●第五十七話 白き猛獣と若き戦士達
水野秋奈、金城神助、木戸飛鳥、土宮冬乃、天皇波瑠、海原夏季(一応言うと小野寺誠も)。
彼ら【太陽七家】子息たちは同い年であり、『超能力適合世代』の生まれである。
多重能力者、原典と呼ばれる特殊な能力状態の子供達が多く誕生するようになった世代であると同時に、彼ら世代は前世代と比べてはるかに多種多彩、且つ強力な超能力を発現しやすい傾向にあった。
その中でも【七家】の子供たちは顕著な結果をたたき出している。
【FORCE】というコードのつけられた七家直属の小隊には、二名もの【使徒】が配置されていた。
金城神助と海原夏季。
この二人に小山政樹を加えた三人は、佑真と波瑠をいとも簡単に潰したアーティファクト・ギアを相手に、善戦を繰り広げていた。
「――――――ッ!」
アーティファクトの放った空気の大砲が雪原を巻き上げる。
(うっひー、あんなん喰らったらウチでもただじゃ済まない気がするわぁ。兵隊さんたちめちゃ武装してるはずなのに吹き飛ばされてもーとるしっ)
大砲の直線状から一瞬で上空へ移動しながら――もちろん《座標転送》という、十一次元論に乗っ取った空間移動の超能力による――海原夏季は地上を見下ろした。その頬は引きつっている。
彼女の空間移動は物体に手を触れる必要がない。感知した対象を、脳内で設定した座標へ瞬間的に移動させることができるのだ。そこに有機無機は関係ないが、彼女は敵の位置を下手に動かすよりも己や周囲のモノを飛ばして敵を撹乱する手段を得意としていた。
頭上に現れた夏季へ拳を突き上げるアーティファクト。
しかし彼の拳は夏季を捉えられず、虚空を気弾が突き抜ける。
夏季はすぐさま瞬間移動で逃げ去り、遠目の位置に着地するなり近くに落ちている瓦礫を片っ端からアーティファクトの頭上へ移動させた。
「――――!」
突き上げた気流が瓦礫を巻き上げる。
その動作を待っていた金城神助は、アーティファクトへ向けてかざしていた手を閉じた。
瞬間。
轟音を散らし、瓦礫の保有するエネルギーが爆裂した。
烈風の余波が、静かに吹き抜ける。
《核力制御》
『量子的現象を支配する』と説明されるその能力には、認識した物体のエネルギー量操作が含まれている。特定の物体が保有するエネルギーに干渉し、《爆裂》を引き起こすのだ。黒羽美里という女性の《黒曜霧散》との差異は、いかなる物体にでも干渉できるという点だろう。
金城神助にとっての《爆裂》は得意技というヤツだ。
しかし、得意技ごときで今回の敵は屈しないらしい。
黒煙が爆発的な気流によって拡散される。
晴れた煙の中に立っていたアーティファクトの体に傷は見られなかった。
「ひゅう、金城君勝つ自信ある?」
「聞くな海原。見込みではない、勝たねばならないのだよ」
しいて言うなら衣装に若干の焦げ痕を残したアーティファクトの腕が突っ張りのように押し出され、ダンプカー衝突並みの威力を伴った突風が襲い掛かる。
その奔流を食い止めるため、小山政樹が割り込んだ。
大気に擬似的な『壁』を何重にも張り、敵の攻撃侵入を防ぐ超正当防壁能力。
或いはその能力、大気のみならず液体や固体の『粒子』の配置を固定することで、万物を世界から切り抜いたかのように『硬化』させることが可能である。
元来を念動力においた能力の名は《硬化能力》。
「くっ……お、重すぎる……っ!」
不可視のシールドはしかし、アーティファクトの攻撃を完全に食い止めることはできなかった。いくら粒子から固定するといっても、外部の干渉力が上回ってしまえば防御も敵わない。それでもそよ風程度の気流のみが、神助たちの衣装を揺らす。
アーティファクトが巨大な竜巻を起こして跳躍した。制空権を支配される前に夏季は連続して自分の体を移動させ、アーティファクトのきっちり真上を取る。重力による落下が起こる前に連続して瞬間移動することで可能にした、彼女なりの飛空手段だ。
「制空権は奪わせへんし、逃がしもせえへんで!」
「――!」
丸太のように太い腕が突風を貫く。しかし気流の刃が夏季を捉えることはない。
夏季を捉えたいならば、彼女が瞬間移動を行なうよりも速い攻撃を叩き込むか、彼女の移動先を読み取るしか方法がないのだ。
(そう――これがウチの強み! ウチ一人じゃ絶対勝てないけど、ウチ一人なら絶対負けない! 伊達にNo.9に入ってるわけやないんやで!)
