●第三十七話 双星の剣命
血にまみれた全身で地に落ちる誠の頭に、刷り込んでくる忌まわしき記憶。
目を逸らし続ける現実が、再生される。
【太陽七家・水野家】
五つの分家を持ち、和を重んじる特性を持つ。
いろいろな要素を持つこの家には、【天皇家】並みとはいかないにしても、五〇〇年の歴史を持つが故、現代では圧倒的におかしい――全日本で異常と見られるだろう伝統が存在していた。
『水野家本家の血は、一筋に受け継がれていく』
――水野家本家には、一人しか子供を作ってはいけないという伝統があった。
無論、その伝統は五〇〇年間の歴史の途中で生まれたものだ。長い歴史の中で『小野寺』や『清水』といった分家が誕生する中、いつの代かの当主が本家と分家の血を完全に区別するために設けた、と言われている。
本家の次代当主は婿/嫁をもらい、一人の子供を作る。
生まれた一人の子供は大切に育てられ、そしてふたたび嫁や婿を貰い、次代当主となる子を作る。幾度も幾度もそれは繰り返される。
もしも二人目の子が作られようものなら、問答無用に流産、あるいは誕生後に首をはねる、なんて歴史もあったと伝えられている。
果たして、そんな伝承もあるからこそ、どれだけ世間から異端と見られようと、その伝統は現代【水野家】まで残されてきた。
――――十五年前、神の悪戯としか思えないイレギュラーが発生した。
水野クリスタル=クロイツェフ・雪奈。
雪奈は二四歳で妊娠するのだが、本来は喜ぶべき事態に、けれどこの家であるからこそ、喜ぶことなどできずにいた。
双子。
二卵性双生児。
発覚した時、水野家の当主を含む重役格は、全員が全員焦りを見せた。
双子は――この五〇〇年で、一例もなかった事態なのだ。
さすがに第三次世界大戦直後、日本が人口を過激に減らした時代に、未来ある命をそんな形で切り捨てる選択肢は選べなかった。流産という選択肢も、首討ちという選択肢も選ぶことができず、ただただ時が過ぎる。
それでも。
変わった伝統を持つこの家は、歪んだ判断をしてしまった。
『二人を育て、出来の良い方を「本家」として水野家へ。出来の悪い方は、その本家の者を守るガーディアンとして育てるために「分家」小野寺家へ送ろう』
と。
言葉を選ばずに表現するならば――片方は命の危険が迫った際、もう片方の犠牲となるために生まれろ、という判断だった。
訪れた、2月14日。よく晴れた冬空の下。
水野エメラルド=クロイツェフ・秋奈。
水野ルビー=クロイツェフ・誠。
同じ両親の血を分け合った兄妹。
両名は、十全の身体を持って、無事に生まれた。
最初はそのように思われた。
けれど、秋奈はどこか病弱であった。出産前の騒動のせいで雪奈の体調が安定しなかったことや、そもそも双子のバランスとして誠のほうへ栄養が少し偏っていたことなど――『運が悪い』としか言いようのない条件下での出産の影響を、モロに受けてしまったのだ。
何度も何度も体を壊した。
背も伸びず、立つまでの期間も言葉を話すまでの期間も、明確な差が現れる。
当然、上位を行ったのは、誠の方だった。
誠に関して言うならば、すべてが優秀だった。通常の子供と比べても驚くような速さで寝返りから歩くまでをこなし、言葉を話し、物分りもよくなった。人見知りもせず、多少やんちゃな面はあったが礼儀正しくもあった。
