●第四十七話 闇に潜む最凶の怪物
お久しぶりです瀬古透矢です。
本日より第三章【天使光臨編】の前半戦がスタートします! 全部で約15話を連日更新していくので、よろしくお願いします!
とはいっても今回はプロローグ的な位置ですが。
某月某日、都内某所。
金髪灼眼の少年は、億劫そうに空を見上げていた。
細身に色白、とても健康的とは思えない外見を包む衣装も長袖シャツ一枚に適当なジーパン。着目すべきは手首に巻かれた黄金色のSETくらいか――――現状において、彼はかなり場違いに思われる容姿をしていた。
その状況とは、即ち。
三十人近い男共が集団を作り、金髪の少年を取り囲んでいるのだ。
彼らは世間ではよく【ストレイヤ】という呼称でお馴染み、全員がランクⅢ以下で構成された低能力者集団だ。通例、戦闘系能力で実戦を行なえるレベルというのはランクⅥ以上。彼らは総じて超能力が戦力とはならない『落ちこぼれ』だが、こと【ストレイヤ】は例外だろう。
彼らを正しく表すならば、武装低能力者集団。
超能力者を武装した集団で取り囲み、病院送りにする程の実力を兼ね備えている。
そこに正義や特定の感情はない。ただ、能力が使える者に対する嫉妬や逆恨みなどから生じるストレスを、超能力者を叩きのめして発散したいだけなのだ。
金髪の少年を取り囲むのは、一ノ瀬輝という少年が属する一派の次に勢力の大きい、通称『癸生川組』。癸生川澪という男を中心に組織された、十人以上のランクⅧを打破した経歴のある一派である。当然警察からマークを受け、逮捕者を出すほど過激なことでも有名だ。
そんな彼らを相手するには、金髪の少年はあまりにも不利だ。その細い腕で、頼りない体つきで、どうやって大多数の敵を相手するのか。
誰がどう考えても、金髪の少年が瞬殺されると思うだろう。
事実、【ストレイヤ】の面々も、ケンカを売られた当初は金髪の少年を一発で殺せると確信していた――そう、この戦闘は、金髪の少年から持ちかけてきたものである。
しかし、【ストレイヤ】の予想はあっさりと外れ。
むしろ自ら地獄へ突き進んでいたことに気づくのは、戦闘が始まってしまった後だった。
「チクショオ、あんま舐めてんじゃねえぞ!」
警棒を振りかざした男が金髪の少年へ突進する。
だが、一瞬。
金髪の少年がその男を目視した瞬間、少年を守るように放出されている闇のようにどす黒い波動が、警棒を手にした男の腹部を串刺しにした。波動がまるで鋭利な刃物のように尖り、人体を貫いたのだ。
言葉にならない声が、串刺しにされた男より漏れる。
顔が見る見るうちに真っ青になったかと思えば、闇の波動は体から抜かれ、ぽっかり開いた風穴より鮮血が溢れかえる。
また一つ、死体が増える。
すでに金髪の少年の周囲には、十五に上る死体が積み上げられていた。
「クソッ、また殺られたぞ!」
「アイツに近づくんじゃねえ、ぶっ殺されるぞ!」
積み上げられたコンテナの隙間より、【ストレイヤ】の男たちは銃口を金髪の少年へ向ける。非合法で手に入れた銃火器の数々が、激しく轟音を撒き散らした。
全方位からの一斉掃射。鉛弾が嵐のごとく金髪の少年に降り注ぐ。
「……」
刹那、漆黒の旋風が吹き荒れた。
少年を台風の目と見立て、巻き上がった隙間無い波動がすべての銃弾を弾き飛ばす。地面に、鉄骨に、ビルの裏側の壁に、各所に跳ね返し、甲高い金属音が耳をつんざく。
敵の居場所を特定したといわんばかりに目を走らせた金髪の少年は、地面を軽く蹴った。
鞭に形状化された闇の波動が、辺り一帯の物という物すべてを破壊し、【ストレイヤ】へと襲い掛かる。そこに鉄筋があろうと関係ない。障害物は破壊の限りを尽くして粉々に砕き、波動の鞭が本命である人間を蹂躙する。
逃げる暇もなかった。隠れる場所もなかった。
