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●第六十六話 背中を預けあえる関係

本日より第三章後半戦、更新開始です!


激戦必至で盛り上がらせるんで、引き続きよろしくお願いします!


 軌道エレベーター『アストラルツリー』

 天と地を貫く人類最大の建造物、実は東京スカイツリーなどの前例と等しく、内部はスッカスカである。


 衛星軌道上のターミナルをはじめとしたいくつかのターミナル、宇宙より建物の根幹をささえるワイヤーが三本、周囲を強化ガラスや鋼鉄材などで固め、風化を防ぐ。まるで竜巻が天空へ舞い上がるような外見を模していた。

 他の部分は、宇宙へ向かうエレベーター・ワイヤー以外の施設が一切存在しない空洞。

 しいて言うなら緊急時用の螺旋階段、そしてエレベーターを支える鉄骨や検査用の足場が網目状に広がっているくらいか。

 一般時には誰も踏み入れる必要がないため、当然の構造と言えるだろう。


 各所ターミナルはその分施設に富んでおり、都内随一の観光名所として立派に仕事を果たしている。ターミナルごとの展望台から人影が消えるのは休業日のみ。その分空間を手狭に感じないよう、どの施設も余裕を持った空間利用が行なわれている。

 各ターミナルが行なうのは娯楽事業だけではない。

【神山システム】という世紀のスーパーコンピュータの下、科学的観測や演算が数多く行なわれている。


 宇宙開発事業においても、アストラルツリーは世界一の進度を誇る。なにせ、直接宇宙に物資を運搬できるのだ。一々ロケットを打ち上げる、という手間が省けるだけでコストパフォーマンスも大違いである。


 そんな、日本が有する名実ともに頂点に君臨する、ツリーの内部で。

 最強に君臨する超能力者たちと、その者たちへ挑む少年少女の激戦が幕を開けていた。


 片や、《集結(アグリゲイト)》をはじめとした【使徒】に名を連ねる者たち。自信の強さに絶対的自信と誇りを持ち、『裏』の世界で、数多くの人間をその毒手で殺めてきた。


 此方、大切な少女のために命を張る、勇敢とも愚行とも無謀ともとれる行動に出た『表』の世界に生きる者たち。彼らは強さに誇りなど有していない。なにせ、先陣を切る少年は『零能力者』と呼ばれる最弱の存在――問題外である。


 それでも、少年少女は最強に屈しない。

 一人の『友達』を、『親友』を、そして『想い人』を、目的地へ送り届けるため。

 互いに背中を預けあい、共闘する。


 最強と最弱の激突がツリーを震撼させる。


 剣と拳――人知を超えた速度が激しく火花を散らす。


 この世に二つとない超能力が凌ぎを削る。


 激震するツリーの内部を、蒼髪の少女は駆け上がる。


 大切な人たちの勝利を信じ、五年間がけの罪を清算するために。




 これより語られるは。

 今宵の戦に終止符を打つ、四の激突である。




   ☆ ☆ ☆




「逃がすかよNo.2!」


 怒号と共に地面を蹴り飛ばした集結(アグリゲイト)が、弾丸のように低空飛行で波瑠へと毒手を伸ばす。伴われる闇の波動は漆黒の、且つ無機質な翼を形状した。

 波動が吹き荒れ、音の津波が周囲を震わせる。


 しかし波瑠は振り返らなかった。背中を見せ、髪ゴムを乱暴に解きながらエレベーターへと一直線に駆ける。集結(アグリゲイト)の毒手が波瑠を捉えようというその瞬間、少女の信頼に応えんと夜空色の髪をなびかせ、一人の少年が回し蹴りで介入した。


