●第七十三話 限りなく零に近い勝率-δ
今回よりオカルト要素が非常に濃くなっております
零能力者という作品の一面でありますので、なんとか許容していただけると幸いです……情けない一文だなおい。
時間はわずかに遡る。
波瑠が衛星軌道上のターミナルへたどり着いた頃。
☆ ☆ ☆
衛星軌道上に位置するターミナル、アストラルツリー最上――――『屋上』。
神山桜は、大気圏を突破したそこに立っていた。
それも、宇宙空間に生身でだ。
無茶苦茶な状態でいられるのは、足元に展開された特別な魔方陣――《四大元素大天空魔方陣》が要因だった。
《四大元素大天空魔方陣》は疑似的な『高位相』を地上に切り出し、《神上》を地上に馴染ませるための儀式場。区切られたこの空間内において普通の法則は通じないらしい。
この上には重力がある程度存在し、呼吸も可能。
太陽光線も陣の上ではほぼ影響がない。
地球上に似た環境が再現されているようだった。
「無茶苦茶な魔方陣ですね」
神山桜は無自覚のうちに、【神山システム】を介してその情報を保存した。
ふと見上げてみれば、眼前に広がるは宇宙空間。数多の星々や銀河が輝き、太陽が地球へ熱と光を届けてくる。深い闇という印象が強かったが、実際に出てみればそこまでひどくはない。【神山システム】で得ていた事前情報どおり、宇宙飛行士が形容に困るのも納得の美しさに感銘を受けていた。
――――――さて。
そんな彼女は今、黒い鉱石――オリハルコンを手にしている。
人間の身体能力を限界まで引き出し、結果的に超能力をも強化する世界唯一の鉱石。『原典』という特殊な能力者である桜だが、その影響はしっかり受けている。
オリハルコンと【神山システム】、そして『あと一つ』を組み合わせた、天皇劫一籠による第二の《神上》光臨計画が、今まさに実行されようとしていた。
生と死、光と闇、天と地――――――様々なものが交差する、この宇宙空間において。
――――現実世界の《異能》の考え方の一つとして、地球上に血流のように流れ続ける自然エネルギー、その方面の世界でいうところの『霊力』の流れ、《竜脈》がある。
万里の長城など特殊な建造物や自然環境が特異点を成立した時、その地点には《竜脈》が溜まり、非科学的に意味を持つようになる。一般で言うと『パワースポット』が近い概念だ。
天皇劫一籠は、この《竜脈》に目をつけた。
現実世界の裏返しにあり、今や地球上よりも広い『電子世界』に、もしも同様の《脈》が流れているとしたら。その力を引き出すことができたとしたら。
それはある意味、人知を超える力を手に入れることにならないか?
天皇劫一籠の憶測の狭間、彼の野望を遂げるためといわんばかりのタイミングで、ネット世界に直接干渉できる能力《雷桜》を伴って、天皇桜が誕生した。
生を得た瞬間よりその少女は、彼の野望を現実のものとするよう願われ。
《雷桜》を制御して、電子世界の波を一点に集約させる。
天皇劫一籠は、意図して《神上の力》を光臨させる場にアストラルツリーを選んだ。
《竜脈》には、万里の長城や聖塔などの建造物を特異点として溜まる性質ある。決して非科学を意識しない建造物であっても、その存在が地球上に影響を及ぼすほど巨大なものであればあるほど、建造物は霊力の流れを乱し、多量の霊力をその地に集約し始める。
宇宙まで伸びる世界最高の建造物は、この条件を完璧に満たしていた。
その上で敷かれる《四大元素大天空魔方陣》。
《神上》を十全まで引き出す特殊空間『擬似・高位相』を特定範囲内に展開する魔方陣。
そこへオリハルコンの力が加わり、異能の力は更に強大なものとなる。
構えに構えられた、念入りな《神上》光臨計画。
ここまで用意周到に非科学を取り揃えたのには、理由が存在する。
七月二十一日――彼の描いたシナリオ通りに進んでいたはずの《神上》光臨計画が、たった一つの天堂佑真によって食い止められたという『失敗』の経験が、天皇劫一籠を慎重にさせた。
