして魔法とは。

 何も、特殊な現象を起こして直接殴り合うことに限定されない。


「〝百花繚乱〟」


 拳が到達するには、まだ遠すぎる時点で神山桜が言葉を紡ぐ。

 瞬間。

 神山桜を中心として、輝きを放つ色の津波が漆黒の天を覆い尽くした。


「「…………ッ!?」」


 その奔流を直視した二人は、脳がひび割れる錯覚に、言葉にならない悲鳴を上げた。

 赤蒼緑黄茶黒白紅紫橙、日本語では庇いきれない無数の色彩は人間の許容量を超え、佑真と波瑠の視覚を通じてダメージを与えたのだ。宇宙をスクリーンとして展開された色彩の地獄は消え去る気配がなく、万華鏡の中に放り込まれた感覚は平衡感覚を根こそぎ奪い取る。


 ここまで大規模でありながら、果たして予想できようか。神山桜にとってこの攻撃は、単なる目潰しでしかないということを。


「やらせねえよ!」


 ガッと波瑠の身体を押し倒したのは、言うまでもなく天堂佑真。〝百花繚乱〟と呼んだ攻撃が発生した瞬間に氷の階段から飛び降り、自分が喰らう覚悟で波瑠を庇う為だけに動いていた彼がギリギリ波瑠を助けられるのは、神山桜の把握するところであるのを忘れてはならない。


永劫を語る天の書板(アカシック・レコード)〟で佑真の動きも波瑠の動きも把握している神山桜は佑真と波瑠が一ヶ所に集まるのを待っていた。

 色彩のスクリーンを紫電の翼が伸びる。佑真はそれを知覚できない。彼の零能力の迎撃も、死角から撃てば間に合わない。


「掃射――――」


 一瞬の火花を皮切りに、無数の翼から超電力が撃ち落とされ。

 視界を埋め尽くす白の極光に、二つの人影が塗りつぶされた。

 これで佑真と波瑠が死んでくれれば、神山桜も苦労しないのだが。


「こん……のおっ!」


 冷静さを取り戻した波瑠は逆に佑真を抱きよせると、右腕を天へ突き上げた。エネルギー変換によるギリギリの相克で着弾を防ぎ、弾き、凌ぎきる。


 少女の頑張りを受けた佑真はより一層の気合を込めて咆哮を放った。

 佑真の《零能力》は、通常時に皮膚であれば全身が作用するように、雷撃もその放出箇所は両腕に限られない。己の内底に意識を落とし、背中から放つという想像(イメージ)を現実のものとする。


「ぉぉぉぉぉおおおおお――――!」


 ゴッッッ! と火山が如く噴き上がる神殺しの雷撃(ブレイクダウン)。紫電と白の雷鳴が追突し、けれど衝撃一つ起こさずに桜の攻撃を霧消していく。


「(このまま〝百花繚乱〟ごと吹っ飛ばす……)……ッ、ゴハッ」

「!? ゆ、佑真くん!?」


 押し倒されたままの波瑠は、自分の顔にかかってきた熱い液体に頬を歪ませた。この特有の感触は、血のそれと酷似している……?

 吐血した張本人は、そんなものを一切気にせずに、さっきから体内を脈動して止まない熱源すべてを出す勢いで《零能力》を爆発させた。


「……〝百花繚乱〟の崩壊を確認。〝永劫を語る天の書板(アカシック・レコード)〟の文字(ログ)通りとはいえ、神技一つを破るとは」


 神山桜の冷徹な眼が、二人の起こす現象を静かに見届ける。

 ガゴッ、と世界に亀裂が走り。

 無限の色彩に覆われた宇宙が、元の荘厳な景色を取り戻した。


「っ、はぁ……はぁ……」


 地に突っ伏す佑真。彼の下から抜け出した波瑠は、すぐさま低空飛行で神山桜の撹乱に臨む。具体的には彼女の得意技である氷で槍や剣といった武具を無数に精製し、気流でなく移動の力学的エネルギーで自身の後衛につける。


 それらは神山桜の攻撃に対する迎撃用であり、また桜への牽制用だ。宇宙空間でありながら大気の存在するここにはどうやら水蒸気も存在するのは、波瑠の嬉しい誤算。

 奮闘する彼女の視界の隅には、赤い口元を拭う佑真の姿が映っていた。


(……佑真くん、大丈夫なの?)


