●第五十話 太陽七家の血を継ぐ者
第五十話です!
ついに百の半分に到達しちゃいました!
そんなバカ騒ぎが繰り広げられている2131年12月20日。
米国より、とある一隻の船が出港した。
その船には、一つの鉱石が厳重な警備の元、積まれている。
黒く輝く拳サイズの鉱石。その名を【オリハルコン】。
幻の素材として伝承のみに存在する名称を継ぐ鉱石は、 日本【太陽七家・天皇家】が偶然採掘に成功し、そのまま米国内にて研究が進められてきた。
正体や性能が大まかに掴めた今、日本で更に詳しい研究・解析を行なう為に、太平洋を渡って輸送が行なわれることになったのだ。
搬送先は、島国日本が誇る海外との玄関――【メガフロート】地区を予定している。
受け取り側となる日本国では、オリハルコンの希少価値を考慮にいれ、極力の安全性を確保するため、警護に超能力武装軍【ウラヌス】を投入することを決定していた。
迫り来る翌日のオリハルコン到着を前に、通称『真希班』と呼ばれる、かつて《神上の光》奪還を目的に動いていた小隊は、警護任務のフォーメーション確認を進めていた。
当の隊長、天皇真希は事情により欠席。
彼女に代わって、今回の作戦指揮役を務めるステファノ・マケービワが司会進行を行なっていた。感情の読めない狐顔も、地位でいえばかなり上位なのだ。
「――――と、いうわけで具体的に我々は三班に分かれて行動します。一班がオリハルコン護送車の警護、二班と三班はそれぞれで、オリハルコンを狙う集団より襲撃が予想されているので、それらに対応してください」
「襲撃が起こらなければ、実質的に俺達は動かないわけだな」
「ええ。できれば、そうであってほしいんですけどね」
「そうはいかない明確な理由が存在していますからなぁ」
隊長の年齢層を考慮して若い超能力者が比較的に多い『真希班』の中で、唯一四十を越える玄人、日向克哉が顎鬚に触れながら液晶を見上げる。
液晶には大大しく、今回の警護目的である品【オリハルコン】の画像や護送車の画像、そしてオリハルコンの有する『特性』についての情報が表示されていた。
「『オリハルコンを手にした者の波動が活性化され、《超能力》が飛躍的に強化される』――本当に、このような効力をオリハルコンは有しているのでしょうか? わたしにはまだ信じられないのですが……」
釣られて液晶に視線を向けたアリエルが、ステファノへと問いかける。
「有しているから面白いんですよ。先ほども一度見ましたが、もう一度、米国の施設より送られてきた映像を、確認しましょうか」
狐顔の癖にさらに目を細め、ステファノは液晶に映像を流し始める。
「オリハルコンを手にした状態と手にしていない状態での、《念動能力》の比較動画ですね。まず先に何も手にしていない状態。こちらでの実験者は、せいぜいできて車を持ち上げるまでですね」
映像内で男は軽自動車を手に触れずに持ち上げていたが、トラックはギリギリ前輪が浮く程度。装甲戦車となると一切持ちあがらなかった。
「見る限り、彼は日本ではランクⅦ相当でしょう。ですが、この後――彼にオリハルコンを手渡した直後をしっかりとご覧下さい」
「これは……」「たまげましたな」
アリエルが驚きを隠せず口を開き、日向は感嘆の息をついた。
映像内の男がオリハルコンを受け取った瞬間、彼の放つ波動が一気に爆発したのだ。波動量が二倍――三倍――更に上かもしれない。
画面を埋め尽くすほど莫大な波動は、強大な超能力をもたらす。
「そして、この状態で彼が使う《念動能力》は、驚くべき強化を得ます」
装甲戦車十台を、同時に、三メートル近くまで持ち上げることに成功していた。総重量は十トンを余裕で超しているはずだ。