零能力者の介入が入っても計画が失敗しないほど圧倒的な力を生み出すため。
何重構造にしてでも、今度こそ《神上の力》を会得し、奇跡を起こすため。
「天皇劫一籠様。神上の力を、発現します」
神山桜は、紫電の槍を《四大元素大天空魔方陣》の中心に撃つ。
同時に彼女の右肩が、極黒の輝きを放ち始めた。
肩に焼き付けたるは、十二星座と六芒星の魔方陣。
《神上の力》が、静かに堕ちた。
純白の波動が桜の周囲を風になびいた糸のように舞い、はるか宇宙へと渦を巻く。
背中に束ねられた波動がぐにゃりと変形し、イソギンチャクのような幾本もの翼が伸びる。
無機質で天使の翼とは言いがたく、ブレードのように鋭い形状。人工物に干渉する《雷桜》らしいといえよう翼は青白い火花を散らし、表面に雷が迸る。
少女の全身からは色が失せ、一色の混ざりもない、気色悪いほどの純白に至り。
右肩のみ、唯漆黒の光を異質に放ち続ける。
『天使の力』の固定化、完了。
指向性付与。疑似神格第一展開、完成。
神的象徴の開放……失敗。
「……《神上の力》の取得――照合、七月二十一日、《光》を媒体として得たものと限りなく一致していることを確認。神的象徴の開放には至りませんでしたが、劫一籠様、《神上の力》の発現に成功しました」
色の抜かれた状態で、神山桜が無機質な声を並べる。
「【神山システム】による行動制御か可能かどうか。試行」
手を挙げる神山桜。
手のひらに『天使の力』が吸い込まれるように集合し、純白の球体が浮かび上がった。
「対象物は中国製戦術衛星『黄竜』。射出まで三秒――――」
その瞬間。
ズドン! と神山桜は、背後に伸びる翼から紫電を撃ち落とした。
飛来したドライアイス弾が、磁力の熱で完膚なきまでに溶かしつくされる。
「――――訂正。妨害により試行中断。妨害者は……天皇波瑠」
光を失った瞳が動き、その少女を捉えた。
蒼い髪に氷でできた桜のような髪飾りをつけ。
サファイアに輝く波動をこれでもかと撒き散らす。
《霧幻焔華》――天皇波瑠。
苦しげな表情の波瑠は、黒いグローブをはめた右手をゆっくりと降ろした。
「桜……その状態、まさか……」
「質問を確認。応答しますと、この状態はあなたも経験があるはずです、お姉ちゃん。《神上の力》――《神上》の魔方陣を通じて『高位相』よりテレズマを引き出し、十二種を超えた奇跡を起こす《魔法》の臨界点。お忘れですか?」
「経験があるっていわれても、正直私はよく覚えてないんだよね。その状態になった当事者だから」
戦闘態勢に入ったまま、神山桜……否、《神上の力》を観察する。
《神上》計画とは聞いていたが、波瑠には一つだけ疑問があった。
《神上の力》になるには、《神上》の魔方陣を通じてテレズマを引き出す必要がある。この過程がなければなることはできない――と、佑真やキャリバンとともに憶測を立てていたし、実際、ステファノ達は天皇劫一籠の口から似たようなことを聞いたという。
そして、第二の《神上》計画は桜を核としている。
波瑠は話を整理した際に、嫌な予感を抱いていた。
おかしな話かもしれないが、波瑠は自分を除いた残る十一人の《神上》所有者をほとんど把握していない。《光》――自分自身は尋常じゃないほど知名度が高いため知られているかもしれないが、他の所有者に関する話題は一度も耳にしたことがないのも気になるところ。
誰が有しているかは、《光》と《闇》を除いてその他はわからない。
そして桜は、『《神上》に最も適性を持つ少女』を姉に持っている……。
「……もう一つ聞くよ。桜、あなたはどの《神上》?」
どくん、どくんと大きな音を立てる心臓を押さえるように、胸元に手を当てる。
できれば、否定してほしかった。
けれど。
「質問を確認。回答しますと、神山桜、もとい天皇桜は《神上の聖》の所有者です」