 佑真の《零能力》は元より未知に溢れているものだ。対異能における最後の切り札を今の波瑠は頼りにしているけれど、もしも。

 もしもその切り札に、彼への大きなリスクがあったとしたら?


「集中を切らす余裕はあるのですか?」


 神山桜の声は、《神上の力(GOD KNOWS)》として放たれた光弾の嵐の後に届いたものだった。魔法陣に不時着した彼女は身体を激しく転がせる。


「っ、そいや!」


 そんな彼女を庇うようなタイミングで、右手のひらに雷撃を三球にして集約させた佑真が弾丸のような勢いで飛び出した。


 伏せた波瑠を一瞥した神山桜は――〝永劫を語る天の書板アカシック・レコード〟で向こうしばらく波瑠が動かないと知っての行動だ――雷撃では傷一つ届かないので攻撃法を切り替える。


 七月は海岸線での戦いで、山一つを吹き飛ばし海を割った破壊光線の無作為爆撃。

 カッ――と迸る閃光を発端に、第一撃が光柱を貫く。


 右腕を構えた佑真はギュンと投げつけるように振り抜き、圧縮雷撃の球を真正面より激突させた。あちらが破壊光線ならば、こちらは還元の徹甲弾。


「ふっ――――」


 一斬が通るも、神山桜の攻撃に終わりは存在しない。向こうの力の源は、魔法陣を通じた高次元に無限に存在するという『天使の力(テレズマ)』それである。第二撃を反射で躱した佑真は第三撃を裏拳で迎え撃ち、第四撃を掌底で貫いた。

 迫りくる第五撃。残弾は零。


「クソッタレが!」


 ――――更なる根性で、光線を吹き払う!

 ミシ、と右肩関節に駆け抜ける鋭い痛み。ふたたびこみ上げる血を乱雑に吐き出す。


「ですがたったの五発です。攻略したつもりになるにはまだ」

「早いだろうな」


 だが、とうに無茶を押し通す覚悟はできている。

 破壊光線の掃射が襲う。握りしめた右腕を限界まで振り絞り、死力を尽くして片っ端から能力を消し尽くす。そのたびに右腕が、そして全身が悲鳴を上げ、光線を消すたびに自分の中で(、、、、、)何かが壊れる(、、、、、、)音がする(、、、、)のは目を逸らして。


「おおおおおおおおおおおおおおおッ」

「賞賛に値する抵抗です。流石は劫一籠様が最警戒を忠告した敵だ――が」


 神山桜が、オリハルコンの鉱石を振り上げる。


「所詮あなたも人間だ、零能力者。我が黄金の書板に、あなたが勝利して終わる未来など記されていない」

「……疑似神格(にんげん)風情が、オレ達の未来を語るんじゃねえ」


 元より佑真(オレ)の戦いは、常に勝率零パーセントから始まっている。

 破壊光線が束となって襲う――歯を食いしばり、両腕で迎え撃つ。


「立て、波瑠」


 消去が、還元が追い付かない――指先から徐々に自分が失われていく。


「立ち上がれよ、波瑠」


 止まるわけにはいかない――絶対に譲れない。


「テメェの未来はテメェ自身が決めろ! こんなところでくたばるような女に惚れた覚え、オレはねえぞ!」


 必敗を超越し――完勝を掴み取れ。


零能力(コード)――〝神殺しの雷撃(ブレイクダウン)〟!!!!」


 佑真の奥底で、パキ、と何かがひび割れる音が轟き。

 小惑星を一瞬で消し去る光柱の束を、完全に消し去った。


「道は開いたぞ、桜!」


 燃え盛る血潮を口から多量に吐き出し、猛進する佑真。


「だからといってあなた一人では、我が下にすら届かないことを忘れましたか」


 ああ。神の攻撃を防ぎきったことだけは認めよう。しかしあまりに愚直な彼の背中は、狙うのをためらうほどに隙だらけだった。

 もしもアカシック・レコードに『ここで(わたし)がトドメを刺す』と書かれていなければ、本当に撃たなかったかもしれない。


 電流が虚空を走る。稲妻の名に劣らぬ光速の一撃が佑真の背中を捉え、壊れかけの少年の身体を焼き尽くす。佑真の『還元』には処理速度が存在し、それさえ上回ってしまえば殺害に苦労することはない。

 これで死亡。これで終わり。残る邪魔者は天皇波瑠(お姉ちゃん)のみ。


 そう、〝永劫を語る天の書板(アカシック・レコード)〟には記されているのに。


「………………生きている?」

他人(オレ)の未来を勝手に決めるなと、告げたはずだ」


『還元』の雷撃が追い付いたのか。確かに身を焦がしながら、それでも少年は神山桜へ向けて猛追を始めていた。なぜだ? アカシック・レコードが通じていない? 彼の《零能力》の効力がここまで届いているというのか?


