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●第三十八話 天皇の姉妹

改稿:日本語修正しました。多少は読みやすくなっているといいのですが(ちなみに作者は一度しか外国に行ったことのない日本人です)

 すっかり平穏な――勝利に喜んだ空気の三人と二匹を、その女は端から見ていた。


 九尾に弾き飛ばされ気絶させられ、さらに秋奈によって拘束されていた石刃阿鳴は、目覚めるなりその場の惨状に目を丸くしつつ、それでも秋奈の開いたシャッターの穴から、外へと出てきた。


 そこでも驚くことになる。

 漆黒の波動を纏った――八咫烏と融合した久遠が圧倒していたその場に、先ほど石刃を打倒した少年が立ち、火柱で真っ向より久遠を撃破したのだ。

 しかも、聖獣《鳳凰》と見える鳥がいるし、九尾の妖弧までそこにいる。


 一見すれば、敵いっこない状況で、それでも石刃は、口角を上げていた。


(これってチャンスじゃん! ……ですよ!)


 その現状を捉えられる彼女のメンタルこそあれ、いくら仲間が倒れようと自分の手柄さえ手に入れば気にならないという超前向き思考。

 ともかく、現状は石刃にはプラスに映っている。ターゲットであるユニコーンこそ宝玉内に収められているが、だったらユイを捕らえればいい。彼女を守っていた二人の中学生は、先ほどまでの覇気はどこへやら、すっかり安心モードだ。


 単純に言えば、隙だらけ。

 殺すのにも、倒すのにも、絶好のチャンス。


 石刃は、人知れずとしてSETを起動させた。《磁力誘導(マグネットパーツ)》を使い、周囲の金属という金属を引き寄せる磁力を作り出す。

 超振動する砂鉄で槍を五本作り出し、


「これで、ジ・エンドよ!……ですよ!」


 不適な笑みと共に、超スピードで放たれた。

 数秒かからずして、誠たちへと迫りくる砂鉄。彼が気づいた時はもう、防ぐことは不可能な位置まで迫っていた。


(――――殺した!)


 しかし。

 砂鉄は、突き刺さる直前で吹き荒れた吹雪によって、完膚なきまでに無力化された。

 ガッと後頭部を殴られ、石刃は思いっきり顔を地面に打ちつける。状況を把握する間もなく彼女の背中が踏み抜かれ、内臓からブツが出そうになるがそれは意地で堪える。

 ふわりと、白い霧を纏った少女が石刃を押さえつける少年の側へ舞い降りた。


「おいおい、オレのダチに手ェ出そうってのは見逃せねえなぁ」

「佑真くん、その人一応女性っぽいんだけど」

「知るか。今時男女差別なんかしたって無駄な手心になるだけだろ。第一波瑠がすぐ氷で拘束しないから砂鉄を撃ち出す時間を与えちゃったんだし」

「だ、だって本当に悪い人かまだわかってなかったし……!」


 石刃を完全無視して会話を進める男女。

 石刃は、少女のほうを見上げ――絶句した。


(全日本No.2、《霧幻焔華(コールドシャンデリア)》と生死の可逆の魔法《神上の光(ゴッドブレス)》の、天皇波瑠!? なんでこんな所に……っ!?)

