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●第七十一話 限りなく零に近い勝率-γ


「……零能力者。天堂佑真だ」


 佑真はあえて自ら、最弱の称号を名乗った。

 全日本、どころか全超能力者内で最強と謳われる超能力の頂点《集結(アグリゲイト)》。

 波動を操り、強制的に刈り取ることのできるその能力は、確かに対超能力者戦ならば圧倒的力を発揮することだろう。


 実際に集結(アグリゲイト)は、【神山システム】が演算で打ち出した総計490人もの超能力者と交戦し(実際の数はその数倍に昇るだろう)、すべて勝利している。残る天皇波瑠、十六夜鳴雨、月影叶の三名も集結(アグリゲイト)からすれば敵でない。


 波動を原料とする《超能力》を使う彼らが、その波動を――たとえ他人のものであろうと意のままに操る集結(アグリゲイト)に勝てるはずがないのだ。

 それ故の頂点。名実共に揃った最強。


 だが、もし波動を必要としない《零能力者》という異分子(イレギュラー)が相手の場合、それでも彼の最強は揺るがないのか?


 なるほど、確かに零能力者は特に目立って強いわけではない。

 敵の異能に三秒間触れ続けるリスクを犯してようやく異能をかき消す、使い勝手の悪い異能を宿しているだけだ。

 他の超能力者同様、集結(アグリゲイト)の攻撃一発が直撃するだけで瀕死に追い込まれるという条件まで変わりない。


 それ故の底辺。名実共に揃った最弱。

 天堂佑真は自ら最弱を名乗った。

 最強が相手だからこそ――――最弱と、名乗り出たのだ。


「……零能力者、ねェ」


 金髪灼眼の怪物、集結(アグリゲイト)の口元が歪んだ。


「何ソレ。何ですかソレ。テメェもしかして、底辺の超雑魚のくせにこの俺に歯向かってたってのかよ。オイオイ。自己紹介してなかったっけ?」

「する前から知ってたよ。テメェが超能力者の頂点にいる――オレと真逆の場所にいる、集結(アグリゲイト)だってことくらい。それでもオレはお前と戦う。戦わなきゃいけない理由があるんだ!」


 姿勢を低く保ち、距離二十メートルを詰めるべく突進する佑真。

 集結(アグリゲイト)の背から伸びる闇色の翼が幾本にも分断され、はるか頭上よりゴッ! と轟音を鳴らして叩きつけられた。

 隙間を縫って回避した佑真の足元より跳ね上がる闇の波動の鞭。腹部を内臓がねじれそうな威力で殴りつけ、佑真を弾丸のごとき速度で殴り飛ばす。


「理由ねェ、理由。辛いね、真面目に生きる人間は。たとえ最弱底辺ゴミクズカスでも、俺みてェに次元の違う野郎と戦わねェといけねェんだかんな」


 中空で器用に体を捻って受け身を取り、両脚で滑りながら着地する佑真。

 その佑真へ、右腕を軽く上げた集結(アグリゲイト)の波動弾の嵐が襲った。

 腕を前方でクロスさせ顔をカバーするが、全身に鋭く、且つ重い激痛が走る。


「ぐっ……!」

「どうした? さっきまでの威勢のよさはどこいった? アァ!?」


 闇の波動が竜巻を生み出す。

 波紋を描いて広がる衝撃波がビリビリと佑真の神経を刺激し、直後、無数の鞭が集結(アグリゲイト)を中心点として放たれた。

 大地を穿ち天を揺るがすほどの猛威を前に、天堂佑真は怯まない。『眼』で的確に鞭の軌道を読み取り、わずかな隙間を踊るように回避、回避、回避。神経をすり減らす紙一重の回避を繰り返した。

 周囲に生まれる瓦礫の山を蹴り飛ばし、集結(アグリゲイト)へ接近を試みる。


「届かねェよ。テメェは俺には届かねェ」


 集結(アグリゲイト)の脚が地面を踏み抜き、波動を幾層もの津波として放った。

 回避云々の話ではない。高さ二十メートル、幅三十メートルはあろうかという大津波(六重層)を前に、佑真はあえて進行をやめなかった。


「おおおおおおおおおおッ!!」


 脚を軸とし、右拳に全体重を籠めた一撃をぶち抜く。

 間接に電撃のような激痛が走った。重すぎる波動の衝撃が全身を駆け抜ける。拳をぶつけることでほんのわずかだができた扇形の空間を利用し直撃を避け、

 そして三秒が経過する。

 ぱちん、とシャボン玉が割れてしまうかのようにあっけなく、波動の津波は消え去った。


「甘ェんだよ底辺ッ!」


 視界が開けた瞬間、集結(アグリゲイト)の背に伸びる翼が鋭利な刃と化し、佑真の体を串刺しにせんと伸びる。佑真は津波で受けた衝撃に逆らわず、自ら後方へ一度飛び退いた。間一髪で地面に突き刺さる波動の刃。背中から着地した佑真は地面を転がり続け、追撃をしのぐ。