どれだけ後退しようと、半径五十メートルに及ぶ波動の鞭は男たちを逃さない。捉えた瞬間戦車に突撃されたかの衝撃が男たちの意識を奪い、彼らは皆等しく弾丸のように吹き飛ばされた。
建物やコンテナの山から、生気を失った者たちが落下する。
近距離だろうと遠距離だろうと関係ない。
ただひたすらに、死体の山がその数を増やすのみである。
金髪の少年はその光景にゴミでも見るような視線を向けつつ、首を鳴らした。
「なぁ大将さんよぉ。俺ァあんまりヒトゴロシ、好きじゃねぇんだわ。指示された標的はテメェだけだし、さっさと出てきてくんないかなァ」
「う……るせぇ超能力者! 何を使ってんのかは知らねぇが、俺らは何人もの能力者を潰してきたんだ! テメェも病院送りにしてやるよ!」
癸生川がもはや悲鳴に近い怒号を上げ、残っていた全員が少年へと攻撃を放つ。
しかし直後、瞬きする間に起こる文字通り一瞬の出来事。
癸生川澪を除いた全員が、弾丸のように、コンテナへと弾き飛ばされた。
皆が等しく生気を抜かれて、命を散らす。
組織を束ねるリーダーとして君臨してきた癸生川は、その光景に――理性が切れた。
「テメェ、よくも殺りやがったな!」
「んぁ? もしかして『よくも仲間を殺しやがって!』とかかっこつけて怒っちゃってるのか? アハ、アハハハハ! マジかよテメェ、ここまで仲間が殺されるのを見逃しておきながら、全滅してやっと正義の味方面かよ。マジツボだわ、笑わせんじゃねェ」
「黙れッ――SET開放ォ!」
癸生川は手首に巻かれたSETへ手を伸ばし、起動させた。
瞬間、癸生川の全身を、限界無き波動が包み込む。
金髪の少年は、煽るような歪んだ笑みを改め、しかし好奇に口角を釣り上げた。
「それだよそれ。俺が待ってたのはテメェの自慢の《超能力》だよ癸生川クン! いいねぇ、こっからが面白くなりそォだ!」
「マジで殺すッ」
癸生川の放つ獣の殺気に、金髪の少年は震え上がった。
恐怖ではない。
ようやく超能力者との本気の戦闘が行なえることに、本能が歓喜したのだ。
無自覚に口角を上げてしまう金髪の少年。それが、癸生川の更なる怒りを買う。
癸生川は一歩前に踏み出し――しかしバカ正直に肉薄せず、地面を蹴り飛ばして高く跳躍した。その高さはゆうに三メートルを越す。
ただし、超能力を使用した素振りは見られない。
癸生川に人間離れした跳躍をもたらしたのは、『人攻装甲』と呼ばれる武装が要因だ。
膝、肘、肩、足、腰、その他関節の各部に取り付けられた黒い機械。
人間の運動機能をサポートする高齢者向けの用具の出力を過剰なまでに上昇させた、簡易版パワードスーツだ。もっともその外見に補助用具だった頃の面影はなく、無機質な外面と激しくディスクを鳴らす機材が恐怖を与えてくる。
その力で金髪の少年の頭上を取った癸生川は、そこでようやく能力を放った。
《墜落重力》――重力を増加させる能力を、金髪の少年を中心とした半径三メートルの範囲に仕掛ける。五倍に強化された重力が景色をゆがめた。
ベルトより取り出すのは、薄く切り分けられた鉄塊四枚。癸生川は手にした鈍器を、展開した重力場へと投げつける。
位置エネルギーは落下時に運動エネルギーへ。鉄塊は重力の付与により、人間を瞬殺するだけの打撃力を放つ。
一見回避も余裕なはずの攻撃だが、しかし癸生川の能力があるからこその投擲だ。
人間は通例、重力を二倍にでもされるだけでスムーズな身動きを取れなくなってしまう。五倍もの圧力となれば、一歩も動けないだろう。その実、金髪の少年を除いて周囲に転がった死体や瓦礫は、あまりの重力から地面にめり込み始め――――
(…………ん? おいおい、ちょっと待てよ! どうしてあの男、俺の重力場の中で平然と突っ立ってられるんだ!?)
