●第六十五話 反撃の烽火を上げろ
十文字直覇が手を一振りすると、そこにスクリーンが二枚、展開された。
流れる映像は二つ。天皇波瑠と天堂佑真――二人の『希望』を映し出す。
「なるほど。あの娘であれば、あなたが現界に居続けることを望んだ理由もわかります」
「……『あんた』か。やっぱ見ればわかっちゃうよね? あんなに脆くて弱い女の子を放っておいて、やすやすと死ねる人間がいればそれは畜生だ」
「ですね。私があなたの立場だったとしても、生存を望んだと思いますよ――まあ、二度目の生は人間に生まれた時点で、奇蹟でも起きない限り絶対に得られませんが」
「その奇蹟をやすやす起こすのがハルにゃんなんだけどねぇ」
直覇が顔をしかめると、彼女の背後に立つ『神霊』は微笑んだ。
「十文字直覇。あなたの注文通り、あの娘の魂との対話は完了したわけですが……満足、できましたか?」
「全然足りない。満足しようにもボクにできたことは、背中を軽く押すことだけだ。そこから前に進み続けるには、ハルにゃん自身に頑張って貰わなくちゃいけないからね」
「……では彼女の成長を見届けるまで、あくまで成仏はしたくないと?」
「仏教の神様じゃないんだから『成仏』言うなよな――それはさておいて。ハルにゃんの成長云々とボクが成仏を拒むのは御生憎様、無関係なんだぜ。ボクは天皇劫一籠が生き続ける限り、観測者を辞めるつもりはないよ」
「そうですか……あなたがそれを望むのなら私は何も言いませんが」
「だけどね、アストレイヤ」
と告げる直覇は、波瑠ではないもう一つの画面を見ていた。
「ハルにゃんには、ボクより何十倍も頼りになる『彼』がいる。『彼』に任せておけばきっと大丈夫。道を踏み外しそうになっても、『彼』が引っ張って戻してくれるはずだからさ」
「……天堂佑真、ですね」
『神霊』も同じ画面を見入る。
画面の中の少年は、着実に戦場へと向かっている。
☆ ☆ ☆
全世界の人間が、奇跡を見る。
何百階層とある、世界最高の建造物、アストラルツリー。
そこを中心として、奇跡の光が、放たれた。
蒼い波動が線を創り、巨大な魔方陣が展開。
とてつもなく大きな円が広がる。
十二星座の紋章が外周に描かれ、星座同士をつなぐように線が刻まれる。
調和を示す六芒星が、一筆で中央に浮かび上がった。
さらにその中央で、天王星の紋章がサファイアカラーの光を放つ。
天王星の紋章が四方へと直線を伸ばす。途中で直線は停止し、円が四つ、浮かび上がった。
火ノ魔方陣。
風ノ魔方陣。
水ノ魔方陣。
土ノ魔方陣。
六芒星の各頂点に、新たな紋章が刻まれる。
ある点は、攻撃を示す剣。
ある点は、防御を示す盾。
ある点は、繋がりを示す楔。
ある点は、裁きを示す十字架。
ある点は、始まりを示すΑ。
ある点は、終わりを示すΩ。
無数の線が規則正しく天空を走る。
四大元素を司る各四方の魔方陣。その中心より、何本もの線が伸びていく。
線は分かれ、頂点を作り、新たな円を広げる。
円の中心から線が伸び、ふたたび円が生まれる。
人と人が繋がるように、魔方陣は巨大に繋がっていく。
蒼い魔方陣が、天空を埋め尽くす。
世界中の空を包み込む。
その中心に立つ、一人の少女。
彼女の瞳は、光を取り戻していた。
蒼い髪が揺れる。止め処なくあふれ出す、純白の波動。
《神上の光》
衝撃波が波紋を生み出し、純白の波動が天空を走った。
すべての魔方陣が、蒼い光を地上へ注ぐ。
空より降り注いできたのは、泡雪のような光の粒子だった。
其は、蒼き追想の泡雪。
光を手にした人間に流れる、その者が持つ暖かな記憶。
希望の光が、全世界に降り注ぐ。
【神上の力を手にし時、人間は神の言葉を囁き、理を超越した奇跡は、魔法となる】
地球を包んでいた魔方陣が、泡雪のように、儚く消えていく。
雪雲が晴れ――――美しい、月夜の空が開かれた。
☆ ☆ ☆
「はー…………なによ、それ……」
月影叶は、まぶたを開いた先にある光景に、文字通り開いた口がふさがらなかった。
それも仕方のないことだろう。
突如、死に倒れ込んだ天皇波瑠の背中から蒼い光が放たれ――あまりの眩しさに瞳を閉じていたら、
「戻ってきた……帰ってきたよ、スグ」
天皇波瑠が。
切り殺したはずの少女が十全の体で、自身らの目の前で平然と立っていたのだから。
「どういうことだこれ……」十六夜鳴雨もまた頭を抱えていた。「まさか、《神上の光》ってヤツは切り殺した程度じゃ自動回復でも作動するのか!?」
