●第六十二話 崩壊、そして――――
第三章上巻もラストスパートです!
アストラルツリーの、宇宙ターミナルの一階層分下のターミナル。
波瑠はそこでエレベーターから降りて無機と別れ、桜の捜索を開始。
しばらく歩いていると、先週アイドルがコンサートを行ってニュースに流れていた、独特な構造のホールにたどり着いていた。格闘技や吹奏楽の全国大会でも利用されていた記憶がある。ステージ後ろの壁がシャッターとなっており、開くことで青空、あるいは神秘的な夜空が背景に現れるのだ。
広さは野球場一つ分くらいあろうか。高さはビルおおよそ五階。
波瑠はとりあえずステージに上がり、会場全体をざっと把握する。
「桜! いるなら返事して、桜!」
透明な声がこだまする。『神山桜』ならともかく、『天皇桜』ならこれですぐに返事をくれるはずだ。そうすれば、女子の声変わりなんて大したものではない、桜が波瑠の声を聞き間違えることもなく発見できるはず――なのだが。
返答は来ない。
「ここにはいないのかな……? まあ、普通に考えて『閉じ込める』のが目的なら、こんな広い部屋使わないだろうけど」
ひとりごちながら、念のため二階席や三階席を確認しようとSETに手を伸ばして、
「は、波瑠ちゃん!」
背中に聞き慣れた友人の声を聞き、足を止めた。
蒼髪を翻して振り返る。そこには、真紅の髪をサイドテールに結い、白い薄手のロングコートを羽織った、自身のよく知る可愛い女の子の姿があった。
水野秋奈――三か月前に出会った親友。
「秋奈ちゃん!? どうしてこんなところにいるの!?」
「ん、さっき、道路で波瑠ちゃんとすれ違ったでしょ? その時の波瑠ちゃんが辛そうで、どうしても放っておけなくて。【水野】の名前を使っていろいろ調べていたら、偶然妹さんのことを知ったの。それで、波瑠ちゃんからすればおせっかいかもしれないけど、友達の力になりたくてね……ここまで、来たんだ」
「秋奈ちゃん……」
胸に手を当て、柔らかに目を細める秋奈。波瑠の頬は自然と弛緩していた。
行動力はひとまず置いておくとしても、自身のことを心配してこんな危険なところまで、その身ひとつで来てくれたんだ。こんなに嬉しいことはない。
だけど、波瑠は意図して笑顔を作るしかなかった。
佑真やスグや、他にもたくさんの人に見せてきた、拒絶の笑顔を。
「ありがとう……その気持ちは、すっごく嬉しいよ。でも秋奈ちゃん、あなたの提案を受け入れることはできない。巻き込むわけにはいかないんだよ」
だってこれは、世界の奥底――『暗部』クラスの出来事だ。
殺しを厭わない者たちが一つの鉱石をめぐって戦っている。
何百人をも殺害した日本第一位の化物が、己が強さの為だけに殺しを行なっている。
命をかけた本物の戦場に、『表』で生き続ける秋奈を――誠やユイ、寮長、クラスメートたち、なにより佑真を――巻き込みたくない。巻き込んではいけない。
だから、無機とたった二人で戦い続けてきたのだ。
たとえ波瑠の同行を知られたからといって、そこにどれだけの優しさがあるからといって、秋奈が関わることは阻止しないと――――
(――――――ん?)
ふと、そこで。
波瑠の思考は、一旦停止した。
いくらなんでもおかしくないか? という疑問によって。
(私が秋奈ちゃんと出会ったのはほんの少し前。多くても五時間は経ってない。……いくら【水野】の娘といっても、その短時間で私と無機さんが行なっていることを知り、しかもついさっき私たちが破った防衛ラインを突破し、ほぼ無傷でここに辿り着けるかな?)