――そんな、はっきりとした差の現れている誠と秋奈は、兄妹として『品定め』の二年間を過ごした。物心つく前に、一人を分家へと送るために。
秋奈の体は依然として回復の兆しを見せず、体調を崩す日々が続く。対し、誠は神童と呼んで余りあるほどの才華を披露しては大人を驚かせていた。
【水野家】は、迷うことなく使い物とならない妹を小野寺家へ送り出そうとして。
当時三歳の兄は、そのことを知り、止めに入った。
『将来、秋奈は絶対に優秀になれる』
『今は体を壊してるだけで、絶対僕より強くなるし、頭もよくなる』
『なにより、秋奈はいい子だ』
『だから、何をしているかは知らないけど、負の役割は僕が全部引き受ける』
『秋奈が泣くような道には進ませない。秋奈は何も悪くない』
誠は、【水野】の苗字を捨てた。
この頃の誠は『兄』であり、『妹』の秋奈を――まして、布団から出ることも許されないほどか弱い彼女を、そんな不遇な目に合わせることを、見逃せるわけがなかったのだ。
全マイナスを一手に引き受けた、誠のおかげで。
誠の意志により、彼は小野寺家へ養子に入った。
ガーディアンとして秋奈のために一生を賭すことが決定したのは、その日、その瞬間だった。
けれど、誠の心にあったのは、ただ一つ。
ただ、秋奈の笑顔を守りたいという感情だけだった。
過剰な考えかもしれない。けれど、何度も目の前で倒れる秋奈を見てきた誠には、その考えが生まれて当然だった。
病弱な妹を、大切な妹を守りたい。
彼女が元気に笑う日が来るまで、兄として、彼女の側にい続ける。
ずっとずっと、その想いのとおりに過ごしていた。
――――違和感が生じたのは、五歳の時。
外へ出歩けるようになっていた秋奈は、なぜか、誠が『兄』であることを知らなかった。
誠をただの幼なじみと捉えていたのだ。
記憶喪失か、ただ忘れてしまっただけなのかはわからない。
けれど、わざわざ打ち明けることでもない、雪奈たちはそう判断した。
三歳から『小野寺誠』として接している誠のことを、今更兄妹と気づかせたところで意味が無い。それに、いつか誠は秋奈のために死ぬのだ。実兄がそんな運命を背負っていると、実妹にわざわざ知らせる利益が無かった。
誠からも、打ち明けることはなかった。
その判断が、すべてを決定づけるとも知らずに。
家族ではない、兄妹ではない『他人』として、二人は育ってきた。
誠だけが『兄妹』だと知っていた。
それでも――自然と、その想いは、二人の中で大きくなっていった。
秋奈は、剣の道を邁進し、自分を守るため成長し続ける少年に。
誠は、自分が守りたいと長年想い続け、日々美しくなる少女に。
その想いを抱かずにはいられなかった。
『――――だから、あなたは《拒絶の炎》を突破できなかったのですね』
……ルビーから、そんな声が聞こえてきた。
あの聖獣の声だと気づくまでに時間はいらなかった。
誠は悲鳴を上げる腕を強引に動かし、ルビーを取り出して顔元まで運ぶ。
「……気づかれちゃったか」
『私はあなたの精神によって生み出されたものです。説明する必要もないと思いますが――あなたの過去をいくつか、覗かせていただきました。記憶喪失の少年のこと。家出したお姉さんのこと。そして――あなた自身の抱える、渾沌とした想いのことも』
「……それだけ見てれば……十分だ……それが、僕…………なんだかよくわからない存在、だよ……」
