第一章‐⑥ 零能力者は無力を憎む
「……なあ、蘇らせるのは無制限なのか?」
「ううん、そこまでチートじゃないよ。傷や病気を治すだけなら何十年越しだろうと効果があるけど、生き返らせるのは24時間以内限定。使い勝手悪いよね」
「それでも十二分に凄い力だけどな……ん? あれ、生死を司るっつってたよな。じゃあ波瑠は例えば、生きている人を一発で殺すこともできる……?」
「……、」
何気なく言った一言に、波瑠は顔を伏せてしまう。
佑真がやべっと思った矢先、寮長のジトッとした視線が突き刺さってきた。
「おい佑真、それは波瑠に人殺しをしたことがあるか問うているのと同義じゃぞ?」
「わ、わかってるよ! ごめん波瑠、今のは失言だから忘れてくれ! ただ少し気になっただけで……ていうかそのリアクション、ひょっとして使ったことある……?」
「つ、使ったことないけど、できるはずなんだよね。理論上はね」
「理論上ってことはやっぱり、使ったことないんだな。――そりゃそうだよな。波瑠がそんな目的で力を使ってるトコ想像できないもん」
「ふえ? 私、そんな風に見える?」
「おう」「うむ」
佑真と寮長が一秒の間も挟まず肯定すると、「そっか」と波瑠は嬉しそうに表情を綻ばせた。作り物ではない笑顔が、佑真にほっと安堵の息をつかせる。
「そう考えると、波瑠みたいな子が《神上の光》を持ってくれて、世界的にはよかったよな。誰にも止められない大量殺人鬼が現れることもなく、むしろ世界は平和に――……平和には、ならないのか」
言いよどまざるを得なかった。
つい先ほど体験したばかりじゃないか。
《神上の光》は正真正銘、世界中が狙う力である。
例えば軍隊が手にすれば、うまく運用することで『何度でも復活する無限の尖兵』を得ることができるだろう。死を恐れずに特攻できる状態ほど恐ろしく強いものはない。
この力の存在は、国家間の勢力図を一瞬で覆しかねないのだ。
彼女を取り合う戦いがあってもおかしくない。
その争乱の中央には必ず波瑠がいる――つい先刻のパワードスーツとの鬼ごっこのように。
波瑠が逃げ回っている相手はもしかしたら、ただの中学生には想像も適わないほど強大なモノかもしれない。
「…………波瑠はどれくらいの期間、どんな奴らに追われてるんだ?」
「逃げ始めたのは十歳からかな? 私を追っているのは文字通り、世界中だよ」
やっぱり、波瑠は笑顔を作って告げた。
佑真がおバカな小学生として生きていた頃から、この女の子は全世界を相手に逃亡生活を送っていたのか? 信じられるわけがない。信じていいはずがないのに、波瑠の潔い返答が否定する材料を失わせていく。
この女の子は、地獄で生きている。
佑真みたいな『零能力者』が関わることのない世界で……。
「佑真くん、暗い顔しちゃダメだよっ」
気づけば、波瑠の小さな可愛らしい顔が目の前まで接近していた。ほんのり甘い香りに頬が熱くなる。
「私はね、佑真くん。実はそこまで辛い想いはしてないの。逃げ回るのは大変だし、普通の女の子みたいに過ごせたらいいなって全く思わないわけじゃないけど……世界中を見て回るのは楽しいし、たまに佑真くんみたいな優しい人にも会えるしね」
「待て波瑠、こやつはただ無鉄砲でお節介なだけじゃ! 認識を改めよ!」
「せっかくの波瑠の褒め言葉が台無しだよ寮長!」
反射的にツッコミを入れると、くすくすと波瑠が目を細めた。
蒼髪が揺れ、佑真はごく無意識に見とれてしまっていた。
やっぱり、自然とこぼれる笑みが魅力的で可愛い女の子だ。きっと何度だって、この笑顔を見るたびに佑真は心を動かされる。
そんな女の子が地獄を生きているのに、どうして誰も助けようとは思わないんだ。
心の中でこっそりと毒づく………………自分に対して。
(オレに戦う力さえあれば、波瑠を襲う負の連鎖を断ち切れるかもしれない。少なくとも、一人きりで逃げさせるような真似はさせない。世界中に追われているって言われても想像はつかないけど、少なくとも、一緒に逃げてやるくらいはできたかもしれない……だけど)
意志があろうと結局、天堂佑真は『零能力者』なのだ。
超能力が使えない。
それは全人類の中で『最弱』である、と言われているに等しい。
多少の喧嘩ならわけあって慣れているものの、超能力を使われると基本的に降参しかできないほど、佑真は弱いのだ。
ここまで事情を話させておきながら、できることは何一つなかった。
とんだ偽善者だ。
「さて!」
パン、と寮長が不意に両手を叩いた。授業中に生徒の注目を集める為にやる寮長の癖だ。
「波瑠が大層な事情を抱えとるのがわかったが、かといってわしらが接し方を変える必要もないからの。ひとまず波瑠、気分転換に風呂にでも入ったらどうじゃ? 逃げ回っていたという言葉から察するに、風呂もろくに入っておらんのではないか?」
ナイスアイデア、と得意げに胸を張る寮長。
波瑠はあわあわと両手を左右に振り始めた。
「そ、それはさすがに迷惑かけすぎっていうか、夕食いただきましたし、私はもう出発しようかなって思ってて――」
「でもおんし、におうぞ?」
「っ!?」
ばばっと後ろを向いて身体の匂いを確かめる波瑠。その様子に違和感を覚えながら佑真は寮長へ視線を送る。寮長は顔を近づけてきて、
「『少し休め』ということじゃよ。飯が食えないような境遇じゃ、のんびり湯舟につかれる時間だってないじゃろうしな」
「なるほど。流石は教師だな」
「ふふ、褒めるでない。それにわしら程度の雑魚二人では、これといって彼女の力になれないじゃろうからな。我ながら情けないが、一人教師として子供にできる精一杯のことはしてやりたいんじゃ」
子供体型のくせにしっかりした信念に、佑真はただただ感心するしかない。
「まぁ風呂くらい入っていきなよ波瑠。遠慮することないって」
「あう、佑真くんまで……じゃあお言葉に甘えさせていただきます」
佑真も追撃すると、波瑠はぺこりと頭を下げた。
はにかむような笑顔は少し申し訳なさそうだが、どんな顔でも可愛らしい。
(……寮長は正論だよ。だけど、さ)
この娘の力になってあげたいよ。
もっと、他の形で。
そんな力がないとわかっていても、佑真はそう思わずにいられなかった。