嫌な予感が引っかかる。
黙りこんだ波瑠を不審に思ったのか、秋奈がこてっと首を傾げる。
その仕草を見て波瑠は、息をゆっくりと吐いた。
「秋奈ちゃん。私は何回でも言うよ。私は秋奈ちゃんの気持ちを受け入れられない。手を差しのべてくれるのは嬉しいけど、その手はどうしても握らない。だから、ごめんね」
「…………」
顔を伏せてしまった秋奈の方へと歩く。
視線を交えずその脇を通り過ぎ、
「――――あなた、一体何者?」
波瑠は足を止めた。
秋奈がくるりと振り返る気配を感じる。波瑠は振り返らず、手をSETに添えていた。
「誰って、あたしだよ。水野秋奈。波瑠ちゃんの友達だよ?」
「その白々しい演技、やめてくれないかな。今ので確信したけど――あなたは秋奈ちゃんじゃない。秋奈ちゃんの器を借りた『誰か』だ」
声音を鋭く、周囲へはっきりとした警戒心を放つ。五年間もの孤独な逃亡劇で培った『殺気を感じ取る能力』『こちら側の匂いを嗅ぎ取る能力』をむき出しにする。
波瑠は争うことが嫌いだ。血を、傷つく人を見るのが大嫌いだ。
だが、それ以上に。
大切な人に何かをされることが、一番嫌いだ。
「何言ってるの波瑠ちゃん? どこからどう見てもあたし、でしょ?」
「じゃあどうして、一人で先へ進もうとする私を止めようとしなかったの?」
一瞬だが、『秋奈』が視線を泳がせる。
「たかがその程度のこと、とでも思った? 一度諦めたから二度目も問題ないと思った? 残念だけど、それじゃあ秋奈ちゃんを理解しきれていない。一度手を掴めなかったからこそ、次は絶対に逃がさない――本物の秋奈ちゃんだったら、そう考えるはずだ!」
それに、わざわざ波瑠の動向をつかみ、この場まで先回りしているのなら尚更――でないと、彼女がここまで来た意味がない。
「こんな証明じゃ納得いかない? でも私にはこれで充分だ。それと、もう一つだけ言わせてもらうよ。私と秋奈ちゃんは友達じゃない、『親友』だ」
波瑠は強い敵意を以て振り返る。
『秋奈』はそんな波瑠を見て、普段の彼女ならば絶対にしないであろう動作、肩をすくめるという大きなアクションを行なった。
「やれやれ、これが友情の成す業ってヤツッスかね」彼女の口から発せられる、まったく違う流暢な口調。「そうッスよ。俺は水野秋奈なんかじゃない。ちょいと記憶を覗いて整合性を合わせようとしたところで、ボロが出て当然だと思ってたッス」
大げさに溜め息をつく『秋奈』。
「といっても、本命は水野秋奈じゃないッスよ。天皇波瑠、アンタを殺せる人材なら、ぶっちゃけどれでもよかったんス。例えば――彼、とか」
刹那。
波瑠は半ば反射神経のみでしゃがんだ。
超振動の付与を得た刀が頭上を――先ほどまで『首』のあった位置を通過。なびいたポニーテールがばっさりと切断され、衝撃波に野球帽が吹き飛ばされる。
そんなどうでもいいことを気にする間はなく、波瑠は低い姿勢のまま大きく横に跳ぶ。直後、波瑠の立っていた場所へ二本の刀が突き刺さった。波瑠は靴の裏を滑らせ着地しながら、
「SET開放!」
蒼髪に氷製の髪飾りを装飾し、周囲を冷気が包む。
能力の補助で姿勢を立て直す。対し、長いポニーテールを揺らす少年は、手にする日本の刀を交差するように構えた。供給される翡翠色の波動とともに、その姿が、消える。
「二刀流――――《月光》」
飛び出す際の『跳躍』と自己への『加速』、剣への『振動』の全三種を同時に付与し、瞬く間に敵を引き裂く剣技《小野寺流剣術・月光》。
咄嗟に飛び退いた波瑠の紙一重を『小野寺誠』の二刀が引き裂き、腹部よりわずかに届いた斬撃の証拠、十字の血しぶきが舞う。鋭い痛みに顔をしかめながら、しかし波瑠は素早く対応。具体的には傷口を氷で塞ぎながら、突風で中空へ退避した。
だが、それだけでは逃げきれない。