渾沌という言葉に、誠は消えかけの意識の中で、思わず笑いそうになった。
誠は、その想いを自覚してから、自分がよくわからなくなった。
小野寺誠なのか、水野誠のままなのか。
兄妹なのに、その想いを抱いたままで許されるのか。それとも、このまま他人として生きるかぎり、許される想いなのか。
こんな想いを抱いたまま、ガーディアンなんかを勤めていていいのか。
……このまま、生きている。
曖昧な自分と、曖昧な決意と、曖昧な感情のまま。
なんだかよくわからないのだ。小野寺誠という存在が。
『そこまでわかっていて、なぜあなたは決断を下さないのですか?』
「…………下せない、んだよね……」
諦めなければいけないことは、百も承知だった。
兄妹うんぬんを置いておいても、誠と秋奈は主従関係にある。恋愛感情を除外しなければいけない。――さらにいえば、事の発端は誠の妹愛が原因だと考えている。
それでも決断できない理由が、一つだけあった。
『あのお嬢様が、あなたへ好意を抱いていることに気づいたから』
「……」
『図星ですか』
「……は、はは。心を具現化させるのが聖獣のくせに……図星もなにも……」
誠は笑う。空っぽの笑い声が響く。
『どうしてですか? あなた自身には、諦めたい、という感情も存在している。ですから敬語を使い、主従関係という建前を使って自分の感情から目を逸らしているのでは――――……それすらも、違うのですか』
ルビーより伝わる声に戸惑いが現れた。
『一滴たりとも涙を流させないため! 最善の選択肢を見つけるまでは誤魔化し続ける――――――そこまでして! そこまでして、あなたはあのお嬢様の笑顔を守りたいのですか!?』
「笑えよ聖獣……そうさ。僕は、それほどまでに愚かに妹を好きだ。いつだって小さくて、弱弱しくて、ちょっと不思議な性格だけど、でも誰よりも可愛い秋奈が好きだ。きっと秋奈は、僕と兄妹だってことを知ったら自分の想いに涙を流す。それすら僕は許せない。僕は僕が許せない。もう――わけわかんねぇんだよ! どうすりゃいいのかもわかんねぇ。ゴールは見えない、結局解決策も妥協案も何一つ思いつかない。それでも僕は秋奈が好きで、秋奈を守るために側にい続けたいと願っている! 愚者だってことはわかってるよ。誰にも相談できてない。誰にも相談するつもりもない。それでも、僕は秋奈を悲しませることだけは許さないし認めないッ! 僕の感情は届かなくっていい、ただ、秋奈だけは! 秋奈の笑顔だけは守らなきゃいけないんだ!」
『……誠様……自分を押し殺してまで、あのお嬢様のことを……』
「……だって、」
彼は告げる。己というすべてを籠めて。
「僕は、秋奈への愛だけを頼りに、生きているんだから」
それが、小野寺誠のすべて。
誠が胸を張って『自分とは何か』と問われた際に語れる、唯一の感情。
地下街に残響がこだまし――――
――――手の中の宝玉が、熱を放ちながら、宙へと浮きあがる。
「――――っ!? こ、これは……っ!?」
誠のルビーが、突如波動を放出しはじめた。
その光は虹色。すべての色で鮮やかに輝く。
その波動は暖かく、優しく、周囲へと広がっていく。
虹色の波動は誠の少し上方で、球体として中央へ集まり始めた。
爆発するような閃光に一瞬瞳を閉ざし――――
キュオオオ――――――ッッッ!!!!!