「今から拘束するよ、じゃあ」

「今回の波瑠、なんか便利屋さんみたいだな」

「いいのっ! 人の役に立てればなんでもっ!」


 可愛らしく頬を膨らませながら、石刃の体を氷塊であっさりと包んでいく。もともと傷ついていた身体が冷やされ、やがて少年にもう一度蹴り飛ばされて意識を失った。


   ☆ ☆ ☆


 ――そんなわけで、石刃をあっさり拘束した佑真と波瑠は、駆け寄ってくる誠達へ視線を向けた。ついさっきまで鳳凰や九尾がいたはずだが、もう姿は見えなかった。


「佑真! 波瑠!」

「よ~す。いやぁ、なんとか生き延びたって感じだな誠。ボロッボロ」

「くそっ、全身無傷なヤツに言われると反論しにくいな……っ」

「ふっふっふ、今回ばかりはこのオレが胸を張れる結果を出したわけですよ」

「誠くん、それに秋奈ちゃんも、とりあえず傷治しちゃおっか。ちょっと待ってて」


 微笑む波瑠は、手のひらを誠と秋奈へかざす。

 純白の、暖かな波動が二人を包み込み――――波動が消え去る頃には、二人の傷が消え去っていた。激戦の跡を伝えるのは、衣類についた汚れのみである。


「………あたし、《神上の光(ゴッドブレス)》初体験。なにこれすごい」

「えへへ、それほどでも」

「けど、ほんと不思議な力だよね。どんな怪我でも治っちゃうんだから」


 警棒で叩き割られた右腕をブンブン振り回してみるも、まるで叩かれる前のように無傷となっている。佑真から一度説明は受けていたが、彼の国語の成績でわかるとおりその説明ではあまり理解できなかった――そもそも佑真も完璧に理解しているわけではない。

 改めて波瑠に質問しようかな、と波瑠へと視線を向けて。

 その波瑠が、一箇所を睨みつけていた。


「……波瑠、どうした?」


 佑真もそれに気づいて問いかけ、


「SET開放!」


 佑真の質問に答えることなく、波瑠は能力を開放した。

 吹雪が吹き荒れる先で、水蒸気が爆発的に広がる。


 二人の男女が、その先に立っていた。

 漆黒の髪をなびかせる少女は、『烈火のような何か』を指で操り、吹雪を霧散する。


「あっれ~? No.2って、こんなに荒っぽい女だったっけ~?」

「って平然と笑ってるなよ。一応、俺らより上位なんだからな」


 隣に立つ学ランの少年もまた、言葉に反して余裕の笑みを浮かべていた。


 誠と秋奈は、思わず身構えた。

 すでにSETが起動され、相手二人からは波動が放出されている。そこまではいい。

 だが、その波動量が、尋常じゃないのだ。――そう、波瑠と同量か、それ以上の波動の嵐。

 格の違う威圧感。

 そんな二人を見て、少女はにやりん☆ と笑ってみせる。


「あ~ら、可愛いじゃない、そこの二人も♪ アタシ、結構好物かも、そういう圧倒的力を目の当たりにしてビビってる顔って」

「……月影、叶!」

「あ、No.2はアタシのこと知っててくれたんだ。うふふふふ」

「なんだ波瑠、知り合いなのか?」


 ピッと前方を指差す佑真。波瑠は沈黙を保っているが、指差した少女自身がニカッと――一瞬見惚れてしまいそうな魅惑を持つ笑顔を作り、


「全日本が誇る最強能力者【使徒】より序列第四位――通称No.4《物質創造(クリエイトマテリアル)》の、月影叶で~す☆ 今後ともよろしくね、天堂佑真」


 佑真が息を呑んだのは、彼女の美貌に見惚れたからでも、彼女のウインクに呆れたからでもない。単純に、少女が持つとは思えない禍々しい威圧感に、絶句させられていた。

 アーティファクトと同等か、それ以上の威圧感に。


「ついでに言うと、アタシに同行している彼は【使徒】No.3《臨界突破(リミッターアウト)》の十六夜鳴雨クンです。こう見えて二つ年上なんで、敬語を使いましょうね♪」


