●第三十九話 最強の九人
第二章最終回です! ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
「と、いうわけで結局ユイちゃんは僕ん家で預かることになりました」
地下街で起こった戦いの翌日。学校へ登校する途中、誠と秋奈はその事件の後日談――というか、【生徒会】でやらされた事後処理について、言葉を交わしていた。
ちなみに言葉遣いは、それとない軟化を残して元の主従関係状態に戻されている。誠が対価は払ったと主張した結果、秋奈もしぶしぶ折れてくれたのだった。
「………施設の預かり手が見つからなかった?」
「いや、ただ単に、僕が放っておけなかったっていうのと、あとは懐かれちゃったっていうことが理由ですかね」
……ここまで軟化すればもうタメ口でいいんじゃないの? と切実に思う秋奈だった。
「………放っておけないってのはあたしも同じだけど、別に、施設に一時的に引き取ってもらっても、会いに行くことくらいできるんじゃ?」
「いや、まあ、そこは僕自身も、いろいろ思うところがありまして……」
後頭部をぽりぽりと掻く誠。
――『小野寺』誠は養子として小野寺家にいる。家族の一員として扱われているため不満は一切ない。だからこそ、誠は家族に対して深い思い入れがあるのだ。
両親どころか保護者すら見つからないユイを、そんな誠が放っておけるわけがなかった。
見つかるまでは、どうしても自分で面倒見たかったのだ。
ふうん、と頷いた秋奈は、ふと立ち止まって思案する。数歩先でそれに気づいた誠が振り返ると、そこには『ナイスアイデア』がひらめいたといわんばかりの表情の秋奈がいた。
「………じゃ、たまに誠ん家遊びに行って、ユイちゃんに会いに行く」
「うえっ!?」
「………なにその嫌そうな声。べ、別に誠とできるだけ一緒にいたくて遊びに行くんじゃないし、ユイちゃんに会いに行くだけだし」
「ツンデレを装って本音を伝えないで下さい! リアクションしにくいですし、お嬢様はそんなキャラじゃないでしょう!?」
てへぺろ☆ もまた秋奈のキャラではないのだが――これ以上触れるとややこしくなりそうなので放置する。
「………あたしは、まじで行くから。誠だけにユイちゃんを任せるわけにはいかない」
「はぁ、では来る日は事前に言ってくださいね? 本家のお嬢様が突然分家に来訪するなど、たとえ建前があろうと驚かれてしまうと思いますので。僕の家族以外は」
ぶっ飛んだ思考の長女を同時に思い浮かべ、誠と秋奈は顔を見合わせて苦笑する。
――翠色の輝きが、誠の焦点を誘導した。
秋奈の胸元に輝くエメラルド。
サイドテールに制服と、登校する少女の胸元にあっては不自然極まりないのだが、それはもう手放せない、秋奈とパートナーを結ぶ鍵だ。
誠はなんとなく、ポケットよりルビーのネックレスを取り出した。
「………なんだ、持ってきてたんだ」
「これですか? そりゃ持ってきますよ。僕を窮地から救ってくれたパートナーを、手放すわけにはいきませんから」
「………あの時の誠、すっごいかっこよかった。普段は可愛い顔してるのにね」
「ちょっとお嬢様、その発言は聞き逃せませんよ!?」
くすくすと体を揺らす秋奈。何があったか、朝から随分ご機嫌だ。
と、誠は勘違いしていた。
秋奈はご機嫌だから表情が豊かなのではなかった。
きっと、今からするその行為に対し緊張していたから、感情表現が過剰になっていたのだ。
「………誠、本当にかっこよかったよ」
秋奈が、唐突に背伸びをして。
隣に立つ誠の頬に、唇を押し付けた。
「…………え?」
たった一瞬だけの、その感触。
呆然と立つ誠に対し、秋奈はすぐにくるりと背を向けた。
「……あ、秋奈? その、今のは……?」
「………ただのお礼!」
てててー、とすばしっこく秋奈は逃げ去っていった。
誠は棒立ちのまま頬を擦る。
頬は、うんざりするほど熱くなっていた。
「……ったくもう。こっちがどれだけの理性をもって秋奈と接してると思ってるんだか」
『誠、そうすぐ皮肉を言う癖、辞めた方がいいのではないですか?』
「大丈夫だよ鳳凰。これ、気に入らないヤツにしかやらないから」
『秋奈様が気に入らないのですか? ……いえ、ふふ、そういうことですか。誠は、素直になれない自分が気に入らないのですね』
「心の中全部見透かされてるのも複雑だねこれ……」
誠はガーディアンという名目上仕方なく、秋奈を追って足を早める。
誠と秋奈が、そのやり取りを通学路で行なったということに気づいて悶える羽目になるのは、学校に到着する頃なのだった。
☆ ☆ ☆
大阪行きのリニアモーターカーのグリーン車両。
とある男女が、大阪への四十分の帰路に、今まさに着こうとしていた。
