●第五十五話 今こそ最強を示す時
爆風、突風、暴風、騒音、轟音。
雪原の広がる大通りで、まさに地獄が展開されていた。
そこにいる部隊は【ウラヌス】の一隊である。隊長・日向克哉の指揮の下、わずか十人の小隊がある怪物と交戦していた。
「怯むな! 敵はあの怪物だ、決して不用意な接近をせず陣形を保て!」
「「「はっ!」」」
返事こそ大きく迫力があるが――彼らの目の前で創造される嵐を前にしていると、あと一歩退けば今すぐ戦意を失ってしまうほどの絶望が彼ら兵士を襲う。
周囲の大気を雪ごとかき集め、天まで貫く莫大な竜巻。
日向は戦う部隊より一歩下がり、支援隊より銃を受け取る――それの威力的には銃というより大砲に近い。長さ三メートル、二本のレールが組み込まれた砲撃装置。日向はそいつを構えると、自身の発電能力でレールに電力を流し込む。
電磁力が生み出す加速現象が莫大な威力を生み出し、亜音速に迫る速度で小型砲弾を発射する兵器、電磁加速砲。
従来莫大な電力を必要とする装置だが、発電能力者と組めばその心配は無用となる。
「あの怪物に通じるとは思わないが――――ぶち抜けッ!」
マズルフラッシュも発砲音もなく、破壊の超電雷が宙を翔ける。
「続け!」「畳み掛けろ!」
日向の砲撃に呼応するように、兵士達が超能力を発動。
各方位より多種多様の超能力が、雪を巻き上げる竜巻に激突した。
常人ではとても回避できない、全方向よりの集団攻勢。
普通ならこの一斉攻撃で決着だ。
しかし生憎、今戦っている相手は普通ではない。日向を初めとして、幾多もの戦線を切り抜けた兵士らの緊張の糸は途切れない。
竜巻はすべての攻撃を乗せた状態を維持し、吹き荒れ続けていた。
電磁加速砲の砲弾が摩擦熱に熔けきってしまい、その他各兵士たちの放った能力の攻撃も竜巻外周に放り出されてあえなく霧散する。
場の風向きが一瞬にして変化した。
先ほどまで中央に集約されていた大気が、すべて逆方向へと跳ね返される。
全方位逃れることのない突風が兵士たちの武装した体を玩具を投げるかのように容易に吹き飛ばす。訓練されているだけあって身を地に打ち付けるという真似はしないが、ちょうど雪が吹き飛ばされ円形にくりぬかれた路上に着地した男の姿を見て、全員が等しく恐れをなした。
二メートル超えの高身長。肩幅は常人二人分、鍛え抜かれた屈強な肉体にアーマーを纏い、猛獣の眼光で構える白き怪物。
「ク……カカ……」
アメリカ/世界級能力者、アーティファクト・ギア。
全世界最高峰の強さを誇る彼だが、実は単なるオリハルコン争奪戦の参戦者というわけではない。
彼は米国より日本へオリハルコンを輸送する船に同乗していたのだ。
食事休憩を言い渡されたちょうど二分後に盗難が起こったため、アーティファクトがいない席を狙って盗難事件は起こされた。即ち、輸送船には最初から盗難目的で紛れ込んだ工作員がいたということになる。
彼は騒ぎを聞きつけるなり盗難者を捕まえるべく甲板へ向かったのだが――その後の記憶はない。それどころか実は、暴君と化している現在もアーティファクト・ギアは身体こそ動いているが、自分の意志でその身を操縦しているわけではないのだ。
何者かに、自身の身体を制御されている。
おそらく催眠・洗脳系能力者の仕業だろう。しかしアーティファクトは、視覚的にも聴覚的にも――五感を通じた精神感応を受けた記憶がない。そもそも超能力使用可能状態の輩を近づけた記憶もないのだ。
直接的な接触もなく、大幅な距離を置いた上で精神支配は行われた。
加えて他者一人を完全に身体制御し、超能力をも完璧に使いこなすほどの精神支配を行える超能力者は、地球上を探しても五本の指に収まるだろう。他者の超能力を使うのは簡単な話ではない。通例脳一つにつき能力は一種類だが、その一つですら能力演算時には脳に大きな負荷をかけているのだから――現在アーティファクトを操っている何者かは《精神感応》+《風力操作》を行っているに等しい。通常の人間ならば脳が破裂してしまうほど大規模な精神掌握を行える人間は、日本にはただ一人だけが存在していた。
ランクⅩ《精神支配》――――
「全員怯むな! 風が止んだ今こそチャンスですぞ!」
日向はふたたび電磁加速砲を構える。
亜音速を超える雷撃がアーティファクトを襲う。しかし怪物は暴風で電磁砲の軌道を捻じ曲げ、見当違いの方向へ吹き飛ばした。
アーティファクトの腕はそのまま天へと突き上げられ、ふたたび彼の巨躯な体を豪雪の嵐が包み込む。アーティファクトを守り抜く大気の壁。
日向はこの状態を、最後のチャンスだと判断した。
(今日が雪であってよかった! あの暴風は、集める大気の範囲が広すぎるせいでもはや視界を隠す吹雪と化している! つまり、あいつにもこちら側は見えないはずだ!)