「ご覧のとおり、オリハルコンには『人間の能力を引き上げる』効力が存在しています。研究結果では運動能力も上昇するようですが、顕著に表れたのはやはり《超能力》。――その一方で、頭脳面に対する強化は見られませんでした」
「能力の応用範囲は変わらないが、純粋な威力が昇華する。単純に言えばブースト効果のみ、といったところか?」
映像に集中していたオベロンの冷静な判断。ステファノも特に修正することなく首肯した。
「そもそも『オリハルコン』というのは、地球上の海底に存在するとされる幻の大陸『アトランティス』で採れると言われていた鉱石の名称ですね。今回偶然、ほんの手刀サイズしか発見されなかったため、希少な鉱石ということで、この名称が流用されました」
実際のところ、オリハルコンという鉱石は過去のフィクションにおいて、出てくる作品ごとにその効力は異なって設定されている。その内には『魔力の強化』というものもあるので、名づけるにはもってこいの名称だったわけだ。
「まさか、昔読んだファンタジーの鉱石まで実在するとは。この世界はまだまだ不思議に満ちていますな」
「名称を流用しただけですが……まあ、そういうことですね。しかし、超能力登場後に次々と非科学が発見されていることが不思議でなりませんよ。今回の【オリハルコン】といい、昔から地球に存在していたんでしょうかね?」
「ステファノ君達はまだ若いから実感湧かないだろうけど、私ほどの年になると《超能力》は未だに非科学に思えてならないんだよ」
日向とステファノが雑談を始めたのを横目に、オベロンとアリエルは、オリハルコンに関する書類へ目を通していた。
「ランクⅦ相当の者が手にすることで、ランクⅨ相当の干渉力を発動できる、か。もしも【使徒】の連中が手にした場合は、どの域まで達するのだろうな」
「恐るべき力量になることは確かでしょうね……【使徒】といえば、今回の作戦、【七家】の方でも少しばかりの干渉があるんですよね?」
「ああ。超能力適合世代――高校生以下の能力者のみで構成された【七家】の有する小組織、【FORCE】【FRIEND】の両方が派遣されるらしい。彼らは対能力者用戦力といえるだろうな。心強いが、俺たちも誰と戦うことになるかはわからない」
「だから気を引き締めろ――ですか? オベロンは相変わらず真面目語りですね。その性格は嫌いじゃないですが、もう少しばかり軟化してはいかがでしょう? 作戦まであと何時間もあるのに今から気を張っていては保ちませんよ?」
「元からの性格なんだ。諦めろ」
ばっさり切り捨てたオベロンは、その真面目腐った性格に素直に従って、隅々まで書類に目を通していく。
☆ ☆ ☆
剣術の名家『小野寺家』。
【太陽七家・水野家】の分家でありながら、この家そのものも、国内一、二を争う剣術の名家として名を知られている。
『小野寺流一門』の名は、毎年門下生が全世代で剣道の全国大会までコマを進める他、早くから《超能力》を組み込んだことを要因としてその知名度を飛躍させている。
過去数百年、武士として活躍してきた伝統と誇りを捨てず、しかし、現代文明の最高峰《超能力》を受け入れる順応性。小野寺流一門の強さはそこにある。
そんな家で、現状長男の位置となっている少年――小野寺誠。
彼は血縁や家庭環境に複雑な事情を抱えているのだが、今はひとまず置いといて。
小野寺流剣術を極める少年は今、一人の少女と刃を交えていた。
彼女の名は、天皇波瑠。悪友の想い人にして、ちょっとしたキッカケから誠も友達となった、泡雪のような印象を持つ少女だ。
彼女からの申し入れで、誠は数週間前より定期的に、実家の剣道場を提供して実戦を想定した修練を行なっていた。
曰く、不得手とする近接戦闘技術を少しでも磨きたい、とのことだ。