心に透き通るように、その鳴き声は、誠を通過していった。
次に開いた時、羽ばたくだけで虹を生み出す大きな対の翼が開かれていた。
すらりと伸びる首を追えば、凛々しい鶏冠が見える。黄金に輝く長く美しい尾が燃えさかる体毛にあわせて揺らめく。
鋭い瞳が誠を捉える。
「……は……はは……そうか、キミは…………」
誠は、ゆっくりと体を起こす。まだぎこちないことは否めない。けれど、先ほどまでとは比べ物にならないほど、体が動く。
血が滾っていた。
つい笑みを作ってしまう少年を、虹の波動が包み込んだ。
誠の体中にあった傷が癒えていく。疲労が抜け、心が浄化されていくようだ。
揺らめく灼炎の羽毛。
黄金の軌跡を描く長い尾。
虹を生み出す、二対の翼。
「キミが……」
ぷつっと、誠のポニーテールを作るゴムが切れる。
女子よりも長い髪をなびかせ、地面へと落ちたルビーを手に取った。
「……ずっと、ここにいてくれたんだね?」
『はい。受け取りました、あなたの感情。そこまで真っ直ぐにあのお嬢様を――秋奈様を想っていらっしゃるのに、たかだか「どっちつかずの恋愛感情」や「自己同一性の消失」ごときで《拒絶の炎》を行使することが、アホらしく思えましたので。私の儀式を成功した、とは言えませんが――誠様を我が主君として、認めようと思います』
「なんじゃそりゃ……」
肯定するように大きく羽ばたく大鳥。生まれた風は、誠に立ち上がる勇気をくれる。
呆れるように溜め息をついて見せた誠は、表情を改めた。
「じゃ、友達として。秋奈を救う力を貸してほしいんだけど――いいかな?」
当然だといわんばかりの咆哮が響き渡ったのは、直後のことだった。
☆ ☆ ☆
「終わりだ。大分予定より長引いたが、これ以上煩わせるな!」
久遠の声が秋奈を怯ませる。翼を折りたたみ、目の前まで接近した男は特殊警棒をすでに振り上げていた。
腕の中にいる、たった五歳の少女――ユイだけは傷つけまい、と力強く抱きかかえる。地面に触れる左手で能力使用を試み、黄金の毛並みを激しく揺らして九尾が飛び込んだ。ユイが悲鳴を上げる。秋奈は最後まで諦めずに閉じそうなまぶたを必死で開き続け――――
大地が裂け、虹色の光柱が噴き上がる。
目の前で、嫌に重い音が鳴った。
秋奈は大きく目を見開く。警棒は秋奈にも、ユイにも、九尾にも直撃していない。間に割り込んだ光焔の中の何かが、警棒を受け止めていたのだ。
久遠は冷静に一旦翼をはためかせて上空へと身を引く。恐る恐る瞳を開いたユイが、秋奈が告げるよりも早く、その名前を口にした。
「……ま、こと……まこと!」
「いってて……さすがに特殊警棒を受け止めるってのは無茶だったかな……」
痛そうに腕を擦りながら、眩い烈火の中より姿を現すその背中。秋奈は彼のことを誰よりも知っているし、誰よりも好きでいるという確信がある。
秋奈は『生きていて良かった』を筆頭とする感情の渦をひっくるめて、
「………誠!」
名前を呼んだ。
「秋奈、ユイちゃん、無事でよかった。ごめんね、僕が仕留め損ねたせいで、二人を――いや、九尾もあわせて危険な目にあわせちゃって」
笑顔で振り返る誠。その顔だけではない。全身が傷だらけで血だらけだというのに、なぜかその姿は信頼できる強さを語っていた。
『俺は別に頭数にいれなくていい。それよりも誠殿、この力はまさか……』
「そのまさか、かもね」
九尾にも微笑みかけた誠は、瞳に気焔を滾らせ、久遠を睨みつける。
「お前、先ほどの中学生……そうか。殺し損ねていたのか」
「その節はどうも。とりま、反撃しちゃっていいんだよね?」
誠は手に双剣の片方も持っていない。それなのにどうやって戦うんだろう、と疑問に思いながら、秋奈はユイをひとまず安全な場所まで連れて行く。口調から表情から、いつもの誠のままだから大丈夫だ、というかなり感情論な信頼を寄せて。
対し、久遠は秋奈と真逆の感情で誠を見下した。
「できるなら構わない。しかし、どうやって反撃するつもりだ? お前の戦闘スタイルは剣を用いた近接戦闘、得物すら持たず、しかも俺との間にある力量差をどう埋めようという?」
「――――ま、確かに剣が僕の本領だけどさ。《レジェンドキー》分くらいの力量差は、せめて詰めさせてもらおうかな」
「頼まれても契約融合を解く気はないが――」
言葉の途中で、久遠はふと静止する。
誠の立っている周辺の大地が強大な光焔を溢れさせる。虹色の光柱が幾本も天まで伸び、すぅ、とそよ風のような気流が吹く。大地もわずかながらビリビリと震動を始めた。
「………地震?」
その気流はじょじょに威力を強め、旋風と化して小野寺誠を包み込む。
緋色の焔が入り混じり烈風と化す旋風は、やがて大地をめくり上げ、
「それじゃ、お披露目といこうかな。契約執行――――《レジェンドキー・鳳凰》!」
キュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!
