●第七十二話 最強VS最弱
「オラオラオラァ! 惨めに這いずり回ってどうした、この俺をブッ潰すんじゃなかったのかよ、零能力者ァ!!」
「こん……のっ!」
ダッと瓦礫の山を蹴り飛ばし、数メートルの大きな跳躍を行なう佑真。
彼の飛び去った背後に集結の波動が生み出した漆黒の翼が突き刺さり、莫大な気圧と粉塵を撒き散らした。
佑真は決して振り返らずに、すでに荒廃しきったホールを全力走する。追撃するように次々と漆黒の翼が叩きつけられ、そのたびアストラルツリーに激震が走った。
「翼じゃ物足りないってか? いいぜェ、お見舞いしてやる。テメェの希望通り、テメェをブッ殺すための爆発的な攻撃力をなァ!!」
咆哮と共に爆裂する闇の波動。
数十本の波動の刃が影のように地面を、あるいは虚空を伸びる。その速度は佑真の走力を余裕で上回り、数秒後にはその切っ先が振るわれていた。
《先読み》――ゾーンに突入した佑真の『眼』は刃の動きを見切り、最低限の動きでかわしていく。時折衣服が裂け、皮膚が紅の血を吹き出すがいちいち顔を歪める暇もない。
突如、佑真は自身の周囲が完全な暗闇に包まれたことを知覚した。
集結の翼が各辺二十メートル並みの大きさで開かれ、押し潰そうと振り下ろされ始めていたのだ。これまで佑真が何度も行なっている『眼』を用いた回避力に対する攻撃法なのだろう。すでに、佑真は攻略されているのだ。
だからといって、諦めない。
全力でホールを駆け抜ける。ギリギリ暗闇から抜け出したところで翼が振り下ろされた。風圧が背中を殴り、散った瓦礫が、硬球直撃並みの威力で佑真の身体を抉る。
これは超能力による攻撃ではなく、超能力で起こした自然現象がもたらした二次災害だ。《零能力》では突風をかき消すことができず、佑真は後頭部だけでも腕でカバーして守る。
その腕も、右腕はすでに見るに耐えない奇怪な形をしていた。
「……ッ!?」
「オイオイ、その程度の攻撃でくたばられちゃ困るんだよ。殺されるなら正々堂々、俺の能力によって死にやがれ!!」
「バーカ……オレはあの《神上》の攻撃を耐え切った男だぜ? 死なないっつーの!!」
口内の血を吐き、強気に大声を張り上げる佑真。
両脚でしっかりと着地するなり、低い姿勢で飛び込む。
集結が両腕を天を仰ぐように開き、彼の背中に伸びる翼が数十本に分かれた。大樹を一発で切断できるほど巨大な刃を伴って、理不尽に降り注ぐ。
轟音が鼓膜を貫き、震動が神経を激しく刺激する。
あまりの衝撃に佑真は呼吸を止めた。大気を引き裂く巨大な刃を凝視し、一本目はウインドブレーカーを犠牲としてギリギリ回避。しかし、一本目の刃が着弾した震動が足をすくい派手に転んでしまう。
「やっべ――――」
ゾッと背筋に寒気が這い上がった時には、刃の連撃が飛来していた。
ぶざまに転がり続けてとにかく黒刃の雨から逃げ回る。一本が右脚二センチを掠め、左腕を引くや否や、黒刃が真横をぶった切った。着弾のたびに起こる激震が足をすくってまともな移動を許さないし、地面を穿つことで散らす瓦礫群が銃弾のような速度で全身を打つ。
「コロコロ転がってどうしたよ! テメェが人間だっつんならその二本の脚で立ち上がってみろや!! ああいや、零能力者っつったっけ? まっさか、脚で立つっつー能力まで無いわけじゃねェよなァ? アハハハハハ!!」
一方的な虐殺に集結が至高の笑みを――最悪な笑みを浮かべる。
「……舐めんじゃ、ねぇよッ!!」