運動神経や超能力の特性上、波瑠は遠距離から、圧倒的威力で蹴りをつける戦法を主としている。誠は波瑠が圧倒的制圧を行なう場面を幾度も目撃しているので、近接戦闘を学ぶ必要はないと思うのだが――真剣に頼まれた以上は、真剣に受け止めるのが男だ。
とはいっても友達に、それも少女に対し真剣を使うことはできないので、誠は竹刀、極力の超能力無し状態で応戦。ハンデという側面もある。
対し、波瑠の方は『運動エネルギーによる補正』と『氷を用いた攻撃のみ使用可能(具体的に、吹雪や敵を拘束する凍結も禁止)』という制約をかけている。
剣道場特有の冷たい床に素足を滑らせ、両者は縦横無尽に攻防を繰り広げていた。
「はあぁっ!」
波瑠が片手に作り出した氷のピックを投擲する。体を捻るのみで回避した誠は一歩で波瑠との間を詰め竹刀を振るった。空を切る竹刀を波瑠はすぐさまバックステップで回避し、両手を交差するように振り払う。カッターの刃のような薄い氷が数十枚、一斉に誠に襲い掛かった。
竹刀を振りかぶり、右上から一線。
自らに危害が及ぶ箇所だけの薄氷を打ち払う。
その間に、氷の細剣を手元に創り出していた波瑠が、低い姿勢のまま懐へもぐりこんでいた。
「――――っ」
息を止め、大きく後方へ飛び去る誠。波瑠の振りかざした細剣が、誠の胴着に切り込みを入れた。誠は全身の周りに、超能力によって『空気の膜』を張っているため致命傷になるまで細剣が突き刺さることはないが、この数週間で誠にあと一歩の段階まで迫っていることは、戦慄を与えてくる。
(これが【天皇家】の実力か! 運動神経の悪さを超能力でカバーし、手加減してるとはいえこの僕にあと少しで致命傷だもんね! ったく、こっちは何年もかけて剣術を身につけてるっていうのに、嫌になっちゃうな!)
雄叫びを上げた波瑠の猛攻が、後ずさる誠へ降り注ぐ。高速で貫かれる氷の細剣を、誠は超能力無しの竹刀で払い、裁き、弾き飛ばす。能力なしで細剣をさばける誠が優れているのか、はたまた誠を無言に追い詰められる波瑠がすごいのか。
激しい剣の打ち合いが途切れる。
氷で生成した剃刀を数枚投擲しながら、波瑠が大きく飛び退いたのだ。
自由自在に道具を生み出すことで、戦術の幅を広げる。これは今も審判役を務めている秋奈が提案したものだが、わずか数週間でよくここまで身に付けられるものだ。
「逃さないよ!」
尊敬しつつ、誠はカッターを弾いて波瑠を追撃。足払いを挟み、波瑠がわずかにバランスを崩した瞬間波瑠の数センチ前の虚空を竹刀が薙ぐ。下段からスラッシュ、引き戻して突きを打つが、反応した波瑠が体を捻る。
「えっ!?」
そこで、波瑠が驚きの声を上げながら、足を止めた。
竹刀を持っていない誠の左手が手刀を作り、まるで波瑠の動きを読み、その上で首を引き裂くように振りぬかれていたのだ。
波瑠の、長い蒼髪をポニーテールに結ったことで露出されている白い首に、手刀の指先がわずかに触れる。いわゆる寸止めで器用に攻撃を止めたのだ。
一秒の硬直。回旋の勢いでなびいていた誠のポニーテールが沈む。
「………ん、勝負あり。勝者、誠」
審判役の秋奈が判定を下し、誠は手刀を解く。波瑠は腰が抜けたかのように、へにょへにょと床に座り込んだ。
「ふう、危ない危ない。ついに手刀まで使わされるなんて思わなかったよ」
「また負けちゃったかぁ。ホント強いね誠くん」
「あはは、そりゃ剣術一筋十数年だからね。負けたらまずいってば。それより立てる?」
「ん、大丈夫だよ。ちょっと気が抜けちゃっただけだから」
と言いつつ、誠の差しのべた手に掴まって波瑠は立ち上がった。波瑠の体を支える時はいつも思うが、不安になるほど体重の軽い少女だ。
寄ってきた秋奈は両者へタオルとドリンクを渡してくれた。彼女の足元に、訳あって小野寺家が預かっている幼女、ユイがちょろちょろとついてくる。