「やらせねぇっつの!」


 集結(アグリゲイト)は咄嗟に波動で盾を張り、佑真の蹴りを受け止める。脚が触れた瞬間に波動の徴税を試みるも――やはり、波動を吸収することはできない。

 その間にNo.2こと波瑠は無事、エレベーターへ到達。氷壁を張るという念入りな工作を置いてから、衛星軌道上のターミナルを目指す。


「オイオイ、本ッ当にどォいう了見だよオイ。この俺の能力に逆らうってか?」


 得体の知れない敵を前に、集結(アグリゲイト)は後退した。

 追撃に失敗した佑真は舌打ちするも――あの、全生物を前にして敗北の二文字を知らない集結(アグリゲイト)が、警戒心から後退を選んだのだ。

 その事実が彼自身にもたらすものは――計り知れない怒りだった。


「潰す。潰す潰す潰す潰す。テメェは俺の手で、ブッ潰してやる!」


 闇の波動が噴出――数十本に分断され、鞭のように佑真へと振り下ろされた。

 波動は周囲の壁や天井、二階席なども見境無く叩き割り、その威力を証明してドゴン! と頭蓋骨に響く巨大な衝撃を起こす。

 飛び散る瓦礫と粉塵。照明が消え、夜空の明かりのみが空間を照らす中。

 天堂佑真が集結(アグリゲイト)に肉薄していた。


「喰らえ――ッ!」

「舐めるなよ雑魚ッ」


 しかし、零能力者にある手は接近戦のみ。集結(アグリゲイト)は冷静につま先で地面を蹴った。ひび入る床より噴火のごとく吹き上がる波動は切っ先を描き、無数の刃がアイアンメイデンのごとく襲う。


「佑真、蹴るよ!」


 それを察知した誠が、低い姿勢のまま飛び込んできた。超能力により『加速』しきった身体駆動で、勢いそのまま佑真を蹴り飛ばす。腕で相殺しつつ、佑真は威力の流れに逆らわずに自ら吹き飛ばされた。半秒後、佑真のいた空間を闇の波動がつんざく。


「悪い誠、助かった」

「キミしかあの怪物には触れられないんだ。命を粗末にしないでよ」

「………とか会話してる余裕、ないからね?」


 秋奈が会話に介入しながら能力を放つ。佑真と誠の背後まで迫っていた十六夜の足を絡め取るように、完璧なタイミングで液状化した床を噴き上げさせた。


「おっと、バレてたのかよ」


 地面に窪みを生み出すほどの威力で蹴り飛ばし、方向転換して《物体干渉(ファクトブラウザ)》の捕縛を逃れる十六夜。

 彼に入れ替わるようにして、黄金の弾丸が不規則な軌道を描いて佑真達へ降り注ぐ。

 同時に挟み込むように放たれる、集結(アグリゲイト)の何十本もの波動の鞭。

 誠は自己『加速』を発動。地面に摩擦熱の焦げ跡を残し、すぐさま退避。残された佑真は黄金の粒子を無視し、集結(アグリゲイト)の波動の鞭の隙間を器用にすり抜けていた。

 佑真の背後にせり上がる灰色の壁。

 秋奈の生み出す『硬度』を設定しなおした床が防壁となり、黄金の弾丸を受け止めた。


「んっ、あらやだ。防がれちゃった~」

「………っさいビッチ」

「誰がビッチよ、誰がっ!」


 月影叶の腕が一閃、黄金の槍が秋奈目掛けて打ち出された。

 虚空を引き裂く槍の速度はライフル銃に匹敵する。防御のため能力行使に出ようとした秋奈の目の前を、明後日の方向から闇の波動が通過し、黄金の槍を霧散させていた。


「ちっ、ちょっと集結(アグリゲイト)! 何やってんのよ!」


 叶の不満が響く中、秋奈は闇の波動の軌道をたどってみる。その直線上からわずかに逸れた位置で佑真が靴の裏を滑らせ、無茶苦茶な体勢で着地していた。ギリギリ攻撃から飛び退いた、という様子だ。