「それは不正解だよ、十六夜くん」
対し、波瑠は凛と焦点を定める。その風格はこれまでの彼女にはなかった新たな覚悟が齎した――研ぎ澄まされた最高の精神状態。
「《神上の光》にそんな力はない。これは私が友達からもらったラストチャンスなんだ――絶対に、無駄にはしない!」
波瑠は手首の超能力発動端末――SETに指を走らせる。
「SET開放!」
ゴッ! と爆発する蒼く美しい波動の粒子。
波瑠の滾る戦意に呼応し、強く輝きを放つそれを見ても。
十六夜や叶は動じることなく臨戦態勢を取った。
「……ま、細かい理屈はどうだっていいわ。でもね! 一度立ち上がったところでアナタの不利になんら変化はないのよ♪」
両手を折り重ねた叶の腕に添って黄金の粒子が流れ、やがて巨大な斧が手中に形成される。
「お姉さんの特別サービスよ。バッドエンドとデッドエンド、どっちか好きな方を選ばせてあ・げ・る☆」
「どっちも嫌だよっ!」
腕を薙いで黄金の斧を投擲――その大きさと釣り合わない高速を以て、虚空を引き裂き一直線に飛来する。
波瑠は冷静に床を蹴って後方へ飛び去った。
直後に床を穿つ金の斧。
叶は外れたに目もくれず、放出する黄金の粒子で斧を量産する。
刃渡りにして約三メートル。大樹でも切るのかという巨大を誇る斧は一斬が必殺。
だからこそ冷静に叶の投擲一発一発をステップで躱していくのだが、波瑠はその光景に驚きを隠せずにいた。
すなわち床に突き刺さった斧が霧散し、黄金の粒子となって叶へと自動で戻っていくのだ。それはさながら永久機関の如く。円環を構築する彼女の攻撃にはエネルギーロスがないため、あえて精密さを捨てた過激な攻撃を行えるらしい。
(面倒くさい能力を――!)
蒼い少女が手の中に作り出すは氷の刃。投擲される五枚の剃刀に対し、叶は黄金の粒子で上半身を丸々隠す盾を以て弾き飛ばした。
Nо.4――《物質創造》
読んで字のごとく、自分の思い描いた『物質』を想像する能力だ。
その範囲は既存の法則に囚われず『炎のみを消し去る水』『万物を貫通する粒子』など、叶の思考が許す限りはありとあらゆる物質を創造できる。
未知の構築。これもまた、既存の法則を超えた『魔法に近い超能力』だといえるだろう。
「ふふ、No.2とか言うけど結局、戦闘力で優位なのはアタシのほうなのよん☆ ほらほら、反撃してみなさいよっ!」
粒子の形状化設定を変更し、小さなピンポン玉サイズの球体を数百個創造。
叶が突き出す腕を合図として撃ち出された。
その速度は亜音速。その軌道は生きている虫のように曲線を描き、弾道を読ませない。
一見すれば観測不可の射撃。けれどその攻撃は波瑠を殺すために撃たれたのだから、終着点は等しく波瑠だ。
だから彼女はただ純粋に腕を真上へ突き上げた。手のひらより緋色の炎を渦状にして放出し、自身の周囲に炎の壁を展開。黄金の弾丸は等しく焔によって焼滅した。
「ちいっ、あの炎じゃ消されちゃうのね……設定を書き換えないと」
親指の爪を噛み、少し眉をひそめる叶。
その隣には、膝をバネにして深く体を沈めている十六夜が居た。
「ハッ、忘れるなよ天皇波瑠。テメェの敵は叶だけじゃない。この俺もいるってことをな!」
瞬間。
十六夜の体が消える。
正確には、波瑠と叶の動体視力が捉えられる速度を超えるほどの超速跳躍を行なったのだ。その反動として、十六夜の蹴り飛ばした床はクレーターのような窪みが生まれている。
人知を超えた全速。
認識した頃には、十六夜は拳を振り始めていた。
波瑠の能力演算領域が一文字の計算を刻む間もなく、大気を裂く強烈な拳が襲う。
その時だった。
パン、と。
乾いた音が響く。
手首を弾かれた十六夜の拳は軌道を曲げ、波瑠の真横を通過して。
ターミナル全体を震わせるほどの衝撃で床を穿った。
そのような絶技を。
十六夜の動きを目視し、的確に手首を弾くなどという御業を成し遂げたのは――――
「ゆう、ま、くん……」
「なんとか……間に合ったか」
黒いウインドブレーカーと、赤いパーカー。
夜空のように澄んだ、美しい黒髪を激しくはためかせる。
零能力者、天堂佑真の平手だった。
――――アーティファクトの時もそうだった。
あなたは私の前に現れて、その大きな背中を私に見せる。
如何なる強者にも屈せずに立ち向かい。
限りなく零に近い勝率でも、その意志を以て拳を握り。
すべての人間の予想を凌駕し、奇蹟を起こす。
誰よりも弱くて、誰よりも強く。
そして誰よりもかっこいい、私の主人公――――!