ダン!! と地面に手をついた佑真は、まるで狼のような体勢で四肢に力を籠め、全身をバネとして跳躍した。
ホールに突き刺さった、漆黒の刃へ向けて。
うち一本の側面を蹴って三角飛びをし、あろうことか、漆黒の刃――もとい、集結の闇の波動が創る翼の上に飛び乗った。
翼は集結を核として放たれているため、二十メートル近く離れた佑真と彼の間に突き刺さると弦を描く。佑真は虹のような弦の曲線の上を、集結めがけて思い切り突進した。
「翼の上に乗るだと? ハハッ、本ッッッ当に面白ェなテメェ!」
一瞬驚愕に表情を染めた集結が、左手を静かに握り締めた。
瞬間、翼のいたるところより鋭利な突起物が噴出した。佑真を突き上げるように進路も退路も遮断し、真下からも放たれる。
「っ、うわっ!?」
佑真は集結が怒号を上げた瞬間に翼から飛び降り、紙一重でやり過ごした。
追撃の手は一切緩められない。
右足を軸として体を回転させる佑真。自身の目の前三十センチの距離に、バレーボールほどの大きさの波動弾が降り注いできだ。着弾を許さず、波動弾を蹴り飛ばす。捉えた瞬間わずかに顔を歪めながら集結へ跳ね返すも、途中で霧散させられてしまった。
その間に佑真が一気に距離を詰める。ついに両者の間は五メートルを切った。
「ハッ、上等ォ!」
集結が近接戦に備えて身をわずかにかがめ、波動の鞭を振るう。
佑真は左手で鞭を叩いて軌道を逸らし、集結への道を切り開いた。
突き出される拳。
闇の波動が集結を自衛するようにあふれ出し、佑真の左腕を包み込んで拘束した。
集結の怒号とともに、波動の鞭がほぼ零距離で腹部に突き刺さる。
内臓がねじれるような苦痛を覚えながら、しかし佑真は吹き飛ばない。
折れた右腕を無理に駆動することで、鞭を捉えて後退を食い止めたのだ。
「舐めんなよ最強……これで何度目だと思ってんだ。覚悟すりゃ、一発ぐらい受け止められんだよ」
ぱちん、という感覚とともに闇の波動が消え去り、左腕の拘束が解かれた。
集結の顔面に、佑真の左拳が突き刺さる。
「ガッ……ってェ、テメェこそ俺を甘くみてんじゃねェよ!!」
一度地面に体を打ちつけた集結だが、波動を駆使して体勢を立て直すと同時に佑真へ波動の鞭を打ち放った。地面に亀裂を刻みこみ、抉るように振り上げられる。
脇腹を抉られた佑真の体が飛んだ。
しかし、崩れ落ちる途中でズダン! と床を踏み抜いた佑真は無茶苦茶な姿勢からアッパーを叩き込んだ。腹にまともに受け後退する集結。同時に佑真も床へ肩から接地し、異様な音に顔を歪めた。
「はぁ……はぁ……まだやるのか、最強」
佑真は右腕を押さえながらも集結より先に立ち上がり、
「ハァ……ハァ……やるに決まってんだろ、最弱」
しかし一秒の遅れもとらず、金髪灼眼の怪物も這い上がった。
「俺は頂点の超能力者、集結だ。俺に敗北は許されねェ。俺は【神山システム】の演算結果によって唯一、最強を超えた『絶対』になることを許されてんだよ。神に選ばれた俺がテメェごときに負けることは、許されねェんだよ!!」
「……人知を超えた絶対になる、ね。笑わせてくれる」
アァ!? と集結が敵意を示す。
佑真は一切怯えることなく、
「他者を殺して得た力で頂点に立って、お前はそれで満足なのか?」
集結に強気の視線をつき返した。
「【神山システム】が抽出した493人の超能力者の波動を徴税することで、《集結》を最強の先である『絶対』――言葉の意味どおり、他者と比べることができない領域の強さを誇る超能力者へと昇華させる。そんな計画で『絶対』の力を手に入れてお前、本当に納得がいくのか?」