二刀が纏う衝撃波を放ち、鎌鼬の刃を以て敵を攻撃する遠距離の剣術《熱情》。
虚空を引き裂く衝撃が飛来する。
火球で迎撃した波瑠と『誠』のほぼ中間で発生する衝撃波の中――波瑠は、咄嗟に上昇気流を解いた。
落下する体と交差して、鉛筆型の鋭い突起物が真下から突き上がる。
虚空を貫いたかと思えば途中で直角に軌道を捻じ曲げ、波瑠の後を追ってきた。
「はあああっ!」
《霧幻焔華》で生み出した雷撃で突起物を破壊。その代わり飛行分のエネルギー調整を行えず、波瑠は床へと膝でクッションをとって着地する。
直後襲う、十八連の斬撃――《悲愴》。
波瑠は白い霧を纏い、運動エネルギーによる増強を得て床を蹴り飛ばす。
両手には氷の剃刀が十枚。牽制の意味で『誠』へ投擲。
『誠』は瞳を閉ざすことなく的確に剃刀をかわし、あるいは刃で弾き飛ばす。あくまで剃刀は時間稼ぎ。波瑠の手の中には氷の細剣が生み出されていた。
しかし、《小野寺流剣術》を極めた誠の剣戟を、にわかの波瑠が防ぎきれるはずもなく。
十八連撃が少女の柔肌を切り刻む。
悲鳴を上げないのはもはや意地。奥歯をきつく噛み締める。
腕や脇腹にできた傷を氷で止血し、かろうじて十八連撃を突破。
ふたたび後方へ飛び去ろうと床に足をつけて、
ずぷり、と足が床へめり込んだ。
「ッ!? な、なにこれ!?(床が液状化!? 建造物内でそんなことできるのは――)」
確認するまでもない。先ほどの突起物を含め、一つの物体情報に干渉し、情報を書き換える能力《物体干渉》の使い手――『秋奈』による攻撃だ。
《物体干渉》の恐るべき点は、物体がどれだけ大きくても触れていれば自在に操ることができること。波瑠の接地箇所をピンポイントで液状化、なんてことも可能だ。この戦場で床に着地しようものなら底なし沼に取り込まれる、と捉えるべきだろう。
視界の端で、跳躍した『誠』の剣が一本、首を刈り取るように振るわれた。
女子ならではの軟体で姿勢を思い切り仰け反らせ、間一髪回避する。手のひらに火球を生み出すも、どうしても『誠』に放つことはできなくて、思い切り地面へ叩きつけた。ステージの床が壊れ、波瑠は大きく飛び上がる。
空を飛び二階席まで逃げたところで、一階ステージに立つ少年少女を改めて見据えた。
家の規則でしぶしぶ伸ばしている長髪。女子と見間違う中性的な顔には、いつもの親しみやすい笑顔が見られない。
鮮やかな真紅の髪は普段通りのサイドテール。少し眠そうな瞳もいつも通りなのに、そこには寸分の光も宿っていない。
小野寺誠と水野秋奈。
最愛の人を介して知り合い仲良くなった、大切な人たち。
(攻撃できる相手じゃない。戦える相手じゃ、ない……っ!)
しかし彼らは波瑠の本意に背き、まるで操り人形のように意思を持たず、ただただ波瑠を『敵』と捉えて襲う。心臓を握りつぶされているかの苦しみを胸に、波瑠は叫んだ。
「秋奈ちゃん、誠くん、この声が聞こえてたら返事して!」
「呼んだッスか?」「とかいって、両方俺なんスけどね~」
気色悪いことに、『誠』、『秋奈』の二人の口から一繋がりの台詞が流れた。
波瑠はこみ上げてやまない感情を呑み込んで頭を回そうと足掻く。
フル回転で、今まで培ってきた超能力の知識を引っ張り出す。
(精神干渉系統の能力者であることは間違いない。私と秋奈ちゃんの記憶を覗き、誠くんの剣術や秋奈ちゃんの超能力……下手をすればランクⅩに匹敵する応用力を持つ二つの力をほぼ同時に再現し、どころか身体を完璧に制御するだけの技術)
それは並みの精神系能力にはできない芸当。
「《精神支配》……貝塚万里ッ! あなたにしか、こんな高度な精神干渉はできないはずだ! 出て来い! 秋奈ちゃんと誠くんなんか使わないで、直接自分で戦え――――――――!!!」
爆発した感情に呼応し、極寒の嵐が吹き荒れ、灼熱の煉獄が放たれる。