「………仲間、割れ?」

「違いますよお嬢様。たぶんあいつら、最初っから仲間なんかじゃないんです。十六夜(No.3)月影(No.4)はともかく、集結(No.1)。あれは一切の協力体制にない。ただ佑真を殺すためだけに波動を振るっている。佑真以外、見えなくなっているんです」


 その理由は言葉にしなくてもわかる。

 あの集結(アグリゲイト)が初めて波動を吸収できない相手と出会ったのだ。佑真をかつてない強者と錯覚し、自身の能力を防ぐ相手を殺し、頂点の座をはっきりと証明したい。そのような欲望に駆り立てられているのだろう。


 強さを追い求める者ゆえの、愚直なまでの盲目。

 今はそれがありがたかった。

 誠と秋奈には集結(アグリゲイト)の攻撃を防ぐ術がない。佑真もそれがわかっているから、あえて集結(アグリゲイト)の前に姿をさらして二人を守ってくれている。


「………ていうか誠、この場面で敬語とか、律儀すぎ」

「いえいえ。こういう場面だからこそ、立場は明確にしておかないとッ!」


 ガチン! と金属音が響いた。

 双剣を並行に並べて振りかざした誠と、右脚を振るった十六夜、両者の威力は完全なタイ。

 鋼鉄を引き裂く刃を受け止める十六夜の脚。

 装甲戦車直撃の威力を受け止める誠の剣技。

 二人はわずかに口角を上げ、磁石が反発するかのように均衡を解く。


「面白い! 俺の攻撃はそこの零能力者にも受け止めきれなかったはずなんだがな」

「何言ってるの? そんなの当たり前じゃん、佑真より僕のほうが強いんだからさ!」

「ハッ、よく言う――――!」


 ゴッ! と地面を蹴り、十六夜が突風とともに誠へ接近。『加速』を限界に近い段階まで引き上げ、誠は双剣を振るいながらその場を離脱。十六夜とともに、高速の世界で攻撃を交えながら移動する。時折秋奈の認識速度まで減速するが、それは剣と拳が激突する瞬間だけだった。


「それじゃ、アタシの相手はアナタになるのかしら?」

「………ビッチ相手に手加減はできない」

「アナタ、ビッチにどんな想いいれがあるのよ……ま、関係ないけど☆」


 コインを弾くようにピン、と叶の指が弾かれる。

 刹那。

 秋奈の顔のわずか数センチ真横を、オレンジ色の直線が翔けた。

 電磁狙撃砲(レールガン)さながらの弾丸が高熱を発し、衝撃の余波が小さく軽い秋奈の体を持ち上げる。物体に干渉する能力者として、秋奈はすれ違った高熱の正体解読を試みたものの――この世の物質でないと思えるほどに、全く分からない。


「………なんだそれ……」

「これがアタシとアナタの差。《物質創造(クリエイトマテリアル)》に敵う者なんていないのよ♪ ってあら?」


 風圧に後退を余儀なくされている秋奈は後方を確認し、目を見開いた。

 床が広範囲で抜けている……!

 大方、激震を幾度も走らせている集結(アグリゲイト)の大立ち回りが、いつの間にか大穴を空けていたのだろう。

 秋奈は根の身体能力にこそ自信があるが、その小柄な体や超能力の関係上、吹き飛ばされている間に方向転換、なんて器用な真似はできない。落下以外の選択肢を取れなかった。

 だからといって、落ちて死亡?

