●第五十八話 力を以て正義を掲げる者
【FRIEND】の面々はキャンピングカーで、順調にアストラルツリーへ向かっていた。
「結構時間かかるのね。そろそろ手持ち無沙汰もいいとこだわ」
真冬に似つかない露出度高めファッションの月島具が携帯端末より顔を上げる。その脚には応急措置がほどこされており、一人では満足に歩けない現状だ。
「いえ具先輩、わざと時間をかけて移動してるんですよ」
「わざと? どういうこと?」
「ええまあ、オリハルコン争奪戦の参戦者がつぐみたちだけじゃないってことですよ。現在【メガフロート】地区を舞台に、各地で激戦が繰り広げられているのでしょう。つぐみの能力で先ほど感知したら、さっき具先輩が交戦した天皇波瑠さんや、金城家のお兄さんも【メガフロート】地区で戦っているっぽいですよ」
「なるほど、負傷者を連れたよろい達はその戦いに鉢合わせないよう、できるだけ迂回して移動しているってことね?」
「負傷者って具先輩だけですけどね~。や~い、この足手まとい!」
「No.2よ!? むしろ負傷せずに戻ってきた冬乃のほうがおかしいじゃない!」
ビシッ! と具が指差す先では、飛鳥の太ももを枕にすやすや寝息を立てているリーダーの姿。純白の修道服こそ汚れているが、身体に傷はない。実は《神上の光》で治してもらったという裏事情があるのだが、そのことを知っている当人が寝ていては反論も飛んでこないのだ。
「ていうかリーダー、この緊迫感溢れる【メガフロート】地区内でよく寝れますね……」
「ホントよね。さっきから爆発音とか地鳴りとかしょっちゅう響いてきてるっていうのに――」
と、具が呆れたように述べた、その時。
視界がグルリと回転する。
キャンピングカーが突然横転し――窓の外で閃光と轟音が破裂した。
「なにっ!?」「うひゃあっ!?」「この……SET開放!」「……ふにゃ?」
四者四様のリアクションで、キャンピングカーとともに横転するメンバーたち。
いち早く体勢を立て直したつぐみが外の様子を窺おうとドアをこじ開け、
「皆さん伏せてください!」
叫んだとほぼ同時。
キャンピングカーの後部に弾頭が突き刺さり、爆発が起こった。
爆風が少女たちの背中を吹き飛ばす。不運なことに、運転手の少女が頭を打ち付けて気を失った。具は傷口が開き、顔を歪めてうずくまりながらも尚状況を把握しようと目を見開く。
そんな彼女たちを守るように前に出た飛鳥が唯一、超能力使用を開始していた。
大丈夫ですか、と問いかけようとしたつぐみは口をつぐむ。
下肢に力を籠めた飛鳥は、数万枚に及ぶ紙でできた巨人の拳を受け止めていたのだ。
「今のうちに車内から出てください! キャンピングカーがいつ壊れるかわかりませんし……あすかがいつまで保つかわかりませんし!」
苦しそうに堪える飛鳥の顔を見て各三人は頷き、協力し合って車内から出る。全員が退避し終えたことを確認した飛鳥は、紙の巨大拳を受け流しながら車外へ飛び出した。
外へ出た彼女たちの前に広がるのは、人工河川と車線四本分に広さの橋、そして、
「せ、戦闘用ロボット!?」
「ていうか、直立式戦車の類ですかね……」
蜘蛛のように生えた四足の脚は360度移動を可能とし、ほれぼれするような砲台と重機関銃、磁力狙撃砲を過剰なほど搭載。伸びた腕には陸兵対策か、巨大な半月の刃が装備されている。
第三次世界大戦で対陸・空両戦闘を想定して作られた車両。コードは確か【デズデモーナ】。
高さ三メートルを越える車両が二桁に上る台数で【FRIEND】を囲んでいた。
敵はそれだけではない。爆炎を上げるキャンピングカーに、紙でできたゴーレムのような巨人の脚が突き刺さる。高さ十メートル以上のそいつは確実に超能力がらみだ。
「あれが紙ならよろいが! SETかいほ――ッ!?」
「具ちゃん無理しないでください!」
SETへ手を伸ばそうとするも、腿の風穴の痛みに体を硬直させる具。飛鳥は彼女の体を、運転手を背負ったつぐみの側まで運ぶ。
「つぐみちゃん、具ちゃん達を安全な場所までお願いします!」
「りょーかいです! 具先輩、肩掴まってください! ケンケンで!」