佑真はすぐさま拳を十六夜へと振りぬいた。
しかし接近時とほぼ同威力で地面を蹴り飛ばした十六夜を捉えることはできず、あえなく虚空を仰ぐ。
ちっ、と短く舌打ちした佑真は、波瑠へと視線を向けた。
目をまん丸に見開いて、口を半開きにした――まさに『呆けている』表情。
いろんな意味で溜め息をつき、とりあえず鼻をキュッと搾ってみた。
「ふなっ!? な、なにふうのっ!?」
「『なにするの』はこっちの台詞だバーカ。一人で大事なこと全部隠して抱え込んで、無茶して、頑張って、それなのにオレ達には一切弱みを見せなくて。ホント、何やってんだよお前」
「そ、それは……」
「ま、反省してるならよろしい。罰ゲームとして波瑠にはオレからのお願い一つ、なんでも聞いてもらうからな」ぽんぽん、と波瑠の頭をいつものように叩き、「ほんじゃま、いろいろ話したいトコだけどとりあえず――――この戦い、生き延びますかッ!」
「おっと!」
身を翻す佑真の脇をすり抜け、ズガァッ!! と十六夜の拳が突き刺さった。
「ヤハハ、もしかしてお前、俺の動きが見えちゃってる?」
「かもしんねえなッ!」
すぐさま蹴り上げる佑真。人間離れした獣のような身体駆動で十六夜は飛び上がる。脚は十六夜の真下を通過。飛び上がった十六夜が意趣返しに回し蹴りを放つ。上体をそらして回避した佑真はそのままバック転の要領で逆立ちし、隙だらけの背中へと足を突き上げた。パン、と音が鳴る。左手を自身の背中に回した十六夜が、手のひらで佑真の蹴りを受け止めたのだ。
「おぉ、すっげえケンカ術。接近戦はお手の物ってか?」
「それほどでも。ちょいと長い間、拳一つでケンカし続けてきたんでね!」
瞬息の絶技の均衡を弾き、二人は足を滑らせ距離を取る。十六夜は必要以上と思われる十メートルほどの距離を取った。佑真がそれを不審に思った、その時。
キイイイン、と超高周波の音波が耳をつんざく。
「超振動ブレード……誠か!」
「ご名答ッスよ、零能力者クン」
『誠』――言葉遣いは反吐が出るほど大違いだが――の双剣が超振動を伴って、佑真の体に斬りかかる。
佑真に躱され双剣は一度虚空を切るも、連撃が売りの誠の剣術はそこで止まらない。二撃、三撃目と洗練されたコンビネーションで振りぬかれる――しかし佑真にだって、誠の剣戟を何年も、実際に刃を向けられる形で見てきた不良時代がある! 鍛錬を重ねた今の彼に、偽者の技は一斬として届かない!
