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第一章‐⑧ 1st bout VSオベロン・ガリタⅠ

 超能力は、たった十数年前まではフィクションの中でのみ扱われる『単語』だった。

【SET】の登場に伴い、現在は誰もが発動することのできる『実物』となった。


 それはスポーツと同様に才能や遺伝次第で大きな差こそ開いてしまうが、万人が共有できる『常識』の一部として、切り離すことのできない存在となった。

 だが、その力が世界に豊かさを齎したかといえば――それは一概に肯定できない。

 結局、世に溢れるフィクションと使い道は大差なかった。


 超能力が世界に登場した時期は史上最悪の争乱、第三次世界大戦中。

 即ち。

 他者を殺戮するために生み出された凶器だったのだ。




   ☆ ☆ ☆




 いざ対峙してみて、佑真は目の前の大剣使いの持つ威圧感に圧倒されていた。

 まず身長だ。

 百六十五センチ付近の佑真に対し、金髪の男とは十センチに以上の差がある。

 持っている二メートル近い大剣やオーバーコートを含め、全体的に衣装は黒。

 向かい合うだけで上から目線。しかも体つきもいいので威圧感たっぷりだ。

 白肌や自然な金髪は、彼が異邦人だからだろう。特有の顔立ちは明らかに成人のもので、その眼はどこか諦観しているようにも思えた。


 一切合切隙がない。

 零能力者には、ちょっかいすら出せないかもしれない……。


「そんな表情するな、少年」


 大剣使いが口を開いた。


「《神上の光(ゴッドブレス)》という究極の治癒能力を持つ彼女は、殺しさえしなければ、いくらでも自力で回復できる。この程度の傷もどうということはない」

「……だからって波瑠を斬っていい理由にはならねえっつってんだよ! 女の子の体を斬ってまで《神上の光》が欲しいのか!?」

「その通りだ。その娘は少々特別でな。四肢を断ち、移動手段を強引にでも無くさない限り、捕まえるのも難しいのだよ」

「だから――っ!?」


 反論しようとした佑真の眼前に漆黒の大剣が振り下ろされ、玄関の床を穿った。

 振り下ろされた剣先は、倒れた波瑠のギリギリ鼻先を掠めている。床の罅から察するに直撃していれば致命傷は免れないだろう。

 大剣を右手一本で振り下ろした腕力こそあれ、気にすべきはそこではない。

 今の一撃で示されたのだ。

 いつでもお前達を攻撃できる。だから一歩も動くなと。


「どうする? 見たところお前は偶然居合わせた一般人だ。無益に傷つくことをやめ、その少女をおとなしく渡したほうが身のためだと思うが?」

「…………」

「……ゆ、うまくん……むりしちゃ、だめ……」


 波瑠が、桜色の唇を開いた。

 血まみれになって、四肢を肉が見えるまで斬られているはずなのに、彼女はまだ喋る。喋ること自体はまだ彼女が生きていることの証明だ、少しだけ心が軽くなるが……どうして彼女は、佑真を心配するために声を出すんだ。


「だいじょうぶ、だから……私のことはきにしないで、にげ、て……!」


 それにとどまらず――自分の身を、五年間も逃げてきた努力をあっさりと放棄して、佑真の安全を優先するつもりらしい。

 それは優しさじゃない。

 それは自己犠牲だ。

 傷ついた女の子に気遣われるほど自分は頼りない。そんな事実が情けない心に鞭を打つ。

 大剣使いとの距離は、たった一メートルしかないんだ。


(……怖がるな、天堂佑真ッ!)


 両脚で床を踏み抜き、佑真は左拳を強く握り締めて大剣使いへ突貫した。




「SET開放」




 だが佑真の拳が届く前に、とある言葉が紡がれる。

 ぞくり、と全身の毛が恐怖に逆立った。

 それはSETが起動され、超能力使用可能状態となるキーワードだった。


 佑真の直線的すぎる攻撃はあっさりと躱され、背中を拳で殴られ廊下まで飛ばされる。剣で斬らずに殴られたのは挨拶みたいなものか、あるいは零能力者への手加減か。

 大剣使いは佑真へ顔を向けつつ、黒い大剣を軽く振り払った。

 彼の周囲にはすでに、超能力者がSETを起動させた証拠である『波動』が放出され始めていた。


『波動』とは生物すべてが有する所謂『オーラ』を意味するのだが、超能力が関わるとその意味はガラリと変化する。

 SETによって超能力使用状態となった人間の『波動』は可視状態となり、超能力はこの波動を消費して特殊な現象を引き起こすのだ。


 各個人で色彩・保有量が異なる波動の大元は、生命力そのものと言われている。

 つまり超能力とは、己が生命力を消費することで使用可能となる力である――!