 いいや、そんな展開にはしない。


 一瞬だけ誠と視線が噛み合う。お互い、わずかに首を動かす。

 重力の縛りから解かれ自由落下を開始した直後、秋奈は胸元に輝くエメラルドへ意識を集中させた。


「………《レジェンドキー・九尾》契約執行!」


 唱えられるキーワード。黄金に輝く粒子がエメラルドよりあふれ出し、古来より伝わる【水野】の《魔術》が顕現する。

 九つの尾と灼熱の体毛。百人が百人褒め称える完成された美。

 蒼炎を伴う化け狐――秋奈の魂を以て請願されるは九尾の妖狐。


『お嬢、いきなり吹っ飛んでいるがどのような状況だ?』

「………ん、詳しい説明は後。とりまあたしを受け止めて適当な場所に着地。できる?」

『愚問を』


 ひゅん、と九尾は風のように駆け、器用に鉄骨を足場として跳び上がり秋奈を確保。手ごろな場所で着地した後、秋奈は九尾から飛び降りた。


「………ここは、アストラルツリーの、中?」


 張り巡らされた鉄骨やガラス張りのエレベーターを目視する。真下は次のターミナルまで直通となっているせいだろうか。渓谷のように最深部まで目が届かない。

 落ちたら今度こそおしまいだろうなぁ、と考える秋奈に陰が射した。

 バッと身を翻す。

 ぷつ、とサイドテールのシュシュが切断され――ついで真紅の髪も数本、はらはらと舞い散る。後方へ視線を向ければ黄金の槍が鉄骨を粉砕し、ある程度の距離を突き進むと霧散した。


「逃がさないわよ、水野家のお・じょ・お・さ・ま♪」


 飛来する月影叶。黄金の粒子が浮遊力でも持っているのか、結構な高さから秋奈と同じ硬度の鉄骨まで飛び降りてきた。


「………水野家ってわかるんだ」

「そりゃもちろん。真紅の髪、《レジェンドキー》、そしてアタシの能力の下位交換である《物体干渉(ファクトブラウザ)》。アナタが噂の水野家ご令嬢――――最強に最も近い(、、、、、、、)ランクⅨ、水野秋奈でしょ? それに一度、軽く面識あるじゃない☆」


 秋奈は特に頷くなどの仕草は見せない。

 その代わり、手近な鉄骨へ手を添えた。


「………いいの、バラバラになっちゃって? 佑真も誠も強くて、あの人たちの手に負えないと思うけど」

「いいのよ別に。ていうか、むしろバラバラになるしかなかったのよね」叶は演技臭く肩をすくめ、「戦闘狂(バーサク)状態の集結(アグリゲイト)の側にいると、アタシ達も巻き込まれて命を落としかねない――まあどうせ計画上、殺される手はずなんだけど。それだったら、アタシ一人でアンタを殺して有終の美を飾りたいってワケ」

「………よく、わかんないけど……でも、負けるわけにはいかない」


 鉄骨はぐにゃりと形をゆがめた後、刃渡り一メートルの日本刀へと変形した。

 九尾が身構え、叶は妖艶に自身の人差し指へ舌を這わせる。


「………水野家次期当主、水野エメラルド=クロイツェフ・秋奈。使用能力は《物体干渉(ファクトブラウザ)》。親友のために、あなたを倒す」

「うっふふ、【月夜(カグヤ)】の月影叶よ。能力はご存知《物質創造(クリエイトマテリアル)》。劫一籠様の計画遂行のために、邪魔者であるアナタを殺すわね☆」




 秋奈が九尾を請願したのとほぼ同時に。

 誠も十六夜の猛撃をかいくぐりながら、ルビーを取り出していた。


「ん? 何する気だ――」

「《レジェンドキー・鳳凰》、契約執行!」


 地面を蹴り垂直に飛び上がる彼の携えるルビーより、虹色の粒子が放出される。粒子はやがて大きな対の翼、燃えさかる体毛、長く美しい尾を形成。

 聖なる咆哮とともに――瑞獣《鳳凰》が顕現された。

 ちなみにその大きさは全長約二メートル。建物内でも飛びまわれるよう、大きさを抑えて呼び出された。《レジェンドキー》によって呼び出す聖獣は最大サイズこそ定められているが、その範囲内であれば契約者の思念次第で大きさを設定できるのだ。