そのやり取りが行なわれている最中に、土宮冬乃は静かにSETを起動させ、足元に原色で輝く『陣』を描き出していた。
《魔陣改析》による、冬乃のフィールドが開かれる。
飛鳥と冬乃が背中を合わせて臨戦態勢を構えた。
【デズデモーナ】の主砲が冬乃に照準を捉える。
だが、砲弾が放たれるよりもはるかに速い一瞬に、消滅の光線が虚空を翔けた。
破損した機械がショートを起こし、自爆。衝撃波が冬乃の金髪を揺らす。
黒煙の中でも赤外線投射による位置測定があるおかげか、お構いなしに他の車体が重機関銃を無双する。轟音の嵐はしかし、木戸飛鳥の《肉体変化》による硬質の肌を貫通する威力は生み出せない。
「あすかの肌を射抜きたいのなら、背中に構えた自慢の砲台でもぶっ放してみてはいかがでしょう!」
顔を少し横へ逸らす飛鳥。ちょうどできた空間に振り返った冬乃の光線が射出され、また一台に風穴が開かれる。光線はそのまま大きく横薙ぎに一閃。貫けるだけの【デズデモーナ】を片っ端から『消滅』させる。
連続して巻き上がる黒煙を引き裂き、紙の巨人の腕が振り下ろされた。
「あすか!」「任せてください!」
軽くかがむ冬乃。
「はあああああああああっ!」
気合いの入った咆哮と共に、飛鳥はその鉄鎚を受け止めた。
重すぎる衝撃が全身を駆け巡り、足元の橋に亀裂が走る。常人ならば押し潰されておかしくない衝撃を受け止められたのは、飛鳥の《肉体変化》のおかげだろう。
体細胞の遺伝子配列を自在に組み替え、変身する能力《肉体変化》。
強制的にこの能力を植え付けられた飛鳥は『薬品』を投与しなければ、十全で能力を扱うことができない。本来ならば『完全に姿を変身させることができる』ところ、通常時では肌の硬質や骨の強度、筋肉量といった『木戸飛鳥を保ったままのわずかな身体強化』しか行なえない。
これは大きすぎる欠点であるが、それでも身体ひとつで戦車と交戦する程度の戦力は有しているのだ。
「お願いします!」「ん!」
コクリと首を動かした冬乃のかざした手元が閃光を放ち、一筋の光柱が紙の巨人を中央より貫き、消滅させる。中心に核でもあったのか、紙の巨人は一枚一枚の紙へばらけると、まるで群集の鳥のように一箇所を目指して舞い上がった。
それを目で追うと――雪空を飛翔する紙の大鳥の上に、一人で大量の紙を率いた女性が立っていた。少なくとも十万枚近い紙が連なる。念動力関連の能力だとしても恐るべき群集制御だ。
「全く、久遠さんとは連絡つかないし、わたくしまで出る羽目になったじゃない」
「あなた、誰?」
【デズデモーナ】に消滅の嵐を放ちつつ、冬乃がこてっと首を傾げる。場違いだとわかっていて萌える飛鳥も飛鳥で、冬乃の盾となり、その拳で重機関銃や磁力電気砲の掃射を防いでいるのだけれど。
「ふふふ、わたくしは『半紙』と呼ばれているわ。さあ、巨人よ大鳥よ! 主の指示に従い、小生意気な少女達を全滅させなさい!」
何十万枚の紙がバサバサバサ! と激しくこすれあい形作る、三体の巨人と二体の大鳥。
巨人の拳が三方向より同時に、橋を叩き割らんばかりの鉄鎚を叩き込む。
「冬乃ちゃん、飛んでください!」
飛鳥は鉄鎚を予期した瞬間に冬乃の体を抱き上げ、空へと投げ飛ばした。拳の軌道をうまくすり抜け、冬乃が高さ五メートルまで舞い上がる。彼女に向けられるいくつもの砲台と大鳥の体当たり。中空で無防備になりながら、しかし冬乃は冷静に手を天へとかざした。
上空で新たに展開される『陣』。
原色に輝く円環から、百雷が大地を穿つ。
紙の巨人は炎上し、砲台や車体に電撃が走る。同じく百雷の下にさらされている飛鳥はつい先ほど巨人の鉄鎚×3を耐え凌ぎきったばかりだが、器用に肌を変質させる。アースの要領で皮膚を伝わせ、足から電流を地面へ受け流していた。
「すごい攻撃力。だけど、ですけど、わたくしの巨人がここで止まるとお思いで? 燃えたくらいで止まるな崩れるな! 主の命くらい執行してみせなさい!」
大鳥に乗った『半紙』の腕が一閃。
ズン、と橋が大きく揺れる。
炎上し、動きを止めていたはずの巨人が意志を取り戻したかのように動き出す――
「な~んて」『半紙』は不敵に口角を挙げ、「素直に巨人に拘るつもり、ないわ、ないのよ」