「テメェも知ってたのか……何が言いたい」
「五百人もの超能力者の努力を踏みにじってまで手に入れる強さに、テメェの望む価値が存在すんのかって聞いてんだよ!!」
怒鳴る佑真は右腕に激痛が走り、ほんのわずかに奥歯を喰いしばる。
「っ……お前がどんな理由で強さを求めてんのかは知らないけど、強くなろうとする志自体は否定しねえ。けど、その方法が納得いかねえんだよ。なんで他人を殺さなきゃ強くなれないと思ってんだ。他の方法で強くなろうとは思えなかったのか!?」
「悪ィ。思えなかったわ」
「……ッ!?」
だが、返ってきたのは冷酷なまでの即答だった。
「テメェの言いたいことはもうわかってる。ようはテメェ、人類殺しが許せねェんだろ? 聖人君子か英雄かそれとも愚者か……まァなんだっていいわけだが、人殺しを受け入れられねェ時点でテメェと俺は相容れねェよ。見てる次元が違ェからな」
「人殺しが許されるわけねえだろうが」
「許されるんだよ俺は。例えばテメェ、牛豚殺して食っても罪悪感抱かねェだろ? それは何故だと思う? 答えは簡単、テメェが家畜を『コイツらは俺に食われるために生まれてきたから、殺されても仕方ねェ』と思っているからだ。俺にとってこの地球上に生きる全人類は、テメェらでいう家畜と同等。認識じゃ、同属ですらねェんだわ」
「……っざけんなよ。んなクソ理論でオレが納得すると思ってんのかよ」
「ハッ、勝手にキレてろ。――俺にとってテメェらは『俺が絶対になるために生まれてきたから、殺されても仕方ねェ』下等生物でしかねェ。しかし、テメェらごときが俺に殺されることで、この俺が『絶対』になるんだよな。……ハハッ、そォ考えると、テメェらの『死』は随分有益なモンに見えてこねェか?」
「………………まさか、『俺が「絶対」になる犠牲になれたことを光栄に思え』とでも、言うんじゃねえだろうな?」
「オォ、ご名答だ!」
「――――ぶっ飛ばす!」
天堂佑真が突撃した。純粋に、左の拳を握り締めて。
集結が口の端をわずかに釣り上げ、灼眼で佑真を凝視する。
「俺のこの力はいかなる兵器を超え、いかなる超能力を平伏させる! 何十億の大金を払って作る兵器よりも! 国家一つを潰せねェ程度の超能力者五百人よりも! 世界の支配者となれる俺個人の方が圧倒的に有益な存在だとは思わねェか? なあ、最弱よォ!!」
波動の翼がドッ!! と音を鳴らして爆裂した。
十メートルを超える巨大な翼がターミナルの外壁を破壊しながら振るわれ、押し出された大気が脅威と化す。所詮中学生である佑真の体を殴り飛ばし、中空で無防備な体勢へと晒した。
佑真は両腕を顔と胸の前でクロスさせた。突風は人の頭サイズの瓦礫をいとも簡単に、時速150キロを超える速度で吹き飛ばしていた。その瓦礫が佑真の全身を殴っていたのだ。いくら後方へ吹き飛ばされているといっても威力は鈍器で殴られるのと等しい。ボロボロの体にさらに打撲痕が刻まれる。
それでも、佑真は両脚で着地した。器用に、受け身をとることもせず。
「思わねえよ。思えねえよ! 五百人もの命喰らって生きて、そいつに罪悪感すら抱かないヤツを認めてたまるかよ!!」
咆える佑真は第六感が訴える殺気から、粉塵が幕を張る眼前を凝視した。
予想通りというわけではないが、粉塵に風穴が開き。
波動弾の弾幕が、イナゴの大群のようにおぞましい量と恐怖で飛んでくる。
選択肢などなかった。佑真はそれでも左手を温存し、遠心力で強引に右手を振り回し、突き出した。