 募る疑念が神山桜に焦りを生ませ、黄金の書板に視線を落とした。

 三度の確認を経ても、先ほどの時点で天堂佑真は死ぬ運命にあった。


 運命を乗り越えた? 否、自分は何かを忘れている。とても重要な何かを――――


「――――――死をも覆す神上(きせき)。お姉ちゃん、ですか」


 天皇波瑠(ゴッドブレス)()る限り、『死』は終着点ではない。


 だが、なぜ波瑠と戦うにあたっての大前提が頭から抜けていた?

 どうして天堂佑真が生き返ることを、書板は追跡(トレース)しきれなかった!?


 …………世界最高峰のスーパーコンピュータは、一つの可能性に思い至る。

 欠けていたとしたら。


 天堂佑真が駆けつけ、放った初撃。あの時にアカシック・レコードは一部を損傷した。神山桜は神的象徴(アカシック・レコード)を再展開し、復元できたと思い込んでいたが、あの攻撃で波瑠の行動の一部が欠けていたとしたら?


 一部の損傷がバタフライエフェクトのごとく運命を紡ぎ、結果として、佑真の再生をも見逃す結果につながった――。

 出来すぎかもしれない。けれど、否定しきれない。


 ありとあらゆる異能を『零』へと誘う零能力(ちから)

 一度常世から失せたものは、二度とは元に戻らない。


 即ち、今桜の周りに浮かぶ黄金の文字はすべて、あったかもしれない未来を――あり得なかった虚構(みらい)を描くだけの、欠陥品……ッ!


「覚悟しろ。人間が疑似神格(にんげん)に敵わない道理なんて――」

「――存在しない! 行くよ、桜!」


 今の今まで伏せたふりをして佑真の身体回復に徹していた波瑠が、ッゴ! と暴風を吹き散らして飛び出した。波瑠は素直であって愚直ではない。両手を振り上げて創り出すは、アストラルツリーの天井を飾る氷の城。そびえ立つ城壁は、神山桜の動きを大きく制御する。


「走れ、佑真くん!」


 螺旋に伸びる透明な階段を全力で駆けあがる佑真。彼と神山桜の距離はもう、この上下間しか残されていない。

 城ごと叩き潰さんと動きを見せる紫電の翼は、しかしすぐに動きを止めた。


 波瑠の猛追。ここに来て神山桜の動きを制御するほどの炎竜が――五匹! 波瑠という指揮者を中心として、炎雷の渦が水晶の城壁内で暴れまわる。もはや偽物と化したアカシック・レコードなど頼りにならない。完全展開を捨てて波瑠を押さえんとオリハルコンを振り下ろした彼女の前髪を、猛烈な上昇気流がなびかせる。


「……っ! まさか!」


 一年先の天気をも予測する機械が一瞬先の未来を想定するのは容易の技。この上昇気流は波瑠の自衛ではなく佑真の進撃の助力。台風襲来並みの突風は、少年一人を天へと誘う不可視のエレベーターの役割を果たす。


 わざわざ構築された螺旋階段すらブラフ。

 眼前に零能力者が到達した瞬間、神山桜は全余力を以て撤退に挑んだ。


「届けェェェェェ―――――!!」


 あらゆる異能を破壊する毒手(みぎて)が伸びる。更に大砲のごとく吹き付ける強風が佑真の背中を押し、零距離以外を許さない。さすれば、ここで叩き落すしかあるまい!


 初めて人間のような焦りを見せる神山桜。

 佑真の右手が捉えたものは……桜の右肩ではなく、手に握っていたオリハルコンの鉱石。かろうじてそれを奪い去られるも、彼の勢いがそがれた瞬間に紫電の翼をぶつけて落とし、神山桜は一気に距離を取った。


 なんとか《神上の力(GOD KNOWS)》の解除は免れた。神的象徴もまだ生きている。自分の優位は揺るがない。


(〝永劫を語る天の書板(アカシック・レコード)〟、再起動(リスタート)!)