「ハル姉すごい! 強くてかっこよかったよ! あの氷をビュッて投げるやつとか!」
「そ、そうかな? でも誠くんには敵わないし、まだまだだよ」
「………そういう誠は手加減をもう少しすべき。波瑠ちゃんは素人なんだから」
「一応能力を自衛以外で使用せずに応戦してるんですが……」
と、誠はそこまでこたえて口をつぐむ。
おそるおそる前を見れば――秋奈が、むっと頬を膨らませていた。
「………ユイちゃんの前では敬語禁止。この前決めたばっかり」
「うぅ、ここ一応分家内だから下手な真似したら怒られそうで嫌なんだけどなぁ……わかったよ! タメにすればいいんでしょ!」
「あはは、またやってる。もはや恒例行事だね」
「お家でもいっつもやってるんだよ、まこととあきな」
「だろうねぇ。仲良しな証拠だよねー」
ねー、と笑いあうユイの頭を撫でる波瑠。秋奈との会話や【水野家】全体図から聞かずして事情を知る波瑠としては、誠の気持ちがわからなくもないが、毎回秋奈が可愛いので、口を出さない姿勢を貫いている。
全くもう、と呟きながら誠は上着を羽織った。木造建屋の剣道場、なぜか通気性抜群でエアコンなしという時代錯誤もいい所。夏場は快適、冬場は地獄が売りである。なまじ、関東大雪のせいで足元に流れる冷気は恐ろしい。
ポニーテールを解いた波瑠にも上着を放り投げる。ユイの相手をしながら、波瑠は器用に受け止めた。ユイにすっかり懐かれているようで、預かる身の誠としてはちと複雑……。
「ありがと誠くん。その……今日もシャワー、借りてっていい?」
「どうぞどうぞ。てかどうせなら、夕飯も食べていけば? 泊まりの門下生が十人くらいいるから、今更女の子一人分のご飯増えても影響ないし」
「………しいて言うなら男共の中に美少女を放り込む危険性」
ぼそっと呟く秋奈だが、そんな彼女は時々小野寺家でご飯を食べている。波瑠は少しだけ迷いを見せたが、答えはNG、首を横にふりふりだった。
「そこまでお世話になるつもりはないですよ。今夜、ちょっと用事があるし」
にへっと微笑む波瑠に、誠は一瞬見惚れていたことを自覚する。秋奈という想い人がいるけれど、天性の笑顔に心揺さ振られること多々な男心は辛いものだ。
そんな誠の内心を察したのか、視線を逃がした先で、秋奈が表情を曇らせる。
だが、矛先は珍しく(?)誠ではなかった。
「………波瑠ちゃんさ、『用事』多くない?」
秋奈の問いかけに、ギクッ、と波瑠が体を震わせた。誠と秋奈は顔を見合わせて頷きあう。相変わらず、この娘は隠し事が下手くそだ――と。
「………最近っていうより最初からだけど、あたしが誘っても、波瑠ちゃんたまぁぁぁぁぁぁにしか、遊べないじゃん。波瑠ちゃんが『特別な女の子』ってことは知ってるけど、元から多忙なの? それとも、あたしと一緒に遊びたくないの……?」
「そ、それはないからっ! 秋奈ちゃんのことは大好きだからっ!」
「………なぜその勢いで佑真に好き連打しない」
「ふえっ?」
「………なんでもないこっちの話。とにかく、質問の答えを」
キョドったり秋奈に抱きついたりキョトンとしたり、表情の忙しい波瑠は、今度は若干顔を伏せ、髪の先端をくるくると指でいじり始めた。
「えと……ちょっとね、今、私はしなきゃいけないことがあるの。秋奈ちゃん達とあんまり遊べないのは、『用事』がちょうど、秋奈ちゃんと出会った時期に発覚したことだからなの。もう少しで『用事』は終わるんだ。その後ならいっぱい遊べるから、今はごめんなさい!」
ぺこり、と礼儀正しく頭を下げられ、秋奈は誠へ視線を向けた。目線は語る。『どうしよう』と……秋奈は軽い話のつもりだったようだが、波瑠の思った以上に真面目な回答に困っているらしい。