「『都内で起こっている爆破事件の概要を探って来い』とかいう名目でわざわざ出向いていたわけだが、結局俺達が手を出すことなく事件は解決されてしまったな」
ブレザーに身を包んだ十五歳とは思えない大人びた少年、金城神助は端末に目を通しながら、眼鏡を押し上げる。
「せやかて解決されただけええやん。ウチらが無駄に手を煩わせる必要もなくなったんやし」
隣に座るボーイッシュな印象の似非関西弁少女――海原夏季は、そんな彼をなだめるようにのんきな口調で告げる。
「しっかし、あのれじぇんどきーとか言う力、本当にすごいんやねぇ。最後にあの女の子が出した鳳凰っぽいあれなんか、瞬間威力は金城君を超えてたんとちゃうん?」
「さあ、どうだろうな。――《レジェンドキー》を使うとなると水野絡みなのだろうが、令嬢は髪色が紅らしい。鳳凰を出したあいつ、一体何者なのだろうか」
「えっ、あれで水野のご令嬢ちゃうのん!?」
「同じ七家の同年代の子供くらい把握しておけ。【土宮】や【木戸】以外の一般人サイドもな」
「ふっふっふ、一応《神上の光》くらいは知ってるで」
「……あれも一応【天皇】か。あの戦いの場にもいたようだがな」
へ? ときょとんとする夏季に対し、神助は乱雑に端末を渡す。
乱暴なやっちゃな、と頬を膨らませつつ夏季は端末を覗く。
「へぇ、『爆破事件の現場では、善良な少女の協力により死傷者は零に抑えられた』ね。カンッペキに《神上の光》やないか」
「生死という不可逆すら可逆にする《魔法》の持ち主、全世界で一位を争う有名人だ。超能力ランクが俺達と同位の『Ⅹ』に属する点は【七家】だから違和感はないが」
「おっそろしい娘やねぇ。三冠王も真っ青や」
夏季が述べたつまらない冗談に、神助が脳天を放ったところで、リニアモーターカーは発進した。
【太陽七家・金城家】ランクⅩ/No.5《核力制御》――金城神助。
【太陽七家・海原家】ランクⅩ/No.9《座標転送》&《感情同期》――海原夏季。
それぞれが【七家】の血を継ぐ、列記とした天才だ。
☆ ☆ ☆
「――――東京であった連続爆破事件、なんか一般人によって解決されたそうですよ?」
海岸沿いに立ち並ぶ倉庫のうち一つで、つなぎ姿の生島つぐみが、通話端末を耳から話し、周囲のメンバーに内容を報告した。
「へえ、よかったじゃないですか。ワイドショーとか、かなり騒いでたから一件落着です」
『何か』を投げ捨てた【太陽七家・木戸家】の血を継ぐ少女、木戸飛鳥は、手をパンパンと払いつつのんびりと述べる。
「でも、一般人って誰ですか?」
「そちらの情報は明かされてないですね~。少なくとも子供の一般協力者、とのことです」
「へえ、同い年くらいなんでしょうか。具ちゃんはどう思います?」
飛鳥が顔を向けた先では、いつもどおりに紅の――非常に露出が多い衣服に身を包んだ月島具が、灼熱の焔を『何か』に投げつけてから、クルリと振り向いた。
「そうねぇ。ま、所詮連続爆破事件って言っても『表』の事件――【七家】や理事会が報道規制を敷かない程度だし、一般人でも対処できたってことじゃないかしら?」
「うわ、よろい先輩相変わらず厳しい判断。ひゅう、できる女は言う事が違う~」
「アンタはあいっかわらず人を怒らせるのが得意みたいね……っ!」
「まあまあ落ち着いてください具ちゃん。あくまで依頼実行中ですから、オシオキはその後ですよ」
「オシオキも止めてくださいよあすか先輩っ」
「よろい達の稼ぎがかかっている場でのんきに東京の話をするのもどうかと思うけどね。ね、リーダーはどう思うかしら?」
具が視線を向けた先――そこには、一人のシスターがいた。
ただの修道服ではない。銀色の刺繍が走った純白の修道服を着込み金髪を揺らす、一人だけ中世ファンタジーの世界から訪れたような雰囲気の少女。
可愛らしい顔を向け、こう答えた。
「知らない」
「答えになってないけど可愛いです、冬乃ちゃん!」
飛鳥は修道女に抱きつく。修道女は表情変えずに飛鳥を受け止めた。
ランクⅩ/No.8《魔陣改析》を使う少女、土宮冬乃。
彼女の手は、一人の男の襟首を持ち上げていた。
飛鳥はそれに気づき、パッと冬乃から距離を取る。
冬乃の手のひらが、気絶し、それでも息は残っている男の頭にかざされる。
「ふゆの達は、命じられた依頼をただ実行するだけ。殺せと言われたら、殺すだけよ」
彼女は、その倉庫に無数に転がる『何か』――――『死体』を、また一つ増やした。
彼女たちは、土宮冬乃をリーダーに、木戸飛鳥、月島具、生島つぐみで構成される、日本最深の理事会の命によって動く暗部組織【FRIEND】と呼ばれている。
☆ ☆ ☆
その頃、No.7《精神支配》の貝塚万里は、
――バウッ! バウッ!!