 余計な解説すんなよ、と呟く十六夜。

 誠たちは、正真正銘、身動きが取れなくなっていた。


 全日本最強と呼ばれ、一人でランクⅨ十人以上の戦闘力を持つといわれる【使徒】が二人も目の前に――どう転んでも敵方として、現れた。

 どうやって戦うとか、そういう次元の話じゃないのかもしれない。

 勝てる保障が一切ない。


 ――――幸いなことに、こんな言葉が、十六夜の口より発せられた。


「自己紹介はいいから、さっさとこいつら回収しちまおうぜ。久遠柿種と石刃阿鳴、そいで出雲竜也とかいう三人の回収」

「わかってるわよ、うるさいなぁ。ちょっとくらい宣戦布告したって、バチ当たらないでしょ」

「宣戦布告……?」


 佑真が問いかけると、けれど、月影叶は回答をくれなかった。


「残念だけど、こればっかりはキミにも教えられないわ。そこのお嬢ちゃんと一緒にアタシらの住む闇へと落ちてくれば、すぐに教えてあげるケド☆」

「ついでに言えば、俺達は今、お前らと戦うつもりはない。地面に転がる敗者を回収させてくれれば、さっさと立ち去るつもりだ」


 叶の言葉を引き継ぐように、十六夜が両手を挙げた。

 今も昔も変わらない、『戦いません』のポーズ。

 けれど、やすやすと久遠たちを手放していいわけがない。ないのだが――――こう判断するしかなかった。

 交戦回避。

 十六夜が久遠と石刃を回収し、襟首を乱雑に掴む。


「天堂佑真☆ いずれキミもこっちの世界へやって来るから、その日を楽しみに待ってるわ。こっちの水は喉を通らないぞ。バキューン☆」


 手で拳銃を作り、実際に『バキューン☆』と撃つジェスチャーを見せた叶。


「じゃあね、No.2。機会があったらバトろうね~」

「おいさっさとしやがれ。警察来ちまうぞ」


 ばいば~い、と気軽に手を振る叶を十六夜が急かし、二人は人間離れした跳躍を見せ(もちろん超能力の効果だ)、去っていった。

 本当に戦う気はなかったようだ。

 十六夜たちが消えたことで、この場は正真正銘平穏に包まれた――の、だろうか。


 なんとも悪い後味を残して、呆然と立ち尽くす誠達。

 警察が駆けつけるその時まで、彼らは十六夜たちの去った跡を見続けるのだった。



   ☆ ☆ ☆



 ――――その日の夕刻。


 波瑠は、事情聴取を受ける佑真達とは別行動を取っていた。

 佑真には「単独行動するな」と怒られた。誠や秋奈からも心配された。

 しかしそれでも、波瑠は強引に言いくるめて。

 気づけば住み慣れていた街中を、散策していた。


 ある、懐かしい気配を感じ取って。


「……忘れるはずない。この感じ、この雰囲気、この、肌に伝わるほのかな感覚……」


 必死に周囲を探す。幼き日の姿しか覚えていないが、成長後の姿は幾度も想像している。もう助けられないと諦め、泣き崩れた日は遠い日のはずなのに――まるで昨日のように頭の中に蘇っては、波瑠の体が震え上がり、立ち止まる。


「…………」


 すぅ、と深く息を吸う。

 ――怖がるな。

 肺からゆっくりと息を吐き、波瑠はふたたび脚を動かす。

 焦燥。期待。不安。恐怖。多くの感情が波のように押し寄せては引き返す。幼き日より別れた日までの七年間見守り続けた少女の姿を思い浮かべることは容易い。その彼女が、十二歳へ成長した姿を描く。


「どこにいるの……桜、どこ!?」


 叫ぶ。けれど返事はどこからも来ない。

 当たり前だ。

 あはは、と波瑠は感情の篭らない笑い声を天へと注ぐ。

 彼女が…………波瑠の妹が、まともな状態で生きているはず、ないのだから――――――



「雪姫ちゃん?」



「………………、そっちか」


 ふう、と波瑠は大きく溜め息をつく。

 波瑠は背中からの声の主を、振り返らずとも思い浮かべることができていた。


 寝不足でクマのある瞳。髪は手入れもせずボサボサで藍色混じりの黒。白衣を制服の上よりまとい、無愛想なことがやけに印象に残っている、とても女子高生らしからぬ風貌の不思議な女性。


「――神懸かった頭脳と知識を持ち、アストラルツリーに搭載されている世界最高峰のスーパーコンピュータ【神山システム】を開発。しかし五年前、とある事故により中学から中退し、私は連絡が取れなくなっちゃった――無機亜澄華(むきあすか)さん、だよね?」

「ええ。やっぱり雪姫ちゃん――天皇波瑠、だったのね。」


 はっきりとその声を聞き、自分の間違いじゃなかったことを認識してから波瑠はクルリと蒼髪をなびかせ、振り返る。

 そこにいたのは、波瑠の予想より若干髪を伸ばした無機亜澄華の姿。白衣でダルそうで無愛想なことはイメージどおりだ。


 が。

 振り返った瞬間、無機亜澄華以外にもう一人立っていた少女に、波瑠は心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。


