第一章‐⑤ 蒼い少女は神上を語る
【第二節 零能力者は神上を知る ‐世界が欲する奇跡の力‐】
佑真の通う中学の学生寮は、戦争直後に建造された『超低コスト建築物』として建築業界で何故か有名だったりする。
この二十二世紀に手動式の設備が多く見られる七階建て。
外階段とエレベーターわずか一台が移動手段。
そんなオンボロ学生寮の管理を任されている見た目は子供、齢は大人の『寮長』は、
「『空から落ちてきてパワードスーツに追われていた蒼髪の美少女が空腹らしいんで、とりあえず寮に上げてもいいっすか?』と聞かれた時は、日々のストレスでついに頭が狂ったかと思ったが。よもや真実じゃったとはなぁ……」
呆れたように言いながら、座布団へよっこらせと腰掛けた。佑真をはじめ生徒達の部屋はごく一般的なフローリングだが、寮長の部屋は畳敷きに改造されている。
ちゃぶ台を挟んで真正面で、波瑠が慌てて頭を下げる。
「す、すみません寮長さん……迷惑ですよね……」
「ああいや、おんしは気にするな。詳しい事情は聞かぬが少女の緊急事態じゃ。わしとて一教師、食事を振舞うくらいどうということはないぞ」
「その料理を作ってるのはオレなんすけど!?」
嘆く佑真は寮長の部屋のキッチンに立っていた。
波瑠を入室許可する代わり、男女二人きりにさせないために寮長の部屋へと通され、佑真には更に夕食作りが課せられたのだ。
「佑真くん、私も手伝おうか?」
と腰を浮かせる波瑠。
「いやいいよ。もうできあがるし、波瑠はお客さんだし」
「そうじゃそうじゃ。こやつは『零能力者』。料理をするくらいしか能がないのじゃから、雑用……もとい数少ない活躍の場を奪ってはいかんぞ」
「ひでえ。それ担任教師の言う事か?」
睨みを利かせながら丸いちゃぶ台にお皿とスプーンを並べる。佑真も座布団についたところで、寮長の「いただきます」を合図に三人は少し早めの夕食へ手をつけた。
「むぐむぐ……おいしい! すごい佑真くん、今まで食べたカレーで一番おいしいかも!」
一口目を味わうように飲み込んだ波瑠が、満面の笑みを佑真へ向ける。
「『空腹は最高のスパイス』ってヤツだとは思うけど、悪い気はしないな。米もルーも大量に作ったから腹いっぱい食ってくれ」
「ありがとー。ただで食べるのは申し訳ないけど、ここ二日間は断食かってくらい食べてなかったからすっごく嬉しいな」
「……正直返す言葉が見当たらないぞ、それ」
「あはは、なんかごめん。でも男の子が料理作れるなんて尊敬しちゃう」
「男子は料理できない、なんて考え方はいい加減時代遅れだぜ。それとも波瑠は料理できない系女子か?」
「料理くらいできるよ。……同年代の女の子がどれくらいできるかは知らないけど」
ふと少しだけ声のトーンが落ちる。佑真にその理由はわからなかったが、中辛カレーをとめどなく口に運んでいた寮長が反応した。
「んむ? 波瑠、もしや学校に通っておらんのか? 普通は家庭科の授業で調理実習くらいあるじゃろ。家事ロボットも一家に一台のこのご時世に必要なスキルかは疑問じゃが」
「あー、学校には行ってないんです。最終学歴は小学校中退で……」
気まずそうに返答する波瑠。
「寮長、日本って高校まで義務教育だよな?」
「うむ。ちなみに戦後少し経って制度が変わり、中等教育からの《超能力》を基準とした学校振り分け、そして高等教育までの進学義務の二つが課せられるようになったんじゃよ」
「へー。何はともあれ」
「波瑠はちとイレギュラーじゃな。いや、空から落ちてきたといい、パワードスーツに追われていたといい……『ちと』という表現は間違いかの?」