追記すると魔方陣は右肩です、と《神上の力》。
返ってきたのはまごうことなき肯定の言葉。
(桜も、《神上》所有者だったんだ……)
覚悟していなければまた我を失ったかもしれない事実を、波瑠はしっかりと受け止める。
カクン、と《神上の力》の首が動いた。
「質問は以上ですか?」
「うん。以上だよ、桜」
「では、こちらからも確認を少し。お姉ちゃん、あなたはわたしを止めるつもりですか?」
「もちろん」
「では、撃退します」
ぼそぼそと告げた、直後だった。
オリハルコンを持つ手が大きく振り上げられ、漆黒の天に一筋の青白い光が射す。
波瑠が目を細めながら光を見上げた瞬間。
「攻撃――――」
音が消えた。
一拍の間をおいた後――カッ!! と閃光が爆発し、すぐさま地上を轟音の嵐が襲った。亜光速で迫る何億ボルトという無数の雷撃の槍に対し、波瑠は竜巻を作って飛び上がりながら絶対零度の凍結を起こし、周囲に氷の槍を生成。
咆哮とともに放たれた水晶の閃が雷撃の槍と追突し、爆裂。衝撃波が真空を伝ってロス一つなく波瑠の体を殴りつけた。竜巻を解除して腕を顔の前で交差する。華奢な体は容易に吹き飛ばされ、《四大元素大天空魔方陣》に滑るように足をついた。
しかし、相殺。
十分すぎる結果かもしれないが――波瑠は、決して明るい表情になれなかった。
「……っ!?(う、わ……強すぎる! 今のだって目一杯の力で放ったつもりだったのに、相殺がやっとってこと!? 佑真くん、こんな力にどうやって勝ったっていうの……っ!)」
――――ズドン!! と雷鳴を轟かせ、紫電が迫る。
言葉通り光の速度で飛来する高圧電流に対し、波瑠は。
純粋に、右手を突き出した。
正確に表現するならば――――『対電使用をほどこされている黒いグローブをはめた右手』を、突き出した。
バチンッ!! と紫電はグローブに当たるなり弾け飛ぶ。
「ぐっ……はああああ!」
その代わり、波瑠にもドッ! と手のひらを通じて尋常ではない衝撃が走り、腕、肩へと鈍痛が走る。
いくら抵抗の高いグローブをはめて電流を防ぐことができても、その攻撃が有する威力まで止めることはできず、ダメージのみが貫いたようだ。
――――いわずもがな、桜の《雷桜》を一番理解している他人は波瑠である。
そんな彼女が、桜を救い出すという目的があるにもかかわらず《雷桜》への対抗策を練らないわけがない。戦闘前に準備を行なう時間すらあるのだから、尚更に。
《雷桜》は超能力。しかし、主力となる攻撃はあくまで電気なのだ。抵抗の値が高ければ高いほど通電は限りなく軽減される。そして《霧幻焔華》をかけあわせ、放たれる『電気エネルギー』を極限まで弱めるのも怠らない。
耐電性のあるグローブは、対桜戦を想定して着用した衣装の一つだったというわけだ。
「痛っ……完全にダメージが防げないんじゃ、あんまり意味なさそうだけど……」
目の端に涙を溜めながら、それでもにぃ、と強気に笑って見せる。
《神上の力》は特に反応を見せず。
ゴバッ! と紫電の翼を扇状に開いた。
「一掃――――」
天空を覆う雷雲のように稲妻を光らせ、オリハルコンが振り下ろされると同時に何億ボルトの雷撃の槍が地上を――正確には魔方陣を――目掛けてぶち抜かれた。
轟音と閃光が炸裂し、視覚聴覚をはちゃめちゃにかき乱す。
まるでスタングレネードのようだがあくまでそれは余剰効果。雷の嵐を腕のグローブ一つで対処できるわけもなく、波瑠は能力を発動した。
蒼髪がバチバチッと火花を散らす。
波瑠を核として稲妻が拡散し、降り注ぐ高圧電流を迎え撃つ。
とはいっても正面激突の威力相殺ではなく、狙いは表現するところの弾き防御。雷の軌道を自身から周囲へ散らすことが目的だ。
最後の一発をズダン! と弾き飛ばしたところで、その余波によって波瑠はバランスを崩す。魔方陣の上に体を打ったところで――カッ、と氷の髪飾りが閃光を放った。