「波瑠、後ろッ!」
佑真の戦いに目を奪われていた波瑠は、その怒号でハッと意識を戻した。
その時にはすでに床が『液状化』し、大津波となって波瑠を押し潰そうと迫りくる。
「はああっ!」
右腕に雷光を纏わせ、一点集中で中央より破裂させた津波の奥では、月影叶の黄金の散弾が数十弾で視界を飛び交っていた。
弾幕に対し、波瑠は吹雪で勢いを相殺。
瞬間、波瑠と入れ替わるように佑真が飛び出した。
少し後ろを見れば、いつの間にかに腹部に蹴りを叩き込まれたと思しき『誠』の姿。
――――一体、彼はどこまで強くなっているんだろう。
波瑠の疑問に成果で答えるといわんばかりに、彼は弾幕を腕を薙いで弾き飛ばした。
「痛ッ! 小さいくせに無駄に痛ぇ!」
ぼやきながら波瑠を抱き寄せ、素早く耳打ちする佑真。少しのくすぐったさと恥ずかしさに体は素直に反応してしまう。頬を赤らめつつ波瑠は頷き、二人は同時に飛び退いた。叶が投擲した槍が地面に突き刺さり、着弾点を中心とした衝撃の波紋が佑真達を吹き飛ばす。
敵意を察知する『体質』を持つ波瑠は、自分に迫る視界外の攻撃にもある程度反応できる。
だが、今の佑真の回避は……それだけでない。波瑠には捉え切れなかった十六夜の動きを見切り、誠の剣術をかわし、戦闘中に波瑠に迫る大津波をも目視した。
零能力者と発覚した直後、佑真が一匹狼で一年以上を生き延びた所以。
それこそ、佑真の『眼』の持つ天性の二要素にある。
集団戦における全方位からの攻撃をしのぐ周辺視野。
相手がどこに、どのように超能力を放つかを見切る動体視力。
路地裏のケンカが。怪我したくない、という無意識が洗練した佑真の戦闘センスの根幹には、常に『眼』が存在していたのだ。
集中しきった佑真の瞳が捉える世界とは、一体どこまで視えるのか――――――
「――――っ」
振りぬかれる超振動ブレード。『誠』の刀が佑真を追いかける。一閃が虚空を割いた刹那、佑真が無謀と取れる突貫を行使。『誠』は戸惑うことなく反対の刀を突き――首を動かした佑真の頬をかすめた。一文字に開く皮膚から血が舞う。
その傷を代償として、佑真は『誠』の懐へもぐりこんだのだ。
左足が大地を踏みしめ、右腕が杭を為して貫かれる。
「らあっ!」
一発――ドッ! と重い衝撃を放つ掌底が『誠』の胸板を圧迫し、全体重を乗せた一撃が『誠』を遠く吹き飛ばした。背中を撃ちつけ、男子にしては小さな体が転がる。
波瑠はすかさず『誠』へ照準を合わせて《霧幻焔華》を発動した。氷塊で『誠』の動きを封じ込め、
「一人ずつ無力化していこうって魂胆か!」
地面を蹴り飛ばす十六夜。弾速をも超える速度の拳が、誠の側にしゃがもうとした佑真へ飛来。佑真は左手でその拳を受け流しにかかる。
しかし威力は流せない。限界に迫る威力の猛撃は、両脚を踏ん張らせる佑真を簡単に圧倒。
「嘘だろ……ッ!」
腕が振りぬかれ、佑真の体を吹き飛ばした。
着地した十六夜が、誠を包む氷塊を叩き割ろうと拳を上げる。
その腕が血しぶきを上げた――波瑠の放ったドライアイス弾によって。
「やらせないよ。誠くんと秋奈ちゃんにこれ以上手は出させない!」
その量は視界を埋め尽くす程過剰に多量。十六夜は余儀なく撤退を選ばされる。
「天皇波瑠! おい叶、手ェ緩めないでコイツをぶっ殺せ!」
「わかってるわよ! 指図しないで、アタシにまっかせないさいっ!」
突如発生した空気を揺さ振る轟音に、佑真と波瑠は表情をゆがめた。
叶の粒子が蜂の大群を模して襲い掛かってきたのだ。
逃げ場はない。防ぐ方法も恐らくない。すでに波瑠の能力では《物質創造》で創られた新物質をかき消せないよう、再設定されてしまったはずだ。
「二人まとめて死んじゃいなさーい♪」
「波瑠ッ!」
波瑠を押し倒した佑真の背中に粒子の弾幕が突き刺さる。銃弾が直撃したように鋭く神経を刺激し、一発一発が意識を刈り取らん威力を誇る。