寮長の言葉に対し、あははと苦笑いで誤魔化す波瑠。
不思議な女の子だという感想は佑真も抱いていた。
彼女が空から落ちてきたこと。
そしてパワードスーツに追われるような事情持ちだという二つが、彼女は世間離れした存在であると誇示している。
「…………」
それに……決して口にはしないが、佑真は男子的煩悩でも波瑠が気になっていた。
佑真の好みド真ん中である低身長童顔。立てば腰まで届く長く美しい蒼髪。サファイアカラーのつぶらな瞳。雪原のように白い柔肌。そして、その微笑みはふわりと柔らかい。
主観は多分に入るものの、人生で出会った女の子の中で一番可愛いと思う。一目惚れなんて認めたくないけれど――少なくとも平静を装うのに意識のリソースを割かれている。
二重の意味で波瑠が気になる佑真はスプーンを弄びながら、
「なあ波瑠、先送りにしていた『どうしてパワードスーツに追われていたのか』って質問、今聞いてもいいか?」
「……どうしても知りたい?」
波瑠はあくまで柔らかな口調のまま、佑真に視線を送ってきた。
「え? ……いや、どうしてもじゃないけど……だってただ事じゃないだろ。街中で、他の人への危害も知れずに攻撃してくるなんて」
「うん、その通り。ただ事じゃないからこそ、踏み込むべきじゃない事情がある。下手な詮索はやめといたほうがいいかもしれないよ?」
それは佑真を突き放す発言だった。
そして冷たさではなく、彼女の善意からくる発言だと声音で理解できた。
「……じゃあ、そうだな。パワードスーツから逃げ切ったお代として、お前の事情を教えてもらうってのはどうだ?」
「そんなことにお礼使っちゃうの?」
「元々タダ働きのつもりだったんだ。むしろお礼を貰うことに罪悪感を抱いてるよ」
「……佑真くんは少し変な人だね」
食い下がる佑真に、波瑠は『しょうがないな』といった風に微笑み、
「それじゃあ教えてあげる。
私は死者を生き返らせる『奇跡』をこの身に宿しているせいで、世界中から追われているんだよ」
「………………波瑠精一杯のジョーク?」
「ふふっ、まあ信じてもらえないよね」
波瑠は物知りげな表情で頷き、
「でも私、佑真くんにすでに一度この『奇跡』を使ってるんだよ?」
「マジか!? ……あ。もしかして波瑠を受け止めた直後のやつか?」
「そうそう。あの時、佑真くんの怪我を治した白い粒子。あれが私の持つ『奇跡』――生死を司る《神上の光》による治癒だったんだ」
「あれ、お前の《超能力》じゃないの?」
顎に手を添える佑真。
超能力。
Skill-Extending-Tablet――略して【SET】と呼ばれる特殊な機械を身に着ければ使用可能となる、現代社会において最も重要とされる力だ。
SETは起動させると、人体へ特殊な周波数の電磁波を流す。
その電磁波が『人間のブラックボックス』と呼ばれる脳に作用し、普段は20%程度しか稼働していない脳を強制的に活性化。100%まで稼動した脳が秘めたる力を引き出し、《超能力》が使用可能となるのだ。
一人が発動できる能力は一種類(正確には脳みそ一つにつき一種類)。
発火能力、念話能力、瞬間移動など、過去のファンタジーで描かれてきた力の数多くも現実のものとなってきた。
その発動速度や威力、応用性は漫画やアニメで空想されてきた通り、従来の武器を大幅に凌駕する。ゆえに現在、日本をはじめ列強諸国は《超能力》の研究に力を注いでいた。
(余談になるが、超能力は現在十段階のランクに分類されており、最高の『ランクⅩ』級になると、単独で軍の中隊、下手すれば大隊を潰せるほど強力な力を発動できるという。対して超能力が全く使えない佑真は『ランク0』に該当する)