しっかりと開けていない右手に一弾が直撃し、肘、そして肩へと。莫大な激痛が響く。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
叫ばなければ正気を保てない。一連の激痛に覚悟を決め、佑真は奥歯を噛み締めることでその咆哮を止めた。だれんと垂れた右腕のまま、それでもなお集結へ立ち向かう。
「はぁ、はぁ、くっそ……つか、テメェ、一度でも考えたことあんのかよ。テメェが殺してきた五百人の能力者が今までどんな人生を送ってきたか、考えたことあんのかよ!?」
集結の猛撃は止まらない。
「守りたい人がいたから、努力して強くなった人がいたかもしれない」
波動の鞭が止め処なく地面を叩き、生物的な動きをして襲い来る。
「あるいはその逆だ。強さがあるから誰かを守ろうと頑張っていた人がいたかもしれない!」
佑真は左手のみならず、脚を多用することで鞭の猛撃を弾いて防ぐ。
「家族のために、友達のために、仲間のために、あるいは全く知らない赤の他人のために。自分のためだっていいさ。才能依存だなんだ言われても、無条件で《超能力》が強くなるヤツなんて早々いない。誰もが努力して『強さ』を手に入れてんだよ! そういう努力を踏みにじって、多くの超能力者をぶっ殺しているテメェを、オレは死んでも認めない!!」
逆に捉えれば、もう回避するほど体力も集中力もなく、見切りの眼も身体的・精神的疲弊によって切れ掛かっていた。
「テメェが人を殺したことで、何千人の人が悲しんだと思う!? テメェの身勝手な願望のせいで、いくつの悲劇が起こっちまったと思う!? その上で意地でも『絶対』を手に入れたいっつうならテメェ、遺族に顔向けできるような成果を残せるんだろうな!? 残された人たちが、テメェの犠牲となった人たちが報われるような結果を叩き出せるんだろうな!?」
それでも佑真は戦意を失わず――――むしろ、幾度だって再燃させてみせる。
集結がギリ、と歯を擦り合わせる。
「っせェんだよ最弱!! 結局テメェが上げてんのは理想論だろうが!! この世で存在する幸福の裏には必ず不幸が存在している! その程度の闇も受け入れられねェ時点で、テメェの綺麗事は腐ってんだよ!! 第一今更何を喚いてんだ!? すでに五百人もの人間が殺されている! 事は全部終わってんだよ! 今更何を足掻く! ここまで来たら、すべてを終わらせて『絶対』へ登りつめる以外の選択肢なんて残ってねェだろうが!!!」
「…………だからこそ、オレはお前を止めるんだよ」
――――間に合わなかった。
佑真がすべてを知った時にはもう、四百五十人を超える能力者が殺されてしまっていた。それも、波瑠でも生き返らせることができない、24時間が経過した状態で。
その時、思ったのだ。
もしも、この計画をもっと早く知ることができていれば。
一体いくつの悲劇を食い止め、何人の日常を守ることができたのだろう、と。
それは対岸の火事であるはずなのに。自分の知り合いが殺されたわけでもないのに。
佑真は集結の殺人を知っただけで、何もせず日常を過ごしていた自分を責めることのできる人間だった。
面倒くさい生き方だ。おせっかいな考え方だ。偽善と言われても仕方ないかもしれない。
それでも、これが天堂佑真。
「今更じゃねえ。今だからこそ! 関わったすべての人たちの代わりに、殺されたすべての人たちのために、テメェを止めてやる! ――――――つうかそもそも、」
左手が集結の振るう鞭を掴み取り。