「ちょっと、え、どういうことよ!? なんであの男、アタシの攻撃喰らっても体に風穴開かないのよ!?」
佑真に黄金の粒子が利かない理由――それは、おそらく《零能力》の影響だ。
《物質創造》。
『想像するだけで万物を生み出せるとはなんて便利な能力だ』――他者はよくそう考えるが、叶の脳内で行われている能力演算は計り知れない複雑な工程を必要としていた。
即ち、材質、構成、性質。そのすべてを『一』から決めていかなければならないのだ。重さや空気抵抗はおろか、『万物を貫通する』と設定する場合でも、その『万物』を叶は一つ一つ設定しなければならない。一つでも知らない概念・物質が立ちはだかった瞬間に『貫通しなくなってしまう』、鬼のように面倒くさい超能力なのだ。
非科学くさい話をするならば、『新物質の創造』は本来創造神のみに許された所業。
複雑な工程を要するのは当然なのかもしれない――。
「佑真くん、大丈夫……っ!?」
「大丈夫だ……それより波瑠、行けッ!」
佑真の下から抜け出した波瑠は『秋奈』に焦点を定めた。対する『秋奈』の視線も波瑠に向けられているが、その瞳には相変わらず光がない。
「秋奈ちゃん、あなたは私が助ける――絶対に!」
波瑠が足をついた瞬間――床が液状化され、ずぶっと沈んでいく。
崩れそうな姿勢を床を叩いて立て直した波瑠は、無茶な姿勢を承知の上で自分を押し上げる上昇気流を起こした。強引に抜ける脚。エネルギー変換過程で生まれた冷気が霧を作る。
中空の波瑠を貫くように、巨大鉛筆のような突起物が突きあがってきた。
「撃ち抜けっ!」
体を大きく回旋させ、バチバチバチィ! と放たれる青白い雷撃。
突起物を打ち砕き、そのまま『秋奈』の周囲に器用に雷撃を走らせて檻を模す。彼女の退路を断ち、逃げ出す間もなく『秋奈』の身を氷で拘束した。
ところで――秋奈の能力《物体干渉》は、このステージ上で操れる物体が床以外に存在しないのだが、その攻撃道具はすべて波瑠の雷撃で迎撃できてしまえた。故に、開戦後から『秋奈』は波瑠に一撃も与えることができなかったのだ。
防御を得意技とする『秋奈』に無理に攻撃を続けさせた、貝塚万里の失策といえるだろう。
「だが、空中に飛んだのはミスみたいだな」
波瑠の背後より発せられる通告。
「っ!?」
十六夜がいつの間にか、同じ高さまで跳び上がっていた。
咄嗟に背中に巨大な氷壁を何重にも作り出す。十六夜の蹴りは完成手前の氷壁を粉々に砕き、押し出した大気で波瑠の華奢な体を吹き飛ばした。
無防備な状態で床まで迫り――飛び込んできた佑真に受けとめられる。
激しく転がる二人の身体は佑真が壁に背中を撃ちつける形で、ようやく静止した。
「がはっ……っ、痛ぇ……波瑠、いけっか?」
「ゆうまくん、こそ……ぼろぼろ、じゃん……」
背中に喰らった衝撃はトラックとの交通事故並み。
それでも、二人は即座に立ち上がる。
「あと一息だ。もうちょい頑張ってくれ!」
「うん、任せて!」
頷きあう二人に迫る、一つの影。十六夜が突風を起こすほどの速度で、三度襲い来る。
「いい加減実力差を認めて諦めろ、でないとその身を亡ぼすぞ!」
「滅ぼすのはそっちだよ――Nо.2を舐めないでよね!」
だが、波瑠の能力がそのほんの少し前に発動されていた。
具体的には、桜を見続けて学んだコントロールで電撃を操り、自身らの目の前の床に片っ端から叩き込んだのだ。
十六夜は能力《臨界突破》によって咄嗟に電気抵抗を限界まで上昇させ、雷撃を凌ぐ。しかし凌ぎきれるのは彼自身のみ。周囲を暴れる雷撃は――秋奈の能力で何度も見られたが――耐熱性のあるこのステージの床を穿ち尽くした。
割られた床がひびを入れて断層を作り、浮かび上がる段差。
そいつに、十六夜のつま先がひっかかった。