 どくん、と心臓が嫌に大きく跳ねる。

 不安の塊が喉元まで吐き気をこみ上げさせる。

 だって、そのもう一人は。




「お姉ちゃん、こんなところで会うとは奇遇ですね。とはいっても現在のわたしは【神山システム】制御状態。お姉ちゃんの知る『桜』とは異なる箇所が多いですが」




 もう一人は。


 波瑠と同じ癖――全体的に左に流れる前髪。彼女の髪色は柔らかな栗色で、一房アホ毛がひょこんと跳ねてしまうのだ。その長さは首を隠す程。

 身長は波瑠より少し小さく、瞳の色は同じ水晶の瞳(サファイアカラー)

 顔のパーツや雰囲気も波瑠と限りなく似ている。――余談だが、年齢を考えると、胸や腰周りも当時の波瑠と同じように成長途中だ。


 十人中十人が美少女といい、

 百人中百人が、波瑠と彼女を姉妹というだろうほどに、彼女達は姉妹だった。


「……さ、くら。桜」


 波瑠は、妹の名を呟いた。

 もうまともには会えない、自身の弱さのせいで生き別れた妹の名を。

 波瑠はいろんな思いに震える拳を握り、できるだけ平静を装って口を開く。


「桜、久しぶりだね。三年ぶり……かな。お姉ちゃんのこと、覚えてる?」

「覚えてますよ。忘れるはずがありません。なぜなら、天皇波瑠という名はわたしの頭脳――【神山システム】内に記録、ネット上へのバックアップ保存もされていますから」


 しかし、妹の口より告げられるのは歪な返答。

 仕方のないことだ。

 今の桜の肉体を制御するのは、まごうこと無き機械思考。

 波瑠の言葉に対し、感情を持たない機械がそれっぽく適切な回答をしているに過ぎないのだ。


 覚悟はしていた。

 元々、彼女は悪魔が考え付くような狂いに狂った計画によって、人の世界から人の姿を保ったまま分離させられたのだ。

 妹と再会できたとしても、このような事態になることは覚悟していたけれど――――覚悟をすれば乗り越えられるものではなかった。

 ひざが、がくがくと震え始めていた。


「バックアップとか、そういうんじゃなくってさ……ねえ、桜。姉と三年ぶりに再会したんだから、もうちょっと、感動とか、ないの? ほら、昔みたいに私に甘えたいとか、そういう気持ち……」

「ありません」


 ――驚くほど無慈悲な言葉が返された。


「以前も説明しましたが――もしわたしが『天皇桜』であるならば感動したかもしれませんが、わたしは『桜』であって『桜』でない存在。お姉ちゃんの知る者とは違う、と考えてもらって構いません」

「………あ、はは」


 波瑠の中で。

 何かが、切れた。

 気づいたら、SET開放、と叫んでいた。

 サファイアの波動があふれ出すと同時に能力を行使し、豪炎と絶氷の嵐を叩き込む。

 しかし。


 閃光が桜のアホ毛より弾け飛ぶ。

 青白い稲妻の槍が波瑠の猛撃を貫き、すべてを相殺、粉砕させた。


 桜はSETを起動させていない――しかし、《超能力》を発動している。

 なぜなら、彼女は神に選ばれた、特別な少女。

 生まれつき超能力演算領域を開放して誕生した、『原典(スキルホルダー)』と呼ばれる存在だからだ。


 ――――ああ、結局、そうだった。

 ――――あの娘は、桜じゃない。

 ――――桜の肉体を乗っ取った、アイツだ。


「桜……さくら……桜ああああああああああアアアアアッ!!」


 吹雪と神鳴が爆裂する。

 波瑠が諦めた過去が、唐突に再開される。


 姉妹の、偶発的に起こった再会と言い難き激突(再会)

 見守る無機亜澄華は、果たしてどのような感情を抱いているのだろうか。



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