 翼による追撃を行ないながら、集結(アグリゲイト)の周囲に波動の竜巻が発生。

 竜巻の内部より、波動の散弾が機関銃のような勢いで撃ち出された。質より量、狙いを定めない散弾が周囲に粉塵を巻き起こす。威力を極力弱めようと、佑真は後方へ大きく跳んだ。


 そして刃が、逃げる方向を先回りして放たれた。

 前後左右、佑真を包囲するように刃が床を貫く。体をバネのようにかがめて動きを止めた佑真に、散弾の嵐が降り注いだ。

 咄嗟に腕で全身を守り、できるだけ身をかがめる。しかし散弾は容赦の二文字を知らず、張り裂けるような痛みが全身を襲った。


 嵐が止むなり振りぬかれた、波動の鞭。

『眼』で見えても体が追いつかず、佑真の体が五メートルほど弾き飛ばされた。

 積まれた瓦礫に背中を打ちつけ、吐血を散らしながら静止する。


「ぐ……っ、く、そ……」


 佑真は立ち上がろうとするが、おそらく折れたであろう右腕の焼けるような痛みをはじめとした激痛に、体が動いてくれない。


(攻撃は見えていた。だけど、オレじゃ回避できないほど早かったってだけかよ……くそ、またか。超能力者と零能力者の差は、ここでも出てくるのかよ!)

「ハハッ、そうか。やっぱり俺の予想通り、テメェはその『眼』に頼った戦い方をしてやがるな。優れた動体視力や周辺視野で俺の攻撃の軌道を《先読み》し、回避を繰り返していた」


 集結(アグリゲイト)が両の毒手を構え、佑真に歩み寄る。


「だが弱点もまたその《先読み》だ。こっち側でテメェにあえて《先読み》させて誘導し、そこにぶち込めばいい。テメェが見えても回避できねェほど兆速な攻撃をな」


 正答すぎて、佑真は口を開けなかった。

 自分の身体能力が他者より数段高いことを自覚している佑真だが、それはあくまで超能力を使用していない状態での話だ、ということも認識していた。


 超能力を使用することが前提である現代の戦闘で――《零能力》こそあれど――他は何一つアシストを受けられない佑真は常に素手が全力。

 超能力が上乗せされた時点で、著しく勝ち目は薄れる。


 それは相手が強ければ強いほど顕著に表れ、自分の運動能力を凌駕してくる能力者には一切歯が立たない。それは絶対不変の理のように、佑真の前に立ちふさがり続ける。

 ようやく体を起こし始めた佑真の目の前に、金髪の悪魔が到達した。


「俺の異能を消す能力。クソ面白ェ力をテメェは持っているようだが、俺は一つの解釈を出した。テメェのその力は遠距離では発動できていない。つまり、テメェの身体の皮膚を覆う『膜』のような状態で作用してるんじゃねェか、ってな」


 集結(アグリゲイト)の毒手が夜空のように澄んだ髪を引っ張り上げる。


「なら零距離でテメェを掴んじまえば、『膜』に妨げられることなく思う存分テメェの波動、徴税できるんじゃねェか? つーわけで早速試させてもらうぜェ!!」


 不健康に白い手から闇の波動が放出され、佑真の全身を包み込んだ。

 佑真がわずかに、苦しそうに顔を歪める。

 だが―――結果的に集結(アグリゲイト)は、大きく目を見開くこととなった。


「……どういうこと、だ……ッ」


 化物でも見るような視線を佑真に向け――否。




「波動を一ミリも有していないって……本当に生物なのかよ、テメェはよォ!?」




 文字通り、佑真を化物として捉えていた。

 髪の毛を握る力がわずかに緩む。その瞬間、佑真は体を捻って集結(アグリゲイト)の華奢な体を蹴り飛ばした。


「……おらッ!!」

「ガッ……ハッ」


 驚くほど簡単に吹き飛ぶ集結(アグリゲイト)。脚に得たその感触に違和感を覚えつつ、佑真は距離を一気に詰める。


「オイオイ、あんま最強、舐めんじゃねェぞ!!」


 闇の翼がグアッと開かれ、集結(アグリゲイト)はすぐさま体勢を立て直した。佑真の繰り出す脚技を波動をうまく使って受け流し、波動弾を撃ち抜く。その波動弾が形成される前に軌道を読んだ佑真は紙一重で回避を決めた。猛撃の手は決して緩めない。