――しかし、金髪の少年は先ほどと何一つ変わらず、気だるそうに立っていた。まるで、彼にだけ重力増加が襲い掛かってないかのように。
そしてその実、その男に重力増加は通用していない。
「クソッ――」
すでに放たれた鉄塊が、金髪の少年へと通常の速度をはるかに超えて降り注ぐ。
だが、超能力があろうとなかろうと、金髪の少年に攻撃は届かなかった。
吹き上がった闇の波動が振り払うように鉄塊を弾き飛ばす。
そして、ふたたび首を鳴らした金髪の少年は、その細い腕を天へと突き上げた――五倍の重力場が張られているはずなのに。
「重力増加、ね。確かNo.6辺りに似たよォな能力使う尼がいたっけか……」
灼眼が、癸生川の姿を捉えた。
――癸生川は、反射的に呼吸を止めた。
自分が今まで対面した何よりも、この金髪の少年が危険であることに、今更気づいたのだ。
その彼にわずかでも攻撃を仕掛け、敵意を買い、殺されてしまう理由作りまで行なってしまったことを今更悔やむ。コイツは悪魔だ。死神だ。地獄からの使いだ――――
「……ぅおおおオオオオオ」
精神的に追い詰められた癸生川は、自暴自棄に重力を増加させる。
けれど、金髪の少年は悠然と悪魔の微笑みを見せ、
――――直後、不可解な現象が、癸生川を襲った。
彼の波動が癸生川の意志とは無関係に、少年へと流れていく。
生物の『生命力』を示すといわれている波動が、癸生川の意思に関係なく、金髪の少年へと吸収されていくのだ。焦りを感じても対抗手段がわからない。思考が機能を放棄し、身体が硬直し、まさに『死』に近づく、自分が失われていく恐怖のみに襲われる。
わずか一秒の間に、癸生川の可視化された波動の流れが止まる。
吸収できる波動が『零』――空となったのだ。
重力場が収まり、金髪の少年は溜め息をついてから歩き出す。
上空より癸生川の死体が落下し、歪な音を立てた。
「わざわざ超能力を使ってまで俺に戦いを挑んだテメェに敬意を示し、褒美に説明してやるよ。俺のランクはⅩ、誰もが恐れる【使徒】のNo.1だ。――ま、ここまで言えば、テメェにも自分の身に何が起こったか理解できんじゃねぇの?」
金髪の少年は癸生川のわき腹を蹴り飛ばし、わざわざ仰向けにひっくり返す。
彼は呼吸をしていなければ、心臓は動いていない。血液の循環が止まり、体温低下とともに身体は硬直していくだろう。
――――波動が『零』になった瞬間、生物は死を迎える。
そして、この金髪の少年は、
「俺の超能力《集結》。『波動』を自由自在に操る、最ッ強で最ッ高の能力だ! 自分で言うのもなんだが最も恐ろしい点は、俺が対象として選択した生物の波動をすべて徴税し、この俺の力とできる点だろォ。その代わり波動を徴税された生物は自動で『死』を迎えちまうが――光栄に思えよ癸生川澪。テメェは俺が最強の先に到達するための生贄になれたんだからなァ!」
――このような、対生物であれば必然的に勝利できる必殺、《集結》を有した、史上最悪の能力者であった。
『集結』という通り名で呼ばれる最強の悪魔は、数多くの死体を踏みにじり、その場を後にした。