 黄金の文字列が復元されていく。佑真と波瑠が書き換えた(、、、、、)だけあって改ざんされていく部分も多いが、これでふたたび約束された勝利の方程式が完成され


 …………………………。

 …………………………。

 ……………………………………………………。




「〝天皇桜が、救われる〟?」




【神山システム】が、機械らしからぬ疑念に満ち充ちた感情で、一節をポツリと呟いた。


 彼女の視界で、ゴバッッッ!!! と爆発する蒼の激流。

 佑真よりオリハルコンの鉱石を受け取り、潜在能力(ポテンシャル)を完全に引き出された波瑠の波動が異様な輝きを放っていたのだ。一少女の身では収まりきらないと言わんばかりに、美麗で荘厳さすら感じさせる波動の威圧が、神山桜の天皇桜(にんげん)としての部分を刺激する。


(サファイアのように美しく、まじりっけのない純粋な蒼……!)


 桜は大好きだった。自分と一緒にいた頃から神童、天才と謳われた姉の綺麗な波動。

 そんな少女がオリハルコンを手にしたのだ――。


「今の波瑠に勝てる奴なんて、地上に存在しねえんじゃねえかな」


 ぬかったな、と得意げな笑みを惜しげもなく神山桜へ向けながら、佑真は波瑠の隣に立つ。


 此度の戦いで神山桜は、オリハルコンを所有することで《雷桜》の出力を向上させ、端的に言えば戦力の更なる強化(ブースト)を施していた。

 しかし鉱石が波瑠の手に渡った今、失った力と底上げされた力の増減は相当に大きく。


「佑真くん、流石にそれは大げさだよ――はあぁっ!」


 彼女の謙遜を大きく裏切るかのように、両者が放った雷流が相殺されてしまうまでに、力量差は埋まっていた。


「零能力者、あなたは最初からこれを狙っていたのですか!?」

「一気にぶちのめせるならそれに越したことはねえが、一歩一歩コツコツと倒していくのも戦い方の一つだ。どうだよカミサマ。オレ達の勝率、一パーセントくらいには上がっちまってんじゃないの?」


 と、自慢げに語る佑真の隣で、凛と立つ。


「これ以上は好きにさせない。こっから先は私の番だ!!」


 雪姫――その異名が、神山桜の脳裏をよぎる。

 記憶(レコード)が、雑念(ノイズ)を響かせる。


 ――――――あの人に。

 ――――――もう一度だけでいいから、抱きしめてもらいたかった。


「…………さくら?」


 中空で浮いたまま、身動きを止めた神山桜に首をかしげる波瑠。

 畳み掛けたいところだが、もしも罠だったらという警戒心でこちらも動けない。


 佑真だったらいけるかもしれない、と波瑠は視線を向けてみるが……彼は一応神山桜を注意して、けれど何か考え事をしている。声をかけるのを躊躇っていると、


「……〝永劫を語る天の書板(アカシック・レコード)〟、破棄(キャンセル)


 神山桜自ら、切り札としていたはずの神的象徴(シンボリックアームス)を放棄した。敗北しか示さない未来など、何の役にも立たない。人間ごときに未来改変が出来たのだ――なれば己も未来を変革し、絶勝を掴み取るまでだ。


 彼女を取り巻いていた黄金の文字列が消え去り、


「天堂佑真を排除し、天皇波瑠の心をへし折り無力化してから殺害」


 代わりに神山桜の背後で、ぐにゃり、と虚空が歪む。

 周囲から何かエネルギーのようなものが翼に集結され、そのエネルギー、おそらくテレズマが紫電の翼を再構築した。


「そのためにはまず《零能力》攻略が必須。演算処理開始――――終了。八十七のプランのうち、最善となる一つを選択します」


 紫電の翼がグアッと孔雀のように開かれ――そのまま、宇宙空間を伸びていく。


「なんだなんだ? 何が起こんだ!?」

「佑真くん狙いって言ってたよ。気をつけて」

「いざと言う時は守って波瑠ちん」

「じょ、冗談言ってる場合じゃないでしょ! 守るけど!」


 背中合わせで、こんな状況でも笑顔でいられる佑真が羨ましい、と思う波瑠。

 その考えは、彼の姿をしっかりと見た一瞬のうちに打ち砕かれた。


 全身に何か亀裂のようなモノを走らせていたのだ。


 これまでの攻防でつくような傷ではない。神山桜の攻撃は圧死や感電死狙いのものが多い傾向にあり、斬撃など一瞬もなかった。ましてここは障害物の無い宇宙空間。擦り傷を負うこともないのだ。