急いで日向は、とある狐顔の後輩へと連絡を取る。
思ったより早く応答が入り、『あれを投入します』という返事がすぐさま返ってきた。
「――――――!」
アーティファクトの咆哮が響き渡り、生きているかのようにうねる竜巻が三本、万物を裂く刃を伴って大通りを暴走する。一気に後退する兵士たち。逃げるのが間に合わなかった者は竜巻に巻き込まれ――上空へ運ばれるとともに、全身から鮮血を散らして雪の禿げたアスファルトへ落下した。全身にできた切り傷は竜巻内部を吹き荒れる鎌鼬でできたものだ。
歯がゆい想いで同僚の『死』を見届けながら、日向が戦慄を覚えたその時。
雪雲に覆われた頭上に、巨大な影が現れる。
気づき見上げたアーティファクトの巨体目掛けて、鋼鉄の物体が投下された。
その物体の『腕』が落下のエネルギーを伴い、莫大な威力で振り下ろされる。
「……ッ!?」
竜巻を纏わせた右腕を振るい、真正面より『腕』を迎え撃つアーティファクト。威力はわずかに『腕』のほうが上。アーティファクトの巨体が初めて、アスファルトにめり込むほどの威力で叩き落された。
重苦しい音を立て、スプリングで威力を和らげながら着地したのは、国防軍【ウラヌス】の所有する無人走行式直立戦車【ジュリエット】。
短く小回りの利く六本脚に装甲で覆われた胴体部を持ち、背には天空を飛ぶための六枚羽。二本の腕の右腕には重機関銃、振り下ろされた左腕は巨大な槌。
怪物を潰した機体の他にも、周囲に三機が着陸した。大きさビル三階分に相当する鉄塊の登場に、圧迫感が場を包む。
【ジュリエット】四機の重機関銃が一斉に火を噴き、逃げ場のない破壊の渦が怪物へ降り注いだ。常人ならば全身を風穴まみれにして一秒と経たず死ぬところ、けれど、アーティファクトには突き刺さらない。
「――――!」
かつて佑真の拳を止めた『静止する空気の壁』がアーティファクトを中心に展開、すべての弾を気圧の壁で圧し止める。直線方向への運動エネルギーを失った弾薬はしかし、地面に落下せず、続いて上昇した竜巻に飲み込まれる。
竜巻の遠心力によって加速した銃弾を無作為に射出。
散らされた銃弾の嵐は【ウラヌス】の兵士たちへ牙をむいた。防弾素材の装備に加えて超能力などで迎撃し、直撃はかろうじて免れている――が、自軍の攻撃を利用されているとはなんとも馬鹿馬鹿しい話だ。
兵士たちがそんなところに気を取られているうちに、アーティファクトは飛び上がって【ジュリエット】の迎撃に取り掛かっていた。
「――――――!」
もはや、人間の声として捉えるのも困難な咆哮。
地獄をも震わせる恐怖を世界が包み込み、ジュリエット四機へ次々とアーティファクトは肉薄。彼の貫いた拳は【ジュリエット】に届かないが、しかしその装甲に致命的な窪みを生み出していた。
振るった拳の直線状にある大気を押し出すことで、遠距離に空気の大砲を撃ち抜いているのだ。超能力を制御し、体術も鍛え抜いた英雄だからできる所業。皮肉なことは現状、精神支配に於かれて尚再現されてしまっていることか。
バランスを崩した【ジュリエット】に貫かれる、アーティファクトの必殺《エアー・バースト》。金属片レベルにまで粉々に引き裂き、第三次世界大戦に用いられた自立戦車を粉砕する。
「……これに勝てというのですか、真希殿……!」
さすがに、絶望にうちひしがれてしまう日向。
彼がアーティファクトと激突するのが初めてというわけではないが、激突の際にはいつも日本の誇る『世界級』能力者が足止めを行なっていた。対する自身は十五年前こそ戦術級と呼ばれる活躍はしていたが、この老体にかつての栄光は再現できない。
せめて最後まで戦場を見ていようと、執念で見開いた眼に――――
唐突に。
三つの人影が映った。
「さて、と。ここがウチらの戦場でええの?」
瞬間移動。
距離40km以内であれば質量無制限で、単独であれば距離無制限で移動可能。十一次元論に基づく、人類が過去より思い描いた超能力の代表格・空間移動の最高峰。
《座標転送》
ランクⅩ・海原夏季が、二人の少年を連れて地獄絵図のど真ん中へと出現した。
「ええ。僕らの使命は『アーティファクト・ギアの鎮圧』です」
強大な相手を前にして表情を強張らせながら、小山政樹は冷静に伝達事項を述べる。
「鎮圧、か。わかりやすくて助かるな」
そして、夏季と小山を従える金城神助はめがねを押し上げ、SETに指を添える。
端末に刻まれたるは支配力の五文字。
「SET開放!」
莫大な『藍』の波動が、金城神助より放出された。
「世界級だか米国最強だか知らないが、見せてやれ、お前達。本物の最強というやつを」
「了解です」「あいよ、任された」
第三次世界大戦後に生まれた超能力適合世代の少年と、世界最強クラスの怪物の激突が。
幕を開ける。