「超能力……!」

「すまんな。いかに弱者であろうと全力で叩き潰すのが俺の信条だ。【ウラヌス】第『二』番大隊大尉、オベロン・ガリタ。これより任務の妨害者を殲滅する」


 大剣を構えた彼の『波動』の粒子が反応を示し、超能力が発動される。

 現れたのは、炎だった。

 何百匹もの赤い鳥が密集し蠢いているような業火が、大剣を包んでいく。


「我が超能力が司るのは炎――《発火能力(パイロキネシス)》」


 劫! と大気が燃える。

 摂氏一〇〇〇℃を超える業火を一閃。

 大剣が、縦に振り降ろされた。


 学生寮の廊下で大剣を振り回すには空間が足りず、大立ち回りはできないだろう。そこを突いてナントカしてやると思っていた佑真だったが――業火は壁や廊下を容赦なく熔かし、留まることなく滑らかに降ろされる大剣。

 顔の前に腕を交差させ、熱線から身を守る佑真。

 しかし想像を遥かに凌ぐ威力の熱波に足が浮いてしまった。


 バランスを崩しよろめく佑真を隙と見てか、オベロンは業火を纏った大剣を右腕のみで引き戻し、ふたたび床へと叩きつけた。

 火が円形に広がり、弾け飛ぶ。

 佑真はガードを保ったまま後方へ思いっきり跳んだが、灼炎が肌を焼いた。


「ぐ、あ……っ!?(クソ、この威力、この攻撃範囲! 覚悟はしていたが並みの《発火能力》じゃねえ!)」


 業火が止む頃には――佑真はすでに肩で息をし、床に膝をついていた。

 実戦経験以前の問題として、超能力を使えるかどうか。

 そこに圧倒的な差が生まれているのは、一目瞭然だった。


「降参するのが賢い判断だぞ、少年」


 折れかけの佑真の心へ、オベロンの言葉が突き刺さる。


「すでにたった一度の攻防で、俺とお前の力量差は歴然としている。死にたくなければ今すぐ降参するのが懸命だと思うが?」

「……こっちだって、簡単に引き下がれねえんだよ」


 佑真は膝に手をつき立ち上がった。


「たかだか一回の攻防で他人の価値決めんじゃねぇぞ。何様ですか、自分は戦闘のプロだから敵の戦闘力は見るだけで把握できるとでも言うつもりか?」

「生憎だがその通りだ。俺は本物の戦場で何千という敵を引き裂いてきた。重心、視線、雰囲気。そういった観察を通じ、彼我の力量差を把握しなければ生き残れないレベルの戦場でな。そしてお前は――推察する必要もない雑魚だ」


 そう言い放ち、オベロンは大剣を横薙ぎした。




 劫! と緋色の軌道が走り、佑真の目の前で莫大な光焔とともに爆裂する。




 廊下を埋め尽くす焔が場の酸素を奪い取り、鉄骨の熔ける匂いが舞う。

 生み出された煉獄を見ながら――オベロンは軽く溜め息をついた。


「少々やりすぎたか? ステファノに後に監視カメラなどの記録を消去させねばな」


 立ち上る煤と煙を、大剣を団扇のように振り払うことで拡散させる。

 オベロン・ガリタにとって佑真との戦闘は作業でしかない。佑真に対し『本気で行く』と言っておきながら、己の出力の最高値、人体を熔かし尽くす摂氏五〇〇〇度ではなく摂氏一〇〇〇度に抑えて放った炎熱によって生まれた焼死体を確認しようとして。


「……なに?」


 天堂佑真の遺体がそこにないことに、オベロンは眉をひそめた。

 すぐさま視線を前方へ走らせる。

 驚くべきことに――佑真は五体満足で階段へと向かっていた。

 彼はとっさの機転で、オベロンの火炎を回避することに成功していたのだ。


 ――佑真には理由があって、一般人以上の超能力交戦経験歴があった。

 その理由の前半部分。

 中学一年時、初めての能力測定で『零能力者』だと発覚した佑真は、落ちこぼれという境遇からか、中学校内で超能力を用いたイジメにあっていたのだ。廊下だろうと校舎裏だろうと関係ない攻撃を受け続ける最中、佑真は狭い場所でいかに攻撃を凌ぐか、という術を本能的に身につけていた。


 即ち――突然の攻撃に対し、周囲のモノを利用する癖がついていたのだ。


 オベロンの放った攻撃に対し、具体的に行なった行動は二つ。

 第一に開けっ放しだった寮長の部屋の扉を引っ張り、それを盾として熱波を防ぐ。この学生寮が自動でなく手動式のドアだったからこそ可能な行動だ。

 第二に、衝撃波が襲うと同時に後方へ全力で跳躍して威力を削ぐ。

 咄嗟の二手をもって、決して無傷で乗り切ったとは言えないが、自らの身体を炎から守ってみせたのだ。


「殺りそこねたか。だがまあいい、《神上の光》さえ回収できれば――」


 オベロンは佑真の背中を若干忌々しげに見送りつつ大剣を背中へしまい、鮮血と煤に薄汚れた寮長の部屋へと土足で侵入する。戦闘の余波でボロボロになった六畳一間の中に……けれど標的の〝蒼い少女〟の姿が見当たらない。


 代わりにあるのは、赤い液体で描かれた軌跡。

 窓まで繋がるその赤い軌跡こそが、この場で何が起こったかを物語っていた。

 真夏に開け放たれた窓が何よりの証拠だ。


「なるほどな。動けない《神上の光》を、()()()()()()()()()()()()()()()()か。子供相手だからと良心を働かせたのが裏目に出たようだな……」


 呟いたオベロンの瞳には、今まで以上に異常な光が宿っていた。

 逃げられたのではない。逃がされたのだ。

 超能力すら使ってこない、ただの一般人の相手をしているうちに。


 自分の失態であることは認めざるを得ない。

 息を吐いたオベロンは端末を取り出した。


「ステファノか? 俺だ。すまんが標的の回収に失敗した。現在は七歳程度の少女と行動を共にしていると思われる。学生寮周辺を捜索してくれ。……俺か? 俺は今から標的の関係者を殺害する。何、厄介事の芽を摘んでおくに越したことはないだろう?」

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