「はあっ!」

「チョコマカ逃げやがって……ッ!」


 周囲を素早く動き回ることで、今度は逆に、佑真が集結(アグリゲイト)の思考をかき回すことに成功していた。

 集結(アグリゲイト)は、ほぼ零距離での戦闘に全くと言っていいほど慣れていないのだろう。先ほどから佑真に攻撃が届いておらず、防戦一方となっている。


 思えば、当たり前のことだった。

 接近すれば必ず波動を徴税できるのが、《集結(アグリゲイト)》のあるべき姿。波動を徴税できない佑真を除き、近接戦闘を行なう機会があるわけないのだ。


「どうした最強。急に動きが鈍ってねぇか!」

「チッ、調子乗んじゃねェぞ雑魚ッ!!」


 闇の翼がゴバッ!! と大気を押しのけて開かれ、突風が佑真の体をわずかに吹き飛ばす。

 直後――集結(アグリゲイト)が虚空に半径二メートル近い闇色の円をなぞった。

 そして、己が右腕に、ジェットエンジン並みの出力を放つ闇の波動を纏わせた。


「トドメだ」


 拳が弧の中央を貫く。

 刹那。

 音が一瞬消えた。


 その直後にゴッッッッッ!! と、人一人を呑み込む漆黒の直線――波動砲をぶち抜いた。


 圧倒的波動量の生み出す猛攻は大気を震わせ、ターミナル全体を震撼させる。瓦礫が余波で散り、わずかに遅れて到達する轟音が聴覚を支配した。

 波動を粒子光線として加速させて撃ち出したのだ。その破壊力は衛星兵器に匹敵する人知を超えた一撃。


「さすがにコイツを使えば終わりだろ? 山一つをブッ壊すほどの威力なんだ。人間が喰らって生き延びれるモンじゃねェ――――」

「誰が、おしまいだって……っ」


 アァ? と集結(アグリゲイト)は眉をひそめ、そして苛立ちを地面へぶつけた。

 天堂佑真の右腕が波動砲を殴りつけ、後方へ拡散させていたのだ。

 数十本に分かれた波動砲の余波がホールを問答無用に破壊しつくす。だがそんな結果を、集結(アグリゲイト)は求めていない。破壊など求めていない。


 ただ、目の前にいる化物を殺すためだけに放たれた攻撃は。

 ぱちん、と。

 幻想のように消え去ってしまった。


 零能力者は左拳を握り締め、駆け出していた。

 その距離すでに十メートル未満。あと三、四歩で拳が届く。


「言っただろ……オレは、負けるわけにはいかないんだよ」


 軸足が地面を踏み抜いた。


「相手がどんだけ強くても、波瑠の笑顔を汚すヤツには、負けないって誓ってんだよ!」


 振りかぶった左拳が集結(アグリゲイト)の顔面を貫き、

 不気味なほど軽い体が回転しながら宙を舞い、瓦礫の山に崩れ落ちた。


「はぁ……はぁ……」


 途端、佑真も膝から崩れ落ちてしまう。稲妻のように駆けた右肩に激痛に、左手が反射的に添えられた。

 勝った実感はない。

 それでも、集結(アグリゲイト)を殴り飛ばしたという現実を、ぼうっと眺める。


「……っ、やっべぇ……死ぬかと思った……けど、こっから、だ……ひとまず、波瑠と合流するために、上へ、昇らないと…………」


 適当な瓦礫を支えとして立ち上がった――――その時だった。


 怨とした空気を、背中に感じた。


「……なんですか。なんなんですかねェ。たかが一発殴ったくらいで勝ったとでも勘違いしてるんですかァ? バッカじゃねェの? ここは漫画じゃねェんだよ。素人の拳一発で気絶する都合のいい雑魚キャラなんか存在しねェ」


 化物が這い上がる。


「まして俺ァ最強(ランクⅩ)だぞ? 最弱(テメェ)ごときの拳一発、耐えられねェとでも思ったか? アァ!?」


 波動が爆発する。

 集結(アグリゲイト)の背中に、バリバリバリィ!! と無機質な翼がふたたび創造される。闇の波動が三本、彼を取り囲むように唸りを上げた。


「この俺に一発喰らわせたことは褒めてやる。だが、テメェは俺を本気にさせちまった。こっから先、テメェの体がどれだけ無残な状態になろうと泣き言吐くんじゃねェぞ。肉片になるまでズッタズタに引き裂いてブッ殺してやるよ、最弱!!!」

「………………こいよ、最強」


 立ち上がった集結(アグリゲイト)が、更なる威力を以て襲い掛かる。

 戦いはまだ終わらない。



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