『誠、今回は戦闘のようですね』

「しょっぱなからごめんね。とりあえず、壊れた天井から上を目指してくれない?」

『了解しました』


 キュオオオオオオ――――ッ! と雄叫びを上げ、鳳凰が天井にできた隙間からターミナル外部――エレベーター外周へと飛び出した。

 誠の予想通り、十六夜は器用に二階席、三階席を足場として誠の後を追ってくる。


「ねえいいの? 集結(アグリゲイト)一人に、天敵である佑真を置いてきちゃって」

「いんだよ。波動を《集結》させられないようだが、だからといって集結(アイツ)の最強が揺らぐわけじゃない。アイツの現在の波動保有量は約五百人分――まさに桁違いだ。それに、波動の《集結》だけが殺す方法じゃないしな」

「ふうん、意外と冷静だね。てっきりキミ、パワーバカなのかと思ってたよ」

「ハハ、笑わせてくれるぜ。強大な能力を扱うヤツがバカな訳ないだろう。頭使わないと、適切な戦い方なんざできないぜ。お前のようにな」

「こりゃどうも、寛大な評価をありがとう」


 意地の悪い笑みを浮かべながら、誠は鳳凰の背に乗り上昇していく。十六夜は鉄骨を蹴り飛ばし足場とすることで、鳳凰の速度にぴったりついてきていた。

 ある程度の高度まで上がり、ターミナルで暴れる集結(アグリゲイト)の影響を受けないだろうあたりで鳳凰に移動をやめさせる。距離を保ったまま、両者は向かい合う形となった。

 ストレッチのような動作をしながら、十六夜は言葉を続ける。


「それに、俺達は集結(アグリゲイト)と一切協力体制じゃなかったが、お前らは三人一組で戦っていた。それこそ互いの気心が知れた、『背中を預けあえる』信頼関係でな」


 そりゃ五年間の付き合いだから、と内心呟く誠。五年は佑真。秋奈とは十年を超える。言葉にしなくても、お互いがどう動くかは把握しているつもりだ。


「そんなヤツらを集団のままにしておいて俺達に利点はない。だったら、個々の力差ではるかに上回っている俺達が有利な状況、即ち一対一の個々撃破にすべきだと考えた」

「ふうん……つまり、現状はキミ達【使徒】側の望んだとおりの状況ってわけだ」


 誠はクソッタレ、とやはり心の中で毒づいた。

 つまり相手は、一対一なら確実に殺せると思っているらしい。

【使徒】は確かに強い。身近に天皇波瑠(No.2)という存在がいることが何よりの証明だ。なまじ、誠は何度も手を交えた分その気持ちがよくわかる。


 だがしかし――超能力ランクと戦闘時の強さは、イコールでは結ばれない。

 このこともまた、身近な『零能力者』が証明しているように。


「……ま、確かに僕らが協力して戦えば、きっとキミ達は自滅に自滅を重ねて、有利に戦えただろうね。でも、個々に分断したからといって、本当に勝てると思うのかい?」

「そこは今から証明してやる。安心しな」


 やはは、と笑ってみせる十六夜。双剣を握る力が思いがけなく強まる。

 息を吸い、ゆっくりと吐く。

 そして誠は――――にかっ、とわざと満面の笑みを作ってやった。


「水野ルビー=クロイツェフ・誠。それが、今からキミが戦い、敗北する相手の名前だ。心に刻んでおいてね、最強(笑)さん」

「その手の挑発は生憎利かないぜ――ところでお前、小野寺の人間じゃなかったのか?」

「利かないのかよ。先に言ってよ……僕は小野寺の人間だよ。だけど流れている血は水野だ。人生いろいろあるってことで」

「ヤハハ。どういう意図があって名乗ったのかは知らないが――ここは律儀に返しておくのが男と男の真剣勝負ってもんだよな」


 グッと脚を折り曲げた後、十六夜の瞳に本物の殺意が宿る。


「【月夜(カグヤ)】の十六夜鳴雨だ。水野誠、今日限りの人生だが、冥土の土産にでも俺の名前、持っていってくれよ!」

「断る――――ッ!」


 剣と拳が激突する。

 一撃目の衝撃波が、エレベーターの強化ガラスを粉々に砕き割った。




 そして。

 最強(アグリゲイト)最弱(てんどうゆうま)