誠意には誠意で、と口パクで伝えると偶然にも意味が通ったらしく(もしかしたら双子パワーかもしれない。二卵性だが)、秋奈は波瑠に顔を上げさせた。
「………ごめん波瑠ちゃん、そこまで本気で責めたつもりじゃなかったけど、誰にでも『用事』はあるよね。下手に追求して、こっちこそごめん」
「いつも断っちゃってるのは私のほうだもん。秋奈ちゃんは謝らないで」
「………じゃ、用事が終わったら、必ず一緒に遊ぼう。二人きりデートで」
「うん、約束っ」
波瑠と秋奈が小指を結んで懐かしの『指きりげんまん』を歌う姿に、誠の頬は弛緩する。いくらなんとも幼いことするなぁ、とは思うけど。
二人の絆の強さが、とても三ヶ月前に出会ったばかりとは思えないほど強く結ばれていることが、よくわからないが嬉しかった。
☆ ☆ ☆
――――ここまでが、2131年12月20日の記録。
ここから先は、翌日の物語。
後に『オリハルコン事件』と呼ばれる【メガフロート】地区を舞台とした出来事は、突発的に開幕する。
☆ ☆ ☆
2131年12月21日午後五時四十八分――米国より太平洋を横断していたオリハルコン護送船は、東京湾内に入ったところである集団より襲撃を受け、オリハルコンを盗難された。
世界中に流れてもおかしくない、オリハルコン盗難のニュース。
そのニュースは【太陽七家】によって報道規制が敷かれていた。
幸い、襲撃を受けた護送船より死者は出ず、海水汚染の被害も出ていない。
だが、万全の警備を謳っていたところへ襲撃が起こったこと自体が問題なのだ。
襲撃者と思しきグループは、監視衛星の映像により、【メガフロート】地区へ逃げ込んだと判明する。
もう一つ運が良いとすれば、本日の【メガフロート】地区では『アストラルツリー』を休館としていたことだろう。元より降り積もる大雪も働いて、【メガフロート】地区は普段より人数が限りなく少なかった。
【メガフロート】地区は、本土と繋がる全経路を【ウラヌス】によって封鎖する。
犯人グループを海上都市に閉じ込め、この地区で蹴りをつけるために。
『――だからといって、そう簡単に路上で暴れられても困るんだけどね。企業とかは普通に動いているから、市民の安全が確保されているわけじゃないんだよ』
【メガフロート】地区、とあるモノレールの駅にある『関係者以外使用禁止』と書かれた扉の中に設置されたモニターより、変声機を通した声が響く。
道行く人は、この部屋は駅員が使用すると思うだろう。
対し、この駅に勤める駅員は全員『この部屋は他の企業が使う部屋だ』と釘を刺され、一度も足を踏み入れたことはない。
そもそも施錠されているわけだが――とにかく、誰も怪しむことはなく、そして、めったなことがない限り使用されない部屋として確立されている。
現在は『めったなこと』が起こっているため、三人の中学生がその部屋で通信を行なっていた。といっても彼らは【太陽七家】より勅命を受け、オリハルコンが奪われた際に奪い返すことを任務に東京まで出向いてきた特別な中学生だ。
「つまり、市民にできるだけ危害を加えることなく、しかし速やかに犯人を捕らえろ。ということですか?」
眼鏡を押し上げ、金城神助が『NO SIGNAL』と表示されたモニターに対して問いかける。肯定の言葉を返す相手は顔を見せず、こちらは部屋中をモニタリングされての交信だ。神助は一度も交信相手の顔を見たことがないが、気にしたことはない。
その傍らで、ボーイッシュ少女・海原夏季がぐいーっと両手を伸ばして背骨を鳴らした。
「てかオリハルコン盗まれるの、早すぎとちゃうん?」
「う、海原先輩! 何容赦ないこと言ってんですか!?」
彼女の的を射すぎている発言に焦りを見せるのは、気弱そうな容姿の小山政樹。見た目相応、胆もあまり据わっていない。