夏季が現れたのはアーティファクトより十メートル以上高い空。気づいてアーティファクトが振り返る頃には、いじらしい笑みと共に夏季の能力が発動されていた。
――――瞬間移動の対象になりうる物体は、彼女の知覚したものすべて。
眼下に広がるのは、荒廃しきった大雪の積もる大通り。
突如、雪空を質量の影が覆った。
「――――!?」
「そないに驚くなや。視界に捉えた雪を持ってこれるだけ持ってきただけなんやから」
三方向各二十メートルずつ、体積八千立方メートル。
アーティファクトと夏季を押し潰さんばかりの大雪が、天空を覆う。
重力に従い豪雪の塊が音を立て、ひびを入れ、そして崩れ去る。
「もちろんアーティファクトさんなら知っとるやろ? 人間、たった二階の屋根から落ちてきた雪に潰されるだけで死んでまうこと!」
「――――!」
ならば、と雪を吹き飛ばそうと上空へ拳を突き上げようとする、その動作を受けて。
「それだけだと思ったらあかんねんな」
にい、と意地悪く歯を見せる夏季の手中には、数本の金塊。
鉄芯サイズの純金の棒はアーティファクトに向けて投擲された。
投げた後に反撃を受けないよう、夏季は地上へ舞い戻る。
まるで示し合わせたかのタイミングで、神助の《核力制御》が発動された。
ズゴバッッッ! と唸りを上げる激風が舞う。
金属棒が一斉に、エネルギーとして爆散される。
閃光と爆炎が巨体を包み込んだ。
黒煙の肥大化は終わりどころを知らない。戦時中かと思われるほど巨大な爆風がビルの窓を叩き割り、雪雲を蠢かせ、大地にまで吹き抜ける。アーティファクトの頭上を覆う大雪が大きな亀裂を走らせるや否や崩れ去り、多量の質量として怪物に降り注いだ。割れたガラス片が地上を襲うが、すべて小山の『障壁』が弾き返す。
隣に夏季が戻ってきた。神助は眼鏡を押し上げる。
「さてさて、これでなんとかなったカナ?」
「なっていれば苦労しない。生憎ならがヤツはどうせ、生きている」
はるか上空を見上げていた三人は――咄嗟の夏季の瞬間移動で、数千枚に及ぶ気流の刃を回避した。
「――――――!」
黒煙が晴れる――暴風によって、強制的に晴れぬける。アーティファクトもさすがに傷を負ったようだが、奴は【メガフロート】中に響き渡ったであろう大規模爆裂でも屈しない……!
「うっへー、恐ろしや恐ろしや……あんなん本当に勝てるんか?」
「ダメージを与えているとはいえ、さすがに時間がかかりそうだな」
隣り合い、アーティファクトより視線は外さず言葉を交わす。
しかし神助も夏季も、戦意を失った様子はない。勝機が見えなくならない限り必ず勝てるという自信と誇りが彼らの精神的な強みだ。
「行くぞ海原、さらに畳み掛ける!」
「あいよ! 小山クンはウチの支援よろしく!」
「は、はい!」
小山は夏季と自身の周囲に『障壁』を張り巡らせる。強固な結界のように六面を囲う何重もの大気の壁。『障壁』の準備が整うのを待たず、アーティファクトの周囲で竜巻の刃が三本、唸りを上げた。
「――――――ッッッ!!!」
もはや人間離れした咆哮と共に炸裂する三本の竜巻。奔流に飲まれることなくその三本それぞれのちょうど中心に、夏季が純金でできた棒を移動させる。神助は目視することなくタイミングをぴったりあわせ、金属棒を《爆裂》。激風で竜巻を中央より霧散する。
アーティファクトの拳が貫かれ、轟風が神助の無防備な体に迫り来る。
大気の衝撃が当たる寸前、《座標転送》が行なわれた。回避した神助が位置取るのはアーティファクトの頭上。金属棒を無作為にばら撒き、連続して爆発を引き起こした。閃光が弾け、烈風が球状に放たれる。無数の箇所より生まれた爆風が生み出す奔流が黒煙をかき回し、アーティファクトの視界を覆う。
だが、彼は気流操作の能力者だ。自身を中心とした竜巻で黒煙を霧散させることなど容易すぎる。晴れた視界の中、神助はすでに大地を踏みしめていた。
夏季の手に構えられる金属棒。神助は意識をすでにアーティファクトへ向けている。空間移動が成立した瞬間、爆裂を起こすつもりだ。
そうだと理解したアーティファクトが動かないわけがない。
金属棒が現れる前に、背中より突風を放ち、虚空を蹴り飛ばした。そのアクションはさらなる突風を生み出し、アーティファクトの推進力を人間離れしたものへ昇華させる。流星のごとき速度で、旋風を纏ったアーティファクトの拳が小山の『障壁』に炸裂した。
「クッソ……ダメです先輩、崩れます!」
「一秒あれば充分だ!」
小山の『障壁』が、唸りを上げる鉄鎚によって打ち砕かれる。