そんな超能力の中には、主に《治癒能力》と括られる回復系能力も存在するのだが……。
「そういや波瑠はあの時、SETを使ってなかったもんなぁ」
佑真の傷を治す際、波瑠はSETを起動させる素振りも見せずに、手のひらより暖かな〝純白の粒子〟を放出させていた。
通常、SETを用いなければ超能力は使用できない。
そして〝純白の波動〟が佑真を『死の苦痛』から回復させたのも事実に他ならない。これを否定してしまうと、じゃあ今生きている佑真は何なんだ、という恐ろしい疑問が浮かび上がってしまうのだ。
「それに私、言ったはずだよ」
「波動が切れて超能力が使えない、だったな」
佑真が溜め息をつくと、波瑠は得意げに微笑んだ。
「信じた?」
「信じるしかない……って言いたいトコだが、まだ半信半疑だ。オレはあくまで重傷だったしな」
「ふふっ、じゃあもう一つだけ証拠を足してあげる」
波瑠はそう言ってスカートのポケットから携帯端末を取り出すと、スイスイと人差し指で何かを検索し始めた。
「それは?」
「ニュースの記事。二週間前に千葉県沖でアメリカ軍と日本軍が小競り合いをしたんだけど、聞き覚えないかな?」
「あー、なんか話題になってたな。でも大したことなかったんじゃないっけ?」
佑真が顔を向けると、寮長もコクリと同意するように頷いた。
「うむ。小競り合いと称される通り、太平洋沖で軍艦が牽制し合うだけで何事もなく終わったと報道されておるが…………っ!? そういう事か!?」
「どうしたんだよ寮長」
急に青ざめる寮長に問いかけると、彼女は右手からスプーンを落とすほどの焦燥をそのまま口にする。
「気づけ佑真! わざわざ話題に持ち出すくらいじゃ、二週間前の小競り合いは恐らく『大したことなかった』のではない! あったはずの『大したこと』が、その場に居合わせた波瑠の『奇跡』によって覆されたんじゃよ!」
「……ッ!」
佑真は今度こそ絶句する。
波瑠はふっと何かを諦めるように微笑み、胸に手を当てながら告げた。
「正解です寮長さん。私が日米問わずすべての死者を生き返らせた。その結果『死傷者ゼロ』という違和感を拭う為に、両軍は『小競り合い』として情報操作をするしかなくなったんですよ」
口ぶりはまるで事務連絡でも行うかのように平坦で、内容と一切釣り合わない。
けれど瞳は、表情は、事実を見てきた人間のそれだった。
「ま、これもこれで口頭だから証明にはならないんだけどね! 私が痛すぎる人っていう可能性は結局潰せていないワケだし!」
「……そりゃ反則だろ」
からっと冗談を口にする波瑠。佑真は肩をすくめ、
「オレは夏休み初日に補習を受ける程度にはバカだけどさ、ここまで言わせておいて、まだ否定できるほど阿呆じゃねえよ」
「佑真くん」
「信じるよ。信じた方が納得いくことも多いしな」
例えば、波瑠が二日間何も食べていなかった理由だ。
きっと『死者を生き返らせる奇跡』なんてものを持っていれば、日中のパワードスーツだけでなく、もっと様々な人間や集団に狙われていてもおかしくない。となれば飯を食うヒマがない、という説得力のある仮説が立てられてしまう。
「……ふふっ、やっぱりキミは少し変な人だね」
「笑うトコじゃないだろ」
「優しい人、とも言い換えられるかも」
優しいもんかよ、と佑真は口の中で呟いた。
たった数十分しか波瑠を見ていない。それでも、波瑠の人生が決して明るくないくらいは推測できた。推測できなきゃおかしいほど、状況が整っていた。
とんでもない女の子を拾っていたのだと、佑真はようやく理解した。