たったそれだけ? と思うかもしれない。しかし、認識速度を超えかねない十六夜の身体には多大な運動エネルギーが付与されている。それは『つまづく』というアクションに対し、地面に体を打つだけで死すという殺戮級の強化を齎すのだ。
エネルギーを掌握する波瑠ならではの意趣溢れる対抗策。
床に倒れれば全身の骨が砕けるところを。
しかし十六夜は強引に脚を突き出し、全衝撃を脚一本で受け止めた。
「がッ……!?」
流石の彼も、脚から全身へ伝う激痛に顔を歪める。
装甲車との交通事故の衝撃を片足で受け止めたようなものなのだ。能力のおかげで重傷を負うには至らなかったが、それでも痛みは確実に十六夜の行動を鈍らせた。
その隙に、佑真は秋奈の側にたどり着いた。
頭にそっと手を乗せ――しかし、目的の『三秒間』を果たす前に。
大斧を振りかぶった叶が飛び込んでくる。
「一つ勘違いしているようだから訂正してあげる! アタシ達にとってそこの赤毛と剣士君は守るべきものじゃない、ただの道具でしかないのよ! ゆ、え、に☆ 赤毛ごとアンタを殺すことに何一つ躊躇う理由はないって訳よ!」
大斧の刃渡りは、振り下ろせば秋奈ごと佑真を切断する大きさを誇っている。
だが、佑真は動かない。
「一々喋りすぎだぜ、クソビッチさん」
「叶アホかお前! そんな大振りで行ったら、」
十六夜の叫び声が叶に届く前に――彼女の隙だらけの脇腹に、緋色の火球が突き刺さった。
無論、波瑠の放った火球である。
軌道を逸らした大斧は佑真達の真横に突き刺さる。
叶の体は数回転した後、床へ派手な音とともに墜落。
氷で顔を除いた全身をガチガチに拘束された十六夜の視線は、波瑠へと食いついていた。
「隙だらけで、やられちまうっつーの……(いや、それよりも気にすべきはNo.2、お前の超能力使用だ! 俺の体を氷塊で拘束しながら叶へ火球を放つ! 二箇所同時に、完全に逆ベクトルのエネルギー操作とか、お前の能力演算はどうなってんだよ!?)」
【使徒】の順位が戦闘力に関係ないとほざいた奴はどこのどいつだ。
ただ死を恐れ、友達と戦うことに怯えていただけで――これが天皇波瑠の本質か。
そして、三秒が経過する。
ぱちん、と何かが割れるような感覚が、世界に残響し。
三秒間対象に触れ続けることで、異能を消す《零能力》。
秋奈にかかっていた精神干渉能力を完膚なきまでにぶち壊し――瞳に、光が戻る。
「………佑真、誠のトコ行って!」
「事情説明はなしでおけ?」
「………おけ。記憶は、ある!」
グッと親指を立てる秋奈に佑真は頷き返す。
行使された《物体干渉》が、床でうずくまる叶を拘束した。
「げ、ヤバ――」「ふざけるな……」
叶が焦りを見せ、十六夜が怒りをにじませ。
ぱちん、と。
誠の頭に三秒間触れた佑真の《零能力》が、異能を霧散した。
「ふざけるなよ、雑魚共がアアアッ!」
怒号が炸裂した。
氷塊を破壊した十六夜の執念の拳が、無防備となった波瑠へ襲う。佑真は間に合わない。秋奈の能力もわずかに時間が足りない。波瑠自身も、もう手札が残されていない。
何十トン分の威力が振りぬかれ、
「二刀流――――《月光》ッ!」
刹那の殺撃を、二対の剣が迎撃する。
ゴッ! と衝撃波が起こった。
十六夜の拳が持つ風圧、そして、
「誠、くん……っ!?」
「ぐっ……うおおおおッ!」
小野寺誠の持つ二刀の激突が巻き起こした衝撃波は波紋となって広がり、波瑠の蒼髪を大きくなびかせる。
自己加速と超振動ブレードを掛け合わせた剣術《月光》。
この場で十六夜に匹敵する速度を生み出せるのは、誠の《超能力》のみだろう。それでも、ギリギリ割り込むので精一杯だったが……。
キィン、と金属音を響かせ、両者は均衡を解く。
十六夜は必要以上に後退し、床に捕まった叶へ忌々しげな視線をぶつけた。
「ひっ……ご、ごめん十六夜……」