――のではなく、巨人を形作っていた何万枚もの火を伴った紙が一枚一枚独立し、矛先が中空で無防備な冬乃と地上で囲まれた飛鳥へ向けられた。
「紙を操る能力は、燃え尽きかけこそ華なのよ」
うふ、と微笑む『半紙』。
焔の弾幕が両者に襲い掛かった。逃げ場はもちろん一切ない、ほぼ全方位からの一斉掃射。雪雲覆う闇夜で舞う無数の赤い火は紅蓮の竜巻をイメージさせる。
だが、飛鳥と冬乃が迎撃しようとした――ほんの、零コンマ一秒前に。
「重力増加――とりま、十倍でどうだ?」
十倍に増加された重力が、焔の紙を地面へと叩き落した。
空き缶のように押し潰された【デズデモーナ】にどこからか放たれた幾本もの高熱線が突き刺さり、爆散。しかし上がる黒煙は天へと昇らず地上に押しとどめられている。
半紙は乗る大鳥ごと橋へと墜落し、さらにめり込んで地面へ亀裂を走らせた。
「あすか、受け止めて」
「まかせてください、よっと」
空から重力落下してきた冬乃を、できるだけ全身でクッションをつけて両腕で受け止める飛鳥。その二人の立つ半径一メートル弱の円を除いた半径十メートルに、重力の増加された力場が展開されていた。
お姫様抱っこのような体勢で唖然とする飛鳥と冬乃の前に現れる、三人の超能力者。
「おおー、流石会長、やることは派手だなぁ」
【太陽七家・火道家】次期当主にして盟星学園生徒会書記職、火道寛政。
「今更よカン君、あたし達は嫌というほど見てきたでしょう? ランクⅩの本領発揮」
盟星学園生徒会副会長職。その通称を『電光の射手』、瀬田七海。
そして、
「ハッハッハ、紙を操る能力とはとても面白い――だが、残念だがあなた達は討伐させてもらうよ。出オチキャラにしてしまい申し訳ないな」
盟星学園生徒会会長職、そして【使徒】No.6《静動重力》の使い手である清水優子。
「大丈夫か、そこの少女たち」
「は、はい! だいじょぶです!」
力場を徐々に狭めながら歩み寄る優子に、飛鳥は冬乃を下ろしながら頷き返す。
「うむ、無事ならそれでよい。ではこちらはこちらで話を進めようか――なあ、そこの能力者さん?」
冬乃たちへ向けていた柔らかな表情とは一転、氷点下の視線を『半紙』へぶつける優子。あまりの変貌に――使い分け、というべきか――飛鳥と冬乃は顔を見合わせる。
優子は『半紙』へ歩み寄りながら、さらに重力場をせばめていく。
「な、なによ!? なんなのよ!? わたくしがそう簡単に口を開くと思うの!?」
「開かせてやるさ。なにせ私たちのバックには【ウラヌス】がついている。いかなる拷問でも連中ならやってのけるが、そのようなものを受けるくらいなら、すべてを素直に吐いたほうがよいとは思わないか?」
「……こ、答えませんわ! 答えませんの! わたくしにだって誇りくらいある! 組織を裏切らない誇りくらいは残ってるのよ!」
「ほう、なかなかの忠誠心じゃないか。《八咫烏》、戦力がこれ以上失われるのは惜しい。『半紙』を回収しろ!」
直後。《レジェンドキー・八咫烏》が大きく黒い翼を羽ばたき、闇夜を切り裂く斬撃の刃が吹き荒れる。
攻撃に気づいた優子はバッと後方へ大きく飛び去った。咄嗟の動作で重力強化が途切れてしまうが、彼女が注意を向けるのは、暗闇に紛れ込んだ襲撃者。
《八咫烏》を従える男、久遠柿種が波動を撒き散らし、警棒を一閃。
天照の恩恵を授かった烈風が吹きぬけ、各者の身体をめくり上げる。人間では耐え切れない突風の中、しかし二丁の特殊拳銃を構える七海がいた。
拳銃、というがそのフォルムは独特なもの。銃弾を放つのではなく能力の補助用であるため銃口もない白銀の照準が八咫烏へと向けられ、
「《電磁射撃》!」
荷電粒子を束ねた光線が二本、光速に迫る勢いで発射された。大気を吹き飛ばす光焔は八咫烏の回避速度を上回り、翼に高熱の風穴を突き抜ける。
光学兵器の一種に、加速した粒子の集合体を発射する兵器、ビーム兵器がある。
瀬田七海の《電磁射撃》は、本来ならば粒子加速器など莫大な費用と設備のかかるビーム兵器を超能力で体現しているのだ。射程距離こそ実弾より短いが、弾速はいかなる兵器を上回る。拳銃で全行程を再現できるのが、超能力としての恐ろしさだろう。
悲鳴を上げる鴉のいる座標へ、清水優子が視線を向けた。