 両者のみとなったホール――といってもすでに瓦礫の山と化しているが――では、怒号、咆哮、そして闇の波動が轟いていた。


「ちょこまか逃げてんじゃねェよゴラ!」


 波動が鞭のように細く長く放たれた。本数は三十本を軽く超え、ネットのように隙間がほぼ存在しない状態で地面へ叩き付けられる。

 後方へ大きく飛び退く佑真。ズガガガガ! と連続して鞭が床を穿ち、やがて一本が佑真の頭上に飛来。佑真はその一本を強引に掴み取り、受け流すように叩きつけた。

 その一本が集結(アグリゲイト)のバランスを崩し、残る数本は見当違いの場所を叩き割る。その威力こそ佑真を戦慄させるが、当たらなければ問題ない。受け止めた右手のひらのひりひりする痛みは握り締めることで誤魔化した。


「ケッ、そうか。どういう能力(トリック)かはまだわからねェが、テメェは俺の能力に『触れる』ことができ、俺の《集結》をキャンセルする力を持っている。まるで皮膚の上に膜を張っているかのようにな」

「……」

「いいね。お前は本当にいい。この俺を目の前にして萎縮しないどころか、逆に戦意を滾らせる。他の三下共とは違ェ目をしてやがる。俺ァテメェみてえなヤツをずっと待ってたんだよ。こっから先、まだまだ楽しませてくれんだろォなッッッ!」


 集結(アグリゲイト)の周囲を闇の波動の旋風が舞い上がる。天井を裂き、周囲の瓦礫をも浮かす旋風の周囲には波動弾がいくつも創造され、集結(アグリゲイト)が指を鳴らすと全数十が一斉射出された。

 が、全弾がなぜか佑真の両脇をすり抜ける。佑真に襲ったのは波動弾のもたらした余波。

 幾重もの突風が少年の体をふわ、と持ち上げた。

 集結(アグリゲイト)の狙いはこの一点。地上で立ち回る佑真の行動を、足を浮かすことで抑制しようという。


 不健康な腕が突き上げられ、呼応した波動が佑真の真下から一直線上に振り上げられた。それはまるで突き上げられる槍先。

 佑真は強引に体を捻り、背中で闇の波動を、極力ダメージが流れる角度で受け止める。


「……がっ」


 肺の息が漏れた。バランスを崩しながら弾き飛ばされ一回乱雑に体を打つが、その後四肢を使って獣のように着地した。


「おいおい、今の、そう簡単に凌げる攻撃ってわけでもねェぞ?」


 言葉と裏腹に好奇に満ちた笑みを浮かべる集結(アグリゲイト)の追撃は止まらない。

 佑真を挟み撃ちにするように波動の鞭を左右から振り回した。本数は初撃から数えて左右それぞれ二本・三本・五本。二次元的ではなく、高低も考慮に含まれた三次元的絶対包囲。


「ちっくそ!」


 直撃しようかという、その時だった。

 佑真が飛び上がり、あろうことか一本目の鞭が交差する瞬間、交差地点を踏み台として跳躍したのだ。その高さで二撃目を回避し――さすがに三発目のうち一本を背中に喰らって吹き飛ばされるも、想定の三分の一のダメージで凌ぎきった。

 人間業ではない。いくら集結(アグリゲイト)の波動に触れられるからといって、一瞬でもタイミングを間違えれば脚をへし折られるのに。

 無茶苦茶な態度が、集結(アグリゲイト)の背筋にゾクゾクと興奮を誘う――!