 まるでその亀裂は、佑真の肉体が破壊していく過程のように見えて。


 紫電の翼が未だ広がりを見せている。会話している余裕があるのかと聞かれれば返答できない場面であったが、波瑠は問い詰めずにはいられなかった。


「…………ゆうま、くん? それ、どうした……の?」

「……どれ?」

「全身の傷だよ!!《神上の光(ゴッドブレス)》で治した時にはそんな傷なかった! 一体いつからあったの!? 原因は!?」

「そんな怖い声出すなよ波瑠。…………どうやら《零能力》っつーのは、使い放題何でもありのチート能力じゃないらしい」


 作っていた笑顔を引っ込める佑真。

 気づかれたなら仕方ないな、と表情を改める。


「オレが《零能力》を一度使うたび、体のどっかが壊れるっぽい。異能を消す時、『還元』『創造』関係なく、ついでにいうと――外側限定でもないんだ」

「体の内側……臓器とか骨にも影響してるってこと!?」

「たぶんな。でもま、大丈夫だろ。七月ん時は致命傷を負うと『自動回復プログラム』的なのが起こって自然と肉体を『創造』してたし。死にはしないって」


 ――――でもその致命傷は、外部からの攻撃でできたものじゃないの?

 波瑠はそれを問いかけたかった。

 問いかける暇はなかった。

 神山桜の紫電の翼のうねりが収まり――数十本の翼が、何かを絡め取った状態で元の長さに戻っていたからだ。


「来るぞ波瑠。とにかくオレは大丈夫だから……つうか、なんだ、あれ?」


 臨戦態勢を取る佑真の疑問に、背中あわせで波瑠が答える。


「スペースデブリっていう、いわゆる宇宙ゴミだと思うけど……」

「宇宙ゴミ? デブリ?」

「あの佑真くん、解説してる暇ないから「質問を確認。解説しますと、宇宙ゴミことスペースデブリとはロケットの破片やもう使われなくなった衛星など、衛星軌道上に存在する『不要である人工物体(ゴミ)』を指します。この軌道エレベーターが開発される以前も以後もその数は年々増加し、社会問題となっています」……流石、インターネット」

「便利だな、【神山システム】」

「そして、」神山桜の言葉は止まらない。「【神山システム】の演算結果より、零能力者対策第一案に利用する道具として選び出されました。こんな風に使います」


 そして。

 紫電の翼が一対一組となり、二本のレールとなってデブリを掴む。

 砲身約五十メートル。質量を磁力線によって加速させて放つ、科学兵器の模倣。


電磁(レール)加速砲(ガン)……!?」

模倣電磁加速砲(レールガン・レプリカ)とでも呼びましょうか」


 全方位から一斉に射出された亜光速の高熱体が、瞬の世界で炸裂する。


《零能力》――通常時・雷撃問わず『異能を消す異能』の最大の弱点は、痛みを感じる点だ。

 では、最大の欠点(、、)は? と聞かれれば佑真はこう答える。

 異能の起こす二次現象には一切干渉できない点だ、と。

 発火能力で生み出された炎そのものは消せても、炎が起こし広がった火事は消せない。

 風力操作の突風自体は消せても、それで吹き飛ばされた瓦礫の威力は消せない。

 そして、電磁系統の異能は消せても、その異能によって撃ちだされた質量を消すことはできない。


「だから、本当に波瑠に頼らなきゃいけなかったんだけど……」


 神山桜は目を見張る。演算の予測と現実の結果が一致しない、と。

 天堂佑真は口角を上げる。やっぱお前ってすげーや、と。

 天皇波瑠はほっと息をつく。今度こそ佑真くんの役に立てた、と。


 結果から言うと、撃ち出されたスペースデプリは一発も佑真に届かなかった。

 完全に抑え込む、絶対零度の凍結――《氷結地獄(コキュートス)》。

 オリハルコンで強化された波瑠の超能力が、完膚なきまでに全攻撃を制圧したのだ。


 ――――――演算と結果が合わない/切り替え/天皇波瑠が演算予測結果を凌駕する成長をこの短時間で遂げたということですか? あるいはオリハルコンとはそれほどまでに絶大的なものなのですか?