だが、打ち砕くわずか一秒未満の間に、アーティファクトの周囲には何十本もの金属棒が移動されていた。
――これが、超能力適合世代の中でも戦闘特化で組まれた【FORCE】の力。
防御、支援、攻撃の完全分業制。
その上で成されるチームワークは信頼と強さの証。
他者を寄せ付けない戦場支配力は、世界級能力者をも追い詰める。
《核力制御》によって、エネルギーが解放される。
光と衝撃波が炸裂した。
脳が張り裂けるほどの大爆音が大地を揺らす。衝撃は【メガフロート】全体に地震のように響き渡り、夏季や小山も立っていることができずに四肢で地面にふんばっている。
「…………さ、さすがにここまでやればいけますよね?」
「いやあかんて小山クン! その台詞はどう考えてもフラグや!」
「もっとも、フラグを立てるまでもなくあの怪物はまだ生きているようだがな!」
止まない余波の中、三人は爆心地を凝視する。しなければならない理由があった。
閃光の止まぬ間に響く、耳をつんざくような超高周波の音波。
黒煙を引き裂き、巨大な怪物が竜巻を伴って現れた。
全身を焼き焦げさせながら迫るその気迫は猛獣の如く。
「――――――ッッッッッッ」
拳が貫かれ、襲来するは無数の刃を携えた台風。
《エアー・バースト》と小山の『障壁』、神助の《核力制御》を利用した抵抗が激しく威力を相殺させる。しかし雪雲を霧散するほど莫大な竜巻をその程度の反撃で抑えることは敵わない。襟首を夏季につかまれ、神助と小山は退避する。
次の瞬間。
アスファルトがめくれ、ビルが軒並み倒壊し、ガラス片が豪雨のごとく撒き散らされた。
衝撃は、遥か遠くで最新技術の耐震・耐乱気流建築がほどこされているアストラルツリーを激しく揺らす。
と、退避した神助が状況を俯瞰から見ていた、その時だった。
闇の波動が、《エアー・バースト》を一瞬でかき消した。
「あー、ダリぃ。超ダリィ。今日中に【使徒】八人の波動全部集めろとか、俺に無茶を強いりすぎだっつーの」
そして。
金髪灼眼、細身色白の少年が、荒れ果てた路上に一人、何事も無かったように立っていた。
神助と夏季は思わず顔を見合わせる。お互いが等しく不安を覚えていることを確認しあう。
「あ、あれって、集結……だよね?」
「ああ……」
キャラ作りの関西弁も忘れ、声音の震えている夏季に頷き返すも、神助は金髪の少年――集結から視線を外せなかった。
そのせいなのか、はたまた偶然か。
集結の灼眼が神助を捉えた。
にたぁ、と不気味に白い歯が覗く。
「なんだよ、このバケモンしかいねぇと思ったけどちゃんといるじゃねェかよNo.5にNo.8! おいテメェら今から面白ェことすっからちょっと降りて来い! つーか降りてこなくとも俺が強制的に地面に叩き落してやっから安心しろ! ま、降りたところですぐさま地獄直行便だけどなァ!」
凶器染みた笑み。夏季がひっ、と柄にも無く、少女としての悲鳴を上げた。
集結は視線を移動させる。瓦礫一つなくなった大通りの直線状に彼以外で立っているのはアーティファクトのみだった。
「――――――!」
「あ? オイオイ、せめて人の言葉を話してくんねーとわっかんねェよ、バケモノ」
とん、と。
集結は靴のつま先で軽く地面を蹴った。
次の瞬間、大地より闇の波動が無数の刃を描き、三十メートル以上離れているはずのアーティファクトの足元より噴出された。アイアンメイデンのごとく何十本何百本と突き刺さる闇の刃によって、アーティファクトの全身から真っ赤な鮮血が弾け飛ぶ。
「ンだよ、この程度でヤラレチャウんですかぁ? 米国最強っつーヤツもよォ」
歩み寄った集結の不健康な手がアーティファクトの顔面を掴み、
アーティファクトの放出していた波動すべてを、自身へと吸収させた。
まるで、集結に力を奪い取られたかのように、あれほど苦戦した怪物が崩れ落ちる。
そして、全く等しいタイミングで。
集結の全身より、ビッグバンのごとく強大な闇の波動が爆発した。
もはや、彼の放出する波動の規模は、人間の域をはみ出している――。
「おォ、前言撤回だ前言撤回! やっぱスゲェよクソッタレ! 世界級だかなんだかは知らねェが、テメェの波動量は余裕で【使徒】一人分に匹敵すんじゃねぇか! これで【神山システム】の計算とズレが生じちまうわけだが――上乗せする分に支障があるわけねェしなァ! ほんじゃま、残りの連中もサクッといただいちまうか! アハッ、アハハハハハハハハハハ!!」
地獄を生きる怪物の毒手が神助達に迫る。
結果は、言うまでもない。