「重力強化!」
バッと振り下ろされる腕。瞬間的に強化された重力が八咫烏を中空から地上へ強制的に叩き落し、久遠柿種の動きをも制限する。あまりの重力増加に景色が揺らぎを見せた。
無駄な手は使わない。そして、一撃で確実にしとめる。
重力増加という、地球上であればいかなる相手の動きでも制限できる能力。それすらも能力のごく一部でしかない日本最強の力の一つ、No.6《静動重力》。
「ふ、ふふ! 久遠さんご安心を! 今すぐ半紙が助けてさしあげま――」
「そうはさせないよ、お姉さん」
ふたたび紙を使役し中空へと持ち上げた『半紙』には、火道寛政が肉薄していた。『半紙』は構わず群集制御した紙を刃として火道へ打ち付ける。しかし彼に突き刺さる手前五センチで紙はみな等しく、黒く燃え尽きてしまった。
火道家三兄妹に共通して発現した『熱量を操る能力』のうち、長男・寛政は自身の周囲しか能力を及ぼせないという欠陥を抱えている。しかし、その間合いであればどれだけの熱量増加も引き起こせるのだ。
体表面・体内の熱量も操作できるため、火で肌が焼けてしまうという自傷は一切起こらない。
そして、【火道家】は名高い『体術』の名家でもある。
純粋な身体能力のみで『半紙』の周囲を立ち回り、豪炎を纏った火道のラッシュが『半紙』の使役する紙を片っ端から燃やし尽くす。枚数十万枚を超える量が燃え尽きるより前に、懐まで接近に成功した火道の拳が『半紙』の鳩尾に貫かれた。
一撃で気絶するほど甘くない。だが、火道の連撃二発目がふたたび懐に突き刺さり、『半紙』は地に屈した。同時に中空を待っていた紙の使役も解かれ、ひらひらと宙を舞う。
「カン君、そっち終わった?」
「当たり前だ。この俺にかかればこの程度、造作もないってね」
黒い前髪を払って決め顔を作る火道……をスルーし、七海は激戦を終えて静まった橋の上、「「はぁぁ~」」と溜め息をつきながら仲良く腰を下ろす飛鳥と冬乃へ歩み寄る。
「あのさ、捉えたコイツらはあたし達が預かって行っちゃうけど、いいかしら?」
「むしろお願いします。あすか達の手柄じゃありませんしね」
「手柄っていうけど、途中までたった二人であの大群衆を相手にしてたじゃない。充分優秀よ」
談笑を広げる一角があれば、もう一方では、重力をかけたまま久遠を拘束する優子の指示で、火道は爆発した跡に残された【デズデモーナ】の残骸を確認していた。
「お、めっけ。あったぜ会長、ここにウラヌスって書いてあるよ」
「やはりか。どこかで見たことある車両かと思えば、第三次世界大戦中に【ウラヌス】が使用していた直立戦車だな。……どういうことだろうか?」
「ん? 会長、何かひっかかるのか?」
「ああ。私たち三人は今日、【ウラヌス】より協力依頼を受け、オリハルコン護衛の協力――今はもう争奪戦だが――の役を請けたはずだ。しかし今私たちが戦ったのは【ウラヌス】製の兵器。気になるだろう」
「言われてみりゃそうさな……でも、戦車とかを中古で売っていることって多いだろ? 偶然この場で使われただけじゃないの? 第三次世界大戦は十五年以上前の話、正直、この戦車は戦場の第一線にもう使われないはずだし」
「一々髪をかき上げるな鬱陶しい。だがまあ、そう言われればそうか……」
しぶしぶ納得し、優子はとりあえずこの疑問を流すことにした。
一つの疑問にいつまでもぶち当たっていてよい状況ではない。
五大高校・盟星学園生徒会という誇りと【ウラヌス】からの直々の協力要請。
彼女たちに任されていたのは、オリハルコン輸送時の一般市民の誘導の手伝い程度だったが、この緊急事態、少しでも戦力が欲しいと考えた【ウラヌス】の参謀より、民間人の避難・誘導の役割を承った。先ほどの少女二人は決して一般人ではない――どころか【七家】の娘であったが、戦場を見つけては鎮める、という行為を繰り返している。
「七海、コイツらを【ウラヌス】の方々に引き渡し次第、私たちは引き続きアストラルツリー付近へ向かうぞ!」
「はーい。了解了解」
少しでも被害者を減らすため、三人は戦場を闊歩する。
飛鳥と冬乃はとりあえず具やつぐみと合流するため、後処理を彼女らに任せて場を後にするのだった。