 ――――――有り得ない。演算は十二分の安全マージンをもって行なわれたはずです。他に何か原因があるのでは?/切り替え/………………

 ――――――/切り替え/これより、演算の方針を変更します。

 ――――――何を。

 ――――――どう変更すればよいのか。

 ――――――演算、しま



「悪いな、神山桜――いや、【神山システム】」


 波瑠が、氷の階段を天へ天へと伸ばしていく。

 神山桜の振るう紫電の翼が、神殺しの雷撃(ブレイクダウン)に潰される。

 翼を振り下ろそうとして、巨大な氷の槍に弾かれ軌道を曲げられる。


「未来視に頼り、演算に頼り。そいつさえなぞっていれば必ず勝てるという慢心。データキャラにありがちすぎる、イレギュラーへの対応の弱さがテメェの敗北理由だ。世界最高峰のコンピュータを名乗るなら、弱点くらい克服してみやがれ!」


 天堂佑真の右手が伸びる。その標的は《神上の聖(ゴッドブレス)》。神山桜は体を捻り、魔手から逃れた。そして高電圧による攻撃を仕掛けようとして――佑真の左手が、何かに向かって伸びていることに気づいた。

 気づいたからといって回避できる距離ではない。


 彼の左手が捉えたのは――――【神山システム】と天皇桜を繋ぐ遠隔制御装置(チョーカー)のスイッチだった。


(無機さん、お願い!)


 波瑠が両手を祈るように結ぶ。

 カチッ、という小さな音が鳴った。



   ☆ ☆ ☆



 その音が、無機亜澄華の最終決戦(ラストバトル)の合図だった。

 音自体は【神山システム】管制室には一切届かない。しかし、この管制室には《雷桜》と【神山システム】が接続環境にあるかどうかを示すランプが取り付けてある。

 それが(接続)から(切断)に切り替わった――――


 通常状態――【神山システム】によって桜の脳を制御されている状態では、【神山システム】本基である黒い箱すべてを爆発させると、強制的に接続を遮断された桜の身体に影響が出かねない。

 下手をすれば脳が焼ききられて死亡してしまう。


 桜の身体へできる限り影響を与えずに、且つ【神山システム】から切り離す安全な方法。

 彼女の首元のチョーカーより手動で【神山システム】との接続を遮断し、彼女の身体制御を数秒間『天皇桜』へと戻す。【神山システム】が接続を復活させる前に本体すべてを破壊することで、【神山システム】による身体制御の呪縛を解き、『天皇桜』を取り戻すのだ。


 世界最高のスーパーコンピュータの破壊だ。許されることではない。

 それでも一人の少女が救われるなら、自分はどれだけの罪でも背負おう。

 事の発端はそもそも無機亜澄華(じぶん)なのだから。



 ――――その瞬間。

 無機亜澄華は、全力で超能力を放った。



「――――――はあああああああああああああああッッッ!!!」



 轟音が世界を埋め尽くす。

 ガラスが割れた。モニターが衝撃に粉々に散った。フロアの床に亀裂が走り、黒く巨大な演算装置が爆炎を上げ、黒煙が壁となって膨れ上がり、球状に広がる余波が無機の弱弱しい体を容赦なく殴りつけた。


液状爆破(オーバーハイドロ)

 液体を爆破させる超能力。コーラだろうがコーヒーだろうが自分の体液だろうが、液体であればすべてを爆発物へと昇華させる超能力。もし無機が超能力者としての道を歩んでいれば確実に伸びたであろう力は、世界最高峰のスーパーコンピュータを完膚なきまでに破壊することに成功していた。


 ただし、この能力には『目に見える範囲』という制約が存在している。

 爆発直前まで管制室の中で【神山システム】を見続けていた無機の全身には、余波の衝撃や飛び散る破片などの傷が走っていた。


「……。我ながら、柄でない壊し方だったかもね。」


 衣装を整えながら、黒煙を上げる、壊れきった管制室を眺める無機。

 自身の夢と願いを籠めて作り上げた【神山システム】だ――その設計図はまだ自分が所有している。ふたたび作り出すことは可能であるが……。


「……想いいれでも。あったのかしらね。」


 感じることはあるが、これで最善だったと思う。

 自分にとって一番大切なことは、天皇姉妹を救い出すことだ。

 五年前に犯した過ちを償うため。

 そして――ふたたび、明るい姉妹の笑顔を見るための戦いだったんだ。


「これでよかったのよね。波瑠。桜ちゃん。」


 静かな笑みを浮かべて。

 白衣を翻し、元・天才は蓑虫状態の鉄先恒貴を引きずって、管制室に背を向けた。



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