その暴走を――たったの一瞬でも止めたのは、『秋奈』のこの言葉だった。
「ご名答――確かにこの俺、貝塚万里の《精神支配》によって、水野秋奈と小野寺誠の二人は身体を操作されちゃってるッスよ! 天皇波瑠、アンタの心をへし折る為だけの道具としてね!」
No.2迎撃。
波瑠の持つ《霧幻焔華》という圧倒的力を抑え込むため、最終局面・アストラルツリーに配置された貝塚万里が用意していた『武器』は、実に精神を掌握する能力者らしいものだった。
《精神支配》
精神干渉能力の頂点に位置し、洗脳/読心/記憶操作/認識操作から人格操作まで、現存する精神系能力をあらかた使用可能という【使徒】No.7の超能力。
彼はこの能力を十全に使い、完膚なきまでに対象の心をへし折り尽す。
今回は『波瑠の親友』という武器を用意し、波瑠の弱みを掌握した。
他人を自身の負に巻き込みたくない。誰にも死んでほしくない。
波瑠を代表する弱みといえばこの二つだろうが――もう一つ、波瑠自身も自覚しているか怪しい弱みが存在する。
一見、波瑠は他人と絆が生まれることを恐怖しているが。
同時に、一度できた絆を大切にしたいという、強すぎる欲望が存在しているのだ。
十文字直覇への深すぎる親愛。
誠や秋奈への重すぎる友情。
寮長への強すぎる信頼。
零能力者への愛はもはや、依存と言って差し支えない――。
突き放したいと思う一方、五年間という長すぎる孤独な期間を経て――多感な時期だったから尚の事――無意識のうちに『誰かとつながりたい』という気持ちは大きなものとなっていた。
ちなみに、このタガは零能力者と出会い、七月二十一日の一件を経て解除された。
それ以前まで通用していた抑止力は今や、すっかり利かなくなっている。
この感情をズタズタに揺さ振ってやればいい。
そうとなれば、話は簡単だ。
もし、水野秋奈や小野寺誠と殺し合うことになったら、波瑠は動けるだろうか?
回答するまでもない。
操られているとわかっていても、波瑠は一切手を出せない。傷つくのは波瑠の華奢な体のみで、一方的な虐殺になることは目に見えている。
容赦なく揺るぎない勝利への方程式は、戦闘前に完成していた。誠と秋奈は、貝塚万里に『道具』として扱われるためだけに、この醜い戦いへ投じられたのだ。
この事実を目の当たりとして。
己か、あるいは誠と秋奈か。
どちらかが死を迎えるまで終わらない闘争に導かれて。
「……は、はは――――――ふざけるなよ」
少女をかろうじて抑えていた何かは、あっけなく切れた。
思えば、とっくのとうに彼女の精神力は――限界を振り切っていたのだ。
心と身、双方が限界を向かえた彼女に訪れるのは、理性を失ったただの暴走。
劫! と波瑠を中心に、一瞬で煉獄が広がった。
紅の焔が龍のようにうねり、周囲を破壊すべく叩き、縦横無尽にホールを暴れる。
その隙間を縫う『誠』の二刀が衝撃波――《熱情》を放った。
「ふざけるなふざけるなふざけるな」
人間離れした咆哮と同時に両腕より放たれた業火球が鎌鼬を相殺し、余波が吹き荒れる。
「ふざけるなふざけるなフザケルナ」
その余波をも押し潰し目的も無く暴れる豪炎の龍。
「ふざけふざふざふざふざけるな」
その進撃をせき止めたのは《物体干渉》で形状変化し覆い被さる、ステージ床からせり上がった大津波だった。
「フザケふざふざけるなフザケルナふざけるなふざけるな」
炎をせき止める完全防火素材の津波。
「ふざけるなふざけるなふざけるな――」
すぐさま攻撃を切り替え、雷撃の槍を撃ち落とす。
「――――――ふ、ざけるな」
津波は跡形も無く割れ、豪炎と雷鳴の入り混じった地獄が再来する。
「……ふざけてんじゃねえぞ、貝塚万里ィィィイイイイイイイイイイッッッッッ!!!!!」
地獄絵図をホールの三階席で眺めていた学ランの青年は、にやりと口角を上げた。