「うおおおおお! 待って待ってくださいよぉ! 俺、犬苦手なンスけどおおお!」
なぜか、電柱の上にいた。
足元の野犬に怯えながら。
☆ ☆ ☆
全日本七大高校/東京に位置する【盟星学園高校】の生徒会室では、長い黒髪の少女――いや、その大人びた姿勢はもはや『女性』とも呼べる――が、多くの書類とにらめっこしていた。
「ええい、いかなる通達でも電子化が当たり前となったこの御時勢に、なぜ私らは紙書類で働くことが多いんだ!」
清水優子のそんな不満に、同じく生徒会(この場合は『盟星学園の生徒会』を指す)に所属する瀬田七海が苦笑いを作る。
「優子、今更よその不満は。すでに二年間この形式でやってるんだし、会長であるあなたがそんなことに不満を抱いてたら、学校が回らなくなるわよ」
「だが七海、それでも私は紙という物が嫌いだ! パッとすぐ物が出てこないじゃないか!」
「あなたが整理が苦手なだけでしょう」
呆れたようにため息をつく七海。生徒会の先輩たちも苦笑いしつつ、その悲鳴に巻き込まれないようそそくさと自分の仕事へ逃げていく。
現在九月、もうじき生徒会の仕事も引き継ぎの次期だ。次期生徒会長と謳われる清水優子がこの調子でも、先輩たちは放置で今更育成しようとは思わないらしい。同級生としてさすがに放置できない七海は、優子の悲鳴に付き合うことにした。
「でもこんなに溜めてたっけ? まさか、これ全部今日に届いたとか?」
「そのとおり、本日すべての書類が勢ぞろいした。だからこれを処理しているんだ。全く、火道はどこだ! こういう時にいてもらいたいのに!」
「カン君こと【太陽七家・火道家】の次期当主である火道寛政君は家へお仕事よ」
七海にあっさりと切り返され、優子は『なら仕方ないか』とふたたび書類へ目を落とす。
「で、何の書類なの、それ。全部同じ件について?」
「同じなわけがないだろう! ざっと五十件はあるぞ! ええい、二学期もまだ始まったばかりだというのに!」
「そう悲鳴を上げないの。それに、書類以外にもただのニュース速報を印刷しちゃったものもあるじゃない」
ひょいっと書類の束の中から的確にニュースが印刷されたプリントを抜き取り、七海はざっと目を通す。
「あら、優子。都内の爆破事件、解決されたみたいよ」
「ああ、知ってるよそのことなら。雪奈様が、誠君と秋奈お嬢様が運悪く事件に巻き込まれたが見事解決してくれたから、今晩家に招いてご褒美するんだー、と上機嫌だったさ。ついでに誠君の《レジェンドキー》を見たいとかなんとか。それより七海、書類整理をだな!」
「流石は【水野家】当主の側近を勤められるだけの情報収集力ね。でも、ついこの前優子が『コイツらは逸材だ!』って騒いでた子達が事件を解決した一般協力者だなんて、世間も狭いものねぇ」
「無視するな! このままでは私の体が書類の山に埋もれてしまう――うわっ、冗談で言ったつもりが本当に崩れてきただとっ!? ええい、負けるか! SET開ほ」
白いプリントの山に埋もれる清水優子。
彼女はこんなでも、ランクⅩ/No.6《静動重力》という、最強クラスの超能力の使い手である!