彼はモニター越しの相手がどんな反応を見せるのか、と焦っていたが、
『はっはっは、そこは言いっこなしさ。まあ、地上に比べれば警備が手薄な状態を襲われたとはいえ――【天皇家】の連中が普段どおり、高をくくっていたことが仇となっただけだよ。だが、ここでキミ達がオリハルコンを奪取してくれれば』
「他六家が、天皇家に対し優位に立つ鍵を得られる、ですかね」
「ホンマ、【七家】の関係も複雑で面倒くさいなぁ。皆で仲良く協力し合えばええのに」
神助が台詞を奪い、似非関西弁少女が更に追撃。小山は彼らの遠慮というものを知らない態度に胃が痛くなりそうだ。長い付き合いのはずなのだけど、未だに慣れることはない……。
言葉を返してこないモニターを不安げに見つめる小山をよそに、神助と夏季は好き勝手に言葉を交わす。
「ん? 他六家っちゅうことは、もしかして『あちらさん』も出撃してるんとちゃうん?」
「海原。【FRIEND】が東京へ来て、同じくオリハルコン奪取の命を受けている、という連絡は昨日お前にも伝えたはずだ。下手な同士討ちを防ぐためにな」
「あり、そうだっけ?」
「俺に『てへぺろ』などしても通じない。覚えておけ」
ぺし、と手元の書類で夏季の顔を軽く殴りつけた神助は、モニターへ姿勢を正す。
「それで、敵勢力の画像などはないのですか?」
『一応観測衛星が捉えてはいるけど、特徴という特徴は写ってないね。そっちの端末に送っておくから、後で確認しておいてくれ』
「了解しました。では行くぞ小山、海原」
「あーい。さあ、夏季ちゃんもひっさびさに本気出しちゃうよー!」
「先輩、キャラ作りの関西弁が剥がれてます」
三人は平常どおりに言葉を交わしながら、部屋を後にする。
☆ ☆ ☆
キャンピングカーというものはつくづく便利だと、木戸飛鳥はのんきに考えていた。
彼女の属する組織【FRIEND】は、構成メンバーが――下位組織も含めて――全員女子で構成されている。にも関わらず、料理ができる主要メンバーは飛鳥の一人だけ。リーダーはもとより私生活が壊滅的で、他の二人も一切料理をしようとは思わない。
だからなのか、必然的に料理をする回数の増えていた飛鳥は、サンドイッチを完成させ、三人の待つ部屋へと戻ってきた。
「はい、ご注文の品、あすか特製腹ごしらえサンドイッチですよ」
「待ってました! つぐみはもうずっと待ってました! 飛鳥先輩の手料理ほどおいしいものはありませんからね。早速いただきます!」
春夏秋冬、いつだってつなぎしか着ない生島つぐみは、即座に卵サンドへ手を伸ばす。
「飛鳥もよくやるよね、こういった軽食作るの。よろい達は食べてる身だから文句は言わないけど」
冬場だというのにへそ出しルックで露出の多い服装な月島具は、同じく飛鳥の出したサンドイッチを一つつまんだ。
そして――車内にいるもう一人、『リーダー』の土宮冬乃といえば、
「祈りを捧げる。ぴぴぴ」
いつもどおり、奇想天外マイワールドを広げていた。
細身を包む、純白な修道服。一本一本が細く美しい黄金の髪は目元までかかる。日本人離れした白い肌は混血の印。目が虚空を眺めているのは、不思議ちゃんの印。
そう、これがいつもと変わりない、彼女ら【FRIEND】の光景。
変人奇人の集まりでも、全員が【七家】より選出された学生能力者である。天才と変人はいつの時代も紙一重なのだ。
飛鳥は、虚ろな目をしている冬乃の肩を揺すった。
「冬乃ちゃん、サンドイッチ作ったよ。食べる?」
「……あすか。食べるわ」
ほわほわしたおぼつかない口調ながら、冬乃の意識が戻る。
金髪の間より垂れ目を輝かせ、木戸に「あーん」と口を開けてみせた。
(……おおおおおおぉぉぉっぉおおお! 冬乃ちゃん、あーんですか!?)