「波瑠に手ェ出そうって時点で、テメェを見逃すことなんざできっこねえんだよ!」
ぱちん、と――――三秒間きっかりで霧散させた。
ゴウッ! と余波が吹き荒れ、夜空のように美しい黒髪をなびかせる。
「……やっぱ、無理だな」
「ああ。オレとお前は、たぶん一生相容れない。だから、」
「つけるしかねェ。暴力によって、決着を!!」
それが吹き止むと同時に。
佑真も集結も、次ですべてを終わらせる覚悟で。
最後の攻防が開始された。
具体的には、集結が漆黒の翼で舞い上がり、佑真が左拳を握り締めて純粋に駆け出したことで始動した。
波動弾の弾幕が黒い雨となって降り注ぐ。ズドン!! ドバン!! と一発一発が莫大な威力をもってホールを穿ち、衝撃の余波で周囲の気流をハチャメチャに乱す。
佑真が立っているのもやっとといった様子で両脚を踏ん張らせていると、足元でぞわり、と何か煤のようなものが蠢いた。煤ではなく波動。とっさに真横へ飛んだが意味をほとんど成すことなく。
噴き上がった莫大な量の波動によって、佑真は十メートル以上突き上げられた。
「――っ!?」
「零能力者のテメェに空中で戦う術があるとは思えねェなッ!!」
その上で、波動の鞭が振り下ろされた。
内臓を圧迫され吹き飛びかける意識。乱暴に地面へと突き落とされた。
受け身を取ることも適わない。背中を強打し息が漏れる。
集結の翼が八本に分かれ、鋭利な切っ先を地上へと突き刺した。
立ち上がる間もなく転がって移動する。大気を引き裂く巨大な刃がズガッ! と目の前数センチに突き刺さり進路を断たれた。続けざまに追撃してくる翼に対し、左手を開く。
「何度も何度も、やられっぱなしだと思うなッ!!」
『眼』はまだ、集結の攻撃を見切っている。
切っ先をすり抜けるようにかわすと同時、翼を掴み取るなり全体重をかけてその軌道を捻じ曲げた。翼は核を集結の背中とする。一本が引っ張られたことで集結の体勢がわずかに揺れ、他の翼が間一髪の空間に衝撃を振りぬいた。
そして、三秒が経過する。
ぱちん、と。
シャボン玉が割れるくらい、あっけなく。
集結が背中より生やした翼すべてが、跡形もなく消え去った。
「またこの能力か……ッ!!」
灼眼が佑真を捉える。獣のような鋭い目つきで、佑真を――殺害対象のみを捉える。
波動を爆発的に噴出することで落下時の衝撃を削いだ集結を中心として、円形の波動が渦を巻く。
その着地点からすでに五メートルの距離に、天堂佑真がたどり着いていた。
彼は左手に何かを持っている。集結はその何かを特定することなく、波動の鞭を振り上げた。体を回転させた佑真の右腕が遠心力で鞭を弾き飛ばす。
なぜ通じない。なぜ防げる。なぜ届かない。なぜ、立ち向かってくる。
苛立ちが集結にキモチワルサを訴える。
奥歯をギリ、と噛み締める。
(『眼』だけじゃねェぞ……この至近距離、しかも下方から振り上げるっつーほぼ死角からの攻撃に的確に対応しやがった! イヤ、一つに限定した話じゃねェ。翼だって防がれた。それ以前でも、ダメージこそ通っていたがコイツは俺の攻撃にキチンと反応していた! なんだ……一体、何してやがんだ、コイツ!!)
――――この攻略法こそ、佑真にしか、零能力者にしかできない偉業だった。
集結は五百人もの超能力者と戦闘してきた。それだけでなく、全日本最強の超能力者として君臨してきた。そこで培った経験値はどう考えても、ほんの数ヶ月前に初めて死闘を経験した佑真よりは上だろう。
と、なぜ言い切れる?