土宮冬乃戦では、これが『消滅』の光線発射の合図となっていた。
その条件反射が身に残っていたせいか(おかげか)、波瑠は咄嗟に身を翻し。
《神上の力》の純白の球体より放たれた破壊光線が、ちょうど顔を逸らした虚空を引き裂いた。
「…………!?」
本人の意識を残して初めて見る光線に、波瑠は目を大きく見開く。
衝撃波だけでわかる威力こそあれ、波瑠が一番驚いたのは光線が持っていた異様な雰囲気。《神上》所有者である波瑠だからこそ、この違和感に――まるでこの世に存在するはずのない異質なものを見てしまったかの感覚に、気づくことができたのかもしれない。
「生き返らせる波動と似ている……。テレズマを圧縮した光線、ってとこかな」
「質問というわけではなさそうですが、回答すると――――正解です。テレズマを圧縮し、放射状にして撃ち出すことで、進行方向に存在するすべての対象物を『一掃』する性能を持っています。七月の一線では、あなた自身によって海岸線や海表面、天空の雲などを『一掃』したことが確認されています」
必要のない情報に顔をゆがめる波瑠。
しかしあの光線がテレズマ製であるとすると《霧幻焔華》のエネルギー変換が通用しない。一発喰らえばアウト、回避しか選択肢のない攻撃だ。
一応いっておくと、《霧幻焔華》において『天使の力』という特殊な力は、残念ながらエネルギー変換の勘定に入れることができない。
勘定に入れられるならば、無限に供給できる自身の《神上の光》を媒介としたエネルギー生産をとっくに実行している。
(あの光線はどうしよっか……電撃対策しかしてないけど、そもそもこの状態になることが予定外だもんね。ここから先は、私の自力でなんとかするしかないのかな)
乱れた蒼髪を軽く払う。
波瑠は背中に竜巻を生やすなり、一気に自ら飛び上がった。
紫電の翼が張り巡らされた天空へ、敵陣の中央に向かって。
「追撃――――」
《神上の力》は、単純に数十の雷撃を撃ち落とした。
ッッッゴ!! と強烈な衝撃が襲う。右手を突き出した上で電磁バリアを張って直撃を逸らしてこそいるものの、人並み以下に細い波瑠の身体が悲鳴を上げる。
「っ、りゃあっ!!」
右手を振り払って雷撃を突き飛ばす。
閃光の晴れた眼前には、すでに紫電の翼が高圧電流を迸らせながら迫っていた。
その本数、二十を超える。
「うわっ、とっ!」
天空を踊る妖精のように器用に旋回し、逐一余波であるはずの突風を散らす翼を回避していく。空中戦での回避は『例の五年間』で波瑠が最も多く行なってきた行動だ。自分ながら嫌な慣れだとは思うが、神の翼をやり過ごす。
ぐるりと大きく身体を旋回させ、ドライアイス弾を天から撃ち放つ。
氷の豪雨はやはり《神上の力》に届かない。超高電圧の生み出す熱がことごとくドライアイスを熔かして消し去ってしまう。
その間に波瑠は竜巻を操って運動方向を修正し、最短距離をなぞって《神上の力》へ突貫した。端から見ても自分で考えても無謀、自殺としかいえない突撃に《神上の力》は至極冷静な対処を行なってきた。
具体的には。
「墜落――――」
《四代元素大天空魔法陣》を上塗りするかのように、波瑠の真下に漆黒の魔方陣が展開を完了すると同時に。
波瑠の身体を突如、ものすごい圧力が魔法陣へと叩き落した。
「が……っ、は(……なにこれ……っ重力の強制増加……!?)」
動きを制限して、《神上の力》がこの後行なうことは聞くまでもない。
「攻撃――――」
純白の光線が、一直線に翔けた。
しかし、後に起こるはずの絶叫は、少し違う意味を持って炸裂した。
「っ、ぁぁぁぁぁああああああああああッ!!」
ッパン! と破裂した脚の筋肉に駆け抜けた激痛に、波瑠は大声を轟かせた。妹の前で情けないところを見せたくないという気持ちもあったが、ハンマー投げの選手がやるような、大声による脳波の分泌操作でわずかにでも痛みを減少させようと試みる。