「本ッ当に最高だな! 殺したくなってくる!」


 中空で姿勢を立て直す佑真へ、すぐさま毒牙が迫る。

 足元に走る無数の亀裂を縫って闇の波動が流れ、突起を描いて突き上がった。一撃目を右腕にかすめるのみで凌いだ佑真は即座に注意を足元へ集中。踊るようにステップして追撃をやり過ごす。だが、


「ごふっ……っ!?」


 視線を足元へ逸らしていた佑真の腹部へ、真正面より集結(アグリゲイト)の放った波動弾が刺さった。

 体が矢の如き速度で吹き飛ばされる。瓦礫に背を打ちつけ、それでも勢いが止まらない。瓦礫を叩き割った後床を激しく回転し、壁に全身を打ちつけてようやく静止した。


「一つ残念なのは、テメェの能力が俺の能力を無効化するだけ(、、)に特化しちまったことだろォな。他の芸当ができりゃもっといい戦いができたかもしれねェ。だが、テメェはそれしか能がなかった。結局他の雑魚共同様、醜く朽ち果てることしかできねェんだよ」


 集結(アグリゲイト)の毒手がゴキゴキ、と骨を鳴らす。

 後は完膚なきまでに身体を叩きのめすのみ――そう、確信していたのだが。

 立ち上がった。


(立ち上がりやがった……だと?)


 頭から血を流していながら、零能力者はよろよろと壁を使って立ち上がった。集結(アグリゲイト)の灼眼がわずかに広く開かれる。佑真はすう、と一度深く息を吸い――呼吸を止めたまま、集結(アグリゲイト)への突貫に踏み込んだ。


「諦めの悪さはいいねェ。その度胸は賞賛に値するが、テメェじゃ俺には届かねェよ」


 集結(アグリゲイト)はあくまで冷静だった。

 つま先で地面を叩く。爆発した波動が数十個の波動弾をつくり、不規則なタイミングと軌道を以て射出された。まさに嵐の如き弾幕掃射。

 天堂佑真はその波動弾を、かわし、いなし、時には弾き飛ばして直撃を免れていた。

 銃速に達していないとはいえ、全方位より襲い来る時速140キロの速球、それも球種の読めない変化球の嵐を回避しているようなもの。


 集結(アグリゲイト)は佑真の『眼』を見て、すぐさま仕掛けに気づいた。

 天堂佑真は、通常の人間より数段優れた『眼』と『身体能力』を兼ね備えている――と。


 事実、すでに現在の佑真の『眼』は、以前出雲竜也と交戦した時のような、通常時よりも『世界がゆっくり見える』光景を映し出している。それゆえ、集結(アグリゲイト)の攻撃に正確な対応を行なえていた――無論、完全に防げているわけではないが。


 今回の戦いで佑真が異常な回避力を最初に(、、、)見せたのは開戦時。

 十六夜鳴雨の亜音速に迫る攻撃から、波瑠を守ったあの瞬間。

 彼は、その時すでに入っていたのだ(、、、、、、、)



 身体能力を120パーセント引き出す極限の集中状態――――ゾーンに。



 佑真が『零能力者』として都市伝説になっている、ということは今まで何度も述べてきただろう。

 しかしよく考えてほしい。

 普通、ただの不良無能力者が、都市伝説に成り上がるほど有名になるだろうか?


 一年以上の期間を超能力者を相手に回避だけで(、、、、、)生き延びた。

 この時点で、天堂佑真という『原石』はすでに露見されつつあった。

 そして、波瑠との出会いが『原石』に磨きをかける。

 一人の少女を守りたい――その意志が。

 意志に従い、戦闘に特化した戦い方を学び始めた努力が。

 少年の中に隠されていた潜在能力を引き出す結果を導き出したのだ。


「何モンだテメェ」

「……零能力者。天堂佑真だ」


 だが、それではまだ足りない。

 攻撃を凌げても、超能力者(アグリゲイト)に拳が届かなければ、意味がない。



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