「チッ、まあ起こっちまったもんはしょうがない。だが――圧倒的不利だぞ、この状況」
一方――佑真と秋奈は、誠と波瑠の下へ集まっていた。波瑠は十六夜と誠の衝撃が止んだ後、力が抜けたようにぺたりと床にお尻をつけている。
「おはよう佑真。とりあえず言うべきはお礼かな?」
「いーや、波瑠を助けてもらったんだ。それでチャラでいいぜ。それよりお前ら、洗脳中の記憶はどうなってる? 一から説明する必要あるか?」
「大丈夫だよ。変なこと言うけど、僕らは操られていたけど自我は残っていた。波瑠と妹さんのことも、集結のことも全部――あいつらの会話で知っている。記憶は残ってるよ」
「………その上でどう動けばいいかは、わかってるつもり」
記憶は残っている。操られている間も、自我は奥底に残っていた。
だからこそ、二人は告げなきゃいけないことがあった。
「波瑠……ごめん。いくら操られていたとはいえ、僕はこの手でキミを切ってしまった。殺しちゃったのかと思ったよ……」
「ううん、いいの。誠くんのせいじゃないから、謝らないで」
「………ん。波瑠ちゃん、あたし、ここまで来たよ。事情知っちゃったよ。それでもまだ、一緒に戦っちゃ、ダメ?」
「えへへ……どうしよっかな」
ふわっと――笑顔を見せる波瑠。
その瞬間。
じ、じじじ、とスピーカーがノイズを鳴らし、
『あー……あーあー。波瑠? 私……無機、亜澄華よ……返答しなくていい、けど、聞こえてる……かしら?』
今にも消えてしまいそうなほど掠れた声が、響いてきた。
「っ! む、無機さん!」
「無機亜澄華ってあの、【神山システム】開発者の?」
誠の確認にコクリと頷く波瑠。誠と秋奈が驚きに顔を見合わせる。
『波瑠。今から、大切なことを伝えるわ……。私は今、【神山システム】管制室にいる。制圧には成功したわ! それと……桜は今、一番上にいる! オリハルコンを回収して、その後、桜は更に上へ移動していた……たぶん現在地は、アストラルツリーの真の最上……宇宙空間「屋上」よ!』
「そこに、桜がいるんだね!?」
『波瑠。もし聞こえていて、こちらに来る余裕があったら一度、管制室に寄って。「屋上」までの道とか、教える、から……。』
無機の声音は異常に疲弊していた。きっと、彼女の方でも何か大きな戦いがあったのだろう。
その戦いに身を賭して、勝利し、最後の一手までたどり着いてくれたのだろう。
……滾る。波瑠の中に、ふたたび明るい気持ちが湧き上がる。
『それともう一つ……気をつけて。波瑠。たった数分前……このアストラルツリーに、ヤツが到着した。……全日本No.1の超能力者…………アグリゲ――』
ブチッ、とスピーカーの音声が遮断された。
同時に。
ズガアアアアアアアアアアア!! と、ホールの壁の一面が完膚なきまでに破壊される。
金髪灼眼。男にしては細い体。不気味なほど白い肌。
何よりも黒く禍々しい、闇の波動を携えて。
すべての希望を押しつぶす最悪が。
集結が姿を現した。
佑真が、波瑠が、誠が秋奈が十六夜が叶が――この場にいる全員が息を呑む。
彼が、おそらく貝塚万里であろう男の死体の襟首を引いているからであり。
彼の放出する波動量が、人間のそれをはるかに凌駕しているせいであり。
狂気の沙汰としか思えない、危険すぎる笑みを浮かべているからだ――――
「やぁぁぁぁぁっと見つけたぜ、No.2! ついでに貝塚、十六夜に月影! テメェらを探す手間も省けたってモンだ! わざわざありがとな、俺に殺されるためだけにこんな場所まで集まってくれて!」
ぞわぞわっ、と走る悪寒に秋奈は身を引き、波瑠は自分で自分を抱きしめる。
(嘘……なんで、どうしてここで、集結!? あとちょっとだったのに、あとちょっとで、桜のところへたどり着けたのに! これじゃあ、佑真くんも誠くんも秋奈ちゃんもみんな、みんな、死んじゃう……っ!)