重力増加は解かれていない。その環境下で波瑠が動けた理由は至極単純――自身が地面を(正確には魔方陣を)蹴り飛ばす際の運動エネルギーを強化させ、重力の過負荷を強引に突破したのだ。その際にかかる身体全体への圧力が体力をごっそり削り、右脚は限界を超える運動によって破裂してしまった、という代償を伴いながら。
超能力は最上級であれど、波瑠の身体はその辺にいる十五歳の少女に変わりない。むしろ、筋肉量や骨密度などは、『例の五年間』での栄養不足が大きく影響して平均よりもろいくらいだ。
凍結を起こして、凍傷を避けながら鎮痛をほどこす。
「――っ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
その代わり、もう脚一本が動かない。
《神上の光》で回復する暇は、どう考えても与えてくれないだろう。
ランクⅩだ【使徒】だ《霧幻焔華》だ雪姫だ言われてきた。
超能力者の頂点に名を連ねる波瑠ですら、《神上の力》の前ではおもちゃも同然だ。
(やばいよね。うん、普通に考えてやばい)
波瑠は乾いた唇を舐めた。
圧倒的力量差が目の前に立ちはだかる。未だ活路は見えず、このままではいずれ殺られる。
それでも――諦めるという選択肢だけは、不思議と見えてこなかった。
「無謀だといい加減気づくべきです、お姉ちゃん」
「無謀だとわかった上でやってるんだよ、桜」
姉妹の視線がぶつかり合い、妹の方が先にしびれを切らした。
「お姉ちゃんの思考は理解不能です。勝率『零』なのに挑戦してくるその行為、非生産的にもほどがあります。――――ちょうどいいでしょう。準備も整いましたので、披露します。あなたのおそらく把握していない、《神上》の真の利用法を」
「真の、利用法?」
何となしに呟いた瞬間。
…………界に仇為……明の翼…………
「……ッ、あ!」
脳内にチリ、と激熱の奔流が走り、額を全力で抑えつける波瑠。
唐突に流れ込む、知りもしないはずの記憶が禍々しいまでのノイズを散らす。
波瑠の様子を一瞥しながら、《神上の力》がオリハルコンを振り上げる。
その仕草に呼応するかのように。
桜の周囲に、何か煌めいた黄金の粒が高速回転を始めた――――
「《神上》とはそもそも、天皇劫一籠様が神々の奇蹟を再現する為に生み出した兵器であり、生死を覆す力などという現在のような運用は副産物に過ぎないはずでした」
其の黄金は、世界の持つ記憶の象徴化。
過去、現在、未来。創世、神代から人類滅亡後の遥か先に至るまで、全てを記した黄金の文字列である。記録板には一個人の生命の活動記録、全人類分が刻まれる。
「神の御業の再臨と制御――各自の魔法陣が主軸に置く神話・聖典において神々が使用した武器・概念を現世にて具象化し、自らの霊格を強制的に神霊の座まで引き上げる神的象徴の完全開放こそが、《神上》の元より想定された運用方です」
黄金の文字の嵐が持つ威圧感を、波瑠は背中の魔法陣を中心として感じていた。
自分の奥底で、一人間の身として震え委縮する心臓。
生半可な覚悟では突破できない災厄が、今目の前に広がっている。
「お姉ちゃんがかつて大海原で再臨させた十二の翼は、制御もままならない単なる爆弾頭でしたが。我が《神上の聖》が魅せる奇蹟はあなたの不完全とは違う――――」
引き返すならばここしかない。
引き返すなどという選択肢を、少女は元より持ち合わせていない。
神的象徴、完全開放
「――――永劫を語る天の書板!!!!」
黄金の文字列の展開が完了し、
世界の動向はここより先、神山桜の監視下に入る。
波瑠の一挙一動は、彼女の周囲に展開された黄金の文字盤に記されているのだ。
「戦闘を再開しましょう、お姉ちゃん。もっとも、あなたが生きて帰る未来はわたしの書板には記されていないようですが」
さあ、覚悟せよ天皇波瑠。
ここからが、この戦争の本番だ。