☆ ☆ ☆
日本第一位《集結》
最強の男は、鮮血の弾けた路上の中心で、傷一つなく立っていた。
☆ ☆ ☆
見た目は小学生でも、中身は子供の健やかな成長を第一優先とする立派な大人。
そんな女性である寮長は、自分の部屋の扉を開く直前、つい立ち止まっていた。
例の爆破事件があってから、わずか一日。
昨日帰宅するなり、波瑠は寮長に一言謝ってから、潰れるように布団の中にうずくまってしまった。思春期特有の不貞寝、というわけではなさそうで、何があったか佑真に聞いてみるも「わからない」の一点張り。佑真が部屋に来て声をかけるも、「今は放っておいて」と告げたのみ。今日の学校は自主休校だ。
あれほど中学校を楽しみに過ごしていた波瑠が、佑真が登校するにも関わらず、である。
昨日の深夜には――大方、寮長が寝たとでも思ったのだろう。
波瑠は、静かに涙を流していた。
波瑠の不穏な様子を窺い続けていた寮長は、彼女の泣き声をすべて聞いていた。
――きっと、《神上の光》を抱えていた五年間も、彼女は同様に、誰の目にもつかない場所で泣いていたのだろう。
そんな推測をしながら、しかし寮長は昨日、言葉をかけずにいた。
佑真にも話したくないほどの『何か』が、今の波瑠を苦しめているのだから。
今晩だ。
これでも一ヶ月以上面倒を見てきた少女だ。ただの生徒、という以上の思い入れはある。
焼肉セットというふざけた手段まで用意して、帰宅路でシミュレーションした筋道を復習してから、寮長は扉を開いた。自動ドアが一般化されている現代で手動ドアである理由はこの学生寮が戦争直後に超少ない資金で建てられたからだ、ということは寮長はじめ中学の幹部格しか知らない。
「ただいまなのじゃ。波瑠、今日は佑真も呼んで焼肉でもパァっと行こうかの!」
「あ、寮長さん……おかえりなさい」
畳敷きのリビングに入ると、布団の中で上体だけ起こした波瑠が、寮長へ弱弱しい微笑を見せた。波瑠を元気付けよう作戦は一から破綻したが、寮長は動揺をおくびにも出さない。
「……なんじゃ、起きておったのか。体調は大丈夫かの?」
「体調を心配する人が普通、焼肉セットなんか買ってきませんよ。……気づいてるんでしょ、ズル休みだって」
「当たり前じゃ。何年教師をしていると思っておる――と、言いたいところじゃが、わしはまだ教師になってから三年も経ってないがの」
「まだ二十五歳ですもんね」
「それでも、気づくことくらいできるわい。一つ屋根の下に住んでおるんじゃから」
ふっと波瑠が顔を伏せ、蒼髪が彼女の目元を隠す。髪は切りたくないと言っていたが、後ろ髪も長く、座っている状態だと床へ扇形に広がっていた。
寮長は荷物を降ろすと、波瑠へと歩み寄り、その体を抱き寄せた。
自分より、はるかに背が高い。
それでも、波瑠のほうが幼くもろい。
「……のう、波瑠。辛いことがあるなら、話してみたらどうじゃ? わしは、家族が辛そうな顔をするのを見とうないんじゃ。佑真が放っておけないように、の」
「…………寮長、さん」
波瑠は、耳を寮長の寂しい胸元へ押し付ける。まるで、寮長の心拍を聞くように。
――一滴の涙がこぼれた。
静かに波瑠の頬を伝い、二滴、さらに止め処なく、美しい雫が流れ落ちる。
寮長が背中をぽん、と優しく叩き――――感情のブレーキが、爆発した。
波瑠が大声を上げて涙を流し、寮長の胸元を湿らせる。
寮長は、小さな体でそれを受け止めた。
しばらく泣き続け、落ち着いてきた頃、波瑠は寮長から体を引き、指で目元を拭った。
そして、寮長を真っ直ぐに見つめる。
「……あの、お願いがあります」
「ん?」
「今から、寮長さんにだけ、私の秘密を話します。だけど、佑真くんにだけは、絶対に教えないで下さい。……あの人は、知ったら絶対、無茶をするから」
「……うむ、心得た」
波瑠は、ゆっくりと話し始める。
妹との絆と、それが崩壊した、とある五年前の物語を。
【第二章 双剣の誓い編 完】