太陽の如き七色の日輪が誠の背後に巨大に輝き、天地を震わす美しい咆哮と共に、全長五メートルを超える大きな聖鳥が、大地を突き破って姿を現した。
青、赤、黄、白、黒の五色の翼が羽ばたかれ、荒都の瓦礫を吹き散らす。
『尋常でない波動を感じ取ったとは思っていたが、誠殿の契約聖獣は四瑞、《鳳凰》か!』
九尾が尾を上げて過剰に反応し、秋奈はそんな九尾へ首を傾げる。
「………なにそれ、特別な存在なの?」
『ああ。四瑞は《鳳凰》《応竜》《霊亀》《麒麟》の四体の聖獣を指す。獣の姿こそしているが、彼らは神格を宿した一体の神だ――その力は計り知れない』
「………今度、聖獣についてちゃんと調べてみよっかな」
秋奈はそんな決意を胸に、誠へ視線を向ける。
彼はすでに鳳凰の背中に飛び乗り、久遠と同等の高さまで飛び上がっていた。
「聖獣……《レジェンドキー》をこの土壇場でものにしたか。尚面白い。やはり逸材だったわけだが――惜しいな。目的と信念が違いすぎるが故、俺とお前は相容れない」
「ああ、そのとおりだよ。だから、さっさと決着つけちゃおうよ!」
誠の叫びを合図に鳳凰が飛翔し、久遠も黒い翼をより強く羽ばたかせて突進した。
「鳳凰ッ!」
誠が手を横に薙ぐ。それを合図に鳳凰は虹を生み出す翼をはためかせ、烈火の旋風を撃ち出した。久遠は警棒を操り《八咫烏》の恩恵である突風を真正面より放つ。しかし、威力は圧倒的に鳳凰が上。気焔を上げる誠と鳳凰の虹色の嵐が久遠を吹き飛ばす。
瓦礫まで墜落するや否や、久遠は漆黒の波動を操り、地面に巨大な窪みを生み出して跳躍した。その勢い弾丸の如し。そして、手のひらには例の気圧爆弾が構えられていた。
「鳳凰引いて――SET開放ッ!」
鳳凰を引き下げつつ音声入力でSETを起動させ、誠は手のひらを真正面へ構え、久遠の一挙一動に集中する。
気圧爆弾が撃ち出された。
が、爆発は起こらない。
「……なぜ、だ……!? 鳳凰の力とでも言うのか!?」
「違うよ。ていうか、バカの一つ覚えに同じ方法ばっか使ってりゃ、攻略されるのは当たり前でしょ、おっさん」
拳を閉じていた誠が強気に笑って見せる。
「それに言ったはずだよ。僕の能力は念動力の親戚だって。あんたの気圧爆弾は念動力の力を使って、空気を強引に圧縮することで爆発を引き起こしている。だったら、爆発する前――僕の至近距離へ投擲するその間に、僕の能力で圧縮された空気を『放出』してしまえばいい。もちろん緩やかに、ね」
「貴様ァァァァァあああああああああああ!!!」
「二人称変わっちゃってますよー――なんて、そろそろ挑発やめておこうかな……」
周囲の残骸を巻き込むほどの轟風を巻き起こす久遠。八咫烏の漆黒の波動が世界を埋め尽くさんがばかりに爆裂し、台風を軽く超越する竜巻が――三本、彼の周囲で唸りを上げる。
そんな荒れる乱気流の中でも、制空の聖獣は平然と羽ばたいていた。
鳳凰は朱雀などと同一視されることが多いことから、火属性と思われがちだ――もっとも、誠の友達となった鳳凰は、五行・火属性も持ち合わせているようだけど。
だが、鳳凰が真に司るのは『風』である。
八咫烏ごときの竜巻に屈することはない。