光を失う波瑠の瞳と、好奇に輝く集結の灼眼が交差する。
にぃ、と集結の口角が上がった。
「んじゃ、バトルパート抜きでさっさと波動、《集結》させてもらうぜ。こちとらすでに五百人近く殺してんだ。いい加減バトルはうんざりなんだよ。つーわけで、」
死ね。
トン、と集結はつま先で地面を蹴る。
ゴバッ! と一直線に放たれた波動の鞭が、波瑠へと叩き落された。
周囲の床が爆音を立てて破壊され、粉塵が舞う。衝撃が周囲を散らす。誠や秋奈の体をメートル単位で吹き飛ばす。
波瑠を守るように立つ佑真が、そいつを掴み取る。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
雄叫びが響いた。
佑真は波動の鞭を思い切り引っ張り上げ、その主である集結の体を中空へ誘う。そのまま背負い投げのように振りかぶって、
「ガ…………ハッ……!?」
世界最強の超能力者を、地面へ叩き潰した。
ここまでが、ちょうど三秒間。
ぱちん、と。
闇の波動の鞭が一本、跡形も無く消え去った。
唖然とする一同。それは、敵も味方も関係無しに、
「ハ……ハハ……」
在り得てはならない攻防は、当事者をも、驚愕に染めた。
「どォいうことだ。俺の波動に触れたのに、波動を《集結》できない、だと?」
全員が、佑真の生み出した結果に対し、純粋に驚いていた。
《集結》――波動を操る能力。触れた相手の波動を強制的に取り立て、生命力を零にする必殺。この世の法則の下で生きる生物は皆等しく、集結の前では屈することしかできない。
それ故のNo.1。
それ故の最強。
それ故の頂上。
しかし――佑真は闇の波動に触れ、波動を《集結》されず、あまつさえ、その波動を利用して集結にダメージを与えやがった――――!?
「ハハハ、ハハ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! マヂかよおいおい。どういうトリック使ってんだよ。面白ェ。面白ェよ。ついにきやがったよ。殺しがいのありそうな三下が!」
集結が立ち上がる。闇の波動があふれ出す。
一方、佑真は真っ先に波瑠へ声をかけていた。肩を抱き寄せる、というアクションを伴って。
「波瑠、大丈夫か!? 怪我してないか!?」
「う、うん。佑真くんが、庇ってくれたから……」
「よし。じゃあお前は今すぐ上へ行け。無機亜澄華と合流して、なんとしてでも桜を救い出してこい。わかったな?」
波瑠の返答を待たずに佑真は畳み掛ける。
「オレ、桜と約束しちまったんだよ。必ずお前たち姉妹を救い出すって。そのためにはまず、ここをどうにかしなきゃいけないらしい。だから波瑠、お前は先に行ってくれ。オレも必ず後から追いつくから!」
波瑠から腕を解くと、すう、と息を吸い、
「誠、秋奈! テメェらに朗報だ! ついにオレ達、人生で一度は言ってみたかったセリフランキング、栄えある第一位を言う時が来たみたいだぜ!」
「みたいだね。ま、冗談言ってる余裕のある局面かと聞かれたら頷けないけどさ」
「………相応しい場面だし、冗談じゃなくて本気だし、細かいことは気にしない」
誠が二本の刀を構えた。秋奈が胸元に下がるエメラルドを握り締めた。
「みんな……?」
まるで普段と変わりない声音とテンションで会話する三人に、波瑠は首を傾げる。
三人の顔を見て――波瑠は、結局驚愕することになる。
今まで見たこともない、真剣な表情。
彼らの覚悟を悟った。波瑠には彼らを止められなかった。
だって、みんなは――――
「んじゃ、せーのっ」
「「「ここは任せて先に行け、波瑠!」」」
――――波瑠のために、命がけの戦いに望んでくれるのだから。
それも、勝つために。
勝って、波瑠が桜を救い出して、皆で笑って帰る未来を手に入れるために。
そんな彼らを引き止めることは、彼らとの絆を裏切ることになる。
だから今ここで、波瑠が告げるべき言葉は一つ。
「みんな、ありがとう…………信じてるよ!」
「「「おうっ!」」」
戦場から背を向ける波瑠。
ゴウッ! と集結が地面を蹴り飛ばした。
佑真が拳を握り締めた。
零能力者と超能力者の激突を合図として。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」
最終決戦が、幕を開ける。
お久しぶりです。瀬古透矢です。
ここにて一旦、第三章【天使光臨編】の上巻は幕閉じとさせていただきます。
アクセス解析機能のおかげで、読者の方がどんなタイミングで本作品を切るかの傾向が掴めてきましたね。すでに減った方を取り戻せるわけではありませんが、今後に生かしていきたいと思います。
減るということはつまらないということ。それでもここまで読んでくださり、感謝の限りです。
作品内では『俺たちの戦いはここからだ!』で幕切れとなりました。だいたい二日後から始まる下巻でも初っ端からバトル尽くしで。誠、秋奈、佑真、そして波瑠の戦いに最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
ではでは。勉強ばっかで執筆欲に押し潰されそうな瀬古透矢でした。ノッシノシ!