「は、はい、あーん」
差し出したサンドイッチ(イチゴジャム)に、冬乃ははむっと、餌付けされるがごとくかぶりついた。小動物のような可愛らしい行動に、飛鳥の心臓は高鳴っていく。
「くぅ、冬乃ちゃん可愛いです~~~~っ!」
「むぐむぐ」
こらえきれず、飛鳥は冬乃に抱きついた。具が呆れて冷徹な視線をぶつける。
「毎回言ってるけどさ、目の前でレズレズしぃ絡みを見せないでくれない? 食欲うせるから」
「具ちゃん、この可愛さを愛でることを止める権利はあなたにないですよ!」
「飛鳥先輩普段はまともなのに、リーダーが絡むとすぐ壊れますよね。つぐみはその辺にがっかりいたしますよ……」
やれやれ、と肩をすくめるつぐみ。
さすがにここまで言われると複雑なのだが、それでも飛鳥は白い修道女さんを離さない。冬乃は抱きしめられてから、うつらうつらとまぶたが降り始めた。
「……リーダーは飛鳥先輩に抱かれると、すぐに寝てしまいますよね。リーダーの身体構造はどうなっているんでしょうか?」
「ふぁ……」
冬乃から返事が来ることはなく――今にも眠りそうだ――返答したのは具だった。
「冬乃に特別な体質があるんじゃなくて、飛鳥に抱かれると安心して、神聖のリラックスモードに入るのよ。こいつらガチレズだから」
「具ちゃん、レズは行きすぎ。百合だよ百合」
頬を赤く染めた飛鳥が、具の言葉を微妙に訂正した。具たちには百合もレズも変わりないけれど、何か言うのも億劫なので話は流された。
ところで、日本では未だに同性結婚が認められていない。
一時期は大きな動きがあったのだが、第三次世界大戦による大幅な人口減少が影響し、少子化をできる限り防ぐため、同性愛を法側で制限している状態だ。
そんな中で、国を代表する【木戸家】と【土宮家】の長女、飛鳥と冬乃は社会に負けずに同性愛者なのだった。
親や家に隠しているなどいろいろ苦労は耐えないようだが、具やつぐみの前ではいつも仲睦まじい姿を見せている。同性なのに、見ている具たちが恥ずかしい。
――重力対まぶたの争いを繰り広げていた冬乃の眼が、突然カッ! と見開かれた。
「……リアルぴぴぴ!」
「あ、電話みたいですね」
木戸飛鳥の携帯端末が、ちょうど着信に震動した。
冬乃を解放し、あくまで寄り添ったまま、飛鳥は通話に出た。飛鳥の端末はテレビ電話対応の機種だが、液晶の画面は真っ黒。映像無しと分かり、飛鳥は旧世代の通話機よろしく耳元へ携帯を運んだ。
「はい、木戸飛鳥です。……ええ…………。はい、はい……。はぁ。……まさか、もう盗まれたんですか? ……いや、はぁ。…………男、ですか。最近の研究所爆破事件? あすか達はそもそも――いえ、口答えしません。では、伝えておきます」
ピッと通話を終えた飛鳥は、冬乃を抱きなおして、具とつぐみの二人へと視線を向けた。
「何でした、飛鳥先輩」
「上からの連絡。お仕事です」
「あら、もう働くの? 思ったより早いのね」
仕事と聞いて、具がトランクよりウエストポーチを引っ張り出す。つぐみも着崩していたつなぎの上着を着用し、前をきちんと締めた。顔つきも先ほどまでののんびりムードと一転、むき出しのやる気をにじませている。
「連絡どおり、あすか達の今回の仕事は『盗難されたオリハルコンの奪取』です。護送船よりオリハルコンを盗み出した集団と思しき人たちが付近にいるらしいので、早速ゲリラと行きましょう」
「りょーかい」「はーい」「わかったわ」
具、つぐみ、冬乃がそれぞれ頷き、キャンピングカーは進路を変える。
向かうは、【メガフロート】地区内でも随一の巨大施設だ。