頼もしすぎるパートナーだ、と笑みを浮かべる誠の脳に直接、鳳凰の声が響く。
『誠様。そろそろトドメと行きましょうか』
「様付けはやめてほしいっていう秋奈の気持ちがわかったよ……オーケー。鳳凰、全力でいけるかな?」
『当たり前です!』
「ありがと!」
ゴウッ、と大きく翼を広げ、鳳凰が上空へと舞い上がる。太陽を背に取り、七色の日輪を味方とつけた。
鳳凰の口元に、光焔の輝きが見え始める。
太陽プロミネンスを思い出される、終わりのない熱の嵐。
「死ね。肉片一つ残らず死ねェェェェェ!!!」
三つの竜巻が重なりあい、強大な暴君と化して鳳凰を襲う。
鳳凰は極光の火柱で迎え撃った。
《星火燎原》
気流を押し戻すほどの炎熱によって、一瞬にして竜巻が爆ぜる。爆発は辺り一体に烈風を撒き散らし、天地を貫く火柱が辺り一体を焼き尽くす――ような真似は、起こさない。
土壇場で、下に構える秋奈が《物体干渉》を広域に干渉させビル三階分に相当する壁をせり上げ、市民たちを烈風から守ったのだ。
跳ね返った風は壁に包まれた空間内にいるただ一人、久遠のみに猛威を振るう。大気という砲弾は十二分に武器となる――が、久遠はまだ執念を残していた。八咫烏の恩恵に加え自身の能力も行使し、気流を片っ端から霧散させた。
無風と化した空間に、緋色の焔が吹き荒れる。
誠の手の中には、鳳凰が生み出した聖炎の剣が握られていた。
「――――っ」
一閃。
漆黒の粒子が久遠から分離され、地に落ちた彼の手に持つ警棒へ――《レジェンドキー》へ吸い込まれる。
鳳凰の雄叫びがこだまする。
誠はぶい、と普段秋奈が見せるブイサインを秋奈へ向け――抱きついてきた秋奈を、咄嗟に受け止めた。
「あ、秋奈!?」
「………誠、よかった! 生きててよかった……!」
「……生きてるよ。ごめんね、心配かけて」
泣きじゃくる秋奈の真紅の髪を撫で下ろす。嗚咽を上げながら秋奈は誠の胸元へ顔を押し付け、「………よかった、本当に良かった……!」と言葉をもらす。
背中に手を回そうとしたその時――歩み寄ってきた九尾の背中に乗るユイの、興味津々そうな無邪気な瞳を見て、我に返る誠。
「あ、秋奈! ユイちゃん見てる!」
「………っ!」
びゅん、という効果音でもほしいくらいの速度で秋奈は離れ(てしまっ)た。しかし、その顔には確かな微笑みがあった。誠はそれだけで充分だ。
誠は鳳凰を見上げる。鳳凰は慈しむような眼差しで、誠へ頷き返した。
「ありがと、鳳凰。とりあえずは、これでいいんだよね?」
『いいんじゃないですか? 誠、結構かっこよかったですし』
「ん? ――そりゃどーも」
あれ? 呼び捨て? と少し気にかかったが、少し頬を膨らませた秋奈が誠と鳳凰の間に割り込んできた。その腕の中にはユイも完備だ。
「………ん、誠と鳳凰さんだけで会話するのはずるい。鳳凰さん、あたしにもテレパシー繋いでください。あたし、水野秋奈って言います」
「ユイっていーます! 五才だよ! よろしくね、ほうおうさん!」
『秋奈様にユイ様ですね。これで聞こえてますか?』
「そっちは様付けかい」
『様付けを嫌と申したのは誠のほうでしょう?』
鳳凰の思った以上に軽い態度に、誠は思わず笑みを零すのだった。