「うお、すっげぇ。あの嬢ちゃん、完全にぶっ壊れたな。これは興奮してくるぜ」
「ちょっとぉ、余計な手出ししないでよぉ? 聖女にたまりにたまった鬱憤が一気に爆発したんだから、こっからがお楽しみなのよ?」
漆黒のロングヘアの少女もまた、地獄絵図をむしろうっとりと眺めていた。彼女の忠告なんざ知ったことか、と拳を握りしめた学ランの彼は、
「ハッ、やるなって言われるとやりたくなるのが人間なんだよッ!」
ただ、腕を振りぬいた。
ズガアアアアアッ!! と拳に押し出された大気が突風を生み出し、すべての炎を押しつぶす。雷撃を止めた波瑠の視線と少年の視線が噛みあった。
「テメェ、《臨界突破》……ッ!」
「おっと、言語能力はまだ残ってたのか。俺の名は十六夜鳴雨だ。超能力はご存知のとおりだ――――ぜッ!」
十六夜の脚が振り上げられ、突風が波瑠へと真っ直ぐに襲い掛かる。
気圧で一階へと押し戻される波瑠の正面より、パリパリパリィ、と固体が発生し、衝撃波ごと大気を凍りつかせた。絶対零度の冷気――窒素までもを凍りつかせ、物理力を完膚なきまでに削いだのだ。
波瑠の周囲に吹き荒れるサファイアの波動の嵐は、決して止むことがない。
「さっすが、俺らとは格が違うな、No.2は」
「でも、数字が直接の強さと結びつくわけじゃないのよ☆」
キィィィィン! と超高周波が聴覚をつんざく。
波瑠はバッと音の方向――頭上を見るや否や、真横へ転がるように飛んだ。波瑠が立っていた場所へと黄金に輝く斧状の得物が降り注ぎ、ステージを叩き割――らずに消滅した。
続けざま、全長五メートルの巨大な黄金斧が波瑠を追い、豪雨のごとく降り注ぐ。
一発一発が砲弾を凌ぐ威力を以て、アストラルツリーそのものを揺らすほどの重量を示した。
「《物質創造》……」
「うふふ、あったり~☆」
ウインクしながら、中空へ座った月影叶は脚を組む。
「アタシの超能力《物質創造》は、既存の法則に囚われない新物質を作り出すことができちゃいま~す☆ 天皇波瑠さぁん、アタシの攻撃、どこまで回避できるカナ?」
指を妖艶に舌で舐め上げた叶。
彼女の手中に二メートルの黄金槍が生成される。叶の攻撃が放たれる前に、認識速度を超える速さで接近していた十六夜の拳が、波瑠の顔の真横をすり抜けた。
巻き起こる風が波瑠の体を吹き飛ばす。
彼の背後より飛び出した『誠』が、並べた二刀を振りぬいた。その刃から放たれる鎌鼬。
しかし波瑠には届かない。彼女の周囲に滾る豪炎の壁を、誠の鎌鼬は突破できなかったのだ。
豪炎を伴って飛び退く波瑠。
けれど、背後に待ち構えていたのは『秋奈』の姿。
紅の波動が床へと流し込まれ、波瑠の足場が変形、巨大な鉛筆に似た突起物が伸び上がった。第一発を回避した波瑠はその芯を蹴って横飛びし、雷撃を放って突起物を破壊。
「………床を更に形状化、大津波」
ズズズズズ、と床が浮かび上がり、『秋奈』を乗せた大津波が波瑠へと襲い掛かる。しかし床による攻撃は雷撃で対処できる。波瑠は雷撃を腕に纏わせ、
「二刀流、《月光》」
背後で、『誠』が一対の鋼鉄を構えていることに気づいた。
『秋奈』と『誠』は、波瑠を間に挟んで一直線に位置している。
波瑠が『秋奈』の津波を破壊すれば、その間に『誠』の斬撃が波瑠を切り殺す。
『誠』の攻撃を回避すると、その一閃は彼が誰よりも大切にしている『秋奈』を切り殺す。
二つの選択肢は、両方ともが最悪の未来だった。
貝塚万里の用意した碁盤で。【使徒】三人と親友二人を相手取って。
崩壊した自我の中で、波瑠は最後に自己を貫く。
少女は腕を降ろし、瞳を閉じた。
まるで、死を受け入れるかのように。
あくまで、最後まで友達へ矛先を向けることはせずに。
赤い液体が二本の刀身を染める。
蒼髪の少女は、その身を床へ落とした。