『波動を吸収する』という稀有な能力を持つことから、超能力者には必ず勝利できて。
一度も苦戦したことのない集結の攻撃は――――だからこそ。
ものすごくバリエーションが少なく、その上ワンパターンだった。
苦戦したことがない、すなわち長期戦に突入した経験がないため、攻撃にバリエーションを持たせる必要がなかったのだろう。
そして、対戦相手はうんざりするほど諦めが悪く、『眼』が極めて優れた零能力者。
集結の攻撃の癖を把握するには、すでに十分すぎる手数が交わっていた――――
「チェックメイトだ、最強」
天堂佑真の左手が突き出された。
集結はハッと冷静さを取り戻した。
そう、今は殺し合いの真っ最中だ。そして、この零能力者には幾度も驚かされてきたではないか。気にかけることこそ、今更だ。
迎え撃つように右腕を構える。虚空に楕円形の輪が浮かび上がる。
腕には闇の波動が集結した。ジェットエンジン並みの出力を誇る『波動砲』は集結の拳を振るうことで打ち出される。そして二メートルとない至近距離。
外すことのない必殺。
破壊の嵐が吹き荒れようという――その瞬間に。
ぴん、と。
零能力者は、親指で一枚のコインを弾いた。
くるくると中空を回転する、一枚のコイン。なんの変哲もないゲームセンターのコインであり、それ自体に殺傷能力、どころか攻撃力はほとんどない。
けれど。
なのに。
「……ッ!?」
集結の腕は、一瞬静止してしまった。
人間の目は、視界内で動く物体に注意を向ける傾向にある。それが予想外の箇所から飛来し、得体が知れず自分に迫ってくるものなら、尚更に。
灼眼のまさに目の前で放たれたコインに集中力を削がれ、そして、『なんだこの攻撃は』という本能がもたらす警戒心が――――集結の動きを、一瞬制した。
致命的な、一瞬の隙。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」
ぎり、と左拳を握り締める。
全身全霊を籠めた一撃が、集結の顔面を貫いた。
☆ ☆ ☆
「……………………勝った、よな? 今度こそ……」
まさか三段階目までくるしつこいラスボスじゃねえよな? という警戒を解かず拳を構えたまま、佑真は伸びた集結を凝視する。
四肢は伸びきっている。おそらく折れたであろう鼻から血が流れ、灼眼は上の空を向いている。殴っただけなので呼吸をしているのは当たり前だが――気絶、させられたのだろうか。
あまり確証を持てない。自信がないのだ。
なにせ、佑真が単独で白星を勝ち取ったのは、これが人生で初めてなのだから。
最弱による、最強への下克上。
不敗、最強、頂点と謳われた超能力者に初黒星を刻み込むという戦果が世界にどれだけの影響を及ぼすのか、佑真は自覚していない。
彼はただ――大切な人のために。そして、自分が助けることのできなかった、五百人の超能力者のために戦っただけで、そんな名誉には一切興味がないという、これまた稀有な感性の持ち主でもあった。
現実と夢の狭間にたゆたうような、曖昧な感覚の佑真の意識を鮮明に引き戻したのは、
ズドオオオオッッッ!!! と。
静まりきったアストラルツリーに轟いた、一筋の雷鳴だった。
「っ!? うおわっ!?」
ビクッ! と体を震わせたと同時に足がもつれて格好悪く倒れる佑真。思い出せば右腕ズタズタをはじめ全身生きているのが疑問になるほどボロッボロなのだ。急に疲れもドバッと矢面に姿を現すが、佑真は『うわっ、軌道エレベーターって落雷時大丈夫なのかな!? 普通は雷って外表を伝って地面まで流れるっていうけど、このターミナル壁壊れちゃったじゃん! やばくね!?』と平和に自然災害を警戒していた。
そんな自分の思考で思い出す。
今いるターミナル、雲の上じゃん、と。
壊れた壁の外に広がっているのは夜空。デブリとか紫外線とか大丈夫なのかなー、デブリが何か知らんけど、と思いつつ佑真はホールから退散する。なんとなく伸びきった集結も引っ張って、出てすぐの廊下に寝かせておいた。
ふたたび周囲が閃光に包まれ、響く雷鳴。
「……もしかして、戦っている間もずっと鳴ってたのかな。気づかなかっただけで」
佑真は天を仰ぐ――屋内なので天井だが。
上には波瑠が、無機亜澄華が、そして桜がいる。
行かなければいけない。
約束を守るために。
「さーて、もうちょい頑張ろうか!」
左手を握り締め、佑真は軌道エレベーターへ向かう。
あいにく一般客用は壊れていて、たった一分で上のターミナルにいけるハイテクエレベーター(要、対重圧スーツ。ちなみに全身が健康な状態で乗らないと、どうなっても知らないよ☆)に乗る羽目になった。
「あばばばばばばばば折れる吐く内臓ひっくりかえるううううう!!!」
先ほどまでの空気はどこへやら……情けない悲鳴がツリーに響き渡る。
降りた後に即行吐いたのは、言うまでもない。




